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第1章 対異常犯罪課
配属初日
しおりを挟む「降光災」以降、多発する能力者犯罪に対応を追われていた政府は、警察組織に対してある特別な対策課を新設した。
それ即ち「対異常犯罪課」
第1課から第4課までで構成された組織は少数精鋭、まさに能力者犯罪に特化した警察組織であった。
降光災当初、成人未満が大人になるにつれ強力な能力を保持し、すでに成人だったものは高くても第3段階の能力を獲得するというこの「ギフト」は全ての者が価値のある人生を送るというわけでも無かった。
能力を悪用する者、善行に使う者、はたまた利用されてしまう者、それらが他者に害を与えない様に政府機関は能力を段階として区分し、完全管理する体制を整えていった。
義務教育機関を経る過程で特殊な検査を実施し、子ども達にはマイクロチップの埋め込みを義務とした。
能力犯罪を危惧した大人達の対策法案は、否決される理由がなかった。
時は流れ、対策課に配属された一人の新人刑事、大神真也。
彼もまた能力者であり第3段階の力、「収束」を使える者であった。
ーーー季節は桜が散り始める初春。
能力者犯罪は政府が管理する情報と警察組織の「対策課」が存在することで犯罪発生率は大きな波を描くこと無く、一定の犯罪数が保たれていた。
年度が切り替わり、警察組織が勲章授与をする大規模なホールで、彼は配属先を決める辞令を待つ。
「金華皇政勲章!!」
仰々しい勲章の名前と共に壇上に上がったのは、端麗な面持ちと冷淡な様相が入り混じる青年だった。
「海崎洋一郎殿!!貴殿はこの国における最たる功労を上げ!平和維持に尽力し!皇政区における犯罪を取り締まられた事を讃える!今後も国家の平和の力を注いでもらいたい!」
皇政区、これもまた仰々しい名前だ。
能力者犯罪発生率が一桁とも言われているある特別な区だ。
俗に言う上級国民というものが住む様だが...この国の政府機関の中枢もそこだ、だからより警備が手厚い事もある。犯罪といっても思っている規模じゃない事が大半だという噂だ。
「海崎だってよ...また...」
「アイツはお気に入りだからな...見本の様な人形だぜきっと...」
海崎洋一郎という人物を、同じ組織である対策課ですらよく理解していない様だった。
そんな噂話に聞き耳を立てている時だった。
「配属辞令!!」
いよいよ出番か...
俺の他には数名が立ち上がった程度だった。
「濱崎亨(トオル)、対異常犯罪課、第1課への異動を命ずる!」
初めに呼ばれたのは濱崎刑事か、俺がこの道を進むキッカケにもなった刑事だ、馴染み深い人が異動する先は第1課...単純に考えると昇格なのか?
「毒島賢吾、対異常犯罪課、第2課への異動を命ずる!」
胡散臭そうな出立ちをした男だ...白髪が混じったその姿は刑事というよりも犯罪者としての印象を想わせた。
「水瀬廻(メグル)、対異常犯罪課、第4課への異動を命ずる!」
まるで真面目を絵に描いたよう様な女性は、その辞令を出され不服と言うのを表情に現していた。
「蝦夷本元(エゾモトハジメ)、対異常犯罪課、第3課への配属を命ずる」
こいつはどうやら、俺と同期の様だ。自信に溢れた顔、まさに捜査官として期待された道を歩いてきたのだろう。
「大神真也、対異常犯罪課、第4課への配属を命ずる」
第4課...ね
「以上で辞令交付は終わりだ!皆責務を果たす様に!」
厳つい総監がそういうと、まるで蜘蛛の子を散らす様に警官達が走っていった。壇上から見ていた俺は、そんな様子を見て組織の大きさを再認識した。
「どうやら君はあまり期待されていない様だね」
隣にいた蝦夷本が声を掛けてきた。
「どういうことですか?」
俺がそういうと、蝦夷本は少し鼻で笑って話を続けた。
「気兼ねなくタメ口で話してくれよ、たった二人の同期なのだから」
胡散臭い奴だ。
「そうか、わかったよ蝦夷本君、で?期待されてないって?」
蝦夷本はまるで待ってましたかと言わんばかりに話し出した。
「いいかい大神君、対異常犯罪課というのは能力者犯罪に対してのエリート集団なんだよ...そんなエリート達でも、やはりできる奴は上へ行き、できない奴は下へ行くものさ」
「あぁ、何となく言いたいことはわかったよ、君は俺が期待されていないから第4課に配属されたということを言っているんだね」
蝦夷本は少し引き攣った様な表情で頷いた。
「聞き捨てなりませんね」
彼の後ろから声が聞こえた。
蝦夷本は急に声を掛けられたことに驚いたのか、飛ぶ様に振り返ると、そこには険しい表情の水瀬が立っていた。
「あ?!いや...そういうことではなくて...」
蝦夷本がたじろいでいる。
「じゃあどういうことかしら?蝦夷本君?だったかしら?貴方はさぞ優秀なんでしょうね?」
「いや...あの...」
「よせ」
水瀬の首元を掴む初老の男性、身長が高く、がっしりとした体型の割に表情はやつれて疲れている様だった。
「行くぞ」
「いや、でもこの若者が!!」
「てめぇも若いだろうよ、行くぞホラ、お前さんもうちだろ、早く来い」
俺はそう言われると、そのまま彼の後を追う様についていった。
「白石さーん、何で言わせてくれないんですか!!あんなボンクラボンボンガツーンって言ったら良いんですよ!!」
「そのボンクラボンボンでも同僚だろうが、あんまりいうんじゃねぇ、だから4課に落とされちまったんだろうが」
まるで親子の様だった。
「大神、お前どう思う」
不意に声を掛けられた。
「えっと...何がですか?」
「何がって...お前不服じゃないのか?せっかく志した職場で一番隅っこってのは」
そう言われると、俺はふと昔のことを思い出した。
濱崎刑事に出会った時の記憶だ。
彼と短いながら接した記憶から、彼も恐らく第4課だったのだろうと感じた。
「追ってた背中なので、別に不服もないですかね」
笑いながらそういう俺がおかしかったのか、白石は頭にハテナを浮かべているようだった。
「なんだお前、犯罪者でも追っかけたのか?」
「あ、いや、そういう意味じゃなく」
そのやりとりを見て水瀬が笑った。
「変な新人ですね白石さん」
「お前が言うな」
緊張感のない空気が漂う中、いよいよ自分の配属先の部署が目に見えてきた。
おぉ...最新の電子機器、一人一人の充実したデスク...
「違うぞ大神、そっちは2課、うちはこっちだ」
俺は輝かせた目を別の方向へ向けると、そこには先ほどまでの空気感とは全く違っていた。
「ここですか」
俺がそう言うと、水瀬は少しムッとして顔を近づけてきた。
「いい?捜査ってのはね、環境より腕に掛かってんのよ!!」
「いや、別に何も言ってませんが」
「顔に書いてますけど!」
「よせ水瀬、事実うちはパソコン一台であとはホワイトボードと机が一つずつだ、誇れるところといえばなんもない空間で体操できるくれぇだよ」
「良いじゃないですか」
「アンタさっき2課みて目キラキラさせてたけどね」
「いいでしょ別に...見るだけなら...」
「ま、よろしくな大神、対策課は一つの課に基本3人のスリーマンセルだ、何かあれば俺か水瀬に聞け、担当としては、俺が頭でお前が足だ、水瀬が...まぁ、なんだ、なんかあるだろ」
「なんですか!!その言い方は!!」
水瀬が激怒する。
配属先...第4課は色々な出来事があり刺激的だった。
俺の配属された課は、通称「オコボレ課」
第1~第3が対応する対異常犯罪でも取り扱うほどでもない、些細な異常犯罪が流れてくる場所。
軽視されているのは署内の環境から見て取れる程だった。
初日は部署の案内と共に、署内の案内も行われた。ただでさえ他の課が入り混じりややこしい署内の案内が一度休憩に入り、外の空気を吸おうと署の自動ドアを出ると、後ろから声を掛けられた。
「よぉ真也」
俺が振り返ると、そこには濱崎が居た。
「1課さんじゃないですか」
皮肉混じりにそう言うと、濱崎は少し笑って口を開いた。
「止せよ、好き好んでここにいるわけじゃねぇさ」
「休憩ですか?」
「いや、また別件で出てた所だ、また時間があれば話そうぜ」
「はい、ぜひ」
淡々としたそのやりとりは、昔から変わっていない。
「アンタ濱崎と知り合いなの?」
「うわっ」
「何よ「うわっ」って、虫でも見るような顔して」
唐突に水瀬が声を掛けてきた。
「急に居なくなったと思ったら...で?濱崎とはどんな関係?」
追求が続く。
「昔俺の家族が関係した事件の担当刑事ですよ、行く当てのなかった俺をこの道に誘ってくれたんです」
そう言うと水瀬はハッとした表情をしてすぐに申し訳なさそうな顔になった。
「デリカシーなくてごめんね...」
「良いんですよ、もう誰も覚えてないでしょうし」
「クリスマスレターのやつでしょ?」
俺が驚愕を顔に浮かべると、水瀬はしまったと表情をした。
「い、いや違うの、いや違わない、あー...ちょっとごめん、後で話すから...」
明らかに取り乱している、虚をつかれた俺よりも。
しかし事件は「悲しき事故」として処理されているはず。警察組織として保管されていたファイルを水瀬が見た?何のために?事件当初は対異常犯罪課にも配属してなかったはず...
「後で聞きます、戻りましょう」
俺がそう言うと、水瀬は少し安堵した顔をした。
その後署内のほとんどの部署を巡り、第4課の部屋へ戻ってきた。
「ふぅ」
なんだかんだと殺風景な部署が心地よく感じるほど疲れていた。
「お疲れさん」
俺の何もないデスクの上に、コーヒーが置かれた。
「微糖でいいか?」
白石さんが俺に缶コーヒーを出してくれた。
「ありがとうございます」
「疲れたろ、めっちゃ広いしなココ」
白石がそう言いながら俺の机に座ると、懐から電子タバコを取り出して吸い始めた。
「ココ禁煙じゃないんですか?」
「禁煙だよ、ココは検知器ないけどな」
第4課には検知器すらないのか...
ほぼ何もないと思える部屋だが、一つだけ気になるものがあった。
「あれって」
俺が扉を指差すと、白石は少し考えてから口を開いた。
「何だと思う?あの扉」
重厚だが少し古ぼけており、何度も人の出入りがあったかの様な扉だった。
「ボンクラにお前は聡明だと聞いてるが」
「濱崎さんですか?」
「聡明だな」
そういうと白石はクスリと笑った。
「じゃ、あの部屋はなんだ?」
俺は少し考えた後、白石に向かって尋ねた。
「あの部屋が原因なんですね?」
白石は数秒呆気に取られてすぐに問い返してきた。
「何がだ?」
「水瀬さんの部署異動ですよ」
白石は目を見開いて反応した。
「どうしてそう思う?」
「この部署には情報がない」
白石は持っていた電子タバコを口からボロッと落とす、しかし俺はそのまま話した。
「あの扉の床は何度も出入りがあった形跡がある、それに扉も何度も何度も開閉した形跡が」
「それで?」
「この部屋は他の部署に比べても情報を管理するものが少なすぎる。オコボレ部署というほど他の課で扱えない捌けない件数の事件があるならもっと情報管理は膨大なはずです」
白石は数回顎を撫でた。
「他には?」
白石の表情は、すでに関心よりも興味に変わっていた。俺はどこまで見て考えているかというのを知りたいという興味。
「俺の推測でも?」
「良いだろう、言ってみな」
「対異常犯罪課の第4課の実態は、関連度が低い膨大な能力犯罪を捜査し、情報のかけらを取りまとめ続けている。そのカケラが大きくなり形を成すことがある。それを管理して再び情報として他の課に上げるんですね?」
「概ね正解だな、水瀬、隠れてねぇで出てこい」
白石がそういうと、水瀬が重厚な扉から出てきた。
「鍵、開いてたんですね」
俺がそういうと、白石は笑いながら話し出した。
「大神、お前すげぇな、才能あるぜ」
「以前も言われました、濱崎さんに」
「そうだったな、確かに聡明だ」
「この課はな」
白石が話しはじめようとした時、俺は再び話した。
「小規模の能力犯罪を回されることが多く、それが「オコボレ課」の由来ですね、そしてこの課はそうして対異常犯罪の解決の中核を担っている」
「そうだ大神、この課は関連犯罪として規模の小さいものは全て流れてきて行き着く場所だ、犯罪がつながったり、足のつかない犯罪がココから足を掴む事がある、それで重要なのがコイツよ」
白石は水瀬の頭を軽く叩いた。
「わ、私は本望じゃない!」
「段階2の記憶能力ですか?」
「それだけじゃない、水瀬は段階3に近い、記憶管理とそれをまとめて分けれる脳の容量がある。この部署の情報管理が限界に近づいたから、コイツを3課から引っ張ったのさ」
「そうだったんですね、てっきり水瀬さんは降格したのかと」
「んなわけあるかい!!」
水瀬が激怒する。
しかし一変、表情が沈む。
「ごめんね大神君」
「なにがですか?」
「さっきの...クリスマスの...」
ずっと気にしていたのだろうか、俺はそんな些細な事よりも、彼女の能力を尊敬していた。
「良いんです、理由を知れて納得したので、水瀬さんも、めっちゃすごい人だったんですね」
俺がそう言うと、水瀬は笑った。
「生意気な奴、ちょっとは先輩として尊敬したか!!」
機嫌が治った様で俺も安堵する事ができた。
実態を知り、明日から俺は本格的な捜査官になる。オコボレ部署に流れてくる事件を点々と追い...先に見える物を感じながら。
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