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汪楓白、唐突に再婚を迫られるの巻
其の壱
しおりを挟む……清けし月の面にも、
写す九献の面にも……
華々しく始まった婚礼祝唄『九献の言寿』……蒐影が箜篌を弾き、呀鳥が鞨鼓を打ち鳴らし、蛇那が美声を披露する。そして、円卓上へ、豪勢に用意された料理。金屏風の雛段に、曲彔が二つ、夫婦の契りを酌み交わす合巹の瓢……それにしても、それにしても、だ。
まさか、本当に、こんなことに、なるなんて……展開が早すぎて、思考が追いつけない。
だって、まだ出会って一刻だよ!
僕には、妻だっているのに……(今は不在だけど)。
僕は、曲彔の右側に腰を下ろしたまま、忙しなく両足を貧乏揺すりし、望まぬ花嫁の嫁入り支度が完了し、御簾の向こうからやって来るのを、落ち着かぬ様子で待っていた。
そこへ、フラリと姿を現したのは、神々廻道士だった。
「おう、シロ。馬子にも衣装だな。深紅の婚礼衣装が、よく似合ってるじゃねぇか」
僕は、曲彔から転げ落ちるように神々廻道士の足元へすがりつき、必死で懇願した。
「師父……いえ、ご主人さま! いくらなんでもムチャですよ、こんなの! 僕はすでに妻帯してるし、あの勝気な【嬪懐族】の女性と、夫婦になるつもりもありません! それは向こうだって、同じ気持ちのはずです! 掟に従うとはいえ、本心では僕を嫌って……」
――ドカッ! ゴスゴスッ! グリッ!
うぅ……今の、なんの音かって? そりゃあ……云わずもがな、だ。僕が蹴られ、殴打され、踏み潰される音に、決まってるでしょうが!
この男はね、人を人とも思わぬ俺さま主義で、横柄で、尊大で、高慢ちきで、自分勝手な暴君なんだよ!
啊……もう、嫌!
「なんだ、てめぇ……俺さまの厚意が、受け取れねぇってのか!?」
相変わらず、云ってることがムチャクチャだよ……どこが、厚意?
「うぐっ……そんな、横暴な……押しつけ……ありがた迷惑も、いいところです!」
すると神々廻道士は、僕の顔を踏みつける足に力をこめ、その上で僕の明衣(婚礼衣装)の襟ぐりをつかんで、破けるかと思うほど引っ張り、鬼の形相で理不尽な怒声を吐いた。
「へぇ……なら聞くが、どうしても嫌だってんなら、なんでこの服、着やがった! この野郎、そんなに裸が好きか! だったら、今すぐひんむいてやる! それでいいんだな!」
「ちがっ……これしか、なかったからです! そもそも、僕の衣服を勝手に酒代に代えちゃったのは、あなたでしょうが! あの長袍、凄く気に入ってたのに……他のものでもかまいませんから、用意してくれれば、こんな忌々しい婚礼衣装、さっさと脱ぎますよ!」
僕はこのセリフを、まさに決死の覚悟で放った。だが神々廻道士は、意外にも凄烈だった怒気を抜き、脚力をゆるめると、僕の上へかがみ、耳元でこんなことをささやいたのだ。
「まぁ、聞け。あの女賞金稼ぎはな……俺さまが、うっかり鬼去酒入り瓢箪を忘れ、うっかり不真面目に仕事をしちまい、うっかりシラフの時に出くわし、うっかりあいつの仲間を半殺しにしちまい、うっかり【百鬼討伐隊】に喧嘩売っちまい、うっかり秘密を知られちまった時から、俺さまを怪しみ始め……ついには、俺さまの正体に気づいちまったんだ」
ため息まじりに、しみじみと、こんなことを云い出す神々廻道士だった……はぁ?
「な、なんですか……うっかり、うっかりって! 云ってることが、よく判りませんよ!」
なにがなんだか、判らんが……〝うっかり〟ってことは、要するに自分の不注意だろ!
「頭の鈍いヤツだな……俺さまは、鬼去酒がねぇと、シラフになっちまうんだよ」
「そりゃあ、そうでしょうね……大体、あんな酒気の強い酒を、浴びるように呑み続けて、よく平気でいられますね。常人だったら、二口三口で泥酔……いや、昏倒しちゃいますよ」
「とにかく……それ以来、あの女賞金稼ぎが、執拗こすぎて、俺さまは家業に熱中できん」
「だから、なんです?」
顔を踏まれたまま、僕は横目で、神々廻道士を睨んだ。一体、なにが云いたいんだ?
「ありゃあ、俺さまの好みじゃねぇし、うっかり【嬪懐族】を倒すと厄介だろ? な?」
あっは――っ! なんてこった! こいつの魂胆が、ようやく判ったぞ!
「つまり、僕に押しつけ、厄介払いさせたいと……しかも身内になってしまえば、下手に裏家業の詮索をされることもなくなるから、一石二鳥だと……そう云いたいワケですか?」
「なんだ……意外と賢いじゃねぇか、お前。それにな……【嬪懐族】の女は、夫と決めた男には、とことん尽くすって聞くぜ。よかったな。今度は逃げられる心配もねぇ。その上、どんな無理な要求したって、必ず許容してくれるってんだから、最高の性奴隷じゃねぇか」
せ、性奴隷!? いきなり、真顔で、なんちゅうことを、口走るんだ! こいつは!
「なな、な……なんて人だ、あんた! 恥知らずにも、ほどがある!」
僕は憤慨のあまり、心中に秘めた思いを、ついつい吐露してしまった。
そんな僕に、神々廻道士は激昂し、さらなる理不尽な脅迫行為を、仕掛けて来たのだ。
「やかましい! 大体、てめぇ、さっきから心ン中で、なにを勝手なこと、喰っちゃべってやがったよ! 俺さまを、散々悪しざまに罵りやがって! よくよく考えて考えねぇと、うっかりぶっ殺しちまうぞ! それとも、今すぐ、うっかりして欲しいのか、てめぇ!」
そんなぁ! 〝うっかり〟で殺されたんじゃあ、たまらないよぉ!
しかも、ゴリゴリ痛いぃ――っ!
顔が変形する! 潰れそう! 助けてぇ――っ!
「ひぃ――っ! うっかりは、やめて! ごめんなさい、ご主人さまぁあっ!」
と、その時だった。
奥の間の御簾をめくり、背後から何者かの足音が、静々と近づいて来たのは!
「あら、旦那さま。なにをなさってるんですか?」
この声……振り向けないから姿は見えないけど、まちがいなく琉樺耶だ。うひゃあ、なんて無様で情けないところを、目撃されてしまったんだ! いくら好意を持っていなくても、これはキツイぞ!
絶対、僕らの関係を怪しんだはずだ!
云いわけも、できないよ!
「い、いや……これは、その……」と、言葉に詰まる僕。ところが、神々廻道士は――、
「なぁに、元締めが、俺の足の裏を、どうしても見たいってんでな。ご覧に入れてたんだ」
「ま、そうでしたか」
ちょちょ、ちょっと! そこはツッコんでくれよ、琉樺耶! サラッと涼しい顔で、やりすごさないでさ! なんか、これじゃあ、僕が、よっぽどの間抜けみたいじゃないか!
「ねぇ、こいちゅの足の裏って、そんなにおもちろいのぉ? どこぉ? どのへん?」
う、茉李もいたのか……真面目な声で、そんなこと聞くなよ! 面白いワケないだろ!
足蹴にされてんだよ! 見りゃあ、判りそうなモンだろ、普通! ……って、アレレ?
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