スマホな聖女様

ひろたひかる

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召喚されたのは。

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「え、私の電話番号?」

 春休みの旅行手配のためにと友人から自分の電話番号をきかれて千香はうっと言葉に詰まってしまった。
 今や誰もが無料メッセージアプリでやりとりをしているご時世だ、人の電話番号なんて覚えていない。全てはスマホのアドレス帳の中にあるので覚える必要がないのだ。それと同時に自分の電話番号も怪しい。
 数字を覚えるのが苦手で高校時代は数学と歴史が壊滅的だったこととは関係ない。関係ないったら関係ない。もう立派に大学生だし。

「待ってて、確認する」

 そう返信してから一度アプリを閉じ、自分のプロフィールで電話番号を確認する。

「あ、あった。これをコピーして――」

 千香は道端に立ち止まった。番号をコピーするために操作をしようと画面に指を近づけた、その時だった。

 突然足元に金色に光り、円形の図形を描く。光の図――よくゲームなんかで見る魔法陣にしか見えないその図形、そこから光が立ちのぼり千香を包み込もうとする。

「な、何?!」

 驚いて反射的に光の輪からとびのいた。数字は苦手だが、反射神経に加速装置がついているとまで言われる自慢の脚はここに来て役に立った。
 だが。

「あっ!」

 反射的に動いたせいか手に持っていたスマホをうっかり取り落としてしまったのだ。

 だがスマホは地面に激突することなく金色の光に包まれて空に浮かんでいる。呆然と千香が見守る中、スマホにまとわりつくように光が集まり、やがて小さな光の球になる。
 が、光の球はそのままこつ然と消えてしまった。その後にガシャン、と音を立ててスマホがアスファルトに落ちた音で千香は我に返った。

 後にはなんの痕跡もなく、けれど地面には千香のスマホが落ちている。なんだか置き去りにされてしまったように寂しげに見えた。

 恐る恐る拾い上げるが、傷一つない。電源ボタンを押してみるとごく普通にホーム画面が現れ、千香はほっと胸をなでおろした。

「何だったんだろう、今の」

 スマホを見つめたままぽつりとこぼす。

 と、触ってもいないのに急に画面が切り替わり、勝手にどこかと通話が開始された。


 ★☆★☆★

「此度の討伐には何が何でも聖女様のお力が必要なのです」

 真っ白い髭の神官が王子ダンテに訴える。
 だがダンテは苦い顔を崩せない。すらりとした体つきだが、鍛えているのがよくわかるしっかりと筋肉のついた腕、
 剣ダコの目立つ手。それをぎゅっと握りしめ、整った顔をうつむかせて口をひき結んでいる。額にかかるちょっと癖のある濃い茶色の髪が目元に影を作った。

「わかってはいる。聖女の力添えがあってこそ魔王討伐が叶うというのだろう。我が国の伝承にもそうある。だが、そのために異世界の女性を誘拐しようなどと」
「わかっております。ですので今回の召喚は、召喚される方の映し身を作る魔法を組み込んでおります。あちらに召喚される方の複製を残しつながりを作っておく、そうすればことの成った暁にはその映し身を目がけてもとの世界へお戻しすることが可能になりますゆえ」
「そうか。だが、いずれにしても無関係の人間を巻き込んでしまうことに違いはない」
「その罪はこのナディルが幾重にもお詫び申し上げましょう。ですから――」
「いいや、この国の王子として私もおまえと共に聖女様にひざまづこう。そして聖女様のご帰還と幸福をお約束せねば」

 ナディルと王子は互いに頷きあった。悪いこととは知りつつも、聖女を召喚する以外に国を、世界を救う術はないのだ。

 二人は思いを込めて召喚陣へありったけの魔力を注ぎ――

「あれ?」

 当初思っていたよりも魔力の減りが少ない。人ひとりを世界の壁を超えて召喚する魔法、ナディルとダンテ二人の魔力をほとんど奪われる覚悟をしていた。なのに体感的に減った魔力は二人の全魔力の四分の一ほどだ。

 カシャン。

 そして召喚陣の上に現れたのは、手の中に収まるくらいの小さな四角いものだ。箱、というより板と言ったほうがいいくらいの薄さ。つるりと滑らかな表面は室内の照明を受けて輝いている。

「何だあれは」
「しょ、召喚は成功しているのですが」
「――まさか」

 ダンテは恐る恐る四角い板に近づきそっと取り上げた。その手つきはとても優しく丁寧だ。そう、まるで女性に触れるように。

「異世界の女性はこういう姿なのではないか? 違う世界なのだ、姿形が我々と同じとは限らないだろう」
「はあ?!」

 ダンテの言葉にナディルが目をひん剥いた。アンタは一体何を言っているんだ、と理解の追いついていない顔だ。だが対するダンテは大真面目。

「ああ、折角お呼びした聖女様を床に落としてしまうとは! どこかお怪我をしておいでではないだろうか」

 拾い上げた板を必死に撫で回し声をかけるダンテをナディルはジト目で見ていた。
 いくら何でもその板は生物には見えない。そもそもその板が本当に異世界の女性ならそんな風に撫で回している段階でアウトだろうに。
 半ば逃避しながらナディルがダンテの奇行を眺めていた、その時だった。

 突然四角い板――聖女? が光を発したのだ。そして同時に聞こえた声に二人は息を呑んだ。

『うわ! 何?!』



 ★☆★☆★

「うわ! 何?!」

 千香は驚いて叫んでしまった。
 手にしたスマホが突然点灯し、声が聞こえてきたからだ。

 さっきスマホを落とした拍子に誰かと電話が繋がったのか。スマホはスピーカーがONになっているようで、離していてもよく聞こえる。

「あの、誰?」
『――!』

 通話先から息を呑む音が聞こえてきた。

『みろ、ナディル! やはり聖女様だったのだ!』

 興奮気味な若い男性の声だ。興奮気味にそばにいる誰かと話しているようだが、全く記憶にない声と名前だ。切ってしまってもいいだろうか。
 そんな千香の空気を感じ取ったのか、スピーカーの向こうから居住まいを正した声が聞こえてきた。

『失礼いたしました、私はダンテ。このテスタ王国の第二王子にして恐れ多くも勇者の称号を頂戴している者です』

 誰だこいつ。やばい奴だ。千香はドン引きした。
 けど異様にいい声で思わず聞き惚れてしまう。乙女ゲーの声優ばりに、いや、それ以上に聞き惚れてしまう声だ。イケボだ。

『聖女様。どうぞ我々の世界をお救い下さい』
「はあ?」

 そこから電話口のダンテというイケボは滔々と語り出した。

 いわく、魔王が復活してしまったこと。
 いわく、勇者たるダンテが魔王討伐に向かうこと。そのためには聖女の力が必要なこと。
 そのために召喚魔法を使ったこと。

『このように聖女様を無理矢理召喚してしまったことは申し訳なく思っています。必ず魔王を倒したあかつきには元の世界へお戻しします。どうかお力をお貸し下さい』
「そんなこと言われたって、現実に私は召喚なんてされていませんしぃ……」

 つい話にのった返事を返してしまった。電話相手・ダンテの勢いに押されてしまったからだろう。

 辺りを見回してもここは自宅まで徒歩2分ほどの場所だ。道端には赤い自販機があって、2つ先の角にはすっかり常連となっているコンビニがある。どこをどう見ても異世界などではない。
 本当に誰だ、この中二病は。どこまでこの不毛な会話につきあえばいいのだ。

『申し訳ない。実はこの召喚魔法はこちらの世界へ貴女を招き入れ、貴女がもといた世界に貴女の複製を置いてくるのです。貴女と複製との間はつながっていて、将来的にそのつながりを利用して貴女をもとの世界へ帰すために』
「え? つまりいまここで話している私は複製――コピーっていうこと?」

 全く実感はないが、今の話だとそういうことになる。千香は思わず手をグーパーと握ったり開いたりしてみる。

『そういうことになります――どうか、お願いします!』

 ダンテの切羽詰まった声に千香のお人好し虫がムズムズと起き出す。

『どうか私に貴女の、聖女様のお導きを。言い伝えにも予言にも、魔王を倒すには聖女の力が不可欠と言われているのです。違う世界の方に頼るなど見当違いとお怒りなのは重々承知しておりますが、私は私の愛するこの世界が滅亡することは耐えられない。何とぞ』
「で、でも、私はそんな特別な力なんて」
『私にできることなら何でもいたします! 命を捧げろと言われるならそれでも受け入れます! どうか、苦しむ我が世界の民のために、どうか』

 なんだかだんだんほだされてきた。何しろダンテと名乗る通話相手はあまりに必死なのだ。
 けれど疑問は残る。千香の本体が異世界に召喚されたと言い張るならなぜスマホ越しに「異世界にいるコピーの千香」を説得しているのだろう。

 だがその疑問はダンテの言葉で氷解することになる。

『ひょっとしたら聖女様とあまりに見かけの違う生き物である我々を気味悪く思われるかも知れません。巫女様は驚くほどにつややかでいらっしゃいますし、美しいフォルム――あ、いいえ、むしろ我々のような肌色の長い両手足がついた形の生き物とは違い』
『で、殿下、本当にその四角い板が聖女さ』
『失礼なことを申すな、ナディル! この計算され尽くしたような美しさが理解できんとは!』

 確かにさっき現れた光は魔法陣みたいだったなあと千香はぼんやり考えて、結論に達した。
 つまり、ダンテの言うことを信じるなら召喚されたのは千香ではなく千香のスマホ。そして今千香が持っているスマホこそが召喚に際して複製されたコピーと言うことだ。
 問題はダンテがスマホこそが聖女だと思っていて、スマホを通して話している千香の声をスマホの声と勘違いしていて、スマホの美しさを心から賛美しているらしいのがびんびん伝わってくることだ。

「――ええと、勘違いをなされているようですが」
『はい! 聖女様』

 話しかけられて嬉しそうな声が返ってくる。まだ見ぬダンテの背後にぶんぶん振り回されるしっぽが見えそうな気がした。

 ダメ。この過剰なまでの期待感に水を差すなんて、できない。

 ダンテのファンタジーな説明を信じるかどうかは別として、召喚されたのがスマホだというなら自分に被害はなさそうだと千香は考えた。そしてとりあえずその思い込みを正すのはやめておいた。もしダンテの持つ「聖女様」が実はただの機械で、自分と世界を超えて会話をしているのだとわかってしまったら今度こそ自分が召喚される可能性だってある。さすがにそれは避けたい。

 そんな考えが頭の中を渦巻いて、千香は結局ダンテの話を受け入れてしまったのだった。
 スマホの「中の人」として。
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