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汪楓白、官兵に誤認逮捕されるの巻
其の壱
しおりを挟む神々廻道士は、相変わらず瓢箪酒をあおっている。
遊郭を出て半刻……すでに夕闇迫る帰り道、口を開くのは鬼去酒を呑む時だけだ。
つまり、ずぅ――――っとだ。
信じられない……酒豪を通り越して、酒乱だなぁ、こりゃ……。
だけど、ここに来て僕は、ようやくあることに気づいた。
アレ? 往きと道順がちがうみたい。なんだか、随分と人気のない場所に来ちゃったな。
まさか……昨日からの嘘や演技、やっぱり全部バレてて、ここで制裁を!?
いや、抹殺まで考えてる!?
そんでもって、人気のないこの山道のどっかに、僕の死体を埋めるとか!?
そう云えば、神々廻道士の背中からは、陽炎のような殺気が揺らぎ出てるし!
「シロ、ひとつ聞きたいことがある」
ピタリと立ち止まった神々廻道士、圧倒的な怒気を孕んだ声音だった。
「は、はい……」
閑散と静まり返る山道……鳥も虫も気配をひそめ、颯々とした風の音しか聞こえて来ない。
僕はおびえて尻込みし、今にも逃げ出したい気持ちで一杯だった。だが神々廻道士は、唐突に振り返り、僕へ詰め寄ると、まっすぐ僕の顔を見すえ、真剣な語調でこう云った。
「お前……何者だ?」
僕は思わず、卒倒しそうになった。
今まで、張り詰めていた緊張の糸が、一気に切れる。
「い、今更、それを聞きますか!?」
「さっさと答えろ!」
「ですから、僕は汪楓白、劫初内の文官で、同時に文筆業でも、生計を立て……」
「黙れ! 嘘は聞きたくねぇんだ! 本当の正体を明かせ!」
――バチ――ンッ!
いぃっ……痛――っ! なんて情け容赦ない……神々廻道士は、わけが判らず目を丸くする僕の頬を、手加減なく殴打した。そうして地面へ突き倒すと、今度は馬乗りになって恫喝した。
どうして、いきなり、こんな目に、遭わされなきゃ、ならないんだぁ――っ!
「うぅ……本当の正体も、なにも……僕は真実しか」
「じゃあ、これはなんだ!」
「痛っ……今度は、な、な、なんですか! くっ、苦し」
神々廻道士に、首輪の宝玉をつかまれ、僕は一瞬、心臓が止まりそうになった。さらに、息まで止まりそうにもなった。順序がおかしいとか云わないでね……とにかく、神々廻道士は物凄い剣幕で、僕の首輪をグイグイ引っ張り、ついにはこんなことをのたまった!
「なんで、宝玉の文字が読み取れねぇ! しかも、こんな色味は見たこともねぇ!」
「えぇえっ!?」
まさかの宝玉故障!?
でも、でも、それって……すっごい好都合なんじゃないの!?
だけど、直後――神々廻道士は例の呪禁を、いつもより声高に叫んだんだ!
「唵嚩耶吠娑嚩訶!」
「ぐえぇえぇぇえっ……っと、ありゃ?」
つい、条件反射で苦しんではみたものの……全然、絞めつけないぞ? この首輪!
ということは、やっぱり! 僕は自由だぁ――っ! もう、こいつの云いなりになる必要ないんだぁ――っ!
これからは、対等な立場で文句も云える……ワケないか。神々廻道士の目に宿った殺意は、僕をいよいよ恐怖させ、精神的な服従をし強いているようだった。
「こ、壊れたんじゃないでしょうかね……哈哈、哈」
クソッ……やっぱり、怖くて逆らえないよぉ……だってこいつ、尋常じゃないモン!
「そんなはずあるか! あの三莫迦妖怪でさえ、どんなに禍力を使っても、ぶち壊せなかった特殊な首輪だぞ! それを人間であるお前が、そうたやすく壊せるワケ……待てよ」
轟々と怒鳴りながら、僕の首を絞めようとしていた神々廻道士だが、ふとなにかに思い当ったらしく、突然、静かになった。顎に手をそえ、考えこむ。
一体、なんだってんだ?
「そういやぁ、初めて廟で会った時、三莫迦ども……お前のこと、不味い、生臭い、小汚い、小面憎い、死んで欲しい、とか云ってたよな。もしかして、そこになにか、秘密が?」
「不味い、以外は全部、たった今、あなたの口から聞きましたけど」
僕は憮然として、云い返した。神々廻道士は、再び僕の方を向きなおった。
「喂、ちょっと腕、出してみろ」
「え? こうですか?」
――スパッ!
「うん……味は、悪くない……どうも妙だな」
「ひっ……ひえぇえぇぇぇえっ!」
うぅ腕っ! 右腕を、小刀で切られたぁ――っ! 痛い……ってか、熱い!
神々廻道士は、ドクドクと流れ出る僕の血をなめ、すぐに吐き出し、涼しい顔だ。
な、なな、な、なんて奴! 吸血鬼か!
「と、すると……あるいは……お前、蛇那に咬まれたか?」
「うぅ……血が、止まらない……」
そんなこと、どうでもいいから、早く止血してくれよぉ!
「早く答えろってんだ!」
――スパッ!
ひぎゃあ――っ! 今度は、左腕までぇ――っ!
しかも、さっきより深い! 神々廻道士は、まだ小刀をかまえてる!
「ああ、もう! 咬まれましたよ! あの時も痛かったけど……それが、なにか!」
僕は我が身を必死でかばいながら、上ずった泪声でなんとか返答した。でも神々廻道士には、その返答すら気に入らないようで、さらに小刀を僕の首元へ突きつけては恫喝する。
その、目つきと、口調の、怖いこと、怖いこと……誰か、助けてくださ――いっ!
「てめぇ……なんで、生きてる」
「は、はい?」
「蛇那の毒気に中って、どうして生きてられるんだ!」
「哈哈哈、どうしてでしょうねぇ……って、そんな猛毒なんですか!?」
確かに最初の夜、廟に連れこまれた僕は、蛇那に咬まれた。
意識は朦朧、体がしびれて、云うことを利かなくなった。
でも、すぐに毒気は抜けたはずで……抜けてる、よな。きっと。
だって、僕、生きてるんだから!
哈哈、脅しだ、脅し! 神々廻道士お得意の、脅迫だよ! そうに決まってる! 死に至る猛毒だなんて、そんな莫迦な話……信じないぞ!
「しかも、琉樺耶につけられた切り傷が、もう完治してるじゃねぇか!」
「し、知りませんよ! そんなこと……大した傷じゃなかったんでしょ!」
結構、痛かったし、出血も相当だったし……だけど完治してるってことは、そういうことでしょ? 琉樺耶が、手加減してくれたんでしょ? そうとしか考えられないモンな!
アレ? 待てよ? 琉樺耶につけられた切り傷って……なんで、そんなこと知って……はっ! まずい!
やっぱ、計画がバレてたんだ! ということは……ということはだ!
「どうにも腑に落ちねぇ……てめぇ、さては……そうなんだな!?」
「そうって、どうなんですか! ひぃっ……痛いっ!」
今度は、首筋に刃を……この痛み、確実に喰いこんでるよ! ヤ、ヤバい!
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