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汪楓白、師父の恋路を応援するの巻
其の参
しおりを挟む丁度、折も折、周囲には騒ぎを聞きつけ、大勢の野次馬が集まって来ていた。
衆人環視の中、家臣団とて迂闊な真似はできない。かといって、主君の大切な後継ぎを、手にかけることなど到底、できるわけがない。最早、凶刃の切っ先を、どこへ向けるべきなのかも判らず、困窮している。
そこで、僕がすかさず近づき、家臣四人へ忠告を与えた。
「家臣のみなさん! 危険ですから、早く下がって! ここは、専門職である神々廻道士に、すべてまかせてください! さもないと、あなたがたにまで鬼業の累が及びますよ!」
家臣四人は、お忍びで悪所を訪れた太子に同行するくらいだから、当然、腕に覚えのある武道派ぞろいなんだろうけど、鬼憑き太子が相手では、さすがに剣術もひけらかせない。
「おぉ……鬼憑き、だって!?」
「太子さまが!? そんな……そんな莫迦な!」
「黙れ! 巫山戯たことを抜かすな! 絶対にあり得ん!」
「しかし、あの姿は……啊! 父王に、なんとご説明すればいいんだ!」
悄然と青ざめ、寒胆し、または激昂し、頭をかかえる家臣四人は、右往左往している。
紗耶さんも驚愕し、壁際に張りつき、太子の変貌ぶりを、怖々と見つめている。
神々廻道士は、観衆にもれなく聞こえるほどの大音声で、こう叫んだ。
「紗耶を身請けしておいて、のちのちは喰うつもりだったんだろうが、そうはさせねぇ! この神々廻道士さまが、今すぐ退治してくれる! 往くぞ! 殺ぁあぁぁあぁぁあっ!」
満を持して、偃月刀を抜き払った神々廻道士は、鬼憑き太子へ突進する。
『黙れぇえっ! 折角、美味そうな生餌に、ありつけると思うたに、邪魔しおって……許せん! 貴様も返り討ちにし、血肉を喰らって殺るわぁあっ! 死ねぇえぇぇぇぇえっ!』
鬼憑き太子は、そう雄叫びを上げるなり、ついに完全変態をとげた。
その醜悪な姿の、凄まじさといったら……頭頂部からは、彎曲した二本角が突出し、背中からは、真っ赤な刃の大翼が噴出し、下腹部からは、巨大な白蛇の半身が現出し、赤黒白の三色に変じた髪は乱れ、凡庸な顔は、黒ずんで不気味にゆがみ、巨大な複眼は、殺意を満々と宿している。
その上、体中の皮膚から、線虫の如き触手が、ザワザワと……ザワザワと……ザワザワと、僕の胸もざわめく。
だって、なんだか、どこを取っても、ヤケに、見覚えがあるんですけど……え? えぇえ!? そんな、まさか……う、嘘でしょう!?
だって、例の三妖怪は、すでに、解放したはずじゃあ、なかったの!?
「蛇那! 蒐影! 呀鳥! 君たちなのか!? ついでに、醸玩も参加してる!?」
僕の声が届いたのか否か……鬼憑き太子は一瞬、僕に向け、親指を立てて、口の端をゆがめ、合図したように見えた。
だが、すぐに偃月刀をかまえる神々廻道士の元へ、飛びかかって往く。黒光る鋭利な爪が、神々廻道士の偃月刀をはじき返し、物凄い火花を散らす。
『お前は、俺の喰い物だぁあっ! 逃げるなよぉおっ!』
「きゃあぁぁあぁぁあぁぁぁぁぁあっ!」
鬼憑き太子は、赤い翼を羽ばたかせると、幾本もの風切り刃を紗耶さんに放ち、襦裙の袖口や裾など、ギリギリのところを射抜き、逃げられぬよう、路地裏の築地塀へ磔にする。
その上で、神々廻道士との決戦の場を、広い往来へとうつした。
通行人や野次馬の悲鳴がとどろく中、神々廻道士は相変わらず……いや、前以上の俊敏さで、中空を舞って襲い来る鬼憑き太子を翻弄する。
赤い刃翼を斬り払い、からみつく白蛇の尻尾を刺しつらぬき、黒い瘴気の呼気を飛散させ、おぞましい体毛触手を削ぎ落とす。
いやはや、裏で示し合わせてるとはいえ、大した役者ぶりだね……見ごたえあるよ。
しかし鬼憑き太子は、まったく動じる気配がなく……人間離れした剛腕で、近くに置いてあった大八車をつかみ、振り回し、神々廻道士へ投げつけた。
神々廻道士は、大八車を偃月刀で一刀両断にし、難を逃れたが、そんなわずかな隙を突き、肉薄した鬼憑き太子に、到頭、捕まってしまった。
白蛇の尻尾と、うごめく線虫の触手に自由を拘束され、腰帯から魔除けの五色札を取り出すことすら、ままならない。
鬼憑き太子は、ニヤリと嗤った。
「てめぇら……俺さまに、本気出されてぇのか!」
ん? なんだか様子がおかしいぞ?
ハッ……まさか、もしかしてだけど……三妖怪(と醸玩)は、神々廻道士の謀略通りに、演技してたってわけじゃなく、本気で彼の命を狙って、太子に憑依したわけなの?
だとしたら……これって、復讐劇じゃないの! ちょっと……いや、かなりまずいよ!
「し、師父! 待っててください! 僕が、す……助太刀します!」
「くっ……莫迦野郎! 見りゃ判るだろうが! お前に敵う相手か!」
だって、僕以外に、誰がいるってのさ! 仕方ないじゃないか!
僕は、近場の材木置き場にあった、棒切れをにぎりしめ、鬼憑き太子へ立ち向かおうとした。
だが、その刹那……思わぬ形で、僕らの力強い援軍が登場したのだ。
それこそ――、
「「「百鬼討伐隊・諡火の第三小隊だ!! 鬼憑きは我々が捕縛する!! 下がれ!!」」」
颯爽たる赤戦袍に、〝事難方見丈夫心〟の隊訓、そして見覚えのあるメンツ。
とくに、鬼隊長と恐れられる指揮官の、精悍で雄々しい顔立ちは忘れようはずがない!
「啊っ、燕隊長!」
彼の方も、僕と神々廻道士の存在に、すぐ気づき、素っ頓狂な声音を発した。
「先生!? それに、劉晏も……また、あなたがたが、関わっていたのですか!?」
なかば呆れられ、僕はバツが悪そうに頭を下げた。
「どうも、お久しぶりです……すみません。でも、これは不可抗力でして……」
燕隊長は苦笑し、怒りの矛先を神々廻道士へ向けた。
「劉晏! お前という奴は……いつも、いつも、我々の邪魔を」
「説教なんざ聞きたくねぇ! こいつだきゃあ、俺一人で倒す! 手出しも許さねぇぞ!」
鬼憑き太子に、首筋へ牙を突き立てられそうになっても、なお強がって助勢を固辞する神々廻道士だった。
彼の気持ちも、今なら判る。愛する女性のため、命を賭ける彼の信念。
それはかつて、僕自身も凛樺にいだいていた、同じ感情だからだ。
「あいつ……どうやら、宮内大臣の子息らしいんです。だから、師父は……」
僕は、燕隊長にも、真実を告げた。
そう伝えれば、彼だって判ってくれるはずだ。
と――その時、裏路地から隊員二人に連れられ、紗耶さんが飛び出して来た。
「隊長! 裏路地で、被害者一名を救助しました!」
「劉哥さぁん!」
襦裙はズタズタだったが、彼女自身は無傷である。僕は心底、ホッとした。
一方の燕隊長は、幼馴染みの登場に驚き、目を丸くした。
「なっ……紗耶! 紗耶じゃないか!」
紗耶さんも、燕隊長の姿を目にするや、同様に驚き、声を裏返す。
「まぁ……彪哥さん! どうして、ここに……啊、確か【百鬼討伐隊】の指揮官をしてるんだったわね! ならば、鬼憑き騒ぎに駆けつけても、不思議はないか……だ、だけど!」
「昔話は、また後刻だ」
「え、えぇ……」
しこうして、再びそろった、幼馴染み三人。
今や銘々の立場はちがえど、ただひとつだけ共通点があった。
それは、仇敵・宮内大臣への、深い怨嗟の念である。
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