30 / 64
汪楓白、唐突に再婚を迫られるの巻
其の五
しおりを挟む「喂、どうした、下衆野郎……さっきまでの威勢は、どこに消えたんだい?」
琉樺耶は、僕の首筋に冷酷な刃をあてがい、ためらうことなく切りつける。焼けるような痛みを覚えつつも、僕はどうすることもできず、彼女の気魄に圧倒され腰砕けとなった。
「えぇと、ですね……吃驚して、腰が抜けちゃいました……哈哈哈」
殺意満々じゃないですか、お嬢さん……もう、ホント笑うしかないよ、哈哈哈……哈哈。
それにしても……こらぁ! 蒐影! こんな非常時に、僕を見捨てて、どこ往ったぁ!
「おねぇたま♪ 早くぅ、早くぅ♪ ぎったぎた♪ ぎったぎた♪」
だから、空恐ろしいことを、鼻唄まじりに云うんじゃないよ、茉李! 血の気が引くじゃないか!
琉樺耶も、だんだんその気になって来たみたいだし……痛い、痛いってば!
「殺す前に、ひとつ聞く。正直に答えるんだよ」
琉樺耶は真剣な眼差しで僕を見すえ、さらに懐剣の刃面で、僕の青白い頬を叩いては脅迫する。僕は恐怖で声も出せず、ただコクコクと首を縦に振ることしか、できなかった。
そんな僕の襟首をつかみ、乱暴に引き寄せ、琉樺耶は刺々しい語調で尋問した。
「あんた……本当に、本物の、《汪楓白》なのかい!?」
ますます気魄がこもった琉樺耶の眼光と、割れた怒声におびえ、僕はまたしてもコクコクと、うなずくことしかできなかった。それを見た琉樺耶は、落胆した様子で項垂れた。
「やっぱり、そうか……じゃあ、もうひとつ聞く!」
それでも琉樺耶は僕を離さず、懐剣の峰を僕の咽仏にグイと押し当てては、厳しい尋問を続ける。しかも、ピチッとした戦袍の胸元をまさぐり、新たな凶器を取り出そうとしている。僕は、いよいよ震撼し、目前に突きつけられた〝それ〟から、慌てて目をそむけた。
ところが――、
「この本……『巷間悲恋心中絵巻』に書かれた男女間の美しくも儚い情愛は、みんな嘘っぱちだったのかい? あんた……金儲けのためだけに、今まで読者を騙してたのかい!」
「はぁ?」
琉樺耶が提示した〝それ〟とは、一冊の本だった。
僕は、さっぱりワケが判らず、素っ頓狂な声を上げてしまった。
いや、よく見れば、これって……啊!? 僕の、幻の処女作じゃないか!
僕が、文士として世に出るキッカケとなった、記念すべき第一作目!
売れ往きは、かんばしくなかったけど……大事な作品だ!
それを何故、彼女が!? しかしここから、琉樺耶・怒涛の猛口撃が、始まったのだ!
「さらに、この本……『嫦娥月亮恋艶戯』に書かれた一途な夫婦の千年に及ぶ純愛も、みんなデタラメだったのかい? あんた……読者を嘲笑いながら、筆をにぎってたのかい!」
「はぁ?」
次に彼女が取り出した一冊は、僕の代表作だった!
都で活躍中の、大物文筆家たちから、初めて賞賛の声を頂いた、名誉ある一作!
僕が、文士としての地位を確立するのに、大いに貢献してくれた、重要な作品だ!
ちなみに、主人公の夫婦は、僕と凛樺である!
「その上、この本……『明衣舞恋風残夢』に書かれた囚われ舞姫の悲劇的な献身愛も、みんな世迷言だったのかい? あんた……なんのため文士をやってるんだ、汪楓白先生!」
「はぁ?」
最後に、彼女が取り出したのは、僕の最新作だった! 評判のよかった前作に引けを取るまいと、昼夜を問わず書き続け、半年かけて、ついに完成させた、渾身の大作である!
さらに、さらに!
あとからあとから、胸元から、琉樺耶が取り出す本は、すべて僕の作品!
琉樺耶が泪目で扇形に開いて見せた全十二巻は、これまで僕が世に送り出して来た、恋愛を主題にした物語ばかりだ! 僕にとっては苦心惨憺のすえ、生み出した可愛い吾子である! でも……それを何故、男嫌いの勝気な女賞金稼ぎが!? まさか……まさか!?
「おねぇたまは、おねぇたまは……汪楓白先生が書く恋愛モノの、一番の愛読者だったのにぃ! 本物に逢えたと思ったら、実は悪の手先で、こんな非道なやちゅだったなんて! 可哀ちょすぎるぅ! おねぇたまを、よくも裏切ったわねぇ! バカ、バカバカバカァ!」
横合いから僕の鼻先に、大鉞の鉄柄の先端部を突きつけた茉李が、泣きながら訴える。
どえぇ――っ!? この琉樺耶が……僕の恋愛モノを読破!? いぃ……意外すぎる!
だけど、正直な気持ち……ムチャムチャ、メチャメチャ、うれしいよ!
「あ、あなた……僕の書物の、熱心な愛読者だったんですか!? しかも、ほぼ全巻、読んでくれてるし! うわぁ……うれしいな、感激しちゃう! ありがとう、琉樺耶さん!」
僕は思わず、恐怖心も忘れ、懐剣を持つ琉樺耶の手を、ギュッとにぎりしめていた。
だけど即座に、振り払われてしまった。
「こっちは全然、うれしくないんだよ! 正体知って、興醒めだね!」
「ち、ちがうんです! 誤解なんです! 僕の話を、聞いてくださ……いっ、痛い!」
僕は、折角、出会えた熱烈な読者の心を取り戻したいと、躍起になって弁解を始めた。
しかし、一旦失ってしまった信用を、再生するのは容易なことでなく……琉樺耶の態度は、あくまで冷淡だった。今度は懐剣の刃を立てて、またぞろ僕の頬に赤い筋をつける。
「黙れ! 見損なったぞ、汪楓白! まさか本当に、お前が本物だとは……くっ! 情けなくって、泪が出そうだよ! こんなに、がっかりさせられるとは、思わなかったよ!」
啊……本当に、泣いている! そこまで、僕の熱心な信者だったとは!
どうやら、琉樺耶の心の傷の方が、僕の切り傷より何倍も深いらしい。
それなのに、僕と来たら、いくら蒐影に操られた上での不可抗力とはいえ、あんな恥知らずな真似を……穴があったら、入りたい! できることなら、時間を巻き戻したい!
だが、その時だった。
懐剣でいよいよ、僕の心臓を刺しつらぬこうとした琉樺耶が、僕の下着と腰帯の間に例の物を見つけたのは……琉樺耶は、目を瞠り、僕が止めるより早く、それを奪い取った。
「なんだい、これは……」
「わぁぁあっ! それは、ダメ! 僕の、大事な日記帳なんです! 読まないでぇえ!」
僕は慌てて、琉樺耶の手から、大切な日記帳を取り上げようとしたが、無駄だった。
最初は、サラサラと目を徹す程度だったが、その内、琉樺耶は目の色を変えて、じっくりと読みふけり始めた。本が好きなんだなぁ……と、思いきや突然、琉樺耶は嗚咽した。
ポロポロと泪をこぼし、意外と華奢な肩を、小刻みに震わせている。
「どうちたの、おねぇたま!? そんなに、ぴどいことが、書いてあったの!?」
茉李が心配して、そんな琉樺耶の泣き顔をのぞきこんだ。僕、そんなに〝ぴどい〟こと、書いた覚えはないんだけど……だってこれは、僕の凛樺に対する愛情詩編で……ひゃあ!
やっぱり、凛樺以外の、他人に見せるのは嫌だ!
赤面モノの、こっぱずかしいセリフが、ズラズラと羅列されてるんだもの!
けれど、琉樺耶が発した感想は、僕の悪い予想を、見事にくつがえしてくれた。
「凄いよ……あんた、やっぱり天才だね。こんな、感動的な愛の詩が、書けるなんて……」
「……へ? 今、なんて?」
僕は、琉樺耶からの賞賛の言葉が、すぐには嚥下できず、目を丸くした。
一方、横からのぞきこむ茉李は、不可解そうに首をかしげては、容赦ない悪態をつく。
「茉李には、判んなぁい……こんな陳腐で、ご都合主義で、クッソくだらない話……でも、おねぇたまが感動ちたんなら、やっぱり、ちゅごい話なのかなぁ……むじゅかしすぎるよ」
そりゃあ、云いすぎだろ! 失礼にも、ほどがあるぞ!
「なにか、理由があるんだろ? 正直に話してみなよ。どうして、あんな悪逆非道なエセ道士に、与しているのか……あんたほどの人がさ、勿体ないじゃないか。才能をドブに捨てて……悪の道をひた走るなんて、とても、信じられない。いや、信じたくないんだよ!」
琉樺耶は懐剣を仕舞い、僕の頬や首筋から、したたる血をぬぐいつつ、熱弁をふるった。
寸刻前までとは、エライちがいだ……でも断然、こっちがいい! 但し『誤解だ!』と、必死に云い続けた僕の話が、結局、なにひとつ伝わってなかったってのが、哀しいけどね。
「えぇと……ですから、さっき話そうとしたんですけど、すべて誤解なんです」
「誤解? 誤解だって? そいつは、どういう意味だい!」と、声を荒げる琉樺耶。
「啊……やっぱり僕の話、全然、聞いてなかったんですねぇ……」と、項垂れる僕。
だけど、僕は気を取りなおし、あらためて琉樺耶に、こうなるまでの、すべての真相を、裏事情を、神々廻道士と出会ってしまった経緯を、彼に与するしかない理由を、説き明かした。
すると、最初の内こそ懐疑的だった琉樺耶の眼差しが、どんどん優しくなっていった。琉樺耶は、僕の首に嵌められた忌まわしい首輪を引っ張り、僕の耳元へ朱唇を寄せる。
またまた、嫉妬に狂い出しそうな茉李を手で制し、琉樺耶は初めて心の底から、僕に微笑みかけてくれた。
いいや、それだけでない。彼女は僕に、それ以上のものをくれたのだ。
それは……つまり――、
0
あなたにおすすめの小説
彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中
桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。
やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。
「助けなんていらないわよ?」
は?
しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。
「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。
彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる