神さまなんて大嫌い!

緑青あい

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汪楓白、官兵に誤認逮捕されるの巻

其の弐

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「ちょっと……なんで、そんな目で僕を睨むんですか……やめてくださいよ、師父しふ
 まさか、まさか……いや、やっぱり、用済みになった僕を、この場で消すつもりか!?
 到頭、その時が来てしまったのか!?
 ああ、あの目に宿る壮絶な殺意が、そう物語っている……終わりだ! 絶体絶命だぁ!
 僕は瞑目し、口の中で念仏を唱えた。  
 来世こそ、凛樺りんかと添いとげられますように……そんな儚い願いをいだきつつ、懸命に天帝てんていへ祈りを捧げた。
 ところが、神々廻ししば道士の放った言葉は、実に思いがけないものだった。
「てめぇは、破門だ」
「やった――っ! ……え?」
 し、信じられないけど……助かった! その上、解放される!
 うわぁ――ん、うれしいよぉ!
 ……いや、でも、確かに、うれしいのはうれしいけど、僕っていつから門徒と認められてたの?
 ……ってかさぁ、こいつの云うこと、鵜呑みにしていいモンなのか?
「てめぇは、奴隷だ」
「うお――っし! ……は?」
 いやいや、そこは喜ぶトコじゃなかった! 奴隷? 奴隷って、奴隷? 意味不明なんですけど?
 だからさ、結局のところ、なにが云いたいんだよ? なにを企んでんだよ?
 計画が、バレたワケじゃないの? どこまでが、どうなってるの? 早く教えてよ!
「あの……それって、どういう」
「下僕から奴隷に、降格だっつってんだよ!」
「はぁ――っ!? 下僕も奴隷も、おんなじじゃないですか!」
 さすがに温厚な僕とて、神々廻道士の、あまりのムチャクチャさ、理不尽さ、傍若無人さには、堪忍袋の緒が切れた。無論、激昂した。当然、逆上した。但し、完全無視された。
「だったら、文句はねぇな。てめぇは今後、俺さまに死ぬまで虐使される家畜同然だ」
 文句アリアリです! 酷使から虐使っすか!? しかも、家畜同然って……それは、あんまりでしょうが!
 この人、どこまで露悪的な性格してるんだよ! 最低じゃないか!
「あのね、師父」
「偉大で尊崇するご主人さま、だ! ボケェ!」
 うっ! 容赦なく引っぱたいた挙句、尊崇まで入れちゃうの!? きつすぎっしょお!
「とにかく、鬼去酒きこしゅが切れる前に帰るぞ、莫迦ばかシロ。白檀の匂い、プンプンさせやがって」
 莫迦シロ!? うわぁ、僕の品位まで下がった……もう最悪!
 だけど、なんか語尾で、ヤケに尻すぼみなこと、つぶやいてたような……ま、いいか。
 今は、それどころじゃないし。これは男として、いや、人間として、僕の沽券に関わる大問題だ!
 なんとしても、訂正してもらわなきゃ!
 僕は勇気をふりしぼって云った!
「師……偉大で尊崇するご主人さま! 莫迦シロは、非道すぎますよ! 訂正して……」
 ま、僕の勇気なんて、所詮この程度だけど……。
「じゃあ、デカチン色魔シロでいいな」
「あ、莫迦シロで結構でぇす」
 ほらね、この程度……ってかさ!
 デカチン色魔って、他人を見下げ果てるにも、ほどがあるよ!
 だけど、この人の場合、一旦そうと決めたら、絶対に、意地でもその名で呼び続けるモンな……人前で恥かくより、まだ莫迦シロの方がマシか。
 ここで手を打っとかないと、さらにとんでもない汚名をかぶせられそうだしな。ああ、物分かりよすぎるゆえに、だんだん僕が可哀そうになって来た。
 ただ、心裏を読み解かれる心配がなくなっただけでも、楽だよな。こいつと三妖怪の悪行を、白日の下に晒す計画を進めるには好都合だし。そもそも、神々廻道士を〝ご主人さま〟と崇める必要もないワケだし。〝こいつ〟と呼ぼうが、〝クソ野郎〟と呼ぼうが、心の中なら自由になったワケだし。
 ああ、だけど所詮は声なき心の叫び……やっぱり、悔しい。
 悔しいから、クソッ! 心の中だけでも、云い抜いてやる!
 莫迦! 阿呆! 人でなし! 冷血漢! 鬼畜!
 ……やっぱり、悔しいよぉ!
 しかし一度は小刀を仕舞い、歩き始めた神々廻道士だったが、またしても突然、立ち止まった。僕は青ざめ驚愕し、あとずさった。
 聞かれた? 今の心の声、聞こえてたの!?
「ど、どうしました? 偉大で尊崇するご主人さま……」
 神々廻道士は、何故か周囲の闇に目を凝らしている。どうやら、僕の心中の悪口に気づいた様子はない。僕は、少しだけホッとし、神々廻道士に近づくと、再度、問いかけた。
「なにか、あったんですか? 偉大で尊崇する……もう、長くて云いにくいなぁ」
「だったら、神さまと呼べ」
 げぇ――っ! そこまで、自分を上げられる人、初めて見たかも……これは、衝撃だ!
 だけど、僕がその衝撃を嚥下できずにいる間、確実に異変は起こりつつあったのだ。
「莫迦シロ……」
「はい」
「こっから先、余計な口は利くなよ。ただ、俺の命令通りに動けば、それでいい」
「はい」
 要するに、いつも通りですね……承知しましたよ。
 と――その刹那だった!
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