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始まりの村編
ここではないどこかへ
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「……ジュリエッタさん?」
僕は、目を瞬かせた。間違いない、村長の娘さんだ。まともに挨拶もしてくれなかったのに、いったいなんの用だろう? 部屋の中の明かりは、彼女の持っているランタンだけ。たぶんだけど、まだ夜中だろう。
「ねえ、あなた冒険者なんでしょ?」
彼女は目を輝かせながら言って、こちらに身を乗り出して来る。反射的に、僕はベッドの上で身を引いて、距離を作った。えっ、なに、なに?
「え……えぇ、まぁ」
「待ってたのよ、あなたみたいな人を、ずっと!」
興奮気味にジュリエッタさんは、叫んだ。うぅっ、酔いの残る頭に響くよ。
「……なんで、ですか?」
僕は、痛む頭を手で抑えながら、率直な疑問を口にした。
「決まってるでしょ! 出て行くのよ、こんな村!」
「いっ!」
また、間近で叫ばれた。脳が、直接揺さぶられるようだ。
「すいません、ちょっと、ボリューム下げてもらえますか?」
「あっ、そ、そうね。パパに聞かれたら、まずいし」
耐えられずお願いすると、彼女はハッとして頷いた。そういう意味で言ったんじゃないんだけど……。
「嫌なんですか、ここにいるの?」
「当たり前じゃない。こんな、なにもない村」
忌々しげに、ジュリエッタさんは吐き捨てた。彼女が村を出て行きたいという、だいたいの理由はわかった。外への憧れ。若ければ、誰もが持っている。誰しもが、通る道。だからこそ、説得は難しそうだと思った。
「でも、いいところじゃないですか? みんな、いい人そうだし」
「あなたなんかに、なにがわかるのよ!」
僕の無難だと思った言葉は、ジュリエッタさんの逆鱗に触れてしまったようだ。あちゃぁ。確かに、僕はここに来たばかりで、実際のところはなにもわからない。僕が、いい人だと断言できるのは、リンダさんとヌガルさんぐらいだ。
「毎日、毎日、毎年、毎年、同じことの繰り返し……こんなところで、ただ年老いて死んでいくと思ったら、耐えられないのよ!」
「で、でも、それなら村長――お父さんに、許可をもらわないと。勝手に出て行ったりしたら、心配されますよ?」
なるべく彼女の神経を逆撫でしないように、言葉を選んで口に出した。娘の心配をしない父親は、いないだろう。
「いいのよ、パパなんて。私を村の中に閉じ込めて、自分の目の届く場所に置いておきたいだけなのよ。私は、城下町の学校にだって行きたかったのに……」
「村を出て、どうするんですか?」
どの程度、現実的に考えているのか知りたくて訊いてみた。
「まず城下町に行くわ。あそこからは船が出てるでしょ? それに乗って大陸に行くの。島の城下町も、そこそこ栄えてるけど、所詮は田舎の繁華街だもの。どうせなら、綺羅びやかな帝都や、芸術的なルーブルダルに住みたいわ」
ジュリエッタは、早口で捲し立てた。ずっと、夢見ていたのだろう。焦がれていたのだろう。けれど、それはまさしく夢そのもので、実現性があるようには思えなかった。
「お金は、どうするんです? 生きていくのって、お金かかりますよ?」
何不自由なく育ったであろう、箱入りのお嬢様だから、わからないのかも知れないな。そう思ったけど、
「わかってるわよ、それくらい」
彼女は、ドヤ顔をして、床に置いていたらしい革袋を持ち上げて見せた。紐を解いて口を開けると、中には大小、金や銀の硬貨が入っている。まだ、この世界の貨幣価値はわからないが、かなりの大金に間違いないと思う。そういえば、クロスケはどこだろう? ランタンの灯りの範囲にはいないようだ。
「パパのヘソクリよ。これだけあれば、船に乗って大陸に渡って、家だって買えるわ」
「駄目ですよ、そんな大金を持ち出すなんて」
「大丈夫よ、きっと、私の結婚式のために貯めていたのよ。それなら、私のために使ったっていいでしょ?」
いや、娘の結婚資金を、家出資金にされたらショックだと思うよ? 反論されそうなので、口には出さないでおく。
「ねえ、いいでしょ、私を連れてって。ここじゃなければ、どこだっていいの。あなたにも、報酬は払うから。悪い話じゃないでしょ、ねっ?」
とんでもない、悪い話です。彼女の頼みをきいたら、冷静に考えて誘拐犯になるでしょ、僕。しかも大金まで、奪ってさ。異世界に来て早々に、指名手配犯になんかなりたくないって。
僕は、ジュリエッタさんの気持ちを落ち着けようと、できる限りゆったりとしたトーンで語りかけた。
「ジュリエッタさん、君は若いから、都会に憧れる気持ちはわかるよ。僕も、そうだったから、よくわかる。でもね、必ず気付く時が来るんだよ。一番大切ことはさ、なんにもない故郷とか、同じことを繰り返す日々の中にあるんだって、そう気付くんだよ。そして、気付いた時にはだいたい手遅れだったりする」
「……」
彼女は俯いて、しばし押し黙っていた。あっ、これ、いいこと言えたんじゃないか、僕? ジュリエッタさんも、分かってくれそうだし。
「つまらない男……」
「えぇ……」
ボソリとつぶやかれて、僕は呻いた。言い返せないけどさぁ。
「もういいわ、あなたには頼まない。私、ひとりでも出て行くから」
ジュリエッタさんは、革袋を持って立ち上がり、僕に背を向けた。
「ねえ、考え直したほうがいいですよ。外は危ないですって。また狼が出るかもですよ?」
なだめて駄目なら、脅すしかない。が、彼女を振り返らせることはできない。
「もう決めたのよ、出て行くって! こんなとこ、もう一日だっていたくない!」
彼女が出て行き扉が閉まると、部屋に暗闇が訪れた。
「ああぁ……」
もっと、ちゃんと引き止めたほうがいいかなと考えつつ、頭痛と、闇が活性化させた睡魔に負けて、瞳を閉じてしまった。まっ、大丈夫だよね……狼怖がってたっていうし……ひとりで外に出たりなんて……しないでしょ……。
僕は、目を瞬かせた。間違いない、村長の娘さんだ。まともに挨拶もしてくれなかったのに、いったいなんの用だろう? 部屋の中の明かりは、彼女の持っているランタンだけ。たぶんだけど、まだ夜中だろう。
「ねえ、あなた冒険者なんでしょ?」
彼女は目を輝かせながら言って、こちらに身を乗り出して来る。反射的に、僕はベッドの上で身を引いて、距離を作った。えっ、なに、なに?
「え……えぇ、まぁ」
「待ってたのよ、あなたみたいな人を、ずっと!」
興奮気味にジュリエッタさんは、叫んだ。うぅっ、酔いの残る頭に響くよ。
「……なんで、ですか?」
僕は、痛む頭を手で抑えながら、率直な疑問を口にした。
「決まってるでしょ! 出て行くのよ、こんな村!」
「いっ!」
また、間近で叫ばれた。脳が、直接揺さぶられるようだ。
「すいません、ちょっと、ボリューム下げてもらえますか?」
「あっ、そ、そうね。パパに聞かれたら、まずいし」
耐えられずお願いすると、彼女はハッとして頷いた。そういう意味で言ったんじゃないんだけど……。
「嫌なんですか、ここにいるの?」
「当たり前じゃない。こんな、なにもない村」
忌々しげに、ジュリエッタさんは吐き捨てた。彼女が村を出て行きたいという、だいたいの理由はわかった。外への憧れ。若ければ、誰もが持っている。誰しもが、通る道。だからこそ、説得は難しそうだと思った。
「でも、いいところじゃないですか? みんな、いい人そうだし」
「あなたなんかに、なにがわかるのよ!」
僕の無難だと思った言葉は、ジュリエッタさんの逆鱗に触れてしまったようだ。あちゃぁ。確かに、僕はここに来たばかりで、実際のところはなにもわからない。僕が、いい人だと断言できるのは、リンダさんとヌガルさんぐらいだ。
「毎日、毎日、毎年、毎年、同じことの繰り返し……こんなところで、ただ年老いて死んでいくと思ったら、耐えられないのよ!」
「で、でも、それなら村長――お父さんに、許可をもらわないと。勝手に出て行ったりしたら、心配されますよ?」
なるべく彼女の神経を逆撫でしないように、言葉を選んで口に出した。娘の心配をしない父親は、いないだろう。
「いいのよ、パパなんて。私を村の中に閉じ込めて、自分の目の届く場所に置いておきたいだけなのよ。私は、城下町の学校にだって行きたかったのに……」
「村を出て、どうするんですか?」
どの程度、現実的に考えているのか知りたくて訊いてみた。
「まず城下町に行くわ。あそこからは船が出てるでしょ? それに乗って大陸に行くの。島の城下町も、そこそこ栄えてるけど、所詮は田舎の繁華街だもの。どうせなら、綺羅びやかな帝都や、芸術的なルーブルダルに住みたいわ」
ジュリエッタは、早口で捲し立てた。ずっと、夢見ていたのだろう。焦がれていたのだろう。けれど、それはまさしく夢そのもので、実現性があるようには思えなかった。
「お金は、どうするんです? 生きていくのって、お金かかりますよ?」
何不自由なく育ったであろう、箱入りのお嬢様だから、わからないのかも知れないな。そう思ったけど、
「わかってるわよ、それくらい」
彼女は、ドヤ顔をして、床に置いていたらしい革袋を持ち上げて見せた。紐を解いて口を開けると、中には大小、金や銀の硬貨が入っている。まだ、この世界の貨幣価値はわからないが、かなりの大金に間違いないと思う。そういえば、クロスケはどこだろう? ランタンの灯りの範囲にはいないようだ。
「パパのヘソクリよ。これだけあれば、船に乗って大陸に渡って、家だって買えるわ」
「駄目ですよ、そんな大金を持ち出すなんて」
「大丈夫よ、きっと、私の結婚式のために貯めていたのよ。それなら、私のために使ったっていいでしょ?」
いや、娘の結婚資金を、家出資金にされたらショックだと思うよ? 反論されそうなので、口には出さないでおく。
「ねえ、いいでしょ、私を連れてって。ここじゃなければ、どこだっていいの。あなたにも、報酬は払うから。悪い話じゃないでしょ、ねっ?」
とんでもない、悪い話です。彼女の頼みをきいたら、冷静に考えて誘拐犯になるでしょ、僕。しかも大金まで、奪ってさ。異世界に来て早々に、指名手配犯になんかなりたくないって。
僕は、ジュリエッタさんの気持ちを落ち着けようと、できる限りゆったりとしたトーンで語りかけた。
「ジュリエッタさん、君は若いから、都会に憧れる気持ちはわかるよ。僕も、そうだったから、よくわかる。でもね、必ず気付く時が来るんだよ。一番大切ことはさ、なんにもない故郷とか、同じことを繰り返す日々の中にあるんだって、そう気付くんだよ。そして、気付いた時にはだいたい手遅れだったりする」
「……」
彼女は俯いて、しばし押し黙っていた。あっ、これ、いいこと言えたんじゃないか、僕? ジュリエッタさんも、分かってくれそうだし。
「つまらない男……」
「えぇ……」
ボソリとつぶやかれて、僕は呻いた。言い返せないけどさぁ。
「もういいわ、あなたには頼まない。私、ひとりでも出て行くから」
ジュリエッタさんは、革袋を持って立ち上がり、僕に背を向けた。
「ねえ、考え直したほうがいいですよ。外は危ないですって。また狼が出るかもですよ?」
なだめて駄目なら、脅すしかない。が、彼女を振り返らせることはできない。
「もう決めたのよ、出て行くって! こんなとこ、もう一日だっていたくない!」
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「ああぁ……」
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