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第一章
第110話 お姫様の昔語り
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「お待ちしておりました、トシキ様。
お嬢様のところへご案内いたします」
「出迎えありがとうございます。
これは領主様への手土産です。
喜んでいただけるとよいのですが」
領主の館に着くと、すぐさま執事が出迎えにきて、お嬢様の部屋に通された。
その際、領主への手土産を渡しておくことも忘れない。
この手の気遣いを忘れると、自分はおろか仕える神の名誉も傷つけてしまうのだ。
特にこの地の領主、シュード男爵家はこの手の決まりごとにうるさいのである。
先日、娘を助けた礼という名目で晩餐に招待されたが……まぁ、この町の領主であるあの男とは一度話しをすればもうけっこう。
次は何か理由をつけて断ろうと思う程度にはウマが合わなかった。
なお、土産物を渡すときに「つまらないものですが」などといってはいけない。
それは日本だけで通じる作法で、うっかりこちらで使うとかなり微妙な顔をされる。
つまり『つまらないと思うものを持ってくるなど、これは嫌がらせか?』という受け取り方をされるわけだ。
このように、異文化交流は細かいところで問題がおきやすい。
つまり、とても神経を使うと面倒くさいということだ。
ましてや、貴族。
ましてや、権威主義。
……ったく、なんで恩人であるはずの俺がこんな思いをせにゃならんのだ。
「お嬢様、トシキ様がお見えになられました」
「お入りくださいとの事です」
執事がドアの向こうに伺いを立てると、侍女の誰かが返事を返す。
……ずいぶんと大仰な対応だ。
無駄が多いにもほどがある。
そもそも、こんな仰々しい対応が必要なほどたいした家柄でもないというのに。
結局は貴族の見栄という奴だろう。
実に面倒くさい。
やがてドアが開き中に通されると、マリーベルはベッドの上で体を起こし、俺を待ち構えていた。
「お加減はいかがですか? マリーベル様」
「ごきげんよう、トシキ様。
今日は貴方の顔が見れたので、とても調子がよろしいですわ」
よそ行き用の言葉遣いで挨拶をすると、彼女はベッドの上であるにもかかわらず優雅に体を曲げて挨拶をしてみせた。
妙に洗練された動きである。
いかにも慣習と権威主義に凝り固まったこの家、シュード男爵家の娘らしい振る舞いだ。
それにしても、この世界の貴族にはベッドの上でもできる挨拶仕方なるものが存在しているのだろうか?
それを十歳そこそこの彼女がそれを身につけているのもどうかと思うが。
「お世辞でも嬉しい言葉ですね。
さて、今日はどんなお話を聞かせていただけるのでしょう?」
「では、先日の約束どおり……この町の先代の森の神のお話にしましょう」
にこやかに笑顔を作ってはいるが、どちらかというと長居をしたい場所ではない。
さりげなく見舞いに来ている報酬を求めると、マリーベルは一瞬だけ寂しそうな顔をしたあとで語りだした。
「今は昔……この地には今の森の神と違う神がいらっしゃいました」
それは、とても古い物語。
妖魔たちが休眠に追い込まれた火山の噴火の前までさかのぼる昔話である。
「当時、この地には火の山の神もおり、
この地の森を治めていた神は大きな鹿の姿をしていて、とても温厚な女神であったといわれています。
近くには頻繁に噴火をする火山がありましたが、その神は火山の神に森の恵みを贈ることで交渉し、森を火山の災いから守っていました」
なお、このあたりの話についてはすでに妖魔たちからも聞いており、彼らはその女神のことを懐かしげに語ってくれた。
ずいぶんと人望のいる女神であったらしい。
精霊たちの中にも交流のあったものが少なくなく、図書館にはその頃の話について記された本がいくつも存在している。
「ですが、それでも火山の災いがまったく無くなるわけではありません。
それを悲しく思っていたのが、その女神の弟であり、今の森の神であらせられる神様です」
これは嘘だ。
今この町を守護している神は、そんな慈悲深い神ではない。
町の人間たちも、口にしないけどほとんどの奴はそう思っている。
なお、現在この町を守護する神はけっこう力の強い神らしいのだが……性格に難があったために、この町と森の守護神になる前は人々の信仰を思うように集められなかったのだとか。
そのため、人々から慕われていた姉であるこの地の森の神をひどく妬んでいたらしい。
そしてある日。
姉からこの町と森を奪うことを決めたその神は、火の神への贈り物の中に呪いの品を混ぜたのだ。
しかも自分の仕業だとバレないように周到な手順を踏んで。
呪いによって我を忘れた神はその力を開放し、周囲の森を火の海にした。
これが二千年前におきた惨劇の真相である。
……むろん、その真実をこの街に住む者たちが知るはずも無い。
俺の目の前で語られるお姫様の昔話は、その理由を巧妙にごまかしたものであった。
そして火山の噴火から森と町を守ろうとした森の神は、己の力を使い果たして町を守った後、忽然とその姿を消したのだという。
女神が死んだのか、今もどこかに封印されているのかについては誰も知らない。
そして女神のいなくなった穴を埋めるような形で自分がこの地の神となった弟神だが、奴もまた姿を見せることがなくなった。
せっかく権力を握ったものの、事件の後始末として火山の神に深い眠りの呪いをかけることで力を使いすぎてしまったらしい。
そして、ふたたび力を蓄えるために自ら長く深い眠りについたのだという。
そのため、この地の今の森の神はめったなことが無い限り眠ったままで、神官たちの管理もしていない。
さらに、神官たちも滅多なことでは森の神を起こさない。
ただ、一定の時間をおいて火の神にかけられた呪いを維持させるために、人間の娘を生贄にした儀式のときのみ森の神は目を覚ましてその姿を現すという。
「どうでした、トシキ様。
今日の物語は」
俺が思索にふけっていると、いつの間にか物語りは終わっていたようだ。
マリーベル姫は頬を上気させながらこちらを見ている。
「大変興味深く拝聴させていただきました」
ええ、この地の森の神が、どんな嘘をついたのか……。
たっぷり聞かせていただきましたとも。
俺は間もなくその欺瞞に満ちた祭礼によって命を失うであろうお姫様に、にっこりと微笑んで見せたのであった。
お嬢様のところへご案内いたします」
「出迎えありがとうございます。
これは領主様への手土産です。
喜んでいただけるとよいのですが」
領主の館に着くと、すぐさま執事が出迎えにきて、お嬢様の部屋に通された。
その際、領主への手土産を渡しておくことも忘れない。
この手の気遣いを忘れると、自分はおろか仕える神の名誉も傷つけてしまうのだ。
特にこの地の領主、シュード男爵家はこの手の決まりごとにうるさいのである。
先日、娘を助けた礼という名目で晩餐に招待されたが……まぁ、この町の領主であるあの男とは一度話しをすればもうけっこう。
次は何か理由をつけて断ろうと思う程度にはウマが合わなかった。
なお、土産物を渡すときに「つまらないものですが」などといってはいけない。
それは日本だけで通じる作法で、うっかりこちらで使うとかなり微妙な顔をされる。
つまり『つまらないと思うものを持ってくるなど、これは嫌がらせか?』という受け取り方をされるわけだ。
このように、異文化交流は細かいところで問題がおきやすい。
つまり、とても神経を使うと面倒くさいということだ。
ましてや、貴族。
ましてや、権威主義。
……ったく、なんで恩人であるはずの俺がこんな思いをせにゃならんのだ。
「お嬢様、トシキ様がお見えになられました」
「お入りくださいとの事です」
執事がドアの向こうに伺いを立てると、侍女の誰かが返事を返す。
……ずいぶんと大仰な対応だ。
無駄が多いにもほどがある。
そもそも、こんな仰々しい対応が必要なほどたいした家柄でもないというのに。
結局は貴族の見栄という奴だろう。
実に面倒くさい。
やがてドアが開き中に通されると、マリーベルはベッドの上で体を起こし、俺を待ち構えていた。
「お加減はいかがですか? マリーベル様」
「ごきげんよう、トシキ様。
今日は貴方の顔が見れたので、とても調子がよろしいですわ」
よそ行き用の言葉遣いで挨拶をすると、彼女はベッドの上であるにもかかわらず優雅に体を曲げて挨拶をしてみせた。
妙に洗練された動きである。
いかにも慣習と権威主義に凝り固まったこの家、シュード男爵家の娘らしい振る舞いだ。
それにしても、この世界の貴族にはベッドの上でもできる挨拶仕方なるものが存在しているのだろうか?
それを十歳そこそこの彼女がそれを身につけているのもどうかと思うが。
「お世辞でも嬉しい言葉ですね。
さて、今日はどんなお話を聞かせていただけるのでしょう?」
「では、先日の約束どおり……この町の先代の森の神のお話にしましょう」
にこやかに笑顔を作ってはいるが、どちらかというと長居をしたい場所ではない。
さりげなく見舞いに来ている報酬を求めると、マリーベルは一瞬だけ寂しそうな顔をしたあとで語りだした。
「今は昔……この地には今の森の神と違う神がいらっしゃいました」
それは、とても古い物語。
妖魔たちが休眠に追い込まれた火山の噴火の前までさかのぼる昔話である。
「当時、この地には火の山の神もおり、
この地の森を治めていた神は大きな鹿の姿をしていて、とても温厚な女神であったといわれています。
近くには頻繁に噴火をする火山がありましたが、その神は火山の神に森の恵みを贈ることで交渉し、森を火山の災いから守っていました」
なお、このあたりの話についてはすでに妖魔たちからも聞いており、彼らはその女神のことを懐かしげに語ってくれた。
ずいぶんと人望のいる女神であったらしい。
精霊たちの中にも交流のあったものが少なくなく、図書館にはその頃の話について記された本がいくつも存在している。
「ですが、それでも火山の災いがまったく無くなるわけではありません。
それを悲しく思っていたのが、その女神の弟であり、今の森の神であらせられる神様です」
これは嘘だ。
今この町を守護している神は、そんな慈悲深い神ではない。
町の人間たちも、口にしないけどほとんどの奴はそう思っている。
なお、現在この町を守護する神はけっこう力の強い神らしいのだが……性格に難があったために、この町と森の守護神になる前は人々の信仰を思うように集められなかったのだとか。
そのため、人々から慕われていた姉であるこの地の森の神をひどく妬んでいたらしい。
そしてある日。
姉からこの町と森を奪うことを決めたその神は、火の神への贈り物の中に呪いの品を混ぜたのだ。
しかも自分の仕業だとバレないように周到な手順を踏んで。
呪いによって我を忘れた神はその力を開放し、周囲の森を火の海にした。
これが二千年前におきた惨劇の真相である。
……むろん、その真実をこの街に住む者たちが知るはずも無い。
俺の目の前で語られるお姫様の昔話は、その理由を巧妙にごまかしたものであった。
そして火山の噴火から森と町を守ろうとした森の神は、己の力を使い果たして町を守った後、忽然とその姿を消したのだという。
女神が死んだのか、今もどこかに封印されているのかについては誰も知らない。
そして女神のいなくなった穴を埋めるような形で自分がこの地の神となった弟神だが、奴もまた姿を見せることがなくなった。
せっかく権力を握ったものの、事件の後始末として火山の神に深い眠りの呪いをかけることで力を使いすぎてしまったらしい。
そして、ふたたび力を蓄えるために自ら長く深い眠りについたのだという。
そのため、この地の今の森の神はめったなことが無い限り眠ったままで、神官たちの管理もしていない。
さらに、神官たちも滅多なことでは森の神を起こさない。
ただ、一定の時間をおいて火の神にかけられた呪いを維持させるために、人間の娘を生贄にした儀式のときのみ森の神は目を覚ましてその姿を現すという。
「どうでした、トシキ様。
今日の物語は」
俺が思索にふけっていると、いつの間にか物語りは終わっていたようだ。
マリーベル姫は頬を上気させながらこちらを見ている。
「大変興味深く拝聴させていただきました」
ええ、この地の森の神が、どんな嘘をついたのか……。
たっぷり聞かせていただきましたとも。
俺は間もなくその欺瞞に満ちた祭礼によって命を失うであろうお姫様に、にっこりと微笑んで見せたのであった。
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