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汪楓白、羞恥心の限界を超えるの巻
其の壱
しおりを挟むその後、神々廻道士の働きで、鬼騒動が収まった村落では、ささやかな宴席が設けられ、村長の邪鬼祓い成功を祝い、集まった住民たちにより、こんな会話がなされていたそうだ。
「それにしても、神々廻道士さまは、素晴らしい御方だなぁ」
「本当ですね、お父さま。人は見かけではないのだと、よく判りました」
「そうそう! 現れた当初は正直、不安だったがねぇ……よくやってくれたよ!」
「身形はとにかく、強くて精悍で勇敢で……顔立ちも、なかなか男前だったじゃないか」
「なんにせよ、今夜は村長の完治と、神々廻道士さまの活躍に対し、祝盃を挙げようぜ!」
村長も、愛娘も、住民たちもみな、村落中央広場の焚火台を囲み、酒酌み交わし、口々に神々廻道士へ惜しみない賛辞を送り、彼の武勇をほめたたえていた。ところが、そんな風に浮かれ調子の村人たちへ、突如、妖しい集団が忍び寄って来て、祝宴に水を差した。
「その祝盃、しばし待たれよ!」と、威風堂々たる男声。
背後の闇に、ズラリと立ち並ぶのは、赤い戦袍の一団。
腰には段平刀、背には〝事難方見丈夫心〟の黒字隊訓。
振り返って、その姿を見るなり、村人たちは震撼した。
「そ、そんな……嘘だろ、まさか!」
「なっ……何故、あなたがたが……」
「「「ひっ……【百鬼討伐隊】!?」」」
陶磁器製の祝盃が、村長の手からすべり落ち、地面で粉々に砕け散った。
【百鬼討伐隊】……それは、住劫楽土を守護する二大軍部【左右衛士府】から選抜された、精鋭ぞろいの鬼退治専門護国団だ。全十二小隊からなり、おもに邪鬼や妖怪、鬼憑き罪人を捕縛断罪するのが仕事である。彼らは斬り捨て御免の権限を持し、ひとたびこの残忍な狩人に、鬼憑き嫌疑をかけられたが最期……一族郎党、連座で死罪というのが常套だった。
ゆえに、天下の悪法『百鬼狩り令』発布時の当世では、民草から鬼より恐れられている存在なのだ。当然、村人たちも身に覚えがあるため、余計に、震え上がるのは道理だった。
「あ、あの……どういった御用でしょう」
それでも平静を装いつつ、勇気ある村の若者が、赤戦袍の一団へ問いかけた。ちなみに、彼らの戦袍が赤いのは、討伐相手の返り血で、武功を競い合うように、染めているからだ。
「うむ。ここで鬼憑き騒ぎがあったと、近在の村の者から、通報を受けてな」
副長とおぼしき髭面の壮年男が、威圧的な口調で、こう云った。村長は顔面蒼白、娘は戦慄、住民たちは焦燥……とにかく、みなが一丸となり、慌てて討伐隊の疑念を否定した。
「ご、ご冗談でしょう! 鬼憑きなんて、この村にはいませんよ!」
「えぇ、そうです! 謂われなき嫌疑は、はなはだ迷惑です!」
「そんなの、誤報に決まっています! どうぞ、お引き取りください!」
しかし、残忍で執拗な狩人たちが、簡単にあきらめるはずもなく……討伐隊のまだ歳若き鬼隊長《鬼焼べの彪麼》は、炯々たる眼光で村人たちを睨み、ズバリ核心を突いて来た。
「それは妙だな……先程、お前たちが《神々廻道士》の話をしているのを、確かに聞いたのだが……奴が訪れたということは、邪鬼や妖怪にまつわる騒動が、ここで起きたという証ではないのか? 正直に話した方が、身のためだぞ? 奴は、ここでなにをしたのだ?」
「そ、それは……」
村人たちは、鬼隊長の有無を云わせぬ気迫に圧倒され、うつむき、口ごもった。
そこへ拍車をかけるように、一歩前に出た厳格な隊正が、語気を荒げて恫喝する。
「云え! 云わぬと、貴様ら全員、鬼憑きとして、連座の死罪にするぞ!」
殺伐とした空気を漂わせる隊員が、一斉に村人たちを取り囲み、武具を軋らせ威嚇する。
村人たちは腰砕け、おびえて冷や汗まみれ、それでも懸命に取りつくろおうと云い返す。
「そんな、殺生な! いくら、護国団筆頭のお役人さまでも、あまりに乱暴すぎます!」
「どうぞ、私どもを信じてください! 決して、嘘偽りなどは申しておりません!」
「これ、この通り……鬼憑きの兆候を見せる者とて、どこにもおりますまい!」
だが、鬼より怖い【百鬼討伐隊】に、そんな云いわけは、まったく通用せず、かえって彼らの怒りに、火を注ぐだけの結果となってしまった。副長が、鬼の形相で怒鳴りつける。
「黙れ! 最早、貴様らに、選択肢などないのだ! 我々の云う通りにしろ!」
こうなっては最早、如何ともしがたい。ついに観念した村長は、せめて愛娘や村人、恩人である神々廻道士だけでも救おうと、自ら名乗り出て、赤戦袍軍団に情けを乞うた。
「うっ……わ、判りました……ですが、神々廻道士さまは、あくまで私に憑いた邪鬼を祓ってくださっただけで……すべての咎は、邪鬼など依せてしまった、私自身にあります! 娘や、村人たちには、なんの罪もありません! ましてや、神々廻道士さまは、私どもの恩人! これ以上、迷惑はかけたくありません! どうか、どうか……寛大なご処分を!」
地面に額をこすりつけ、必死に懇願する村長の姿を横目で見やり、鬼隊長は長嘆息した。
「ふっ……神仏まで手玉に取るという、イカサマ道士か。毎度毎度、我々の仕事を横取りしおって……今度ばかりは、許さんぞ。奴の化けの皮を、衆目の前ではがしてやる……」
低くこもった声で、そんな怨言をつむぎ、【百鬼討伐隊】の中でも、とくに武勲誉れ高い『諡火の第三小隊』を統べる若き指揮官《鬼焼べの彪麼》は、黒瞳に闘志を燃えたぎらせた。しこうして【劫貴族(住劫楽土の人口大多数を占める『劫族』の中でも、とくに身分の高い支配階級)】出身の彼は、この日……神々廻道士への敵愾心を、ますます強めたのだ。
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