異世界司書は楽じゃない

卯堂 成隆

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第一章

第51話 聞け、平穏の詩を

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「くっ、なんて奴だ……地面の中にいる俺を攻撃してきたのはお前が始めてだぞ!」

 穴から出てきた男は、俺を見て少し困惑しつつ、明らかに侮るような視線を浴びせてきた。

「……って、なんだ? 獣人の子供か?
 てっきり、子守役の魔術師がいたんだとおもったんだがなぁ」

 ムカつくけど、これはむしろ好都合だ。
 そしてそのモグラ野郎の後ろからは、捕虜にした男三人が次々に顔を覗かせる。
 四対一か。
 覚悟はしていたが、こいつはキツいなぁ。

 だが、その中の一人が思わぬことを言いだした。
 例の、足に傷をうけた男である。

「悪いが、俺は先にズラからせてほしい。
 この傷を早く治したいんだ」

 そういえば、こいつ……仲間を裏切って情報を漏らしたくせに、なんでいまだに仲良くやってるんだ?
 もしかしたら、情報は偽モノだったのだろうか?

「ちっ、しょうがねぇな」

 モグラ男が顔をしかめながら魔術を使うと、地面に穴があいた。

「その穴は塀の向こうにつながっている。
 あとは自力でなんとかしろ」

「助かる」
 その穴の中に矢傷男が入ってゆく。
 だが、奴は姿が見えなくなる寸前に、顔だけこちらにむけて捨て台詞を投げつけてきた。

「おい、モフモフ小僧!
 無駄な抵抗はしないほうがいいぞ!
 おとなしく奴隷になって、せいぜい新しいご主人様にかわいがってもらうんだな!」

「誰がモフモフ小僧か!!」

 まったく……ほかにいろいろと言い方があるだろ!
 なんでモフモフなんだよ。
 まぁ、モフモフか。

 まぁ、いい。
 これで数としては三対一になったか。
 だが、支援が来る予定もなく、ピブリオマンシーを使う時間も無い。
 もっている魔導書は、ほぼ非戦闘系だ。

 どう戦うか?
 アドルフを呼ぶか?
 だが、それはしたくなかった。

 俺は、大きく息を吸って覚悟を決める。
 戦闘が嫌いなだけで、手はあるのだ。

 ――年・無・事・傍・江・湖
 心の中で念仏のように唱えながら、武術の構えのふりをしてアドルフの槌で大地を叩く。
 これは切り札を使うための下準備だ。

 落とし穴?
 いやいや、モグラ野郎相手にそれは悪手だろう。

 だが、準備が終わる前に相手が動いた。

「へへへ、坊主……おとなしくしろ。
 さもなきゃ痛い目を見ることになるぞ」

「うるさい、雑魚が。
 俺に近寄るな!!」

 威勢のいい言葉を吐いたものの、距離をつめられるとまずい。
 つかまったら最後、俺の腕力では抵抗できないからな。
 しかたがないから、別のプランに変更だ。

 俺はダッシュで距離をとると、同時に袋の中に手を突っ込んで、ヴィヴィの魔導書の表面を指でなぞる。
 これはヴィヴィから教えてもらった短縮詠唱の方法だ。

 魔術の無詠唱はご法度だが、呪文のかかれたものを指でなぞるという行為で代用し呪文を唱えたことは有りらしい。
 ちょうど、マニ車を回すようなものか。
 この世界の魔術師はこうやって魔術の詠唱を短縮し、詠唱時間という弱点を補っているのだそうだ。

「よし、行くぞ……」

 俺はさっき大穴をあけたカマクラ型の居住空間にたどり着くと、その縁をつかんで『突き放す左手』を唱えた。
 想像してみてほしい。
 実はこの居住区、その場しのぎの簡易版なのでまったく地面に固定されていないのだ。
 つまり、摩擦がなくなれば簡単に動くのである。

「小僧、そんなところに逃げても無駄……」

「くらえ……コロニー落とし!!」

 『突き放す左手』で生じる衝撃波を利用し、俺はカマクラ状の居住区を敵に向かって投げつけた。
 摩擦を失っているので動かす時は簡単だが、質量はとうぜんそのままである。
 熱エネルギーに変換されるはずの運動エネルギーは、魔術というありえない法則によってそのまま攻撃力となり……。

「うわぁぁぁ! なんじゃこりゃあぁぁぁ!!」

「逃げろ、押しつぶされるぞ!!」

 もしも人が寝泊りできる大きさの構造物が猛スピードで押し寄せてきたら、あなたはどうするだろうか?
 おそらく冷静によけることのできる人は少数派だろう。
 たいがいは体が硬直して何もできない。

「うぎゃあぁぁぁぁぁ!!」

 お、一人吹っ飛ばされたな。

「ストライーク!!」

 俺はそんな台詞を叫びながら、そそくさと周囲の壁に槌で穴を開け、外に逃げだした。
 なぜならば……塀に囲まれた居住区の中が、地獄のエアホッケー場になることを予想していたからだ。

 そして、塀の向こうからは予想通りガコーン、ガコーンと肝が冷えるような音が響きはじめる。
 うわ、こえぇ……。

 耳を澄ませば、投げた居住区が壁にぶつかる衝撃音に混じって男たちの悲鳴があがっていた。
 ……ちょっとやりすぎたかもしれない。
 死んでなきゃいいんだけど。

 だが、ここで慢心はしない。
 先ほど中断した切り札の準備だ。
 俺は再び心の中で文字を描きながら槌で地面を叩く。

 そして切り札の作業が完成してすぐだった。
 突然、地面から手が伸びて俺の足を誰かがつかむ。

「小僧、よくもやってくれたな! 少し肝が冷えたぞ!!」

 声の主は、あの地面を潜る男だった。
 だが、お前が地面に潜って俺の攻撃をしのぐことは予想済みである。

 さぁ、俺の切り札をくらうがいい!
 あわてず騒がず俺は漢詩を唱和し、ピブリオマンシーを発動させた。

  幾年無事傍江湖   江湖にきてからというものなんと平和なことか
  酔倒黄公旧酒壚   友は黄公にある壚の酒場で酔いつぶれ
  覚後不知明月上   月の光に照らされ、花の影がその身を飾る
  満身花影倩人扶   酔いが醒めても世話をうけたことすら覚えておるまい

「なんだ、この餓鬼。 恐怖で頭がおかしくなったか?」

 これは『和襲美春タ酒醒』という、酔っ払った友人とその平穏な暮らしを詠んだ詩である。
 先ほどから俺は、アドルフの槌を使って地面の大きな石にこの漢詩の文字を刻み付けていたのだ。

「なんだ……これ……目が……回る」

 ふはははは、勝負あったな!
 ピブリオマンシーの効果によって全身にアルコールが回った男は、そのまま糸の切れた人形のように崩れ落ちる。
 さて、これで全員片付いたかな?

 そう思った瞬間、上から拍手が鳴り響いた。
 まさか、まだ敵が?

「やるじゃない。 心配して損しちゃった」

 木の上から俺を見下ろしていたのは、ヴィヴィであった。

「……いたなら助けてくれてもいいだろ」

「だって、面白そうなことしているんだもの」

 楽しそうに告げながら、彼女は軽々と地面に降り立つ。
 やれやれ、困った性格だよほんと。

「で、そっちは終わったのか?」

「うん。 問題なく」

 そして、俺たちはようやく安心して眠れるようになったのである。
 あ……寝る場所作り直さなきゃ。
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