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【猫を探して約三里】
『2』
しおりを挟む「わぁ――い! ニャンニャ探しでち! ワックワクでち!」
「お前ねぇ……不謹慎だよ。無邪気にはしゃいで、喜ぶんじゃないよ」
「まったくです。それにしても、まさかあの不細工猫が、事件に関わっているとは」
「猫かぁ……それにしても、なぁんか引っかかるんだよなぁ」
「今朝食べた、魚の骨ですか、若? それはいけません。一発殴って差し上げましょう」
「だから、ゴーネルス! どうしてそうなるんだ! そんなに僕が嫌いなのか!」
「あの、みなさま……もう少し、真面目にやりませんか?」
うげげっ! なんで、ギルドのメンバーが、ここに!? 取りあえず、隠れようぜ、ナナシ! なんか……今だけは、あいつらと顔を合わせたくねぇんだ! わかってくれ!
俺はナナシの手を引っ張り、急いで貧民窟のボロ屋の一軒に飛びこんだ。
「しかし、アフェリエラどの。本当に、この猫探し……意味があるんかのう」
「えぇ、確証はありませんが、今までのみなさまのお話しを総括し、精査すると、どうしても猫の件が、気にかかって仕方ないのです。まちがっていたら、申しわけありませんが」
オッサンとアフェリエラの声だ。
いつになく、真面目に話を進めてるじゃねぇか。
「あの……」
「し――っ! 静かに!」
俺は、背後からおずおずと声をかけて来る男声を、振り向きもせず一喝した。
「聡明なアフェリエラさんの仰ることなら、まちがいないでしょう」
「そうだねぇ。あんたには色々と借りもあるし、ここはひとつ言うことに従うよ」
タッシェルとラルゥの声だ。
今の口ぶり……相当、アフェリエラに信頼を置いてるな。
「あの……あなたがた、どういう」
「だから、静かにしろっての! 話が聞こえねぇだろ!」
俺は、なおも背後から声をかけて来る男にイラ立ち、ぞんざいに言葉尻を切った。
「しかし、朝も早から猫探しとは……どうも、面白くないな」
「でも、侯爵さま。ニャンニャは可愛いでち❤ とくにあの猫は、可愛かったでち❤」
ダルティフとチェルの声だ。
不機嫌そうな馬鹿侯爵の声と、ご機嫌な半妖精の声の対比が凄ぇぜ。
しかし、あいつらも結局、ここへたどりついたか……ハァ。
「あの、ですが……ここは、私たちの……」
「あぁ!? 今度は、なんだってんだよ! うるせぇな!」
俺は、性懲りもなく声をかけ続ける男に憤慨し、ついにしかめっ面で振り返った。
そんな俺の腕を、何故かナナシがグッとにぎる。
「ここは、私たちの家です! 早く、出て行ってもらえませんか!」
「へ?」
ボロ屋の奥、ボロけた部屋の中、ボロい座卓の上、粗末な食卓を囲み、今まさに朝食を摂ろうとしていた家族三人の姿に目を見張り、俺は一瞬、間の抜けた声を発した。隣ではナナシが、青ざめた顔でこのボロ屋の住人に、申しわけなさそうに頭を下げている。ここに来て、俺はやっと、自分の方が身勝手な闖入者であることに気がつき、唖然となった。
「あ、あれ……? ハ、ハハ、俺としたことが……その、えっと」
俺が、ナナシに促され、しどろもどろになりながらも、ボロ屋の住人に謝ろうとした際、なんと、なんと、なんと! さらに、たまげて腰を抜かすような事態が、起こったのだ!
「ニャア」
「ダメよ、ミウちゃん。このおじちゃん、怖いんだから。静かにしててね」
虫歯だらけの歯を、ニッカと笑って見せて、黒猫を抱くアカじみた少女……それは間ちがいなく、バティック捜査官に紹介され知り合った、あの第五の殺人事件の目撃者だった!
その上、少女が抱く黒猫……見覚えのある不細工なツラ、バイ・アイ……あの時の猫だ!
「まさか……その猫……リタ!? リタなのか!?」
「ちがうよ、ミウちゃんだよ」
少女は笑って、ミウ……じゃなく、リタをなでている。
「いや、本当は『リタ』っていう猫なんだ! お兄ちゃんに、返してくれないかな!」
「嫌だよ、おじちゃん。ミウは、あたしのネコだモン」
少女は猫を、しっかりと抱きしめ、俺の手から遠ざけようとする。
「だから、その猫は、本当はお兄ちゃんのなんだよ! 頼むから、返してくれないかな!」
「嫌だよぉ、おじちゃん。ミウは、ミウは、あたしのネコだモン!」
相も変わらず、まだ十八歳の俺を、おじちゃん、おじちゃんって! しかも、強情張りやがって、大事な猫は返さねぇし……好い加減、堪忍袋の緒が切れるぞ! クソガキ!
「この、クソガ……いや、お嬢ちゃん! お願いだよ、お兄ちゃんの大事な猫なんだ!」
「嫌だ、嫌だ、嫌だぁ! おじちゃん、怖いよぉ! ミウはあげないモン!」
俺は、ついに強硬手段に打って出た。
クソガキの襟首を捕まえると、無理やり猫を引きはがそうとする。ナナシは、そんな俺の暴挙に驚き、なんとかなだめようとしているが、いや! ここで引き下がるわけにいかねぇ! なんとしても、猫を取り返さねば!
ところが、見るに見かねた少女の両親が、怒り狂って俺に突っかかって来た。
「ちょっと、待ちなさいよ! あなた、いくらなんでも非常識でしょう!」
と、ガリガリに痩せて病的に青白い母親が、金切り声で叫ぶ。
「そうですよ! いきなり他人の家に押し入って来て、娘の飼い猫を返せだって!?」
と、色黒でいかつい土木作業員風の父親が、胴間声で怒鳴る。
もっともこの場合、彼らの憤激は至極当然で、俺の方が(母親の言う通り)非常識きわまりない奴だったわけだが、俺はとにかく、猫を取り戻すことだけで、頭が一杯だった。
それに、外でワラワラ馬鹿話を続けてるギルドの連中に、先を越されるのも癪だった。
だが、その時だった。
「いや――っ! ネコさらい――っ! 誰か助けて――っ! お役人を呼んで――っ!」
少女がけたたましい悲鳴を上げ、俺の股間を思いっきり蹴りやがったんだ!
「いでぇ――っ! ふぐっ……くっ!」
次の瞬間、少女の悲鳴に気づいたギルドの面々が、一挙にボロ屋へなだれこんで来た。
ゆがんだ扉を派手に蹴り倒し、先頭がラルゥ。次がオッサン。あとはもう、痛みで涙がにじんで、なにがなんだか、誰が誰だか、よくわからねぇよ、クソッ! しかし、薄汚い室内の様子を見て、さらに俺とナナシの顔を見て、ギルドのメンバーは、ハッと息を呑んだ。
「「「ザック!? ナナシ!?」」」
「「「なんで、ここに!?」」」
「この様子……まさか、ザック! こんな幼い汚い少女を、手込めに!?」
んなワケねぇだろ、馬鹿タッシェル! 俺とお前を一緒にすんな! しかも『汚い』は余計で、相手にかなり失礼だぞ! ……と、怒鳴りつけてやりたいところだったが、クソガキの蹴りは思いのほか強烈で、俺は悶絶したまま、うずくまり、なにも言えずにいた。
代わりに、ナナシが、フルフルと頭を横に振っている。
「えぇ――ん! 怖かったよぉ、お兄ちゃん!」
クソガキ、てめっ……俺より十歳近く上のタッシェルを、『お兄ちゃん』だと!?
その上、とんでもない色魔にすがりつきやがって……この分じゃ将来、確実に悪い男に利用され、ボロボロにされた挙句、ゴミクズみてぇに捨てられて、泣く破目になるぞ!
タッシェルは、そんな少女の頭を優しくなでてやり、ため息まじりに言った。
「それにしても、別れてから数時間で、また遭遇するとは……腐れ縁ですねぇ」
「でもさ、女に餓えてるからって、こりゃあ、ないね……見損なったよ、ザック」
「無礼を承知で、はっきり言わせてもらおう。貴様の所業は、若より腐れ外道だぞ」
「僕より腐れ外道? 当たり前だ! 僕はこんな汚い娘、絶対に相手にするモンか!」
「旦那さま! ひどいでち! チェルは完全に怒りまちた! 離婚でち! 絶交でち!」
お前ら! 好き勝手ほざきやがって! 畜生っ……一発ずつ、殴ってやりてぇ!
「あの……みなさま。なにか、誤解があるのでは? ナナシさんも、ちがうと言いたいようですし、なによりまず、この家の住民さまがたに、ご迷惑をお詫びすべきでは……?」
アフェリエラの着眼点は、さすがに的を射ている。するとラルゥたちは、『ああ』とうなずき、唖然呆然となって見つめるボロ屋の家族に向かい、軽く頭を下げて、こう言った。
「「「えぇと、ごめんねぇ」」」
それが、謝罪のつもりだとしたら、相当のアホだぞ、お前ら! 無礼にも、ほどがあるだろ! アフェリエラは苦笑いし、ボロ屋の三人に向け、模範的な態度で、ふかぶかと低頭した。
「申しわけありません……私どもは《サンダーロックギルド》の者でございます。実は依頼を受け、迷い猫を探しておりまして、この近辺でその猫を見たという目撃証言を得たので、早速やって来たのですが、どうやら、猫ちがいだったようです。お許しください」
そう言って、うやうやしく金袋を差し出すアフェリエラは、実によくできていた。
「これは、ホンのお詫びのしるしです。どうぞ、壊れた家屋の修繕費に充ててください」
ボロ屋の主人は、そっと金袋の中をのぞきこみ、ギョッと目を見開いた。
「こ、こんなにたくさん……これだけあれば、家の建て替え、どころか、貧民窟を出て中流階級の住宅街へ、引っ越せますよ! 本当に、もらってしまっていいんですか!?」
アフェリエラは、天使のような慈愛に満ちた笑顔を向け、ボロ屋の家族に言った。
「どうぞ、遠慮なくお使いください。但し、ほどこしだなどと、勘ちがいなさらないでね……これはあくまで、迷惑料のつもりですから。私たちのために、受け取ってください」
アフェリエラ……できすぎだろ! ボロ屋の家族、全員、涙ぐんでるじゃねぇか!
ついでに、馬鹿なギルドのメンバーたちまで……こりゃあ、完全に洗脳されたな、うん。
「それより、リタのことだけど……お嬢ちゃん」
俺は、逸れに逸れて、話が丁度、一巡したところで、当初の目的だったリタの奪還任務に、あらためて取りかかった。クソガ……いや、虫歯の少女を振り返り、優しく切り出す。
ところが――、
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