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【猫を探して約三里】
『4』
しおりを挟む「お待ちください、ザックさま! ナナシさん!」
アフェリエラだ。ヤレヤレ……元はといえば、彼女のせいで、俺とナナシは、ギルドの仲間と、袂を分かつ破目になったんだが……なぁんか、無碍にあつかいづらいんだよなぁ。
やっぱり、この儚げで、優しげで、たおやかな佇まいが、そう印象づけるんだろうなぁ。
俺は、ギルドの面々の視界から、だいぶ遠ざかったのを確認したのち、ようやく足を止めた。ワザと迷惑そうな、そして困惑したような表情を作り、アフェリエラを振り返る。
「なんだよ……どうして、ついて来たんだ?」
ぶっきらぼうに、そう告げると、アフェリエラは心底申しわけなさそうに、頭を下げた。
「あの……あらためて、ちゃんとお詫びがしたいと、思いまして……ごめんなさい」
ヤベェ……そんな真摯な態度で、しかも泣きそうな目で謝られたんじゃ、許さない俺の方が悪者みてぇじゃねぇか……ナナシも、俺の上衣の裾を引っ張り、なにか言いたげだし。
「えぇと……」
ただ……許すとか、許さないとか、そういう問題でもねぇんだよな、この場合。バティックの言い分を鵜呑みにした結果、彼女を怪しみ始めたってだけで、実際に彼女から実害を受けたことは、一度もねぇワケだし……アレ?
そういやぁ、俺……なんで、こんな躍起になって、彼女を敵視してたんだろうな? JADにだって、アンジャビル卿にだって、恩義こそあれ、遺恨はねぇし……そもそも、敵対する理由なんて、なんもねぇじゃんか!
俺たち《サンダーロックギルド》だって、なんの後ろ暗さもねぇのに、心ない人の噂に苦しめられたし、それはJADだって、アフェリエラだって、同じなんじゃねぇのか?
そう思ったら、俺は急に、今までの自分の行いが、恥ずかしくなって来た。
仲間を『馬鹿、馬鹿』言えないよな……俺が一番、馬鹿だったんだ。
「やはり……許しては、くださいませんか?」
涙にぬれた美しい顔を、俺に向けたまま、そうつぶやくアフェリエラだ。
「いや……それは」
ああ、憐憫の情を、揺さぶられるぜ……けど、下手なプライドが邪魔して、素直になれない。たった一言なのに、『こっちこそ、疑ってごめん』――が、どうしても出て来ない。
俺って、ダメだな。ナナシも、しきりに裾を引っ張り、俺に謝罪を促しているのに。
ところが……青ざめたナナシの顔を、よくよく見た途端、俺はハッと息を呑んだ。
小さな唇が、確かにこう動いたからだ。
〈し・ん・じ・ちゃ・だ・め・は・や・く・に・げ・よ・う〉
「……へ?」
事態が急転直下で動き出したのは、その直後だった!
『ヤレヤレ、アフェリエラ。この手の馬鹿に、話は通じんらしい』
『素直に我々の手駒として、操られていればよかったものを』
『頭は使えずとも、腕は立つと見こんだから、宗主も賭けに出たんだろうが……』
『やはり思った通り……番狂わせだ。こいつの存在だけが、厄介だったな』
『他の役立たず同様、アフェリエラの甘言に騙されていれば、もっと長生きできたろうに』
『そう……小賢しい詮索が、かえって仇となったようだな、ザッカー・ゾルフ』
『これ以上の演技は無用。猫も捕まえたし、あとはガキを連れて、さっさと引き上げだ』
野太く、猛々しく、獣じみた重低音が、次々と俺の頭上から降り注ぎ、そのあとを追うように、物凄い勢いで、異形の怪物どもが滑空……俺とナナシの目前に降り立ったのだ。
その姿は、いずれも人間離れした猛獣の、獰悪なものばかりだった。
猫科の肉食動物を思わせる獣口、鋭い爪牙、殺意を孕んだ凶眼、コウモリ状の不気味な黒翼、はちきれんばかりに筋骨隆々の巨躯、それをおおう黒い剛毛には、ところどころ赤い毛もまじり、頭部からは、とがった耳の横に二本の巻角、眉間にも小さな角が一本、生えている。
そんな恐ろしい怪物の正体は……そう、まごうことなき獣人【ガングル族】だ!
俺は戦慄のあまり、あとずさり……それでも辛うじて、震える声をしぼり出した。
「お、お前ら……ガングル族!? な、なんで……こんなところに!?」
首都マシェリタに、出禁の蛮族【ガングル族】が、しかも七人……冗談だろ!?
さらに、最後にしゃべった一人が、皮衣の胸元からつまみ出した猫は……リタ!?
その上、『ガキを連れて』って……別の奴が、ナナシのことを、指差してやがるぞ!?
当然、ナナシはおびえ、俺に抱きついて来る! それを見て、なんとアフェリエラは!
「本当に、困った御方ですわね。下手に勘が鋭いと、損をするだけですわよ。ザックさま」
「あ、あんた……どうして、ガングル族なんかと!?」
突如、態度を豹変させたアフェリエラの冷酷な眼差しに、俺はまたまた吃驚仰天した!
先刻までの、天使のような優しい微笑はどこへやら……口端には、悪逆な冷笑をたたえている!
一体全体、どうなってんだよ、これは! 思考が、とても追いつかねぇぜ!
「あら、嫌だ。核心に近づいて、私を警戒していたんではないのですか? あの、目障りな捜査官から、余計なことを吹きこまれたせいで……まだ、迷っていらしたんですの?」
アフェリエラは、居並ぶガングル族の前に毅然と立ち、小馬鹿にしたような目で、俺を見る。ガングル族七人も、さも愉快そうに嗤っている。
最早、こいつらがグルで……そして、JADこそが事件の真犯人で……俺たちを騙してたってことは、明々白々だった!
だとしたら、こいつらから、ナナシを守らねぇと! 連れてなんか行かせるモンか!
「……正直、信じたくなかったが、畜生! こうなったら、今度こそ全面対決だ! ナナシは絶対に渡さねぇぞ! それから、リタも返してもらう! ついでに、テルセロや他の被害者たちのため、てめぇら全員とっ捕まえて、牢屋にぶちこんでやるぜ! 覚悟しろ!」
俺はナナシを背にかばい、バスタードソードを抜き払うと、どうやらガングル族を従えている頭目格らしいアフェリエラに、切っ先を向けた。途端にアフェリエラは高笑いする。
「本当に、救いようのないお馬鹿さんね、ザック。死ぬのは、あなたよ。覚悟なさい」
アフェリエラがそう言うなり、代わって前に出たのはガングル族七人だった。
『自分を殺した者の名も知らぬでは、無限海(ここでは地獄)で【邪神バラダ】(ここでは閻魔)に顔向けもできぬだろう。まずは我々の名を教えてやろう。俺は《チャダ》だ』
『俺の名は《ジャヤ》だ』
『俺の名は《ヒュバ》だ』
『俺の名は《シュグ》だ』
『俺の名は《ヴァナ》だ』
『俺の名は《ギャド》だ』
『俺の名は《ファゾ》だ』
名前なんざ、正直どうでもいいぜ!
だって、どいつもこいつも、おんなじ顔じゃねぇか! こいつら、ただのガングル族じゃなく、兄弟なんだな……いや、そんなことより!
ヤベェ……マジで、ヤベェぞ!
ガングル族を七人も相手にしたら、いくら腕の立つ俺だって、さすがにヤバイだろ! いや……待てよ?
ここは首都マシェリタだ! 大通りに出ちまえば、人目が多すぎて、大騒動になる! とても、凶行には及べないだろう!
よし! ……ってなワケで……ナナシ、逃げるぞ!
「無駄ですよ、ザック。あなたたちの声も、姿も、誰にも届きません」
「なに!?」
アフェリエラは、俺の心裏を読んだのか、いきなりそんな脅し文句を放つのだ。
俺は一瞬、驚いたが……とにかく、この場は一時、撤退だ! ナナシ、行くぞ!
「ああ……本当に、お馬鹿さんね」
『『『待て!! 逃がさんぞ!!』』』
アフェリエラのため息と、ガングル族の雄叫びが、ほぼ同時に俺とナナシへ追いすがって来た。俺はナナシの手を引き、慌てて大通りへ飛び出す。
ところが……ところがだ!
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