神さまなんて大嫌い!

緑青あい

文字の大きさ
33 / 64
汪楓白、人生初の悪所落ちするの巻

其の弐

しおりを挟む

 それにしても……こんな早朝から遊郭とは、妙だぞ。神々廻ししば道士は、なにを考えているんだろ。いきなり、あんなオシャレして、馴染みの遊女でもいるのかな。いや、待てよ?
 あるいはこの男が、ああもがめつく人々を弄し、大金を騙し盗っているワケは、そこにあるんじゃないだろうか! 実は、夫婦約束をした女性が、借金のカタに売り飛ばされてしまい、彼女を苦界から救い出すため、心を鬼にして、悪人になりきり、あんな非道な手段を用いての、身請け金集めを強硬……もしそうだとしたら、ちょっと同情しちゃうかも。
 でもなぁ……これって僕の考えすぎだろうなぁ。そんな、都合のいい展開は、あまり期待できなさそう。だって、こいつの傍若無人さは、どう贔屓目に見たって、本物だもの!
 おっと、いかん。また、悪癖が出た。とにかく、僕は神々廻道士の背中を追った。
 にぎやかな市場を抜け、川沿いの土手道を進み、宿場町をいくつも通過し、渡し船で対岸へ向かい……神々廻道士に黙って追従する内、やがて前方に、煌びやかな黄金の楼門が見えて来た。 
 えぇ――っ!? ここって、まさか……噂に名高い悪所『月明大酒楼ユエミンだいしゅろう』!?
 いかつい門番に、軽く手を振り挨拶し、神々廻道士は堂々と、超高級遊郭へ入って往く。
 今の様子じゃあ、顔見知りっぽいぞ!? 常連客なの!?
 神々廻道士は、豪奢な建物の入口で、躊躇する僕に気づき、やむなく戻って来た。
おい、早く来いよ」
「だ、だって……ここ!」
 恐る恐る、見世みせの楼門に掲げられた『月明大酒楼』の、大袈裟なほど巨大で派手派手しい看板を、指差す僕だ。すると、神々廻道士は突然、瞠目どうもくし、僕の人差し指をつかんだ。
「ところで、その指はどうした!」
「へ? 指、ですか? えぇと……ああ!?」
 あらま! そう云えば……昨夜、神々廻道士に折られたはずの指が、もう治ってる!
「顔や首筋の、引っかき傷は、琉樺耶るかやにやられたのか?」
「へ? 引っかき傷? えぇと……啊!?」
 おやま! しかも……昨夜、琉樺耶に懐剣で切られたはずの傷が、もう治りかけてる!
「なんで……おかしいぞ! どうして、こんな……」
 困惑する僕……神々廻道士は、ますます険悪な表情になり、僕の首輪を乱暴につかんだ。
 ま、まずい! いよいよ、バレる! 落ち着け、楓白ふうはく! 平静だ……平静を保て!
「お前さ……」
「は、はい!」
 僕の首輪の宝玉には、さまざまな文字が、浮かんでは消え、浮かんでは消え、色味も多彩に目まぐるしく変化している。琉樺耶……やっぱりダメだ! 
 静謐せいひつな水面になんて到底、なり得ないよ! 僕の心には今、大津波が押し寄せてるんだ! 啊、天帝君てんていぎみ! せめて来世では、凛樺りんかの生まれ変わりと、添いとげられますように……僕は瞑目し、死を覚悟した。
 ところが!
「……ま、いいや」
 おっとぉ! 僕は肩すかしを食らい、思いっきり、前につんのめった。
「なにしてんだ、シロ。早く来い」
「えっ……あ、はぁい!」
 僕は体勢と、乱れた心を立てなおし、急いで神々廻道士のあとに続いた。
 だけど、怪しいぞ! かえって、怪しすぎるぞ! 一体、なにを企んでいるんだ!
 磨き抜かれた白い大理石の床や、美々しい桃源郷の壁画、玲瓏れいろうな音色を奏でる珠簾たますだれなど、煌びやかに華飾された玄関口は広く、あらゆる客を魅了し、迎え入れる体勢だ(尤も、金さえあればだけど)。
 神々廻道士は入ってすぐ、今度は見世の遣り手婆と、なにやら話しこんでいる。一体全体、なんだってんだ?
 僕が落ち着かぬ様子で、キョロキョロしていると、そこへ、総金箔の衝立で仕切られた広間の方から、こちらに気づいた遊女が、供を従え静々と歩いて来た。僕は思わず、その艶姿に息を呑んだ。なんて美しい女性なんだ!
「あら、あにさん……今日は、早いのね。そちらのかたは?」
 薄紫の襦裙じゅくんに、牡丹を刺繍した淡い桃色の大袖衫だいしゅうさん、金輪細工の帯、羅紗らしゃ領巾ひれをかけた女性は多分、太夫級なのだろう。
 鼻筋の通った端整な顔立ち、形のよい眉、麗しい朱唇に、大きな紫紺の瞳、複雑に編みこまれた黒髪にも、牡丹のかんざしが映え、とにかく神々しいまでの美しさだった。
 その上、彼女が動くたび、仄かに漂う白檀の香り……香を焚きこんでいるわけじゃない。どうやら彼女、【檀族だんぞく(生来より白檀の香気を放つ)】の出身らしいぞ。
 うっとりと彼女に見惚みとれる(ごめん、凛樺!)僕を、神々廻道士は簡略に紹介した。
「コレはシロ。それより、今日は奴が来る日だろ? 準備はできてるのか?」
 コレはシロって、云い方! 僕は犬猫じゃないんだぞ! 人をなんだと思ってるんだ!
 だけど、後半の部分……一体、なんの話だ? 今日は朝から、疑問符ばかりだ。
「悪いけど……あの話は、断ったわ」
「なんで?」
「嫌だからよ。他に理由が要る?」
「へぇ、変わった女だな……ま、いいや。早いトコ、白菊太夫を呼んでくれ」
「哥さんったら、いつも白菊ばっかり……タマには、私のことも揚げてよ」
「冗談だろ? クソの色まで知ってる女を? いいから、早く白菊を、呼んで来い!」
「判ったわよ……呼べばいいんでしょ! あんな拝金主義の女狐、どこがいいんだか!」
 うぅむ……ただいまの会話から判ったことは、彼女が身請け話を断ったってことと、この二人のつき合いが、かなり長いってこと、さらには彼女が、神々廻道士に好意をいだいてるんじゃないかってこと!
 まぁ、傾城けいせいに誠なし、なんて言葉があるくらいだから、どこまで信じていいか怪しいけど、彼女を見ていると、本気のような気が……もしかして演技? そう、演技だよね。
 だってこんな男、どこがいいのか、それこそ判らないモンなぁ。
 おっと、また深沈と、物思いにふけってしまった。いかん、いかん。
 すると神々廻道士は、そんな僕の肩をつかみ、彼女の前に押しやると、とんでもないことを云い出したのだ。
「お、そうだ! お前さ……ヒマなら、こいつの相手してやってくれよ!」
「えぇえ!? いや、ちょっと、待ってくださいよ、師父しふ! 僕には、妻が……」
 そ、そうだ! 凛樺を裏切ることだけは、断じてできない!
「その女房から了解を得てんだ。かまうめぇ。大体よ、操立てなんてモンは普通、女がするこったぜ。クソくだらねぇ。昨夜みてぇにって来い。心配すんな、揚げ代は俺持ちだ」
「そういうことじゃなく、ですね!」
 僕が云ってるのは、本物の妻のことだ!
「なんだ? 琉樺耶に出しきって、スカスカか? いいから、しぼり出せ!」
 ひぇ――っ、なんちゅう……だから云い方! それに僕、琉樺耶とはなにも……むぐっ、まずい! 心を読まれたら、今後の計画に差し障る! 無我の境地! 無我の境地だ!
「だ、だけど……」
 とは云うものの、やっぱり僕は気が多い……もう、バレてるんじゃなかろうか。だって、先刻から、もう好き勝手なこと、考え放題だもの……ただ、それにしてはおかしいよな。
 だって神々廻道士、僕を怒鳴ったり、殴ったりする気配が、全然ないんだよ?
 その上――、
「判んねぇのか? これは、お前へのご褒美なんだよ! 喂、雁萩太夫かりはぎだゆう! さっさとこいつを連れてけ! たっぷり、可愛がってもらえよ! こいつ、こんな冴えないツラしてっけど、体伎の方は、腰が抜けるほど凄ぇらしいからよ……案外、病みつきになるかもな」
 今のセリフが本当なら、まだ気づかれてない? なんで? どうして? やっぱり今日は、疑問符が大発生だ!
 もしかして首輪が壊れたの?
 僕は神々廻道士の目を盗み、僕の胸元に垂れる宝玉へ、恐る恐る視線を落とした。だけど色味や文字を確認する間もなく、《雁萩太夫》と呼ばれた美女が、僕の手を優しく取り、自分の居室へ、いざなおうとした。
「哥さんの、大事な人なら、仕様がないわね……さぁ、シロさん。いらっしゃい」
 艶然と微笑む雁萩太夫。遊郭に身を置いてるワリには、清楚な印象だなぁ。
 スレてないって云うか……でも檀族で、なおかつ、これだけの美貌をそなえてるんだから、さぞかし売れっ妓なんだろうなぁ。またまた物思いにふける僕……と、その時、奥の間から駆け出して来た遊女が、僕を突き飛ばすくらいの勢いで、いきなり神々廻道士の首に抱きついた。
「きゃあ、劉晏りゅうあんさまぁ! 待ってたのよぉ! でも、こんな朝からなんて、ホント、好きなのねぇ! でも、いいわ! 白菊、精一杯、頑張っちゃうからぁ! 覚悟してよぉ!」
 うわぁ、けばけばしい……雁萩太夫とは、大ちがい。色香は凄いけど、手なれた感じが、どうもなぁ……白菊太夫か。ん、だけど、待てよ? 今、確かに聞き逃せない一言が……。
「劉晏?」
ちょう劉晏。哥さんの名前じゃない……なに、あなた、知らなかったの?」
「い、いいえ! 知ってますよ、勿論!」とは、云ったものの、《趙劉晏》だって!?
 そいつは初耳だ! いや、そもそも、僕は神々廻道士について、なんにも知らないんだ。
 名前……は、今知ったけど、年齢も、出身も、郷里も、経歴も、本当に、なぁんにも!
 啊……僕ってば、凛樺のことで頭が一杯で、神々廻道士の人となりを、なにひとつ調べもせず、飛びこんでしまったんだな。悪魔の廟へ……莫迦ばか! どうしてこう莫迦なんだ!
 冷静になって、よくよく考えてから行動にうつしていれば、こんなことには……こんなことには……こんな、こと、には……七色に煌めく珠簾の奥で、大袖衫を脱ぎ衝立へかける雁萩太夫と……天女の如き美貌の人と、同衾どうきんする機会を得られるなんて、こんなことには……絶対にならなかっただろう! 彼女は早くも薄い襦袢じゅばん姿で、豪奢な天蓋つき寝台へ腰かけ、僕を手招きしている!
 ど、どど、どうしよう……昨夜の琉樺耶とのニセ行為のせいで、まだ昂ぶってる僕としては、今にも欲望が……ダメだ、凛樺! 助けてくれぇ!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中

桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。 やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。 「助けなんていらないわよ?」 は? しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。 「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。 彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

処理中です...