異世界司書は楽じゃない

卯堂 成隆

文字の大きさ
77 / 121
第一章

第76話 プロパガンダ

しおりを挟む
「いやぁ、なかなか派手な入場になっちゃいましたねぇ」

「ふはははは、愉快! 愉快であるぞ!」

 ……と笑っているのはアンバジャックとドランケンフローラ。
 どっちがどっちの台詞かだなんて、わざわざ説明するまでも無いよな。

「笑い事じゃないから、この妖魔共。
 大惨事だよ。 注目集めすぎ!」

 街に突入した羊たちだが、あわや大惨事……の前にふとよいことを思いつき、俺の放った魔術【包みこむ右手】によって全員捕縛に成功した。
 だが、その結果、奴らはお互いの毛が複雑に絡み合ってしまい、自由に動けない状態になってしまったのである。

 メーメーと悲しそうに鳴いてはいるものの、自業自得だ。
 そこでしばらく反省していなさい。
 なお、奴らの反省に付き合う義理も無いので、羊たちはそのまま自警団に預けてきた。

 ただ、一匹だけおとなしい羊がいたので、同行を許可することにしたのだが……。
 荷物持ちにするつもりだったのに、アンバジャックの奴が俺を持ち上げて、羊の背中に乗せやがった。

 歩くのが遅いからそのほうがいい?
 うるせーちょっと図体がおおきいからと言って、いい気になるなよ、この野郎!
 熊の脚は短いんだよ!
 ……とまぁ、そんな罵声を心の中でつぶやいていると、ドランケンフローラの足がピタリと止まった。

「むむっ、ここじゃ! ここからよい匂いがするぞよ。
 トシキよ、この店に入るのじゃ」

 たしかに、気がつけば焼き鳥の屋台にも似た匂いが周囲に漂っている。
 お、この世界特有の炭火を使っているっぽいな。
 煙の中にも燻製にもにた香りが混じっており、肉を焼く香りにとてもよくマッチしている。
 思わず、俺は口の中にじわっと濃厚な肉汁が広がる幻覚を感じていた。

「へいへい。
 まぁ、悪くなさそうだしここにするか」

「羊はここで待っているように。
 人についていったり、勝手に出歩いたりするんじゃないぞ」

「めぇぇぇ」

 俺はそういい含めてから羊の背を降り、色あせた木のドアを押し開ける。
 そこは地元の労働者が利用するような、とくに目立つところの無い料理店だった。
 狭い店は綺麗に掃除されていて、よごれた感じはまったくしない。

 だが、ここはちょっと場違いだったかもしれないな。
 客はおそらく林業に従事者しているであろう、体格のいい男たちばかりだ。
 ちょうど食事時なせいで、どの席もぎっしり筋肉が……じゃなくて、人が詰まっている。

 アンバジャックのようなマッチョならば違和感が無いが、俺やドランケンフローラのような……って、いつの間にかドランケンフローラの姿がガタイのいい兄ちゃんになっている。
 さすが妖魔。
 器用なものだな。

 さて、店の中の様子を観察していると、年季の入った看板娘がこちらにやってきた。

「三名様かい?」
「あぁ。 席は空いているかな?」

 俺のかわりにアンバジャックが返事をかえす。
 これはしょうがない。
 俺の見た目は子供だからな。

 さて、空いている席は……おお、ちょうどカウンター席が3つ空いているな。
 でも、並んでいる席は二つだけか。

「並んだ席じゃなくて悪いけど、いちおう三つ空いている席があるから座っておくれ。
 この手の店は慣れてない感じだから説明しておくけど、メニューなんて高尚なものは無いよ。
 出せるのは日替わりの定食だけさ。
 あ、お持ち帰りもできるが、どうするんだい?」

「お気遣いどうも。 ここで食べます。」

「ありがとさん。
 あと、料金は前払いだよ」

 俺が料金を支払うと、ちょっとだけ奇妙な顔をされてしまったが、そのあたりを追求する気はないらしい。

 料金を支払って、出来上がりを待ちながら周囲の会話に耳を傾ける。
 なお、席に関してはアンバジャックがさっさと一人だけ離れた席を選んだ。
 相談で時間を消耗するよりは楽でいい。

 さて、客の会話に聞き耳を傾けると、やはり話題は木がなくなってしまった森に関してのことである。
 どんな会話をしているかというとだ……。

「神殿の言うことには、なんでも少し前に勝手に火傷の治療を行った奴がいてよ。
 その行動が森の神の怒りに触れたらしいぞ」

「あぁ、それでうちの親方も、朝早くから森の神の神殿に詣でて木を返してくれるよう嘆願しに行ったらしい」

 さすがあの神殿の奴らだ。
 ずうずうしいにもほどがあるな。

 ……というより、このままだとさらにアドルフが怒り狂うぞ。
 たぶん、次は人の住めない場所にされちまうんじゃないだろうか?

「おや、自分が聞いた話だと、森の神はもう神殿にいないらしいですよ?」

 そんなことを言い出したのは、なんとアンバジャックだった。

「おい、めったなこというもんじゃない!」

「いったい何を根拠にそんなことを!!」

 客の中から二人ほど立ち上がって詰め寄ったが、アンバジャックは特にあわてることもなく話を続けた。

「だって、森の神が森から木をなくしてどうするんですか?
 自分の信仰揺らぐだけでしょ。
 それに、あの大きな火事のときに森の神は何をしてくれたんです?」

「そ、それは……」

 その追求に、立ち上がった男はうろたえる。
 何もしてくれなかったのはみんな知っているからな。

「街を狼藉者が襲ったとき、何か助けてくれましたか?
 神殿の門を閉ざして、助けを求めてきた人々を締め出したのはなぜです?」

 アンバジャックの言葉に、成り行きを見守っていた連中が頷き始める。
 そりゃそうだろう。
 あれはひどい光景だったからなぁ。

「火傷を負った貧しい人々を、森の神は助けてくれましたか?
 宿泊場所を提供してくれるって話だったけど、泊めたのは裕福な人たちだけだったじゃないですか」

「いや、だからといって森の神をないがしろにするのは……」

 たじろいだ男たちの様子に、俺はここが攻め時だと思って声を上げた。

「ねぇ、森の神ってどうして何もしてくれないの?
 それ、本当に神様なの?」

「なんて事を言うんだ、小僧!」

「森の神を敬わないだなんて、親はどういう躾してやがる!!」

 先ほどから森の神を持ち上げていた男たちは、俺を叱り飛ばそうとする。
 だが、アンバジャックが周囲の男たちに植えつけた森の神への疑惑は消えなかった。
 食堂の空気は、どんどん暗くなってゆく。

「ねぇ、なんでおじさんたちは森の神の味方をするの?
 僕たちには何もしてくれない、ひどい神様じゃない」

 俺がわざと空気を読まずに発言を続けると、その男たち……おそらく森の神殿の回し者は、形成不利と悟ってその場から逃げ出した。

「くっ、お前ら後悔するなよ!」

 なんというか、個性の無い捨て台詞だなぁ。
 俺がそんなことを考えていたときである。

「ほら、あがったよ」
 横からオバ……もとい年季のはいった看板娘が、包みを差し出した。

「悪いけど、あんたたちの食事はお持ち帰りにさせてもらったよ。
 出て行っておくれ」

 どうやら、やりすぎてしまったようである。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

「俺が勇者一行に?嫌です」

東稔 雨紗霧
ファンタジー
異世界に転生したけれども特にチートも無く前世の知識を生かせる訳でも無く凡庸な人間として過ごしていたある日、魔王が現れたらしい。 物見遊山がてら勇者のお披露目式に行ってみると勇者と目が合った。 は?無理

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜

AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。 そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。 さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。 しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。 それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。 だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。 そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。

俺に王太子の側近なんて無理です!

クレハ
ファンタジー
5歳の時公爵家の家の庭にある木から落ちて前世の記憶を思い出した俺。 そう、ここは剣と魔法の世界! 友達の呪いを解くために悪魔召喚をしたりその友達の側近になったりして大忙し。 ハイスペックなちゃらんぽらんな人間を演じる俺の奮闘記、ここに開幕。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

処理中です...