アンダードッグ・ギルド

緑青あい

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【猫を探して約三里】

『5』

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「みんな、大変だ! マシェリタに出入り禁止の、ガングル族がいるぞ!」
 大通りに出てすぐ、俺は声を限りに、通行人へ向けて叫んだ。
「ねぇ、今度できたディタール地区のパン屋さん、とっても美味しいのよ」
「へぇ、ホント? じゃあさ、これから早速、行ってみましょうか」
「こら、坊や! そんなに走ったら、転んじゃうわよ……ほら!」
「えぇん! おひざが痛いよぉ! ママァ……」
「木工屋のウェリガン、ついにアルマと結婚したんだってよぉ」
「嘘だろ! あの、ウドの大木が……蝶風亭ちょうふうていの歌姫アルマと!」
「なんだよ……ガッカリだぜ。俺も、あの娘……狙ってたのに」
 おいおい! ガン無視かよ! 冗談じゃねぇぞ! 本当に、ガングル族がいるんだぞ!
「聞いてくれ、みんな! ガングル族に襲われてるんだ! 誰か保安院へ通報してくれ!」
 俺はもう一度、大通りを行く連中に絶叫した。
 けれどやっぱり、なんの反応もない。それどころか、誰もこっちを見もしない。
「ここが、首都マシェリタけ! やっぱ都会は、ちがうべなぁ!」
「俺らさ田舎とは、比べモンになんねぇな! 建物も、人も、立派でよぉ!」
「ねぇ、アレ買ってぇ。あのクマちゃん、欲しいよぉ」
「ダメよ。また今度ね。今日はこれから、演奏会でしょう?」
「いい子にしてたら、次は買ってあげるから……泣くんじゃないよ」
 なんでだ!? どうして、無視するんだ!? ガングル族だぞ!?
 その時――、
『だから、アフェリエラが言っただろ? 誰にも届かないって』
『お前、もう忘れたのか? アフェリエラは【六道魔術師ろくどうまじゅつし】だぞ?』
『結局はこいつも、仲間と同類だ。どう見ても、賢そうには見えんからな』
 げげっ! もう追いつかれたか! けど、こいつらの獰猛どうもうな姿を見たら、さすがにみんな無視できないはず……と、思った俺こそ、ガングル族の言う通り、本当に馬鹿だった。
「六道魔術……それじゃあ、お前……俺に、変な術を!?」
 振り返り、戦々恐々と、ガングル族の凶相を見やる俺に、奴らの背後から現れたアフェリエラが、まぶしいくらいにこやかな笑顔をたたえつつ、そら恐ろしいことを口走った。
「変な術とは、いささか心外ですわ。あなたはすでに、ご存知のはずですよ、ザック。これこそ、あなたが私を疑い始めた出発点……ピエロのチコを、私たちが始末しに行った晩、使用した六道魔術のひとつ……【ニローダ】と言いますの。今度は忘れないでくださいね」
 まるで、出来の悪い生徒を諭す、教師みたいな口調が、腹立たしくもある。
 それにしても、まさかこれが【ニローダ】の術!?
 知識としては、頭に入っていたが……いつの間に、俺たちへかけたんだ!?
 だが、そんな折も折――路地の奥から、古巣ギルドの面々が、俺とナナシを探し、走って来るのが見えた。
 クソッ……仕方ねぇ! いくらなんでも一般人を巻きこみ、迷惑かけるワケにいかねぇからな! ここは恥を忍んで、あいつらに助けをもとめるしかねぇか!
「おい! ラルゥ! オッサン! ここにいるぞ! 非常事態だ、早く加勢に来い!」
 俺の悲鳴に近い声は、この至近距離なら、必ず届くはずだったのに……やっぱガン無視。
「おかしいねぇ……確かにこの方向へ、脱兎の如くトンズラこいたはずなんだけど」
「まったく……逃げ足の早さは、若と〝すっとこどっこい〟じゃのう。臆病者めが」
 お、ま、え、らぁ――っ!
 この、薄情者ぉ――っ!
 俺とナナシを、見殺しにするつもりかぁ――っ!
「今のことわざ……なんか引っかかるんだが、僕をサラッと、けなさなかったか、ゴーネルス」
「おや、侯爵! このところ、どういうワケか鋭敏ですね! 頭でも打ったんですか?」
「神父さまも、意地悪でちね。ところで、旦那さま……なんで逃げたんでちかね。そんなにクラッカージャックが、怖かったんでちかね。それとも、浮気のことで、チェルがまだ怒ってると思ったんでちかね。それに、アフェリエラさんまで、また消えちゃうし……」
 いやいや! ここにいるぞって! やっぱ、見えねぇのか! ついでに、ツッコミどこ満載の、くっだらねぇ馬鹿話を繰り広げやがって! ホント、呑気な奴らだぜ、畜生!
「そうですよ! 肝心なのは、アフェリエラさんですよ! 早く探さないと!」
 待て待て! 俺のことも、あまつさえナナシのことなら、もっと大事だろ! 
 よく目を凝らして、こっちを見ろや! 
 ガングル族に、取り囲まれた俺たちを! アフェリエラの、悪逆非道な本性を! さもないと、そのエラそうな片眼鏡、叩き壊すぞ、タッシェル!
「うむ。とりあえず、うっとうしいクラッカージャックのボケカスどもには、散々殴る蹴るの暴行を加えて、素っ裸にして、晒し者にして、『お好きに殴ってください』の立て看板を設置して、少しは憂さも晴らせたしのう。従者の身は、なんともつらいモンじゃわい」
 こらこら! それは相手が、いくら横柄で、小憎らしいクラッカージャックでも、犯罪行為だろ、オッサン!
 しかも横目で、ダルティフの顔をチラ見して……そんなにストレスフルな主人か! うぅむ……そこだけは、少し、いや、かなり、同調すべき点があるな。
「やっぱり、引っかかるな……今の諺、どこかで僕を愚弄してないか、ゴーネルス」
「諺なんて一言も出て来ませんでしたよ、侯爵。やはり頭は健全でしたか。安堵しました」
「同感だね。大体、ザックとはもう、縁を切ったワケだし……早く彼女を見つけ出そうよ」
「でも……なんだか、気になるでちよ。旦那さまの気配が、どこかに残ってるような……」
 おお! さすが、妖精の血を引くチェルだ! 褒美に抱きしめてやる……って、アレ?
 チェルに触れようとした俺の手は、彼女の体を素通りし、むなしく空を切った。
 俺は唖然としつつ、もう一度……今度は、オッサンの頭をド突こうと試みた。しかし!
「さ、触れない……殴れない……スカスカじゃねぇか! なんで……」
 ナナシも、俺にならい、ラルゥの腕をつかもうとしたが、無駄だった。姿は見えるのに、まるで存在していない幽霊のように、体を通過してしまうのだ。ナナシも呆然としている。
「ですから、言ったでしょう? これが六道魔術【ニローダ】の特性なのです。この魔術は、自分のことも相手のことも、人目から完全に隔絶してしまう隠遁術いんとんじゅつの一種……つまり今のあなたは、私たち以外の他者にとって、透明人間……幽霊に等しいのですよ、ザック」
 アフェリエラの説明を聞き、俺とナナシは、慄然と凍りついた。
 自分だけでなく、相手まで見えなくするだと!? そいつは、初耳だぜ!
「そ、そんな……馬鹿な!」
 ……ってことは、だ!
 こんな雑多な人ごみの中で、誰にも気づかれず、誰にも見咎められず、俺たちは殺されちまうのか!? そんなのって、アリか!? 誰か、嘘だと……悪い夢だと言ってくれ!
『さて、ひとつ利口になったところで、さっさと死んでもらおうか』
『ハハ、無駄な知識だったな。しかし、身に沁みてわかっただろ?』
『我々【JAD】に刃向かうことが、どんなに恐ろしいことか……』
『宗主からの言伝だ。〝ご苦労だったな、ザック君〟……さらばだ』
 りのきつい大剣を手に、俺とナナシへ、ジリジリと肉薄するガングル族七人……まさに、絶体絶命の危機だ! けど、俺は……たとえ、この命を投げ出してでも、ナナシを守る!
 ナナシにだけは、指一本触れさせねぇ!
「ナナシ! 逃げろ!」
 俺は最早、落命覚悟で、ガングル族に、突貫攻撃とっかんこうげきを仕掛けた。但し、闇雲に走ったワケじゃねぇ。狙い目は、リタを抱いているせいで、片手が使えないガングルだ。確か、チャダだったか? ジャヤだったか? ヒュバだったか? それとも…………だぁぁあっ!
 誰だってかまうか! とにかく、ナナシを危険から遠ざけ、ついでにリタも逃がし、獣人系最強のガングル族に……JADのクソッたれな悪党どもに、一泡吹かせてやるぜ!
 死ぬのは、そのあとだ!
『本当に、頭が悪いな』
『ああ、往生際も悪いし』
『その上、剣の腕も悪いぞ』
 いいや、俺の誤算は、自分の武術を買いかぶりすぎていたことでもなく、ガングル族の強さをあなどっていたことでもなく、命を捨てることをわずかにためらったことでもなく、ナナシが俺を……こんな俺を、なによりも強く大切に思っていてくれたかってことだった。
 なんとナナシは、俺の指示通りに逃げようとはせず、逆に俺をかばおうと、ガングル族の前に飛び出して行ったんだ! 俺が、死の恐怖から、ホンの少し出遅れたばっかりに!
「ナナシィイィィィィィイッ!」
 七つの凶刃が、再び華奢きゃしゃな少女の体へ、振り下ろされそうになった。
 俺は咄嗟とっさに、ナナシを突き飛ばし、そして……気がつけば、炎熱地獄の中にいた。
 熱い……それに、赤い……息が、でき、な、い………………。
 かすむ視界の片隅に、ナナシの青ざめた顔が見えた。震えている。目を見開いている。
 直後、ガングル族の凶刃七つが、俺の体から抜き去られ……血飛沫ちしぶきが吹き上がった。
 さらに、これまで感じたこともない、凄絶な激痛が、俺に襲いかかって来た。
「うっ! ぐあぁあっ……」
 俺は何故か、凄まじい雄叫びを上げていた。
 バスタードソードが、俺の手からすべり落ちていた。
 おびただしい血だまりの中へ、くずおれていた。
 すべて、俺の意に反している。
「ナ、ナナ……シ……」
 ハハハ……声まで、かすれて、やがる……くっ…………ナナシ、早く、逃げ…………。
(ここで、全身七カ所に致命傷を負ったザックの意識は、完全に途切れた)
「……っ、……っ、」
(ナナシは苦しそうにあえぎ、必死でなにかを、喉の奥からしぼり出そうとしていた)
「……呆気なかったですわね」
『まったくだ。張り合いがない』
『貧弱すぎて、つまらんな』
『もう少し、歯ごたえのある奴かと思ったが』
『なに、人間など所詮、こんなものだ』
『うむ。当然だ。我々の敵ではない』
『とにかく、これで邪魔者は消えた。あとは……そう』
『ガキと猫を連れて、JADの本部に戻るだけだ。さぁ、一緒に来てもらおう』
(アフェリエラは、どことなく憐れみに似た目つきで、倒れたザックの姿を見下ろしている。ガングル族は、呆然自失で佇立するナナシへ近づき、彼女の手をつかんだ。刹那せつな!)
「あっ……やぁあぁぁぁあぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁぁぁあっ……」
(ナナシの口から、ついに壮絶な悲鳴がほとばしった。その声は、周囲のすべてに物凄い衝撃波を与えた。店屋や家々の窓は木端微塵に破砕され、レンガ造りの堅固な建造物でさえ軋み……ガングル族も、アフェリエラも、他の通行人も皆、耳をふさいでうずくまった)
「な、なんだ! 今の音は……鼓膜が、破れるかとおもったよ!」
「女の悲鳴のようにも、聞こえたけど……いや、怪獣の雄叫びか!」
「若のイビキより、ラルゥの蛮声より、聞き苦しい音響だったのう!」
「ええ? なんですって? 耳がキーンとして、全然、聞こえませんよ!」
「いやぁん! 頭がガンガンするでち! チェルの言霊ことだまより凄いでち!」
(まだ近くにいたギルドの面々、ラルゥ、ダルティフ、シャオンステン、タッシェル、チェルチェムも、驚き呆れ、周囲を見回し、音の出どころを探している。と――その時だ)
「ニャア!」
「あ! あの猫!」
「リタじゃないか!」
(耳をふさぐのに必死で、思わず猫から手を放してしまったガングル族は、ハッと顔色を変えた。どうやら、アフェリエラの魔術も、効能が切れてしまったらしい。そうとなったら、グズグズしていられない。ガングル族は、ナナシに当て身を喰らわせ、気絶させると、急いで背に担ぎ、アフェリエラのそばに固まった。アフェリエラは不可思議な呪文を唱え、すかさず瞬間移動――【シューニャ】魔術を発動した。猫はもう、あきらめざるを得ない)
「とりあえず、本部へ帰還します!」
(途端に、アフェリエラの体から青白い光が放出され、ガングル族七人までスッポリおおいつつむと、ナナシを連れたまま、まさに一瞬で消滅した。そしてあとには、毛を逆立てて、うずくまるバイアイの黒猫と、血まみれ瀕死で横たわる、ザックの姿だけが残された)
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