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汪楓白、人生初の悪所落ちするの巻
其の壱
しおりを挟むそんなこんなで、翌日。
僕は朝も早から神々廻道士に呼び出され、迎えに来た蛇那と一緒に彼の居室へ向かった。
嫌な予感がする……まさか、もう昨夜の演技がバレたのか? 僕と琉樺耶たちが、裏で協力関係を結んだことも、すでに露見してるのか?
だとしたら、ヤバい……ヤバいぞ!
啊! どっちみち、僕の首輪を見たら、一目瞭然か!
〈楓白……あくまで、平静を装うんだよ。心を水面にたとえ、さざ波立たぬよう律するんだ。これだけ乱暴にあつかっても、引き千切れず、宝玉も壊せず、ビクともしないってコトは、今のところそれしかない。私たちの計画が今後、上手く往くかどうかは、あんたに懸かってるんだからね。くれぐれも、ボロを出すんじゃないよ。落ち着いて、しっかりおやり〉
琉樺耶……ムチャだよ。
他人が云うのはたやすいけど、当事者にしてみれば……とくに僕のような、雑念やムラッ気の多い人間にしてみれば、心を動かすなって方が無理難題で、不可能に等しいんだよ。
啊……朝っぱらから、絶体絶命。
憂患にさいなまれる僕は、それでもなんとか蛇那に続いて、長い回廊を怖々と歩み、ついに神々廻道士の居室前へ……ここで、蛇那が振り向きざま、悪戯っぽく笑って云った。
「昨夜のアレ……凄かったわねぇ。今度は私と、手合わせしてよね、シロちゃん❤」
「はい?」
蛇那は、それだけ云い残し、さっさと今来た回廊を戻って往く。
と、その時である。
――バァンッ!
いきなり、居室の頑丈な鉄扉が開き、中から神々廻道士が現れたのだ。
しかも彼は、あまりにも意外な格好をしていた。いつものボロけた道服姿ではない。
縹色の長袍、白地の筒細袴、七宝細工の飾り帯、その上、ボサボサ頭は、きちんと元結髷にまとめられ、金の笄まで挿している。無精髭も綺麗に剃り、こうして見ると実は彼が、なかなかの男前だと判る。 とにかく今日の神々廻道士は、見ちがえるほど颯爽としている。
「往くぞ、シロ!」
「は!? なに!? なんですか、その格好!? 往くって、どこへ!?」
呆気に取られ、質問攻めにする僕へ、神々廻道士は、驚きの発言を返した。
「決まってんだろ、悪所落ちだ。そう云うワケゆえ、琉樺耶! 亭主を借りるぞ!」
僕の肩越しに、意外な人物へ声をかける神々廻道士だ。
えぇえ!? る、琉樺耶!? まさか、心配して、僕のあと……ついて来てたのぉ!?
「ご、ごめんなさい、旦那さま……おそばを離れるのが、名残惜しくて」
背後の支柱の影から、おずおずと現れたのは、確かに琉樺耶である。
よもや、看破されるとは、思っていなかったのだろう。
彼女は、しどけない寝巻姿のまま、バツが悪そうに、神々廻道士と僕の顔を見比べる。
そして琉樺耶もまた、別人のような神々廻道士に驚き、大きな目をさらに瞠っていた。
「よかったな、シロ。従順で淫乱な女房が手に入ってよ」
神々廻道士は、僕の背中をポンと叩き、軽口(聞きようによっては非道いぞ)を放った。
「いや、それはっ……ちが」
僕は慌てて否定しようとしたけど、琉樺耶に睨まれ急遽、対応の変更を余儀なくされた。
「ま、そうですねぇ。ホント、従順で、淫乱で……哈哈哈」
神々廻道士は、そんな僕らの目配せに、気づいた風もなく云った。
「とにかく、往くぜ」
神々廻道士は、相変わらず酒瓢箪だけは手放さない。絶えず鬼去酒をあおりながら、僕の腕を引っ張る。琉樺耶も僕らを止めるどころか、満面の笑みで送り出そうとする始末だ。
「往ってらっしゃいませ、旦那さま」
「えぇ!? 本当に、いいの!? だって、朝から悪所って……奥さんが!?」
「別に、かまいませんわ。旦那さまの、お好きなように」
なんの衒いもなく、サラッと云ってのける琉樺耶だ……喂、喂、おい!
こここそ、奥さんの出る幕でしょう!
神々廻道士に、怪しまれちゃうよ!
だけど、当の神々廻道士は、妙な勘繰りや、猜疑心をいだくこともなく、豪快に笑い飛ばす度量の深さすら、持っていた。いつもとちがう……本当に、どうしちゃったんだ!?
「哈哈! 嫉妬深くなく、物分かりのいい女房で、本当によかったな、シロ!」
僕は、にこやかに手を振る琉樺耶を、そして満面の笑みを湛える神々廻道士を、怪訝な表情で見つめていたが……結局、最後は、しびれをきらした神々廻道士に、無理やり(やっぱりね)廟から連れ出され、着の身着のまま、〝悪所落ち〟する破目となってしまった。
ちなみにこれも、後日談だが――、
「ところで、悪所ってどこだい、茉李」
「おねぇたまってば、本当に初心……きゃあわいい❤」
「なにが云いたいのさ。早く教えなよ」
「悪所ってぇ……女が肢をおっぴろげるトコなのぉ❤」
「……肢を、おっぴろげるだってぇ?」
「うん! おっぱいも、もみもみちたい放題なのぉ❤」
「おっぱいも、もみもみって……は?」
「しゅっぽんぽんで、あんあんって、ちゅごいのぉ❤」
「啊! 要するに、遊郭のことだね!」
「犬戯けとか、菊花責めとか、尺八とか……うふふ❤」
赤らめた頬を、両手で押さえつつも、うら若い娘にあるまじきセリフを放つ茉李だ。
琉樺耶は頭をかかえ、ヤレヤレと肩をすくめながら、恥知らずな妹分をたしなめた。
「……茉李、仮にも女の子なんだから、口の利き方に気をつけなさいね」
それから琉樺耶は、あらためて廟の外の僕らを見やり、こんなことをつぶやいたそうだ。
「それにしても……こんな早朝から遊郭とは、妙だね。あいつ、大丈夫かな……」
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