きまぐれ推敲ねこ俳句

小戸エビス

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揺れる紐背表紙に追う猫の秋

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 ゆれるひも せびょうしにおう ねこのあき

 読書の秋から2句目……にしようとして、「読書の秋」を使わなくなった句です。
 前回の背中に飛び乗る猫とは別にもう一匹猫がいるのですが、そちらは、読書中、別の困ったことを起こします。
 本の中には、栞代わりの紐がついているものがありますよね。あの紐、背表紙側に垂らしながら読んでいると、空中でぶらぶら揺れます。この紐にその猫が反応して、本ごと引っ張られる羽目に。
 今回はそんな状況を詠んだ句です。

 実はこの句、作り上げるまではかなり難儀しました。しかも、その途中で別の出来事が起こり、一度はそちらの出来事を詠む句にしようかと思ったので、途中で推敲が中断しています。
 その「別の出来事」を詠んだ句は次回に回すとしまして、今回の推敲過程は次の通りです。

 読書の秋猫の興味はしおり紐
 読書の秋猫が追うはスピンかな
 読書の秋猫の視線は栞紐
 読書の秋猫の肉球スピン追う
 読書の秋肉球と髭スピン追う
 読書の秋人は字を追い猫はスピン
 読書の秋スピン追う猫避けながら
 読書の秋猫がスピンを追いかけて
 読書の秋猫にスピンを掴まれて
 秋深し背表紙に揺れる紐に猫
 長い夜背表紙に揺れる紐に猫
 秋夕焼背表紙に揺れる紐に猫
 背表紙の揺れる紐に猫秋夕焼
 名月や背表紙に揺れる紐に猫
 背表紙の揺れる紐追う秋の猫
 背表紙の揺れる紐追う猫の秋
 背表紙に揺れる紐追う猫の秋

 これらの候補作の中に登場する「栞紐」や「スピン」が、本についている紐の名称です。和装本は「栞紐」、洋装本は「スピン」と呼び分けるのだとか。
 そして、この紐の名称が、この俳句作りが上手くいってなかった原因です。
 言葉のイメージとして、「栞紐」ならば、本についている紐なのだとすぐに分かります。しかし、実際に読んでいたのが洋装本だったので、正確性の問題から「栞紐」は使いたくありませんでした。そもそも、和装本を読むこと自体がそうそうありませんし。
 一方、「スピン」には、本についた紐のことだと伝わるのか、という問題があります。「スピン」という名称があまり知られていないからです。私自身、この句に取り掛かるまで知りませんでした。
 こういう場合、知らない言葉は調べればいいのだから俳句の減点要素とするべきではない、という考え方も可能ではあります。しかし、私としては、その考え方で割り切るのは最後の手段にしたかったのです。誰もが知っている言葉で句を作ったほうがより分かりやすい句になるはず、という理由で。
 しかも、「スピン」の場合、言葉の意味を調べても本の紐のことに辿り着けるか、という問題もあります。同音異義語の多い言葉ですから。「読書」と一緒に使えば連想してもらえる確率は上がりますが、それでも不確実。また、「読書」かそれに類する単語を入れなければならないというのもネック。さらに、この問題は、読み手が「スピン」という名称を知っていても起こります。
 一方、「栞紐」にすればこうした問題は一気に片付きます。が、そこには前述した正確性の問題が。
 そしてもう一つ、ややこしい点が。「栞紐」を「読書」と一緒に使うと本に関する情報が2箇所に含まれることになり、音数の無駄が生じます。このため、「スピン」とどちらを使うかで「読書」の要否が入れ替わることに。
 この状況で件の「別の句」のタネが生まれたので、一度そちらに移行しました。
 が、そちらを進めている最中に、ふと、「背表紙の紐」とでも書けば済むのでは、と気付きました。「揺れる」を加えたのは、猫が紐に反応することを知らない人にも伝わるようにするため。これで「背表紙の揺れる紐に猫」にすれば12音。
 あとは5音の季語を加えれば俳句に形になる、と考えて候補を挙げることに。これが「秋深し」や「長い夜」を使った形です。が、5音の季語だと、どうしても取ってつけたような感じになってしまいました。
 そこで、いっそ「秋の猫」にして、余った音数で「追う」を入れ、「背表紙の揺れる紐追う秋の猫」に。すると、収まりが良くなりました。
 さらに、「秋」と「猫」を入れ替え、「背表紙の揺れる紐追う猫の秋」を試すことに。こうすると、人間にとっては読書の秋でも猫にとっては紐を追う秋、という意味を持たせられます。
 あとは、「背表紙の」にするか「背表紙に」にするかという問題に。ここは、「に」だとスピン以外の紐が本の背表紙に偶然くっついたようにも見えかねないので「の」にした、のですが……
 後日、語順を入れ替えて「揺れる紐背表紙に追う猫の秋」にする方法に気付き、この形となりました。

 今回、二者択一で悩んで第三の選択肢に気付かない、というパターンが多かった気が。こういう思考の罠って案外嵌ってしまいやすいものなのですね……
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