対異常犯罪課

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第0章

無の顔

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数日経ち...

濱崎に渡された書類を書き、退院の同意書を書いていると、担当医師が回診に来た。

「どうですか調子は」

俺は精神的に回復したこともあったが、いまだに心の傷は癒えなかった。

もう会えない母、天真爛漫な美咲の姿が今だに瞼の裏に残っている。

「もう大丈夫です、ありがとうございました先生」

その言葉のハリボテを察してなのか、医師は何も追求することなく話題を逸らした。

「真也君、美咲さんはきっと良くなるよ、まだしばらくは入院だろうけどね」

あれから毎日、面会に行くが美咲の様子は変わらなかった。

虚な目、反応しない糸の切られた人形のような姿を見ることに耐えれず、回数とは裏腹に面会時間は短くなっていった。

「美咲を...おねがいします」

俺に言えるのはそれだけだった。

「もちろんだよ...退院は明日だろう?寮に入るって?」

「えぇ、そうなんです、刑事さんが気を遣ってくれて...特捜学科に入れる事になりました」

医師は少し驚いた顔で興味を示した。

「特捜学科っていうと対能力者専門の警官になるのかい?」

「いえ...まだなれるとか決まってなくて...ただ...」

「ただ?」

「許せないんですよね」

医師は黙って俺を見ている。

「自分の能力で意味わかんないことしてるやつが平然と生きてる世の中って...狂ってるって」

医師は優しく俺の肩に手を乗せた。

「降光災からもうずいぶん経つが...この病院でも毎日対応が出来ないほどの患者が来る...能力を制御出来ない子、LESにより暴発した力の被害を受ける人...色々な人を見てきたから言わせてもらうけど...応援しているよ、真也君」

「ありがとうございます...」

少しの間が空き、重い空気が流れると、医師は踵を返すような表情で口を開く。

「さて、真也君、美咲ちゃんに出発の挨拶、していきなよ」

「わかってます」

そうだ、さよならではなく出発するんだ、ここから、一歩目を...

俺は美咲の病室へと向かった。

「入るよ、美咲」

部屋のネームプレートには偽名が貼ってある。

いつもと変わらない病室と風景。

俺の携帯に入っていた父の写っていない家族写真のデータを、看護師が印刷して数枚飾ってくれている。

そしていつも...ベッドサイドに車椅子をつけて美咲は写真を虚な目で眺めている。

でも妙だな、今日はいつもよりベッドから離れている?

小灯台に飾られた写真立てがひとつ、伏せられていた。

「こんな額の写真立てあったかな?」

俺がその額を立て直そうとすると、足に痛みが走った。

「痛っ...?」

美咲の車椅子の足置きが俺の足に当たっていた。

動いている姿も見たのは久しぶりだった。自分で車椅子を漕ぐのも滅多にないことだった。

それでも美咲は言葉を発さなかった。

「何なんだよ美咲、結構痛いんだぞそれ」

俺はいつもと違う動きを見せてくれた美咲に、良い兆候を見出して嬉しかった。

倒れた額の写真立てを立てながら美咲が元気になると感じていた、しかし写真の額を立てた時...その感情は一気に消え去った。

写真には、美咲と母さんと俺...そして父さんの姿が写っていた。

「なんだよ...これ...」

俺は急いで部屋を出てナースステーションへ向かった。

慌てた様子の俺を見た看護師が、すぐに対応してくれた。

「どうしたの真也君?慌てて...」

俺は手に持った写真を看護師に見せながら言った。

「この写真、誰がいつ持ってきたんですか?!」

看護師は少し考えたが、すぐに返事をした。

「この写真は真也君の携帯に...」

「無いんですよ...!こんな写真!」

「え...?」

看護師は呆気に取られていた。

俺は畳み掛けるように伝えた。

「この写真は家のリビングにあった写真です...!」

事件のことを聞いていた看護師は、表情を引き攣らせて言った。

「直ぐに刑事さんに連絡します...!」

それから30分もしないうちに、濱崎刑事が来た。

俺は全ての事情を話し、話を聞いた濱崎の手筈で病院の防犯カメラを全て警察が確認した。

1時間ほどすると、俺の病室に濱崎が来た。

「面会だぜ」

「だから、面会禁止なんですって」

恒例になったこのやりとりを終えると、濱崎は本題に入り出した。

「昨日の夜に置かれたようだ、置いたやつは不明、顔は写ってねぇけど白衣を着てやがる」

「医者ですか?」

「に、化けたんだろうよ」

身なりを化かす...衣類だけ医師っぽくしたということだろうか...?

「この病棟には常勤医師しか居ません」

担当医が会話に割って入ってきた。

「すいません、話に入ってしまって、ですが事が事なのでお話しに入れてもらいます」

医師はいつもの柔らかい表情でなく、非常に深妙な顔をしていた。

「常勤しか居ないってなると...その中の誰かって事では?」

濱崎が尋ねると、医師は腕を組みながら返答した。

「僕しかいないんですよ、常勤医師は」

俺も濱崎もその話を聞いて思考が巡った。

ほんの数秒だろうがその様子を見た医師が口を開いた。

「いいですか、ここは能力事件の被害者や重度のLESの患者しか経過を見ない、ある種特別な病棟なんです」

「だからあなた以外の医者を見ないわけだ」

濱崎は妙に納得した口調で言った。

俺はその情報を初めて知った。それと同時に今回の一件の奇妙さがより際立って見えた。

美咲の病室は偽名で表記されている。そしてナースステーションの目の前の部屋だ。普段勤務している看護師の人数的にも人の目に触れずに部屋に入るなんて不可能だという事。

これが可能な人物...病院に他に権限を持つ医師がいる...?

様々な憶測が浮かぶ中、濱崎が口を開く。

「あんたしか思い浮かばないが?」

俺は目線を動かさずに周囲の動きを感じる姿勢に入った。

「そうですね、僕も僕以外に考えられないと思います」

「それは自白って事でいいのか?」

「でも僕は昨日の夜、夜間救急も兼任でしたので該当の時間には搬送されてきた方の緊急手術でオペ室に居ました、カメラの映像も残っています」

完璧すぎるアリバイだ。

「段階4の筋変形性肉体症...」

医師がそう言葉を漏らすと濱崎の表情は曇った。

「そんなバカな事があるのか...?」

俺は足りないパズルを埋める為、わからない情報を得る為になりふりを構わなかった。

「どんな能力なんですか??」

医師は少し考えた後に俺を見て話し始めた。

「美咲さんは段階3の筋肉を意識的に体の一部に集めて動かす事ができる能力者ですね?」

「そうですね、美咲は主に手や脚に筋肉を動かせます、でもそれが何か?」

「段階3と段階4ではかなりの差があります、それが周囲にどこまで影響を及ぼすか、なんです」

嫌な予感が頭をよぎっている。

紡がれた線が次の点へ走る。

俺は自然と言葉を発した。

「監視カメラに映っても違和感が無い...人が見ても違和感の無いほどの変形...?」

痺れを切らしたかのように濱崎が口を開いた。

「真也、この件はこの3人だけの秘密にする」

「なぜですか?大きな手がかりでしょ?家を焼いたのも十中八九コイツですよ...」

自宅のリビングにあった写真を持っていた、そして街中の監視カメラにも映って違和感がない、確実にコイツだ...俺は尻尾を掴んだと感じた。

「いいか真也、仮にコイツが『ノーフェイス』だとすると...俺のヤマじゃねぇ、零課や統括レベルの問題なんだ」

零課?統括?わからない単語が続く、それだけ濱崎が取り乱しているということだ...『ノーフェイス』?

「ノーフェイスというのは?」

俺の好奇心は危険を孕んだキーワードを掴んだ。

濱崎は一息大きく呼吸を置いた後、話し始めた。

「ノーフェイスってのは通称だ、実際のところ顔も名前も、性別もわからん、開示されてる情報では段階は4、筋肉だけじゃなく骨格も変えれるっちゅう噂だ」

「そんな奴が...」

俺は直感で気がついた。

「ノーフェイスは俺の事件以外にも絡んでいるんですね...」

濱崎はバツが悪そうに頷いた。

「僕の見立てでは...ただ外骨格や筋繊維を変える能力では無いと思いますが...」

医師はそういうと、濱崎は医師に対して目配せをした。

俺に話せない情報がある。

そう感じとれる空間だった。

腑に落ちない点がある...なぜ美咲はみんなで写った写真を伏せていたんだろう...?

医師の姿をしたそいつは何故家族写真を置いた?

美咲は何故首を切られる時抵抗しなかった?

俺の中で点が連なり...線になった。

ノーフェイスは...父さんと過程する辻褄が全て合う...エーティリウムの爆発事故で父さんの遺体は出ていない...一方的に亡くなったという表現だけ...

そして母さんや美咲が抵抗しなかったのは父さんだったから?怪しまなかった...むしろ喜んで迎えたかもしれない...ポストに血文字のメッセージを入れたのはその場に居ない俺に宛てたメッセージ...?

繋がる...滞っていた情報の濁流が...音を立てて流れている。

写真を伏せていたのは父さんが写っていたから...

美咲は自分の喉を切ったのが父さんだと俺に知られたくなかった...?

「...ぉぃ...おい!」

濱崎の声でハッとした。

「大丈夫ですか?」

医師が俺の肩に手をかけている。

「だ、大丈夫です...すいません頭が整理できなくて」

怪訝な顔で医師は俺の顔を見ている。

「なんか思い当たるのか?」

濱崎が聞いてきた。

俺は少し考えた後、正直に思った事を言った。

「確かにそりゃぁ理屈は通るが...親父さん、大神誠司は何か能力が発現してたのか?」

「わかりません、父さんは降光災の後から家にはほとんど帰ってきていませんでした、時たまに...不意に帰ってくることはありましたけど...」

「でも家庭を壊すほどの出来事何てありえるんでしょうか?真也君に心当たりはあるんですか?」

「強いて言うなら...家族関係を再構築したい...とか...」

俺にはサッパリわからなかった。父さんが何を考えているかなんて、考えたことがなかった。

濱崎は頭を数回掻くと、太腿を叩きながら立ち上がり言った。

「とりあえず今回の件は忘れろ!美咲ちゃんに被害はなかったんだから、報告もしない、そうすれば辛い思いもしなくていい!」

その意見に対して医師は口元を触って考え込んでいた。

考えたところで、仮にノーフェイスという人物が美咲に接触したのを報告すれば警察はノーフェイス逮捕のための布石として美咲を利用するだろう。

人情味のある刑事、濱崎なりの配慮を感じ取っていた。

「僕からも提案が」

医師が話し始める。

「何ですか?」

「美咲ちゃんはここに置いておけません」

そのセリフを聞いた俺と濱崎は同意と不安が織り混じったような感覚になっていた。

「じゃあどうする先生」

濱崎が尋ねる。

「能力被害に対して特化している隔離施設へ転院するべきです、僕なら紹介状が書けます」

願っても無い話だった。

「しかし...」

医師は重い口を開く。

「そこに入れば...情報の隠匿性から面会はできません、手紙くらいは送れるでしょうが...」

入ればもう会えない。

「何とか会えるんじゃないのか先生」

濱崎が先に言葉を発した。

「互いにたった1人の家族なんだぞ」

いつにも増して感情がこもっていた。

「だから言い難い事だったんですよ...しかし...」

「お願いします」

医師と濱崎は虚を突かれた顔をした。

2人は俺の顔を見て、納得したようだった。

「大人の俺たちより覚悟が決まってたみたいだな」

「では手続きしておきます、今夜が最後だと思ってください、何かあれば今のうちに美咲ちゃんへ...」

俺はゆっくりと頷いた。

それから数時間後、俺は再び美咲の部屋へ行った。

相変わらず変わらない姿勢で座っている美咲の手を取ると、プラスチックの星形に飾りを渡した。

「ごめんな美咲、不甲斐ない兄ちゃんで...これ、ケーキについてた星飾り、俺が倒れた後...ケーキは捨てられちゃったけどこれだけくれたんだ...いつか渡そうと思ってたけど...今になっちゃったよ、ごめん」

美咲は反応もなく、ただ一点を見つめている。

「ダメな兄貴と少しだけ別れる事になるけど、絶対迎えに行くからな」

涙を堪えてそう言うと、俺は美咲の部屋から出ようとした。

ガタン

部屋から出ようとした俺に、美咲が車椅子で当たった。

「ありがとう」

痛みと共に、励ましのようにも感じた。

俺は美咲に対してゆっくりと頷くと、部屋を後にした。

部屋の前には濱崎が居た。

「なんですか」

「湿っぽいねぇ、でも、お前さんの一歩目はこっからだぞ」

「わかってますよ」

「よし、じゃあ休め、明日は朝イチで退院だ」

「はい」

俺は自室へ戻った。

一歩一歩、歩みを進めて何に辿り着くのだろうか...掴んだ尻尾は太く、凶暴な動物のものだった...俺は自分の選んだ道が酷く歪み、困難な道のりだとはその時、感じていなかった。
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