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汪楓白、唐突に再婚を迫られるの巻
其の弐
しおりを挟む「琉樺耶、さん……?」
神々廻道士が、僕の顔から足を離したので、やっと振り向けた……と、思ったら、そこには、深紅の婚礼衣装に身をつつんだ、絶世の美女が佇んでいた。僕はハッと息を呑んだ。
「……美しい」
僕は計らずも、花嫁姿の琉樺耶に見惚れ、こんなことをつぶやいてしまった。
嬋娟たる明衣の襦裙、金糸の総刺繍をほどこした大袖衫もさることながら、紅を引いただけの素顔は、それだけで華やかに、あざやかになり、元結の男装髷を解き、玉輪結に下ろした黒髪は長く、艶やかで……とにかく、鼻筋の通った端整な顔立ちは、美しいの一語に尽きる。啊、思い出す……凛樺が僕に嫁いで来てくれた時も、やはり美しかった。でも、琉樺耶の方が楚々として……いや、凛樺! 僕の妻は、凛樺一人だ! 血迷うな、楓白!
すると、琉樺耶の、ななめ後方にひかえていた茉李が、胸を張って誇らしげに叫んだ。
「ちょうよ! だって、茉李のおねぇたまだモン! 綺麗でしょ? しゅっごく綺麗でしょ? なのに……うぇ――んっ! こんなやちゅの、奥たまになっちゃうなんて、やっぱり嫌ぁ――っ! 茉李が、今すぐやっちゅけちゃうから、おねぇたま、考えなおしてぇ!」
茉李は、一体どこから取り出したのか、例の巨大な鉞を振りかざし、激しく泣き出した。
その茉李も――僕は、またしても、本音を口にしてしまった。
「茉李、ちゃんも……可愛い」
ってか、きわどさが半端ない! 先刻の衣装より、露出度が増してるじゃないか!
一応、花嫁の介添え役である『童巫女』を模してか、白装束で全身統一しているが、晒一本を真横に巻いただけの上衣(?)は、爆乳を隠しきれてないし、太腿のつけ根がチラ見えする短い裙子は、どこも切れこみだらけで、動かなくとも下穿きの色(何故かここだけ深紅だ!)が、丸判りだし……ここまでいくと、さすがに食指も動かな……いや、凛樺だって! 僕の心に住んでいいのは、凛樺唯一人なんだってば! 惑わされるな、楓白!
……雄蝶雌蝶が明衣に揺れて、
箜篌や鞨鼓の音色に舞えば……
「ほんじゃあ早速、おっぱじめようか、元締め」
神々廻道士は強引に、婚礼の儀を開始せんとする。
けどね、さすがに気弱な僕だって、ここは黙っちゃいられないぞ!
「いいえ、待ってください! やっぱりダメです! 僕にはできません!」
はっきりと、こう宣言した。神々廻道士は憤慨し、忌々しげに舌打ちする。
琉樺耶は不可解そうに、形のよい眉宇をひそめている。茉李も訝るような眼差しで、僕を睨んでいる。
僕はまず、琉樺耶に向きなおり、あくまで真摯な態度を見せ、偽らざる本心を伝えた。
「申しわけありません、琉樺耶さん。僕には、すでに最愛の妻がいるんです。だから、あなたと夫婦の契りを結ぶことは、どうしてもできないんです。そもそも先刻の一戦だって、僕の実力じゃないんだ。あれは、あそこで箜篌を弾いている、黒尽くめの男が……ん?」
いない! 蒐影が、いない! と、いうことは……まさか! まさか!
またしても体を乗っ取られる! そう危惧した僕が、周囲を見回し身がまえた途端、驚くべき事態が発生した!
突然、琉樺耶が僕にしなだれかかり、首に両腕を回すと……なんと僕の唇に、自分の朱唇を押しつけて来たのだ! 要するに、口づけされたってこと!
「うんっ……むぐぐっ! ぶはぁっ……い、いきなり、なにを!?」
僕は慌てて、琉樺耶の頬を両手ではさみ、僕から引きはがした。
思いのほか、甘い吐息に一瞬、クラリとめまいがした。
「旦那さま……こんなに、お慕い申しておりますのに、私ではダメ? お役に立てない? 私……あなたのそばにいられるのなら、妾だってかまわないわ。いいえ、単なる性奴隷にされたってかまわないのに……そんなに、私が嫌い? 肌をかさねるのも、厭わしい?」
青藍の瞳に、泪を一杯溜めて、琉樺耶は声音を震わせた。
一方で僕は、信じがたい琉樺耶の愛の告白に、絶句した。
そ、それほどまでに、僕のことを……いや、待てよ! 彼女の影が、何故か不自然に揺らいでいるぞ! ハッ……そうか! 蒐影が、今度は琉樺耶の体を、乗っ取ったんだ!
つまり、ただいまの行動と発言は、彼女の本意でない!
啊、なんてこった……女性の心まで、もてあそぶなんて許せない!
好きでもない男に、口づけさせるなんて、可哀そすぎるだろ!
しかも、結構な長さと深さだったぞ! おっと……これ以上、くわしくは語るまいが!
「し、蒐影! 好い加減にしろ! お前、今度という今度は、絶対に許さないぞ!」
「え?」
僕は、琉樺耶の肩を乱暴につかみ、彼女の中にいるはずの蒐影を、厳しく怒鳴りつけた。
だが琉樺耶はワケが判らぬ、といった表情で……本当に素の表情で、目を丸くしている。
さらに、そこへ――、
「なんだ、シロ……じゃなかった、元締め。私になにか用か?」
「は?」
奥の間から、神々廻道士用の鬼去酒を盆に乗せ、ヒョイと顔を出した蒐影に、今度は僕が目を丸くする番だった。蒐影じゃあ、なかったの!? それじゃあ……さっきの口づけは、まさか……本当に本物の、琉樺耶の意志よる行動だったってこと!? 嘘でしょ!?
「……よくも、よくも、茉李の大事なおねぇたまを、泣かちたわねぇ――っ! この卑劣漢! しかも、おねぇたまの麗しい朱唇に、ブチュウってして! 死んじゃえぇ――っ!」
またまた、怒りを爆発させた茉李が、大鉞を振り上げ、僕めがけて突進して来た。
ひえぇえっ! どこまで直情的な娘なんだぁあっ! 今度こそ、殺されるぅうっ!
「うぎゃぁあぁぁぁあっ!」
「茉李、おやめ!」
ここでも、僕の前に出て、楯になり、かばってくれたのは、琉樺耶だった。
茉李は、激しく、しゃくり上げながら、不承不承、大鉞を下ろす。そのまま、ペタンと床板に座りこみ、号泣し始めた。琉樺耶のことが、そんなに好きなのか……女同士なのに。
いや、それより今、しっかり確認しておくべきことは、やはりこれだろう。
「あの、琉樺耶さん……先ほどのって、ご自分のご意思で、おなさりに、なったの?」
僕は慎重に言葉を選びすぎ、かえって可笑しな云い回しをしてしまった。けれど琉樺耶は、まったく気にする風もなく、媚びるような上目づかいで、僕をジッと見つめて云う。
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