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汪楓白、人生初の悪所落ちするの巻
其の五
しおりを挟む「喂、シロ。終わったか?」
「うげげっ! 師父!?」
帳幕を開け、珠簾の合間から、ヒョイと顔を出したのは、神々廻道士だった。
ま、まずい! まだ、心の準備が……首輪を見られたら、全部バレちゃう!
けれども、僕の事情など、なにも知らぬ雁萩太夫は、気を利かせたつもりで(って云うか、さっき僕自身がお願いしたんだけどね)、大袈裟とも思える嘘八百を並べ、口裏を合わせてくれた。
「哥さん、今日のところは、お礼云っとくわね。いい人、連れて来てくれたじゃない。久しぶりに、愉しませてもらったから……シロさん、それはもう凄いの……アレも大きいし、前戯での焦らし方も巧いし、その上、女泣かせの妙伎まで使ってくれて……お陰で四度も桃源郷を見られたわ。啊、まだ体の芯が燃えてる……絶対に、また来て頂戴ね、シロさん」
雁萩太夫は、甘い吐息をつき、自分の体を切なげに、まさぐるような仕草をした。
だ、だから! 云いすぎですってば、それ! 嘘とはいえ、は、恥ずかしい――っ!
「……本当に、寝たのか?」
「「え?」」
神々廻道士の、険悪な表情に、僕と雁萩太夫は一瞬、息を呑み、声をそろえた。グイッと首輪の宝玉をつかみ、引き寄せる神々廻道士……ヤバ――い!
落ち着け、楓白! 平静を保て! 静謐な水面だ! 僕は雁萩太夫と寝たことに……いや、寝た、寝た、四回!
「……ふん、まぁいい。よかったな、シロ」
神々廻道士は、僕を乱暴に突き飛ばし、背後に佇む雁萩太夫の顔を一瞥した。
バレてない? ねぇ、バレてない?
それとも、裏になにか謀略がひそんでたりする? どっち?
「じゃあ、帰るぞ。雁萩太夫、またな」
「さよなら、哥さん」
そうこうする内にも、神々廻道士は、実に素っ気ない態度で、幼馴染みである雁萩太夫に別れを告げ、遊郭の玄関口へ向かおうとする。雁萩太夫は心なしか、淋しそうに見える。
僕は、そんな雁萩太夫の気持ちを慮って、精一杯の謝意で、彼女に深々と頭を下げた。
「今日は本当に、ありがとうございました……お陰で、助かりました」
「それは、こっちのセリフよ、シロさん。またね」
雁萩太夫は、クスリと笑い、僕に軽く手を振ってくれた。しかも、『またね』って!
う、うれしい……かも。神々廻道士には『さよなら』で、僕には『またね』……ふふふ。
ハッ、いかん! 浮かれてる場合じゃない!
凛樺に申しわけないし、なにより廊下の向こうで、神々廻道士がこっちを睨んでる!
早く往かなくちゃ! 僕は慌てて神々廻道士に続き、長い廊下を駆け出した。
途中、派手にすっ転んで、他の遊女たちの失笑を買う。そして、これも後日談なんだけど、見世を出る僕らの後ろ姿を、ひっそりと見送りながら、雁萩太夫はつぶやいたそうだ。
「……もう、昔の名では、呼んでくれないのね、劉哥さん」
部屋の丸窓から、外を見やる雁萩太夫の瞳には、いつしか泪が浮かんでいた。
だが、彼女を押しやるようにして、現れた白菊太夫が、僕らの背中にこんなことを叫んでいたな。
「劉晏さまぁ! 次はもっと、もっと、もぉっと、可愛がってくださいなぁ!」
当然、雁萩太夫は不愉快そうに、美しい眉宇をひそめる。
「あんた……他人の部屋まで上がりこんで、よくもそんな恥知らずなセリフ、吐けるわね」
「あら、だって本当に劉晏さまの××は、〇〇でぇ……あぁん、次に会う日が待ちきれないわぁ。他の客じゃあ、こんな風にはならないのにぃ、罪作りな男。あんたも頼みこんで、抱いてもらえばいいのにぃ。いつも物欲しそうに、指くわえて見てるだけじゃなくてさぁ」
「私がいつ、物欲しそうに指くわえて見てたって?」
「いっつもよ。惚れてんでしょ? 劉晏さまに……だから、折角の身請け話も、断り続けてんじゃないの? 莫迦みたい。あの人、あんたのことなんて、ハナから眼中にないわよ」
「……判ってるわよ」
「よかったぁ! ならいいの。さっきの言葉、撤回するわねぇ。私の男に、絶対、手を出さないでよぉ? まったく……【檀族】のクセに、いまだ馴染み客がつかないなんて、あんたも相当、要領が悪いのねぇ。あんたみたいな女が、太夫やってるなんて、信じられないわぁ」
白菊太夫は、雁萩太夫に散々憎まれ口を利いたところで、ようやく気がすんだのか、彼女の部屋を出て往った。
部屋に残った雁萩太夫は、悔しげに朱唇を噛み、ついに決心した。
「いつも、私の客を横取りするのは、誰よ! ……いいわ、もう哥さんなんか待たない! 次に身請け話が来たら、どんな相手だろうと……たとえ、相手があいつだろうと、決して断らないわ! そして、すべての決着を私一人でつける……それでいいんでしょ、哥さん」
〔暗転〕
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