41 / 121
第一章
第40話 西へ
しおりを挟む
「冒険ですか?
いったいどんなものをお望みでしょう」
冷静を装ってはあるが、背中には汗がびっしょりである。
なんか、ものすごくいやな予感がする。
すると、精霊は俺の予想すら超えるものを口にしたのだ。
「そうね、金の羊の毛皮がほしいわ。
貴方の記憶から取り出した物語にあったようなものよ」
「アルゴ号の冒険をやれっていうのか!?
なんて無茶を……そもそもこの世界に金色の羊なんているのかよ!!」
思わず素の口調に戻ってしまったが、それだけ驚きが大きかったと思ってくれ。
なお、アルゴ号の冒険とは、ギリシャ神話の一大叙事詩である。
ヘラクレスやオルフェウスといった、当代きっての英雄たちがひとつの船に乗って旅をするという胸躍る冒険活劇だ。
そしてその物語に登場する金色の羊の毛皮とは、主人公が王を継ぐために出された課題であり、それを国に持ち帰るのが物語の最終目標である。
「面白いことにね、それがいるのよ。
ただし、テューロス山脈の一番奥だけどね」
その瞬間、ずっと黙っていたスタニスラーヴァが、血相を変えて口を挟んできた。
「ちょっとお待ちになって!
テューロス山脈なんて危険すぎませんこと!?」
「……どういう場所なの?」
すると、彼女は沈痛な表情で語り始める。
「はるか西の国境を越えた彼方……馬をつかってもたどり着くまでに三ヶ月はかかる大きな山岳地帯ですわ。
ただし、その手前には盗賊と蛮族がはびこる未開の原野が広がり、様々な魔物のうろつく原生林が行く手を閉ざし、そして誰もはいったことすらないであろう険しい山々が待っておりますのよ。
とても人の身でたどり着ける場所ではございませんわ」
うわぁ、本当に冒険だ。
この精霊、調子にのってとんでもないこと言い出しやがる。
「じょ、冗談だろ。
本をきれいにするだけの話に、なんでそんなことをしなきゃならねえんだよ!」
「冗談じゃなくて、わたしは本気よぉ?
どうしてもいやだというなら、頭を地面にこすり付けてお願いしたら?
もしかして気が変わるかもしれないわよ」
んなわけねぇだろ!
ちくしょう、ハメやがったなぁっ!?
ようするに、この女は俺に頭を下げさせて無様な姿を笑いたいのだ。
「トシキ、いくらなんでもそれは無謀よ!」
「嫌ならいいのよ?
本来ならば、この国の半分ぐらいは水の下にしたいぐらいの無礼だけど、小汚い人間とその一族の命で許してあげるわ」
ふふんと鼻で笑う女精霊。
おい、なにをしてやったりって面してるんだ?
まさか、俺が受けないとでも思っているんじゃないだろうな?
……気づいてないのか?
そんな選択肢、あるはずないだろ。
俺は神の僕なんだぞ?
「はぁ……馬鹿じゃないの?
そんなの、俺一人でもやるに決まってるだろうが」
「……は? なんか寝言が聞こえたんだけど」
寝言じゃねぇよ。
お前こそ寝ぼけてんじゃねえのか?
まさかまだ気づいてないとか言わないよな?
早く冗談でしたって謝れ!
さもないと、俺が引けないだろ!!
「別に誰かの手を借りるつもりもない。
俺一人で金色の山羊でも羊でも捕まえてくるって言ってるんだ。
あのな、聖職者が難関に屈して人を見捨てるなんてことをしたら、どうなるかわかって言ってるのか?」
それこそ神の面目丸つぶれである。
これが宗教にとってどれだけの意味を持つかなんていうまでもないだろう。
つまり、むこうは軽い嫌がらせのつもりでやったことかもしれないが、状況と俺の立場からするとこれは絶対に逃げられないのだ。
「……あ」
どうやら水の精霊もそれに気づいたようである。
だが、そこから何を言っていいのかがわからないようであった。
ほら、さぁ、さっきのは冗談だと今すぐ言うんだ!
じゃなきゃ、俺が死亡確定の冒険に旅立たなきゃいけなくなるだろ!!
だが、精霊が何かするより、スタニスラーヴァが先に動いた。
「ダメよ、トシキ!
そんなことしたら、死んじゃうじゃない!!
なにもトシキが犠牲になる事はないわ!
罪を犯したものが責任をとればいいのよ!!」
うわ、馬鹿!
スタニスラーヴァ!!
そんな言われたら、余計に逃げられなくなるだろ!
ほら、そこの精霊!
はや……く……って、なに呆然としているんだよ!
女精霊が『さっきのは冗談だから改めて話し合おう』とでも言えばまだ事態は修復可能だが、この馬鹿精霊、ポカンとしか顔をしているだけで状況がわかっていない。
「トシキ!」
「……さよならだ、スタニスラーヴァ!!」
結局、抱きとめようとするスタニスラーヴァの腕をすり抜け、俺は部屋の外に走り出すしかなかった。
ちくしょう、もうどうにでもなれ!
「え? うそ……冗談でしょ?
あいつ、智の神の寺院の復興ほっぽりだして行っちゃった!?
これであいつが冒険に失敗でもしたら……あいつ智の神のお気に入りだって聞いてるし、智の神が確実にブチきれるでしょ!
ま、まって、ちょっとまってぇぇぇぇぇぇ!!」
後ろから何か悲痛な声が聞こえた気がするが、もはや後の祭りである。
そのまま俺は外に飛び出すと、マントで隠していた翼を大きく広げた。
手荷物はほとんどないが、あとでなんとか調達すればいい。
えっと、スタニスラーヴァはたしか西って言っていたな。
空に舞い上がった俺は太陽の位置で方角を確認すると、そのまま西に向かって移動を開始した。
寺院の復旧が中途半端になっているのが気がかりではあるが、本にかかわるトラブルを解決するのも司書の務め。
何よりも、神の面子がかかっている。
智の神には大目に見てもらいたいものだ。
あ、そうだ。
そろそろスタニスラーヴァが飛行魔術で追いかけてきているかもしれないしな!
俺、子供だし。
捕まっちゃったらしかたがない……って、追ってきてないし。
俺は一度だけ後ろを見て、そこに追ってくる者がいないことを確認すると、がっかりした顔のまま地上に降りた。
いったいどんなものをお望みでしょう」
冷静を装ってはあるが、背中には汗がびっしょりである。
なんか、ものすごくいやな予感がする。
すると、精霊は俺の予想すら超えるものを口にしたのだ。
「そうね、金の羊の毛皮がほしいわ。
貴方の記憶から取り出した物語にあったようなものよ」
「アルゴ号の冒険をやれっていうのか!?
なんて無茶を……そもそもこの世界に金色の羊なんているのかよ!!」
思わず素の口調に戻ってしまったが、それだけ驚きが大きかったと思ってくれ。
なお、アルゴ号の冒険とは、ギリシャ神話の一大叙事詩である。
ヘラクレスやオルフェウスといった、当代きっての英雄たちがひとつの船に乗って旅をするという胸躍る冒険活劇だ。
そしてその物語に登場する金色の羊の毛皮とは、主人公が王を継ぐために出された課題であり、それを国に持ち帰るのが物語の最終目標である。
「面白いことにね、それがいるのよ。
ただし、テューロス山脈の一番奥だけどね」
その瞬間、ずっと黙っていたスタニスラーヴァが、血相を変えて口を挟んできた。
「ちょっとお待ちになって!
テューロス山脈なんて危険すぎませんこと!?」
「……どういう場所なの?」
すると、彼女は沈痛な表情で語り始める。
「はるか西の国境を越えた彼方……馬をつかってもたどり着くまでに三ヶ月はかかる大きな山岳地帯ですわ。
ただし、その手前には盗賊と蛮族がはびこる未開の原野が広がり、様々な魔物のうろつく原生林が行く手を閉ざし、そして誰もはいったことすらないであろう険しい山々が待っておりますのよ。
とても人の身でたどり着ける場所ではございませんわ」
うわぁ、本当に冒険だ。
この精霊、調子にのってとんでもないこと言い出しやがる。
「じょ、冗談だろ。
本をきれいにするだけの話に、なんでそんなことをしなきゃならねえんだよ!」
「冗談じゃなくて、わたしは本気よぉ?
どうしてもいやだというなら、頭を地面にこすり付けてお願いしたら?
もしかして気が変わるかもしれないわよ」
んなわけねぇだろ!
ちくしょう、ハメやがったなぁっ!?
ようするに、この女は俺に頭を下げさせて無様な姿を笑いたいのだ。
「トシキ、いくらなんでもそれは無謀よ!」
「嫌ならいいのよ?
本来ならば、この国の半分ぐらいは水の下にしたいぐらいの無礼だけど、小汚い人間とその一族の命で許してあげるわ」
ふふんと鼻で笑う女精霊。
おい、なにをしてやったりって面してるんだ?
まさか、俺が受けないとでも思っているんじゃないだろうな?
……気づいてないのか?
そんな選択肢、あるはずないだろ。
俺は神の僕なんだぞ?
「はぁ……馬鹿じゃないの?
そんなの、俺一人でもやるに決まってるだろうが」
「……は? なんか寝言が聞こえたんだけど」
寝言じゃねぇよ。
お前こそ寝ぼけてんじゃねえのか?
まさかまだ気づいてないとか言わないよな?
早く冗談でしたって謝れ!
さもないと、俺が引けないだろ!!
「別に誰かの手を借りるつもりもない。
俺一人で金色の山羊でも羊でも捕まえてくるって言ってるんだ。
あのな、聖職者が難関に屈して人を見捨てるなんてことをしたら、どうなるかわかって言ってるのか?」
それこそ神の面目丸つぶれである。
これが宗教にとってどれだけの意味を持つかなんていうまでもないだろう。
つまり、むこうは軽い嫌がらせのつもりでやったことかもしれないが、状況と俺の立場からするとこれは絶対に逃げられないのだ。
「……あ」
どうやら水の精霊もそれに気づいたようである。
だが、そこから何を言っていいのかがわからないようであった。
ほら、さぁ、さっきのは冗談だと今すぐ言うんだ!
じゃなきゃ、俺が死亡確定の冒険に旅立たなきゃいけなくなるだろ!!
だが、精霊が何かするより、スタニスラーヴァが先に動いた。
「ダメよ、トシキ!
そんなことしたら、死んじゃうじゃない!!
なにもトシキが犠牲になる事はないわ!
罪を犯したものが責任をとればいいのよ!!」
うわ、馬鹿!
スタニスラーヴァ!!
そんな言われたら、余計に逃げられなくなるだろ!
ほら、そこの精霊!
はや……く……って、なに呆然としているんだよ!
女精霊が『さっきのは冗談だから改めて話し合おう』とでも言えばまだ事態は修復可能だが、この馬鹿精霊、ポカンとしか顔をしているだけで状況がわかっていない。
「トシキ!」
「……さよならだ、スタニスラーヴァ!!」
結局、抱きとめようとするスタニスラーヴァの腕をすり抜け、俺は部屋の外に走り出すしかなかった。
ちくしょう、もうどうにでもなれ!
「え? うそ……冗談でしょ?
あいつ、智の神の寺院の復興ほっぽりだして行っちゃった!?
これであいつが冒険に失敗でもしたら……あいつ智の神のお気に入りだって聞いてるし、智の神が確実にブチきれるでしょ!
ま、まって、ちょっとまってぇぇぇぇぇぇ!!」
後ろから何か悲痛な声が聞こえた気がするが、もはや後の祭りである。
そのまま俺は外に飛び出すと、マントで隠していた翼を大きく広げた。
手荷物はほとんどないが、あとでなんとか調達すればいい。
えっと、スタニスラーヴァはたしか西って言っていたな。
空に舞い上がった俺は太陽の位置で方角を確認すると、そのまま西に向かって移動を開始した。
寺院の復旧が中途半端になっているのが気がかりではあるが、本にかかわるトラブルを解決するのも司書の務め。
何よりも、神の面子がかかっている。
智の神には大目に見てもらいたいものだ。
あ、そうだ。
そろそろスタニスラーヴァが飛行魔術で追いかけてきているかもしれないしな!
俺、子供だし。
捕まっちゃったらしかたがない……って、追ってきてないし。
俺は一度だけ後ろを見て、そこに追ってくる者がいないことを確認すると、がっかりした顔のまま地上に降りた。
0
あなたにおすすめの小説
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
「俺が勇者一行に?嫌です」
東稔 雨紗霧
ファンタジー
異世界に転生したけれども特にチートも無く前世の知識を生かせる訳でも無く凡庸な人間として過ごしていたある日、魔王が現れたらしい。
物見遊山がてら勇者のお披露目式に行ってみると勇者と目が合った。
は?無理
私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜
AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。
そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。
さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。
しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。
それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。
だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。
そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。
俺に王太子の側近なんて無理です!
クレハ
ファンタジー
5歳の時公爵家の家の庭にある木から落ちて前世の記憶を思い出した俺。
そう、ここは剣と魔法の世界!
友達の呪いを解くために悪魔召喚をしたりその友達の側近になったりして大忙し。
ハイスペックなちゃらんぽらんな人間を演じる俺の奮闘記、ここに開幕。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる