きまぐれ推敲ねこ俳句

小戸エビス

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夏草やのしのしボス猫は茶トラ

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 なつくさや のしのしぼすねこは ちゃとら

 今回の句は「ボス猫」と「茶トラ」を入れた句を作ってみたい、という思いから生まれました。
 ボス猫。良い響きですよね。こう、ずんぐりしててめったなことでは動じない、横綱のような風格を感じさせてくれます。近くを通りかかった人間がきゃーきゃー言ってても横目で一瞥して「ふんっ」とあしらってくれそうな安定感が。
 そして全世界の茶トラさんには申し訳ないのですが、大きくて太ましい猫と言えば茶トラが一番しっくりくるイメージ。猫の性格は毛並みによる、とは申しませんが、のっしのっしと歩いてでーんと寝転がる姿では、絵面的に茶トラに軍配が上がります。

 というわけで「ボス猫」の句を詠むことにしたのですが、最初のころで来ていた形は「茶トラ」の情報がない、次のようなものでした。 

 夏草やのしりのしりとボス猫が
 ボス猫や静かに揺れるすすきの穂
 ボス猫や薄の間をのしのしと

 最初から「夏草」が出て来ていますが、やはり最初にイメージしやすかったのがこれだったのですね。夏、草が生い茂っていて生命に溢れている中で、のっしのっしとボス猫が歩いている、という。
 正直なところ、この形でほぼ完成、というのがこのときの印象でした。言いたいことはこれでほぼ言えてしまっていたのです。

 ですが、ここで、試しに季語を「薄」に変えてみたらどうか、と考えてみました。
 薄を選んだ理由は、その作業をしたときが秋だったということと、前の季語が夏草だったので対案としては秋の草野代表格ともいえる薄が良いのかな、という判断からのものでした。
 こうして出来上がった形が2番目と3番目。季語の音数が変わっているので語順を変えて調節してあります。
 そして作ってみた印象は、というと……
 秋だとやはり、どこか寂しさというか、夏に盛んだった生命力が落ち着いていく様子が生まれてきます。そこに「ボス」と来ると、全盛期を過ぎて勢力が下火になりつつある集団のボス、という感じが。
 それはそれで渋くてかっこいい感じがしなくもないですし、例えばヤ〇ザものの小説を書くならば再起の物語の出発点として面白くなる情景なのかもしれませんが、単体の詩として作るならやっぱり「夏草」の旺盛感のほうが見栄えは良いです。

 そして季語を「夏草」に戻し、「茶トラ」を入れてみたのが次の形。

 夏草やのしのしボス猫は茶トラ

 これが結果的に採用形となりました。
 「茶トラ」は意外にも3音なので、音数的には入れるのは難しくありませんでした。
 問題は文法でした。「茶トラのボス猫が~」という書き方だと、説明がくどくなってしまうのです。「ボス猫」と「茶トラ」のように範囲が僅かに重なり合う言葉同士だと、こういうことが起こります。
 こうしたとき便利なのが、助詞の「は」。これなら自然に両方の情報を入れられるのです。

 ちなみに、以前キジトラの句を詠んだ際にも気にしていたことなのですが、「トラ」の部分は片仮名で良いのか、という点は気になりました。
 俳句の世界では、生物の名前はなるべく漢字か平仮名で書く、というセオリーがあるからです。
 なので、私も「ネコ」とは書きません。が、「キジトラ」や「茶トラ」はどうなのか、と。
 この点は、本来ならば俳句の名人の方に尋ねてみるなどして確認する必要があるのでしょうが、やはり漢字で書くと伝わりにくい、という判断から片仮名を使っています。できれば核に死体とは思っているのですが……こういうところは独学の悲しさですね。

 ともあれ、五、九、三と定型の五・七・五からは外れることになりましたが、「茶トラ」の情報を入れることにも成功。
 そして、せっかくならと春と冬の季語も試してみることにしました。その過程がこちら。

 春風やのしのしボス猫は茶トラ
 啓蟄やのしのしボス猫は茶トラ
 春雷やのしのしボス猫は茶トラ
 つばくろやのしのしボス猫は茶トラ
 春駒やのしのしボス猫は茶トラ
 紅梅やのしのしボス猫は茶トラ
 雛菊やのしのしボス猫は茶トラ
 初桜のしのしボス猫は茶トラ
 老桜のしのしボス猫は茶トラ
 夏近しのしのしボス猫は茶トラ
 置炬燵のしのしボス猫は茶トラ
 ストーブやのしのしボス猫は茶トラ
 日向ぼこのしのしボス猫は茶トラ
 冬の蠅のしのしボス猫は茶トラ
 冬蠅やのしのしボス猫は茶トラ

 「夏近し」までが春の季語、「置炬燵」から先が冬の季語です。

 夏だと生命力旺盛、秋だと哀愁、という感じでしたが、春だとうららかな陽気になってきたころにボス猫も登場し始めた、という感じになります。
 ネックなのは、春だと全体的にボス猫も眠たそうになってしまうというところ。「春風」のように漠然とした季語だとそうなりやすいです。
 一方で、「啓蟄」や「春雷」は地面の中にいた虫が春になって動き出す時期、という意味合いがあるので、虫を捕食するためにボス猫が始動した、という感じになります。
 燕のことを意味する「つばくろ」も似たような感じ。反対に、猫より大きな「春駒」が相手だと、ボス猫が巨大生物に対して必死に立ち向かっている感が出てきます。
 「紅梅」は華やぎ始めた空間にボス猫が登場してきた感、「雛菊」だとボス猫が恐怖の存在という感じに。「初桜」、「老桜」だと大きな木の近くに陣取っている感じになります。「ボス」と「老」だと相性が良いかも。
 「夏近し」はボス猫が夏まで導いてくれそうな雰囲気ですね……

 次に、冬。
 こちらだと、猫が屋外で元気にしていること自体に違和感があります。実際には野良で過ごす猫もいるのでしょうが、イメージ的には寒くて震えている様子。
 なので、冬バージョンでは情景を変えて、家の中の猫、という方向で試してみました。ただ、その場合の問題として、どうしても家の中の定位置を占めて動かないという感じになってしまい「のしのし」との相性が悪くなってしまうのと、「ボス猫」が人間を含めた家の中のボスになってしまって猫の中のボスになりにくいというのがネック。
 ともあれ、試すだけ試してみることにしました。
 「置炬燵」や「ストーブ」は猫が近くに寄るものの代表格。そして「日向ぼこ」も猫らしい季語です。が、やはり「のしのし」は何かが変。これらを使うなら中の句以降を「陣取るボス猫は茶トラ」などに変えなければいけませんが、そうすると別に「陣取る」がなくても良いことになってしまい、余計な要素を加えなければならなくなってしまいます。
 まあ、何か入れて試してみても良かったのですが、ちょうどいいものが思いつかず……
 一方で、「のしのし」が使えそうなのが、「冬の蠅」。これで一つの季語です。冬、陽だまりなどで止まっている蠅のことなのだそうで。ここにボス猫がのしのし近づいてきたら蠅がピンチ。「啓蟄」と似たような感じですね……

 こうして季語を色々変えて遊んでみたことで、季語一つで猫の印象が変わるものだなあと実感しました。
 まあ、採用形は「夏草や」から変わりませんでしたが。
 ちなみに、語順を変えて次のような形も検討してみました。

 ボス猫は茶トラ春野をのしのしと
 ボス猫は茶トラ夏草かき分けて
 ボス猫は茶トラ薄は風に揺れ
 ボス猫は茶トラ我が家の日向ぼこ

 厳密には句またがりの破調になるのでしょうが、五・七・五っぽく読める形で、春夏秋冬で1句ずつ。
 なんだか茶トラのボス猫を主人公にした小説のエピソードタイトルみたいですね……

 これらの形と採用形との違いは、「ボス猫」が先に出ているため細かい状況を想像しやすい反面、読んだ後の印象が猫に集まりにくい、というところでしょうか。
 言葉を登場させる順序として、小さい対象から始めて視野を大きくしていくか、逆に大きい情景から始めて視野を絞っていくか。一長一短あるのでどちらがいいとは言えませんが、今回は猫を印象に残したかったので後者の順序に落ち着きました。

 前回もそうでしたが、推敲の後に初期の形に戻るとしても、試しに推敲してみることにはやはり意味がありますね。今回は図らずも、テクニック面のことを色々実感できる良い機会となりました。
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