異世界司書は楽じゃない

卯堂 成隆

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第一章

第67話 森の神の神殿にて

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 さて、見た目はかなり怪しいが、せっかくできた薬である。
 すぐに怪我人のところに運ぼう。
 こうしている間にも、苦しんでいる人はたくさんいるはずだ。

 兵士の詰め所で聞いた話だと、火事で焼け出された人々や怪我人はこの町で一番大きな森の神を祭る神殿に集められているとのことである。
 壷を台車の上に載せ、俺はひっくりかえさないように舗装の悪い道を進む。
 子供の体では体力も腕力も足りなくて、台車を引くのも一苦労だ。

 そして、たどり着いた森の神の神殿だが、周囲にはろくな手当てもされていない怪我人が放置されていた。

「これ……どういうこと?」

 見れば、治療の順番を待っているという様子でもない。
 慈悲を求める怪我人たちを、門番の男が邪険に追い払っているようにしか見えなかった。

「たぶん、この人たちは治療費が払えないんでしょうね」

 シェーナの声に、聞き間違えようがないほど侮蔑の色が混ざる。

「だからと言って、この扱いかよ」

 俺の目の前で、母親の手当てを求めて泣きすがる子供が兵士によって殴り飛ばされた。
 夫の傷の手当を求める女性にも、槍の切っ先が突きつけられる。

 なんだ、この地獄は。
 火事で焼け出された人々は、森の神殿で保護されるているはずじゃなかったのか?

 たしかに、聖職者だって生活するには金が要る。
 対応できる人間の数にだって限界はあるだろう。
 無償で全ての怪我人を治療しろだなんて言うほど、世間知らずなわけではない。

 だが、これはなんかおかしいだろ!?
 胸の奥にどうしようもない苛立ちを感じながら、俺は前に進み出た。

「門番のおじさん。
 ここに怪我人がいると聞いてきたから、治療の手伝いに来たんだけど」

「はぁ?
 お前みたいな子供に何ができる。
 邪魔だからさっさと帰れ」

「これでも神官だから治療の魔術は使えるし、傷に効く薬も持ってきたんだ」

 そう言って、俺は台車の上の壷を示す。
 すると、門番はあからさまに疑いの目を向けながら、どうせ嘘だろうといわんばかりの声色で俺に尋ねた。

「……失礼ですが、どちらの神官で?
 聖印を見せていただけますかな?」

「あ……いえ、持ってないです」

 そんなものがあると聞いたのは初めてだし、スフィンクスである俺にはそもそもそんなものは必要なかった。
 なにせ、種族自体が神の使いであるという立場の証明になっていたからな。

 マントで隠している翼を見せれば一発で相手が平伏すことになるのかもしれないが、そんな気にもなれない。
 こんなところでそれをやれば、人攫いに目をつけられるリスクも高くなるしな。
 なによりも、こいつらを信用できない。

「ちっ、子供の遊びに付き合っている暇はねぇんだよ!
 あと、金の無……信心の足りない奴にも用はねぇ!
 さっさとここから出てゆかないと、痛い目を見ることになるぞ!」

「神官として認めてもらえないのはかまいません。
 ですが、せめてここにいる人たちに傷薬を分ける事は……」

「なに? 薬を持っているのか?
 どんな薬だ。 見せてみろ」

 おそらく薬を掠め取ろうとしたのだろう。
 門番の男は俺をドンと押しのけて台車の上の壷を覗き込んだ。

「うぇっ!? なんじゃこりゃあ!
 こんなの、見るからに毒じゃねぇか!
 ふざけんな!!」

 門番の男は、怒りに任せて俺を殴りつけようとする。
 だが、その瞬間、男の顔が一気に青ざめた。
 そして、腹を押さえたままものすごい勢いで建物の中へと駆け込んでゆく。

 あ、たぶん呪いだぞアレ。
 犯人は、隣でニコニコと笑顔を浮かべたまま激怒していたシェーナだ。
 全身からほとばしるオーラのようなものに巻き上げられて、髪の先端がユラユラと揺れている。

「ふん、人間風情がえらそうに。
 私の開発した傷薬を毒ですって?
 罰として一週間ほどトイレと親交を深めるがいいわ!」

 小さな声ではあるが、寒気するほどの悪意がこめられていた。
 まぁ、これは向こうが悪いから俺から言うべき事は何もない。

「さぁ、馬鹿がいない間にここにいる人から治療しちゃいましょ。
 誰か、桶に水を汲んできて!」

 シェーナが周囲に声をかけると、身動きのできる人間がすぐに水を汲みに行った。
 そして汲んできた水に、シェーナは先ほどの毒々しい薬を一滴たらす。
 するとどうだろうか……桶の中の水が緑の光を放つ神々しい液体にかわったのである。

「うぉぉぉぉ!」

「すげぇ、こんな薬見たことないぞ!」

 なんと、シェーナの生み出した外傷治癒薬は濃縮タイプであった。
 たぶん、運んだり保存することも考えてこの仕様になっているのだろう。
 俺の見た限りシェーナはそういう性格だ。

「さぁ、驚いてないで、この水を火傷した部分にかけなさい!
 効果は保証するわ」

 威勢のいい声をあげるシェーナの横で、俺は桶の中の薬をちょうど横で様子を伺っていた男に使う。
 足を火傷しているみたいだな。
 実演させてもらうぞ。

「おわっ、冷てぇっ!?」

 ふいをつかれて悲鳴を上げる男。
 だが、その悲鳴はすぐに歓声にかった。

「おおお!?
 俺の火傷が……一瞬で消えたぞ!?」

「本当か!」

「こっちにも薬をくれ!
 娘がひどい状態なんだ!!」

 薬の効果を見て、人々が一斉に押し寄せてくる。
 くっ、これはまずい。

「重傷者から先につれてきてくれ!
 順番を飛ばした奴は治療しないぞ!!」

 俺が声を張り上げると、民衆の動きがぴたっと止まる。
 そのあとは、自然と場を仕切る者が現れてくれたおかげで特に混乱もなく治療が進んだ。

 傷薬の効果はすさまじく、どんな火傷を負ったやつも、数秒後には跡形見なく綺麗な肌を覗かせている。
 それどころか、皺や染み、ほくろまで消えるものだから、女性陣が薬の壷を見る目がちょっと怖い。

 だが、ようやく怪我人の半分ぐらいが無事に治療を終えた頃だった。

「おい、お前らか!
 ここで勝手に治療行為を行っている奴は!!」

 どうやら神殿の人間が兵士にタレ込んだらしい。
 すさまじいブーイングをかき分けて、何人もの兵士がこちらにやってくる。

「神殿の人間から、営業妨害の訴えがあった!
 話を聞かせてもらうので、詰め所までご同行願おう!!」

 ……残念だがここまでのようである。
 俺は荷物を台車にまとめると、残った怪我人の嘆願を背に受けながらその場を後にした。

 だが、しばらく歩いてからの事である。
 あと、兵士の足が止まった。
 なにごと?

「明日は広場の一角でやるといい。
 場所は押さえておいたから」

 そういって、俺たちを連衡しているはずの兵士から一枚の紙を渡された。
 自警団と商業ギルドの印鑑が押してある、正式な露店の許可書だ。

 俺たちが驚いた顔をすると、兵士たちはしてやったりとばかりにニヤッと笑った。
 彼らの中に、俺たちがこの町で最初に世話になった兵士がいたことを、いまさらながらに気づく。

 ……どうやら、世の中そう捨てたもんじゃないらしい。
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