神さまなんて大嫌い!

緑青あい

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汪楓白、唐突に再婚を迫られるの巻

其の五

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おい、どうした、下衆野郎……さっきまでの威勢は、どこに消えたんだい?」
 琉樺耶るかやは、僕の首筋に冷酷な刃をあてがい、ためらうことなく切りつける。焼けるような痛みを覚えつつも、僕はどうすることもできず、彼女の気魄に圧倒され腰砕けとなった。
「えぇと、ですね……吃驚びっくりして、腰が抜けちゃいました……哈哈哈ハハハ
 殺意満々じゃないですか、お嬢さん……もう、ホント笑うしかないよ、哈哈哈……哈哈。
 それにしても……こらぁ!   蒐影しゅうえい! こんな非常時に、僕を見捨てて、どこ往ったぁ!
「おねぇたま♪ 早くぅ、早くぅ♪ ぎったぎた♪ ぎったぎた♪」
 だから、空恐ろしいことを、鼻唄まじりに云うんじゃないよ、茉李まつり! 血の気が引くじゃないか!
 琉樺耶も、だんだんその気になって来たみたいだし……痛い、痛いってば!
「殺す前に、ひとつ聞く。正直に答えるんだよ」
 琉樺耶は真剣な眼差しで僕を見すえ、さらに懐剣の刃面で、僕の青白い頬を叩いては脅迫する。僕は恐怖で声も出せず、ただコクコクと首を縦に振ることしか、できなかった。
 そんな僕の襟首をつかみ、乱暴に引き寄せ、琉樺耶は刺々しい語調で尋問した。
「あんた……本当に、本物の、《汪楓白おうふうはく》なのかい!?」
 ますます気魄がこもった琉樺耶の眼光と、割れた怒声におびえ、僕はまたしてもコクコクと、うなずくことしかできなかった。それを見た琉樺耶は、落胆した様子で項垂れた。
「やっぱり、そうか……じゃあ、もうひとつ聞く!」
 それでも琉樺耶は僕を離さず、懐剣の峰を僕の咽仏にグイと押し当てては、厳しい尋問を続ける。しかも、ピチッとした戦袍せんぽうの胸元をまさぐり、新たな凶器を取り出そうとしている。僕は、いよいよ震撼し、目前に突きつけられた〝それ〟から、慌てて目をそむけた。
 ところが――、
「この本……『巷間悲恋心中絵巻こうかんひれんしんじゅうえまき』に書かれた男女間の美しくも儚い情愛は、みんな嘘っぱちだったのかい? あんた……金儲けのためだけに、今まで読者を騙してたのかい!」
「はぁ?」
 琉樺耶が提示した〝それ〟とは、一冊の本だった。
 僕は、さっぱりワケが判らず、素っ頓狂な声を上げてしまった。
 いや、よく見れば、これって……ああ!? 僕の、幻の処女作じゃないか!
 僕が、文士として世に出るキッカケとなった、記念すべき第一作目!
 売れ往きは、かんばしくなかったけど……大事な作品だ!
 それを何故、彼女が!? しかしここから、琉樺耶・怒涛の猛口撃が、始まったのだ!
「さらに、この本……『嫦娥月亮恋艶戯じょうがゆえりゃんこいえんぎ』に書かれた一途な夫婦の千年に及ぶ純愛も、みんなデタラメだったのかい? あんた……読者を嘲笑いながら、筆をにぎってたのかい!」
「はぁ?」
 次に彼女が取り出した一冊は、僕の代表作だった!
 都で活躍中の、大物文筆家たちから、初めて賞賛の声を頂いた、名誉ある一作!
 僕が、文士としての地位を確立するのに、大いに貢献してくれた、重要な作品だ!
 ちなみに、主人公の夫婦は、僕と凛樺りんかである!
「その上、この本……『明衣舞恋風残夢あかはまいこいかぜざんむ』に書かれた囚われ舞姫の悲劇的な献身愛も、みんな世迷言だったのかい? あんた……なんのため文士をやってるんだ、汪楓白先生!」
「はぁ?」
 最後に、彼女が取り出したのは、僕の最新作だった! 評判のよかった前作に引けを取るまいと、昼夜を問わず書き続け、半年かけて、ついに完成させた、渾身の大作である!
 さらに、さらに!
 あとからあとから、胸元から、琉樺耶が取り出す本は、すべて僕の作品!
 琉樺耶が泪目で扇形に開いて見せた全十二巻は、これまで僕が世に送り出して来た、恋愛を主題にした物語ばかりだ! 僕にとっては苦心惨憺のすえ、生み出した可愛い吾子あこである! でも……それを何故、男嫌いの勝気な女賞金稼ぎが!? まさか……まさか!?
「おねぇたまは、おねぇたまは……汪楓白先生が書く恋愛モノの、一番の愛読者だったのにぃ! 本物に逢えたと思ったら、実は悪の手先で、こんな非道なやちゅだったなんて! 可哀ちょすぎるぅ! おねぇたまを、よくも裏切ったわねぇ! バカ、バカバカバカァ!」
 横合いから僕の鼻先に、大鉞おおまさかりの鉄柄の先端部を突きつけた茉李が、泣きながら訴える。
 どえぇ――っ!? この琉樺耶が……僕の恋愛モノを読破!? いぃ……意外すぎる!
 だけど、正直な気持ち……ムチャムチャ、メチャメチャ、うれしいよ!
「あ、あなた……僕の書物の、熱心な愛読者だったんですか!? しかも、ほぼ全巻、読んでくれてるし! うわぁ……うれしいな、感激しちゃう! ありがとう、琉樺耶さん!」
 僕は思わず、恐怖心も忘れ、懐剣を持つ琉樺耶の手を、ギュッとにぎりしめていた。
 だけど即座に、振り払われてしまった。
「こっちは全然、うれしくないんだよ! 正体知って、興醒めだね!」
「ち、ちがうんです! 誤解なんです! 僕の話を、聞いてくださ……いっ、痛い!」
 僕は、折角、出会えた熱烈な読者の心を取り戻したいと、躍起になって弁解を始めた。
 しかし、一旦失ってしまった信用を、再生するのは容易なことでなく……琉樺耶の態度は、あくまで冷淡だった。今度は懐剣の刃を立てて、またぞろ僕の頬に赤い筋をつける。
「黙れ! 見損なったぞ、汪楓白! まさか本当に、お前が本物だとは……くっ! 情けなくって、泪が出そうだよ! こんなに、がっかりさせられるとは、思わなかったよ!」
 啊……本当に、泣いている! そこまで、僕の熱心な信者だったとは!
 どうやら、琉樺耶の心の傷の方が、僕の切り傷より何倍も深いらしい。
 それなのに、僕と来たら、いくら蒐影に操られた上での不可抗力とはいえ、あんな恥知らずな真似を……穴があったら、入りたい! できることなら、時間を巻き戻したい!
 だが、その時だった。
 懐剣でいよいよ、僕の心臓を刺しつらぬこうとした琉樺耶が、僕の下着と腰帯の間に例の物を見つけたのは……琉樺耶は、目をみはり、僕が止めるより早く、それを奪い取った。
「なんだい、これは……」
「わぁぁあっ! それは、ダメ! 僕の、大事な日記帳なんです! 読まないでぇえ!」
 僕は慌てて、琉樺耶の手から、大切な日記帳を取り上げようとしたが、無駄だった。
 最初は、サラサラと目を徹す程度だったが、その内、琉樺耶は目の色を変えて、じっくりと読みふけり始めた。本が好きなんだなぁ……と、思いきや突然、琉樺耶は嗚咽した。
 ポロポロと泪をこぼし、意外と華奢な肩を、小刻みに震わせている。
「どうちたの、おねぇたま!? そんなに、ぴどいことが、書いてあったの!?」
 茉李が心配して、そんな琉樺耶の泣き顔をのぞきこんだ。僕、そんなに〝ぴどい〟こと、書いた覚えはないんだけど……だってこれは、僕の凛樺に対する愛情詩編で……ひゃあ!
 やっぱり、凛樺以外の、他人に見せるのは嫌だ!
 赤面モノの、こっぱずかしいセリフが、ズラズラと羅列されてるんだもの!
 けれど、琉樺耶が発した感想は、僕の悪い予想を、見事にくつがえしてくれた。
「凄いよ……あんた、やっぱり天才だね。こんな、感動的な愛の詩が、書けるなんて……」
「……へ? 今、なんて?」
 僕は、琉樺耶からの賞賛の言葉が、すぐには嚥下できず、目を丸くした。
 一方、横からのぞきこむ茉李は、不可解そうに首をかしげては、容赦ない悪態をつく。
「茉李には、判んなぁい……こんな陳腐で、ご都合主義で、クッソくだらない話……でも、おねぇたまが感動ちたんなら、やっぱり、ちゅごい話なのかなぁ……むじゅかしすぎるよ」
 そりゃあ、云いすぎだろ! 失礼にも、ほどがあるぞ!
「なにか、理由があるんだろ? 正直に話してみなよ。どうして、あんな悪逆非道なエセ道士に、くみしているのか……あんたほどの人がさ、勿体ないじゃないか。才能をドブに捨てて……悪の道をひた走るなんて、とても、信じられない。いや、信じたくないんだよ!」
 琉樺耶は懐剣を仕舞い、僕の頬や首筋から、したたる血をぬぐいつつ、熱弁をふるった。
 寸刻前までとは、エライちがいだ……でも断然、こっちがいい! 但し『誤解だ!』と、必死に云い続けた僕の話が、結局、なにひとつ伝わってなかったってのが、哀しいけどね。
「えぇと……ですから、さっき話そうとしたんですけど、すべて誤解なんです」
「誤解? 誤解だって? そいつは、どういう意味だい!」と、声を荒げる琉樺耶。
「啊……やっぱり僕の話、全然、聞いてなかったんですねぇ……」と、項垂れる僕。
 だけど、僕は気を取りなおし、あらためて琉樺耶に、こうなるまでの、すべての真相を、裏事情を、神々廻ししば道士と出会ってしまった経緯を、彼に与するしかない理由を、説き明かした。
 すると、最初の内こそ懐疑的だった琉樺耶の眼差しが、どんどん優しくなっていった。琉樺耶は、僕の首に嵌められた忌まわしい首輪を引っ張り、僕の耳元へ朱唇を寄せる。
 またまた、嫉妬に狂い出しそうな茉李を手で制し、琉樺耶は初めて心の底から、僕に微笑みかけてくれた。
 いいや、それだけでない。彼女は僕に、それ以上のものをくれたのだ。
 それは……つまり――、
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