異世界司書は楽じゃない

卯堂 成隆

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第一章

第118話 ゆれるエルフたち

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 会談の場所として提供されたのは、エルフの集落の中ではなかった。
 いや、提供する準備中というべきか。

「おーい、魔法陣の準備ができたぞぉぉぉ」

「魔力流し始めるから、全員退避ぃぃぃぃ!」

 そんな掛け声を上げながら、エルフたちが会場の設営の準備をしている。
 彼らがやっているのは、俺が作るコンクリート製のカマクラを植物で再現したかのような代物だ。
 俺の目の前では、長い草がひとりでに編みこまれて緑の絨毯を作り出している。
 おお、面白いな!

 こういうの、自分で作るのも楽しいけど、人が作っているのを見ているのも意外と楽しいんだよね。
 いつまでも見ていられるというか。
 ……お、予想以上に作業が早い。

 こんなことを考えている間に、すでに建物は出来上がったようである。
 俺たちの目の前では、エルフたちが椅子や机といった調度品を運び込んでいるところだ。

 ふむ……シンプルなように見えて、抑え気味に装飾が施されている。
 かなり好みのデザインだ。
 俺の部屋の調度品も、彼らにお願いできないものだろうか?

「お待たせしました。
 代表を呼んでまいりますので、中でお待ちください」

「わかりました。
 では、失礼させていただきます」

 俺はこれ見よがしに妖魔からもらった枝を手に取り、案内にしたがって中に入る。
 あ、いい香りだ。
 部屋いっぱいに漂う草の匂いは、俺に新しい畳を思い出させた。

 だが、良い印象ばかりではない。
 椅子に座ろうとしたのだが、俺の体に合う椅子が無いのだ。

「……失礼しました。
 今、準備いたします」
 椅子の前で立ち止まった俺の視線で何が問題に気付いたエルフが、すかさず魔術で苔の塊でできたクッションを作り出す。
 そして、すぐにお茶を持ってきた。
 ふむ、ハーブティーか。
 もしかしたら、茶の木は知らないのかもしれない。

 なお、茶器は石英か何かの半透明な白い石を削ってくりぬいたもののようである。
 陶器や磁器は大量の燃料を使うので、おそらくは焼き物の文化が無いのだろうな。
 この辺りは、今後エルフと取引をするときに使えるかもしれない。

 しばらくするとエルフたちが入ってきた。
 たぶん、長老衆とかいう連中だろうが、外見上はみんな若いので年齢についてはさっぱりである。
 ……なんか、連中が入ってきた瞬間、腐葉土をイメージするような妙な不快感を感じたが、これはなんだろうか?

 やがて長老たちのところにも茶が運ばれ、簡単な自己紹介が始まった。
 そしてお互いの名前を一通り聞いたあと、ようやく本題に入る。

「智の神の眷属よ、話とは何だ?」

 さて、思う存分に戸惑うがいい。

「先代の森の神についてです」

 俺がその言葉を口にした途端、ほんの僅かにエルフたちの表情が揺らいだ。
 あらかじめどう反応するであろうと予想していなければ気付かないだろう程度の変化だ。

 目を見開いて、なぜ今になってそんなことを聞くとか叫んで欲しかったのだが、そこまでのことを期待するのは贅沢か。

「ちなみにですが、彼女が生きている事はすでに確認済みです」

 さすがにそこまでのことを言われるとは思っていなかったのであろう。
 エルフの長老たちはしばらく口を閉ざした。

 ただ、反応は様々である。
 驚き、怒り、恐怖。
 顔に出なくとも、その体から漂う匂いは雄弁にその衝撃を物語っていた。

「なぜ我々にそのような話を持ってきた」

「貴方たちが、かの女神に仕える神官だったからですよ」

 すると、長老たちはその顔にかすかな苦悩を漂わせながら、口々に答えを返す。

「残念だが、あずかり知らぬ話だな」

「たしかに我らは、今もかの女神の祭祀は行っている。
 だが、それはただの感傷にすぎぬよ」

 嘘は言っていないと思う。
 まぁ、長生きしている連中だから俺をだますほどの演技力があってもおかしくは無いが。

「よろしいだろうか?」

 長老衆のなかで、ずっと沈黙していた人物が手を挙げる。

「どうぞ?」

 発言を許すと、そのエルフはどこかすがるような目をしながら俺に尋ねた。

「女神が生きているということをどうやって知ったのか、尋ねてもよろしいだろうか?

 なるほど、それは気になって仕方が無いだろうな。
 俺は横にいる風の精霊を振り返った。

「彼女はネグローニャ。
 かの女神の友人であり、女神が姿を消したあとで唯一そのメッセージらしきものを受け取った存在です」

「なんですと!?」

 長老衆は驚きを隠そうともしなかった。
 きっと、演技をすることも忘れるほどの衝撃だったのだろう。

「私は彼女がいなくなったあと、彼女の魔力でしか動かない人形が踊る光景をみました。
 そして先日、そこのトシキの協力で……その人形が涙を流すという光景を見たのです」

 そういいながら、ネグローニャは木彫りの小熊をテーブルの上に置く。
 すると、エルフたちは一斉に平伏したではないか。
 そして、小さな声で口々に祈りの言葉を唱え始める。

 これは、もしかして……。

「私の目的を言っておきましょう。
 智の神の使いである私トシキは、先代の森の女神の復活を望んでおります。
 エルフの皆さん、手助けをしていただけませんか?」

 その瞬間、エルフたちは戸惑った。
 期待と警戒のないまぜになった顔で俺の目を覗き込み、そこに嘘が無いかを探している。

 俺は彼らから目をそらさず、じっとその反応を待った。
 だが、長く生きているがゆえに臆病である彼らはなかなかその答えを出す事ができない。

 だが、しばらく悩むことぐらいは許そうではないか。

「ネグローニャさん、一つお願いがあるのですよ」

「なんだトシキ殿。
 何か突拍子もない事を考えているようだが?
 あまり無茶は言わないでくれたまえよ」

「たいしたことではありません」

 そう前置きしてから、俺はとある確信をもって彼女に告げた。

「この木彫りの小熊、しばらくエルフの皆さんに貸してあげてくださいませんか?」
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