アンダードッグ・ギルド

緑青あい

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【猫を探して約三里】

『3』

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「アレ? 猫は?」
 少女の腕に、猫の姿はなかった。ボロ屋の中の、どこにもいない。
 すると少女は、悪びれもせず、こう言った。
「ミウなら、お散歩に行っちゃったよ」
「ハァ!? さては、逃がしやがったな!? この、クソガキ!」
 俺は怒りで我を忘れ、思わず少女を怒鳴りつけていた。途端に少女は、火がついたように泣き出し、俺はハタと我に返った。けれど、時すでに遅し……みんなの視線が、痛い!
 ナナシまで、呆れ顔で俺を見、少女の背中を、そっとさすってやっている。
「猫って、リタ? ここにいたのかい?」
 ラルゥ、なにを見てたんだよ! 確かにいただろうが……不細工なバイ・アイの黒猫が!
「困りましたね……猫さんは、いつ頃、お帰りになられますか?」
 タッシェル、媚びへつらいすぎだろ! たかが猫一匹(とはいえ、この猫に関して言えば、かなり重要な猫だが)に対し、お帰りもクソもねぇ! さっさと探し出すまでだ!
 俺は早速、そう決め、ナナシの手を取ると、ギルドメンバーを押しのけ、ボロ屋から立ち去ろうとした。一応、礼を欠くのはまずいと思い、帰りぎわ、ボロ屋の家族に謝罪する。
「あの、色々と迷惑かけて、すみませんでした。お嬢ちゃんも、怒ってごめんよ」
「「さっさと出てけ!!」」
「べぇ――っだ! ミウちゃんが帰って来ても、おじちゃんにはあげないモン!」
 くっ……この家族、両親の怒りは当然としても、ホント可愛げのねぇクソガキだぜ!
 俺はとにかく、ナナシとともに、一刻も早くギルドのメンバーから遠ざかりたかった。
 ナナシも、それを察してくれたらしく、大人しく俺に従ってくれる。
 ところが、ところがだ!
――ゾロゾロゾロゾロ……。
「お前ら……なんで、ついて来る」
 俺は振り返り、ピタッと足を止め、ギルドのメンバー五人と、アフェリエラを睨んだ。
「あの、それは……ですね」
「あんたじゃないよ。ナナシについてってるんだ」
「彼は事件の被害者にして、唯一の生存者ですからね」
「つまり、ナナシの記憶さえ戻れば、事件は即解決じゃからのう」
「まだ、思いだちませんか、ナナシたん?」
「本当は、思い出しているクセに、とぼけているだけなんじゃないか? 手柄を独り占めしたいザックに言い含められ、記憶喪失の演技を続けてるだけなんじゃないか? だって、そうでなきゃ、どうしてザックが、猫のリタの秘密に気づき、あの場に居合わせるんだ?」
――パチパチパチパチ……。
「へぇ、なかなか、いい着眼点を持ってるじゃないか」
「あなたにしては、上出来な答えです。ほめて差し上げましょう」
「凄いでち、侯爵さま! あったまいいでちね!」
「若、ついに頭をやられましたか! 実に、ご立派です!」
「さすが、ダルティフ侯爵さまですね」
 途端に、ラルゥ、タッシェル、チェル、そして(驚くなかれ)オッサンからも、馬鹿侯爵に対し拍手が送られた。アフェリエラも、満面の笑みでダルティフに賛辞を贈っている。
 こいつ……こんな時だけ、やたらと勘を働かせるんじゃねぇ!
 ダルティフのクセに、生意気だぞ!
 永遠に、お飾り頭を休眠させてろ!
「あのな……お前らとは、保安院の前で決別したはずだ! それを、わずか三時間で元の鞘に納まろうなんて、虫がよすぎるだろ! さっさと消えろ! ついて来るんじゃねぇ!」
「正確には、二時間四十六分二十三……四秒です」
 タッシェルは、懐中時計に視線を落としながら、悪びれもせず答えた。
「揚げ足を取るな! そういうところも、イラつくんだよ!」
 俺は、今にも切れそうな堪忍袋の緒を縛り、なんとかギルドの連中を追い払おうとした。
 そんな時である。またしてもヤヤコシイ連中が、俺たちの前に姿を現したのは――、
「なんだ、なんだ、朝っぱらから……負け犬どもが、つまらんいがみ合いか?」
「嫌だわぁ……醜いったらないわねぇ。少ない食い扶持の、取り合いなんてさぁ」
「どうせ、こいつらのことだ。朝食のイワシ一匹をめぐって、大ゲンカしてたんだろ」
「ダッセェ! ホント、馬鹿じゃねぇの? ちゃんと、頭に脳ミソ入ってんのかね?」
「だから評判を落とした挙句、仕事も取り上げられるのだ。これを自業自得という」
「元より、くだらん小者たちだ。我々が本気で、相手をするほどのこともないな」
 出た――っ! 筋肉隆々『俺ってイケてる』ナルシスト馬鹿に、色情狂の『あたし脱いだらすごいんです』年増、高値がつくなら『命売ります』金の亡者に、小生意気な『お前、性別まちがってんだろ』自称女、博学気取りで『私の辞書に不可能はない』頭でっかちに、ことわざ好きで『ひとつ言ったら百言い返す』迷惑なオッサン二号(但しこっちの諺は正解)!
 なんだって、こんなクソ忙しい、事情がこみ入ってる時に、姿を現しやがんだよ!
「「「クラッカージャック!!」」」
 古巣《サンダーロックギルド》の面々は、俺より一呼吸遅れ、一斉に声をそろえた。
 お前らさ……まさかとは思うが、一瞬、こいつらが誰だか、忘れちまったんじゃねぇだろうな……まぁ、それも仕方ねぇか。なにせ、名前ばっかで、なかなか顔を見せない連中だったからな。かといって、ここに来ての登場は、ホントに迷惑なだけなんだが……ハァ。
「俺たちは保安院のバティックに依頼され、『ルアンドール伯爵夫人』の愛猫探しをしてるトコだ。バティックの話によると、実はその裏に、重大な事件がからんでいるらしいぜ」
 鬼の首でも取ったかのように、自信満々で語るのは、敵対ギルドの頭目格《ボッズ》だ。
 からんでねぇよ、馬鹿! 口には出さねぇが、そいつは全部、嘘っ八だ!
「「「な、なんだって!?」」」
 武器を手に、声をそろえ、目をむき、大袈裟に驚いているのは、こっち側(って、どっち側?)ギルドの面々だ。
 だから……からんでねぇって、馬鹿! 口には出せねぇが、そいつは全部、作り話だ!
「と、いうことは……ルアンドール夫人の猫が、リタだってのかい!?」
「あの、肥えて、ブヨブヨで、脂肪肝で、豚豚ぶたぶたしいご婦人が、事件の首謀者ですか!?」
 はい、どっちも不正解。つぅか、ラルゥ……その誤答、どこから導き出したんだ?
 それに、タッシェル……その雑言、失礼にもほどがあるだろ。色々と、特徴はつかんでいるし、確かに俺も同感だが、そこは『太ってる』だけで、適当にすましといてやれよ。
「ならば、事件の解決は早いぞ。あと半年もせんと、あやつは成人病で死ぬじゃろ」
 言いきるな、オッサン! たとえ、そう思っても心中に留めておけ! しかも、やっぱり方向性を誤ってるし……こいつらにまかせといたら、事件は迷宮入りまちがいなしだな。
「おい、ザック! なんとか言ったらどうなんだよ! 黙りこんで……悔しいんだろぉ!」
 勝気な自称女《ザジ》が、俺に堂々とケンカ売って来やがった。
 正直、お前らのアホさ加減には、もう憐れみしか感じねぇよ。
 だから、無視。唾吐かれても、無視。石投げられても、無視。足踏まれても、無視。平手打ち喰らっても……だぁ――っ! 無視できるか! この、生意気で貧乳なクソガキ!
「オゴッ!」まずは、腹に一発!
「フゲッ!」続いて、胸に一発!
「ウガッ!」さらに、顔に一発!
「ヒギッ!」最後に、腰に一発!
 俺は、ボッズ、ブーリー、ジャウ、ダンバールの、男ども四人へ、身代わりの制裁を加えてやった。見たか、ザジ! 俺の猛烈な怒りを! 下手につつくから、こうなるんだ!
 今の攻撃は、お前に向かうトコだったんだぞ! 俺の優しさに、精々感謝するように!
「ハグッ!」
 直後、俺はザジに、稲妻のような勢いで股間を蹴られ、その場にうずくまった。
「なにしやがんだ、クソッたれ! 不意打ちなんて、卑怯な真似しやがって! 死ね!」
 くぅ――――――っ! 効いたぁ――――――っ!
 なんの因果か本日、二度目だぁ――――――っ!
(以下、ザックが悶絶して、しゃべれないため、ダルティフの思考に切り替えます)
 まいったな……ザックの馬鹿が、下手に刺激したせいで、クラッカージャックの奴らを、ムチャクチャ怒らしちゃったじゃないか! こいつら、結構、腕が立つからな……ケンカはしたくないよ……って、べつに、怖いからとか、そういう理由じゃないぞ! 僕はあくまで、平和主義者なんだ! 怒ってすぐに手を出すような、うすらトンカチとはちがう!
「て、てめぇら……もう、許せねぇ! 今までも、散々コケにしやがって……今日という今日こそは、決着をつけてやるぜ! 野郎ども! こいつら全員、地獄送りにしてやれ!」
「「「「「おおっ!!」」」」」
 わぁ……本当に、本気で怒らせちゃったよ。でも、今までのいつ、僕たちがこいつらをコケにしたんだろうか?
 下衆で下等な下民に対しても、かなり下手したてに出てやってたつもりなんだがなぁ……まずい! 早くも武器をかまえ始めたぞ! まぁ、僕の場合、いざって時のため、頼れる従者がいるからな。そういう点では心配ない……よな、ゴーネルス?
「若、いよいよ出陣の時ですぞ! わしは後方支援に回りますので、心おきなく一番乗りで逝ってくだされ! そぉれ!」と、ゴーネルスのダミ声がとどろき、僕の背中に物凄い衝撃が加わった。僕はメイスをかまえる間もなく、クラッカージャックの方へ押し出された。
 こらぁ――っ! さては、僕の背中に蹴りを入れたな、ゴーネルス!
 しかも、『心おきなく逝ってくだされ!』って……どういう意味だぁ――っ!
「来たか! ヘナチョコボンボン! 八つ裂きにしてやるぜ!」
「さぁ! どこからでも、かかってらっしゃい! 可愛い坊や!」
「どうせ、無用の長物! その能無し頭を、叩き割って進ぜよう!」
 僕の目前では、ボッズとオキーマとダンバールが、それぞれの愛器を差し向け、邪悪な笑みを浮かべ、待ちかまえている! ひぎぃ――っ! た、たた、助けてくれぇ――っ!
――バタ!
「「「へ?」」」
(以下、ダルティフが転んで、失神したため、ゴーネルスの思考に切り替えます)
 おやまぁ……派手にコケましたな、若。頭から流血しとるし、見る見る内に、コブは大きくなっていくし……ちょいとばかし、まずかったかのう。心を鬼にして、我が子を千尋の谷へ突き落とす、親ライオンのつもりだったのじゃが……ま、それは適当にごまかして。
「おぬしら、よくも我が主君に手をかけてくれたのう! 畏れ多くもバニスター侯爵家に楯突くとは、救いがたい奸物かんぶつ! 誰あろうと許すまじ! 若の仇討ちじゃ! 覚悟せい!」
 うむ。決まったのう。これで責任転嫁は成功じゃ。
 あとは、こやつらを懲らしめて、ルアンドール夫人の一件を横取りして、完了じゃ。
「相変わらず、やりかたがえげつないですねぇ、シャオンステン……従者どの」
「まったくだよ。これじゃあ、ダルティフが目を覚ました時、また騒がしくなるね」
「従者さま……ちょこっと、侯爵さまが可哀そうでち。たまには、いたわってあげてでち」
 しまった! こやつらにも、勘づかれとったか! うぅむ……口封じの人数が、また増えたのう。面倒臭い。
 ま、こやつらには、仲間内の気安さを利用して、あとで……そうじゃな、若の修行の旅が終わる頃、料理に毒でも盛って……おっと、これ以上は言わな……。
――ゴン!
「あらぁ! ごめんなさい! 洗濯物を干そうとしたら、うっかり……大丈夫?」
(以下、ゴーネルスが落下した植木鉢に当たり、気絶したので、ザックの思考に戻します)
「大丈夫だ、心配ねぇよ」
 俺は、アソコの痛みも引き、ようやく人心地ついたので、ヨロヨロと立ち上がりながら、頭上の窓辺から顔を出すオバサンに、手を振った。多分、こういうのを、天罰ってんだろ。
 実際のところ、頭頂部から噴水みてぇに、血が噴き出し、かなりヤバそうだったが……まぁ、オッサンの場合、頑健さはラルゥに次いで凄いからな。(ちなみに、ダルティフの場合は不死身だ。最早、他の人間とは次元がちがう。だから、心配する価値もねぇのさ)
 それにしても、だいぶ話が遠回りしたな……仕方ねぇ。
 俺は、もう平気だから、いいか、ナナシ? 走るぞ!
「じゃあな、馬鹿ども! あばよ!」
「「「ザ、ザック!?」」」
 俺はナナシの手を取り、脱兎の如く駆け出した。
 古巣ギルドの面々は、俺を追いかけようにも、失神中の主従を置き去りにすることもできず、またクラッカージャックの邪魔が入ってしまったので、あきらめざるを得なかった。
 いや、たった一人だけ、俺とナナシのあとを、追って来た人物がいた。
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