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第一章
第41話 二階級特進
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「あーあ、一人で大冒険かよ。
なんでこんなことになっちまったのやら。
さてと、勢い任せで飛び出しちまったが……手荷物は何があるかな」
空を飛ぶのをやめて、西のかなたへとつづく杉林の中の道を一人歩きながら俺はため息をつく。
いつも腰にぶら下げている袋を開けると、まず最初に出てきたのはこの世界に来てから一番の愛読書である『森暮らしの書』だった。
つづいて、アドルフにもらった魔導書が三冊。
それから、おやつ用に持っていたビスケットが一袋。
最後に、いつも持ち歩いている水筒が一本といった感じだ。
現金も一応あるが、ちょっと心ともない。
ほかには、通訳をしてくれているオウムの人形もあるが……これはマントの中にかくしておいたほうがいいかも。
悪目立ちするし、幸いなことに、最近は通訳なしでもすこしずつ現地の言葉がわかり始めているしな。
「さてと、久しぶりのサバイバルだな。
だが、あの時の俺とは一味違うぞ」
そう言って手にしたのは、アドルフの魔導書の三冊目。
この魔導書、思いのほか便利なのだ。
「精霊アドルフの真の名とその祝福において命ず。
我、第三の書に秘められた真の姿をここに求めたり……来たれ、アドルフの左官鏝」
俺が呪文を唱えると、手にしていた魔導書が左官鏝へと一瞬で変化する。
当然ながら、ただの左官鏝ではない。
「そーれ!」
俺が左官鏝を振るうと、その先端から大量の白い泥が放射された。
しかも、その泥が命ある存在のようにうねうねと動くのである。
実はこの左官鏝、魔力と引き換えにしてセメントを召喚できるのだ。
しかも、第三の書に書かれている魔術を全て無詠唱で使用できるようになるという優れものである。
……てなわけで、呼び出した大量のセメントを、『うごめく泥霊』という別の魔術で自在に動かし、あっという間に今日の宿が完成。
形としては、カマクラのような綺麗なドームである。
さらには、壁に断熱封印という魔術を施して、外の寒さを完全にシャットアウト。
ドアの部分には、風が入らないように枯れ草をつめておいた。
できれば暖かい毛布やクッションがほしいところだが、さすがにそこまでは用意できない。
森暮らしの書を触媒にしてピブリオマンシーを発動すればなんとかなるかもしれないが、魔力切れというやつである。
「今日のところはビスケットだけで我慢するか」
ビスケットに水分を奪われた口の中を水筒の水で潤し、そのままマントに包まると、静かに眠りについた。
幸いなことに、断熱効果のおかげで建物の中はわりと暖かい。
そして気がつくと、俺はいつもの真っ白な空間にいた。
「やぁ。災難だったねぇ」
「そろそろ自分の仕事が何なのかわからなくなってきましたよ」
苦笑まじりに声をかけてきたのは、智の神である。
たぶん、夢をつないで俺に語りかけてきているらしい。
「私の面子を優先してくれた君の気持ちはありがたいけど、やはり無茶はしてほしくなかったかな。
恥はあとでいくらでも取り繕うことができるけど、君の命は取り返しがつかないんだし。
君の所在が冥府の神の管轄になってしまったら、私がいくらがんばっても簡単には復活できないんだよ?」
簡単ではないけど、一応は復活できるのかよ。
さすが神だとは思うが、そこに頼り切るのは避けたほうがいい気がする。
「いやぁ、やはり日本人としてはあそこは引けない場面でして」
「まぁ、成果がつりあうとは思えないが……本を綺麗にする魔術は君にとっても有用だろうから、それでよしとするしかないか。
あと、ほかの神々も今回のことには協力的でね。
せっかくだからいろんな人に君を助けるよう手配をするつもりさ。
きっと、君にとってもその人にとっても成長のきっかけになるだろう」
つまり、俺の試練を利用して人材育成をするつもりらしい。
そつのないやり方が、なぜか悲しく感じるよ。
「だから、しばらくの間はあまり急いで移動をしないようにしてくれるかな?
君の事を追いかけてくる仲間が君を見つけられなくなるからね」
「……そいつ、役に立つんですか?」
この騒動を人材育成に利用するということは、初期段階がヘッポコな人材が送られてくる可能性は高い。
すると、智の神はなぜか微妙な顔をした気がした。
「そうだね、今なら役に立つんじゃないかな。
けど、それだけじゃ不安かもしれないから、君に新しい力をあげよう。
今回は、ピブリオマンシーのレベルをこの試練が終わるまで階位を二段階上げようとおもうんだ」
まさかの二階級特進である。
いや、殉職してないんたけどさぁ。
「それ、どうなるんです?」
そもそも、もらった能力のレベルアップがあること自体が初耳である。
なんとなくだが、能力を使いこなす力とはまた違う気がするぞ。
すると、智の神はレベルアップについて説明をはじめた。
「ピブリオマンシーが第二段階になった時点で、君は手持ちの本を特殊な魔導書にすることができる。
限定的に誰でもピブリオマンシーを使えるようにするって感じだね」
それ、自分には役に立たないけど、仲間がいる奴にとってはかなり有効な能力だな。
たしかにそれは俺にとって有用だろう。
だが……。
「でも、二段階あげるってことは、さらにその上があるんでしょ?」
「そう。
最上級段階のピブリオマンシーは、書物を神格化して自らの意志で動く守護者とする事ができるんだ」
その瞬間、俺の心が少しざわめいた。
「つまり、本から生み出された英雄たちと冒険ができる?」
おそらく、絵本の登場人物を実際に呼び出して、共に旅するような力だろう。
まさに千人力である。
「そういうことだね。
冒険に出る司書には、ふさわしい能力だと思わないかい?」
……というより、司書いがいにはふさわしくない力だろう。
いったい誰を呼び出そうか……俺は年甲斐もなくワクワクしていた。
なんでこんなことになっちまったのやら。
さてと、勢い任せで飛び出しちまったが……手荷物は何があるかな」
空を飛ぶのをやめて、西のかなたへとつづく杉林の中の道を一人歩きながら俺はため息をつく。
いつも腰にぶら下げている袋を開けると、まず最初に出てきたのはこの世界に来てから一番の愛読書である『森暮らしの書』だった。
つづいて、アドルフにもらった魔導書が三冊。
それから、おやつ用に持っていたビスケットが一袋。
最後に、いつも持ち歩いている水筒が一本といった感じだ。
現金も一応あるが、ちょっと心ともない。
ほかには、通訳をしてくれているオウムの人形もあるが……これはマントの中にかくしておいたほうがいいかも。
悪目立ちするし、幸いなことに、最近は通訳なしでもすこしずつ現地の言葉がわかり始めているしな。
「さてと、久しぶりのサバイバルだな。
だが、あの時の俺とは一味違うぞ」
そう言って手にしたのは、アドルフの魔導書の三冊目。
この魔導書、思いのほか便利なのだ。
「精霊アドルフの真の名とその祝福において命ず。
我、第三の書に秘められた真の姿をここに求めたり……来たれ、アドルフの左官鏝」
俺が呪文を唱えると、手にしていた魔導書が左官鏝へと一瞬で変化する。
当然ながら、ただの左官鏝ではない。
「そーれ!」
俺が左官鏝を振るうと、その先端から大量の白い泥が放射された。
しかも、その泥が命ある存在のようにうねうねと動くのである。
実はこの左官鏝、魔力と引き換えにしてセメントを召喚できるのだ。
しかも、第三の書に書かれている魔術を全て無詠唱で使用できるようになるという優れものである。
……てなわけで、呼び出した大量のセメントを、『うごめく泥霊』という別の魔術で自在に動かし、あっという間に今日の宿が完成。
形としては、カマクラのような綺麗なドームである。
さらには、壁に断熱封印という魔術を施して、外の寒さを完全にシャットアウト。
ドアの部分には、風が入らないように枯れ草をつめておいた。
できれば暖かい毛布やクッションがほしいところだが、さすがにそこまでは用意できない。
森暮らしの書を触媒にしてピブリオマンシーを発動すればなんとかなるかもしれないが、魔力切れというやつである。
「今日のところはビスケットだけで我慢するか」
ビスケットに水分を奪われた口の中を水筒の水で潤し、そのままマントに包まると、静かに眠りについた。
幸いなことに、断熱効果のおかげで建物の中はわりと暖かい。
そして気がつくと、俺はいつもの真っ白な空間にいた。
「やぁ。災難だったねぇ」
「そろそろ自分の仕事が何なのかわからなくなってきましたよ」
苦笑まじりに声をかけてきたのは、智の神である。
たぶん、夢をつないで俺に語りかけてきているらしい。
「私の面子を優先してくれた君の気持ちはありがたいけど、やはり無茶はしてほしくなかったかな。
恥はあとでいくらでも取り繕うことができるけど、君の命は取り返しがつかないんだし。
君の所在が冥府の神の管轄になってしまったら、私がいくらがんばっても簡単には復活できないんだよ?」
簡単ではないけど、一応は復活できるのかよ。
さすが神だとは思うが、そこに頼り切るのは避けたほうがいい気がする。
「いやぁ、やはり日本人としてはあそこは引けない場面でして」
「まぁ、成果がつりあうとは思えないが……本を綺麗にする魔術は君にとっても有用だろうから、それでよしとするしかないか。
あと、ほかの神々も今回のことには協力的でね。
せっかくだからいろんな人に君を助けるよう手配をするつもりさ。
きっと、君にとってもその人にとっても成長のきっかけになるだろう」
つまり、俺の試練を利用して人材育成をするつもりらしい。
そつのないやり方が、なぜか悲しく感じるよ。
「だから、しばらくの間はあまり急いで移動をしないようにしてくれるかな?
君の事を追いかけてくる仲間が君を見つけられなくなるからね」
「……そいつ、役に立つんですか?」
この騒動を人材育成に利用するということは、初期段階がヘッポコな人材が送られてくる可能性は高い。
すると、智の神はなぜか微妙な顔をした気がした。
「そうだね、今なら役に立つんじゃないかな。
けど、それだけじゃ不安かもしれないから、君に新しい力をあげよう。
今回は、ピブリオマンシーのレベルをこの試練が終わるまで階位を二段階上げようとおもうんだ」
まさかの二階級特進である。
いや、殉職してないんたけどさぁ。
「それ、どうなるんです?」
そもそも、もらった能力のレベルアップがあること自体が初耳である。
なんとなくだが、能力を使いこなす力とはまた違う気がするぞ。
すると、智の神はレベルアップについて説明をはじめた。
「ピブリオマンシーが第二段階になった時点で、君は手持ちの本を特殊な魔導書にすることができる。
限定的に誰でもピブリオマンシーを使えるようにするって感じだね」
それ、自分には役に立たないけど、仲間がいる奴にとってはかなり有効な能力だな。
たしかにそれは俺にとって有用だろう。
だが……。
「でも、二段階あげるってことは、さらにその上があるんでしょ?」
「そう。
最上級段階のピブリオマンシーは、書物を神格化して自らの意志で動く守護者とする事ができるんだ」
その瞬間、俺の心が少しざわめいた。
「つまり、本から生み出された英雄たちと冒険ができる?」
おそらく、絵本の登場人物を実際に呼び出して、共に旅するような力だろう。
まさに千人力である。
「そういうことだね。
冒険に出る司書には、ふさわしい能力だと思わないかい?」
……というより、司書いがいにはふさわしくない力だろう。
いったい誰を呼び出そうか……俺は年甲斐もなくワクワクしていた。
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