メイク・イン・ハッピー

ひろたひかる

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 その日私はのんびりとウインドウショッピングと洒落込んでいた。

 学校は取っている講義が午前中しかなく、親友・亜子ちゃんとお昼を食べた後は手持ち無沙汰になってしまったのだ。ちなみに亜子ちゃんは午後の授業があるのでバイバイ。その上こういう日に限って「ロージィ・ルーム」の定休日だったりする。折角だから教えてもらったメイクに合う色の服でも見ようかとちょっと足を伸ばして新宿まで来ていたのだ。
 あのコーラルピンクの口紅に合う明るい色の服が欲しいな。そう思ってファッションビルをはしごしたけど、気に入ったものがなかったり、あっても予算と折り合わなかったりとなかなか難しい。
 うん、一人で来てよかった。亜子ちゃんは竹を割ったような性格なので、優柔不断をチクチクと責め立ててくるから。
 最後に、とデパートに足を踏み入れた。デパートは高いけど、たまに掘り出し物がある時もあるので立ち寄ってみたのだ。
 平日だというのにそれなりの買い物客がいる。あ、最近は外国の人が多いのかな?

 アクセサリーや靴などを置いている1階から、婦人服を取り扱う2階へとエスカレーターを上がる。と、目に入ってくるのはシックな秋物の服。でもコーラルピンクに似合う夏物がセールで置いてあったりしないかな。

 そう思って売り場を流していたら。

「――あれ?」

 婦人服売り場には似つかわしくない、長身の男性が目に入った。

 いや、奥さんとか彼女に連れられて来る人だっているだろうからその場にいること自体は不思議でも何でもないんだけど、生憎男性には連れもいないみたい。つまり、ひとりで婦人服売り場にいるのだ。
 女性へのプレゼントを選んでいるんだろうなとは思うんだけど、その纏う雰囲気がどこか鬼気迫るものがあるというか、とにかく異質。その場にそぐわなさすぎて他の買い物客もちょっと遠巻きになっている。本人は気がついていないみたいだけど。

 そして真剣な顔で商品を品定めしているその人に、私は確かに見覚えがあった。

「て、店長……?」

 思わず声に出してからしまった、と思った。なにか頭の中で「見つかっちゃいかん」と警報が鳴っているのに、森の中で出会った盗賊から隠れている時にうっかり小枝を踏んでしまった気分だ。

「む、久保川さんか」

 見つかっちまいましたーっ!
 そこにいたのは確かに服部店長。いつもの威圧感ばしばしの態度健在です。
 私はもう乾いた笑いを漏らすしかない。

 そんな私のへっぴり腰な態度を意に介さず、「ちょうどよかった」と大股で歩み寄る店長。く、来るなあああああ! と叫びたい。

「店長、お買い物ですか?」

 思わず飛びだした自分の台詞にまた慌てる。デパートには基本買い物に来るんだよ! なに当たり前のこと聞いてるの私!

「久保川さん、聞きたいことがある。キミはこれとこれ、どっちが好きだ」
「は?」

 店長の目の前にはハンガーで2着のワンピースが吊してある。
 いや、すみません。ちょっと語弊がありました。ワンピースと言うよりドレスです。
 一つは深い青のベアトップ。生地はベルベット。ウエストあたりに大粒のビジューがベルトのように敷き詰めて縫い付けてある。
 もう1つはワインレッドのドレス。ワンショルダーで、ぴったりと体に沿うタイプのマーメイドタイプだ。ビジューはないけれど、ショルダーと裾に刺繍が入っている。
 そしてちらりと見た正札は、どちらも目の玉ぴょん子ちゃんなお値段がついている。え、ソシアルダンスでもするんですか?

「ええ、どっちが好きかと言われると……うーん、青、かな。でも」
「青だな。わかっ「ま、待ってください店長!」」

 ドレスを引っ掴んでレジへ向かおうとする店長を慌てて引き留めた。

「なんだ」
「確かに青のドレス好きだとは言いましたけど、これ着るのかなり勇気いると思いますよ!」
「む」

 ぴたりと店長の足が止まる。よかった。

「どなたかへのプレゼントですか? 相手の方って、こういうドレスを着る機会が多いんですか?」
「ああ、プレゼントだ。――着る機会か? まあ、ある、かな」
「そこで悩むんですか。ご本人からのご希望ならともかく、使いもしないもの贈られると嫌がられることもありますよ?」
「う、ううむ……」

 少しだけ考えて店長は2着のドレスを片付けてしまった。

「久保川さん」
「はい」
「キミならどんなプレゼントをもらうのがうれしいんだ」
「私? 私ですか?」

 プレゼント。そりゃあもらえればうれしいけど、例えば高価すぎるものは気が引けちゃっていや。あからさまに使わないものも困っちゃう。
 あとは、もらう相手にもよるかなあ。

「相手?」
「ええ、親しい人からもらうのと、そんなに親しくない人からもらうのでは違いますよ」
「そうか……」
「ちなみに店長がドレスをプレゼントしようと思っていた人って――」

 勢い聞きそうになって、あわてて口をつぐんだ。いくら何でも聞いていい話じゃないだろう。
 ドレスなんて贈るくらいだ、きっと恋人か婚約者か――特別な女性なことは明らかだ。
 ところが。

「ああ、妹だ」
「マジっすか」

妹にドレス。それって……

「――シスコン? あいたたたたぁっ!」

 思わずこぼしてしまった一言に容赦ない拳骨がこめかみをグリグリと絞り上げる。ウメボシ反対っ!

「だあって! お兄さんがドレス贈るとか、あんまり聞かないじゃないですか!」
「そうか?」
「そうですよっ!」

 ついポンポンと言い返してしまってからはっとする。
 相手は服部店長じゃないか。よく言い返してるな、自分。
 けれど店長は全く意に介していない様子で、私のこめかみを締め上げた拳をあごに当てて考え込んでしまっている。
 真剣に妹さんへのプレゼントを探してるんだ。

「どうしてドレスにしようと思ったんですか」
「――なんとなく? 豪華だから」

 この人、メイクの腕は天才的なのにこんな常識的なところがぬけてるとは思いもしなかった。

「いいですか店長。妹さんがどういう生活をしてる方かは知りませんが、ドレスって保管するのにもすごく場所とるんですよ? それにこれ本物のベルベットじゃないですか。手入れだって気を遣うだろうし。特に着る予定もないのに突然そんなもの贈られたら普通困ります。
 昔、父が取引先の人からお中元もらいましてね。中身が生きた伊勢エビが二匹。うち一般家庭なんで、そんなもの誰も調理したことがなくて、どうしたらいいか困って包装紙に書いてあった漁協に電話して聞いたんですよ。そしたら生きたまま頭落として刺身にするか、鍋に入れて茹でるか、網の上で押しつけて直火で焼くかどれかだって言われちゃったんですよ。無理ですよね? 普通の家庭の主婦に、暴れる伊勢エビまないたに押しつけてあんな堅い甲羅を包丁で断ち切るとか。更に三番目はあり得ません。惨劇の予感しかしません。で、結局鍋に入れて茹でたんです。でも鍋の中でがさがさ苦しみ暴れ……いいえ、これ以上はやめておきましょう。いずれにしても、鍋で茹でるのも一苦労だったということは申し添えておきます。父も一応お礼は言いましたけど、二度とごめんだと愚痴っていましたよ――ああ、すみません。何が言いたいかって言うと、贈り物は高価だったらいいというものではないということです。相手に合わせたものじゃないと、ただのありがた迷惑になります」
「……」

 あれは困った。本当に困った経験のひとつだ。
 ちなみにもうひとつ困った経験は、誰もいない昼間に届いたのが生の鮭一本で、家に小出刃包丁しかなくて、ってやつ。新巻鮭でもないから内臓もがっつり入ってて、しかも鮭が入っていた発泡スチロール箱内の氷は溶けかけてる。冷蔵庫に入るわけもなく、泣く泣く捌いて切り身にして冷凍、さらに腹に入っていた筋子をほぐしていくら醤油漬けを作るところまで一人で四時間かかった。初めてにしてはよく頑張ったと自分なりに思っているが、私にとって中元歳暮はトラウマになりかかっている。

 と、さらに勢いにまかせてしゃべってしまったが、店長は難しい顔をして私の話を聞いている。やべ、やっちゃったかな?
 けれど少しの間押し黙っていた店長は、私の目を見てはっきりと言ったのだ。

「久保川さん。相談に乗ってくれないか」

=====================

作者ひろたひかるです。

秋から冬の物語をイメージして書いていましたが、この先のお話でちょっと設定に齟齬が出てしまったのでさかのぼって季節を変えてしまいました。
夏から秋のお話だと思って読んでいただけるとありがたいです。
季節外れで申し訳ありません…
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