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【馬鹿とカラスは使いよう】
『1』
しおりを挟む《ザック、助けて……》
うぅん……誰だ、俺の名を呼ぶのは……ザック……ザック?
《ザック、お願い……》
ザックって、本当に俺の名前だったろうか……なんか、頭がボンヤリして、わからねぇ。
《ザック、ここよ……》
ここって、どこだよ。お前、誰なんだよ。女の……いや、少女の声が、闇の中から聞こえて来るけど、全然知らねぇ声だ。なのに、どうして……こんなに、胸が苦しくなるんだ?
《ザック、ザック……》
声が、だんだん遠ざかる……ああ、待ってくれ! お前は……お前は一体、誰なんだ!
…………………………………………………………………………………………………………
「「「「「ザック!!」」」」」
は? なに?
「ザック! 心配かけやがって、この大馬鹿野郎! 怪我が治ったら、一発殴ってやる!」
「ザック! よくぞ、その重症で生き返ったのう! よもや、不死身じゃあるまいのう!」
「ザック! さすがは僕の従者! 頑健にできてるな! とにかく、無事でなによりだ!」
「ザック! 危ないところでしたね! この世に留まれたこと、カリダ神に感謝なさい!」
「旦那さま! チェルは、チェルは……うれちくて、死にそうでちよぉ! うぇ――ん!」
赤毛の美人、髭面の壮年、パーマの青年、片眼鏡の神父、童顔の妖精族が、互いに押し合いへし合い、俺の視界に乱入して来た。なんなんだ、こいつら……えぇと、確か、ああ、そう……そうだ。《サンダーロック・ギルド》の面々……一応は、俺の仲間だ。
ラルゥ、オッサン、ダルティフ、タッシェル、そしてチェル。さらに、その肩越しにも、別の連中が見える。厳格そうな紳士、ぶあつい眼鏡のオヤジ、活発そうな若者、そして筋骨隆々の双子……バティック捜査官に、ギルドの主人レナウス、自警団のギンフ、そしてコワモテのパドゥパドゥ……みんなが俺を見下ろし、口々に不可思議なことを言っている。
「まさに、奇跡だね」
「うむ、奇跡としか言いようがないだの」
「ザックの旦那! よかった……本当によかった!」
「「おめでとうございます、ザックさん」」
泣いてる奴もいる。笑ってる奴もいる。怒ってる奴もいる。仏頂面の奴もいる。
みんな、どうしちまったんだよ?
つぅか……なんで、こんなに体中が痛いんだ?
それに、熱い……いや、寒い! クソッ! 一体全体、どうなってんだよ、コレは!
「どうした、ザック?」と、ラルゥが言う。
「まだ、しゃべれんか?」と、オッサンが聞く。
「いや、しゃべれる、けど……うっつ!」
俺は、ようやく第一声を発し、同時に激痛に見舞われ、顔をしかめた。
「無理をさせてはいかん。かすり傷程度とはいえ、こうも長時間、意識を失っていた以上、頭にかなりの打撃を受けたであろうことは、医師の指摘を待つまでもなく、想像にかたくないからね。それで、ザック君、なにがあったんだね? ナナシ君は、どうしたんだね?」
バティックに問われ、俺はますます困惑した。
「かすり傷程度……そんなはず……確か俺は、全身七カ所に、致命的な傷を……」
記憶の糸をたどろうとしても、肝心な部分でプッツリ切れてしまってて、なにも思い出せない……どうしてだ?
俺はまた、酷い頭痛に襲われ、頭をかかえて前のめりになった。
「それは、ナナシのことだろう。お前さんの怪我は、どれも命に関わるものではない」
「ナナシ……?」
レナウスの言葉に、俺は違和感を覚え、顔を上げた。
ナナシ……ナナシ……誰なんだ? そもそも、それって名前なのか?
全然、聞き覚えがないんだけど……誰のことなんだ?
畜生! 脳に蜘蛛の巣が張ったみてぇで、視界がかすみがかったみてぇで、なにも、思い出せねぇ!
俺は苦悶し、頭をかきむしった。
「どうちたでちか? 旦那さま、なんだか様子が変でちよ?」
チェルが、心配そうに俺の顔をのぞきこむ。
俺は、だんだん不安になって来た。
だって、こうなった原因が、なにひとつ思い出せねぇんだぞ!
そこで俺は、周囲の仲間に聞いてみた。
「あのさ……俺、どうして、こんなことに、なってんの?」
途端に、怒鳴りつけられた。
「それは、こっちが聞きたいよ! 誰にやられたんだい、ザック!」
「やはり、今度の事件の犯人か! ナナシは犯人に、さらわれたんじゃな!」
「アフェリエラさんもですね! それで彼女、また行方不明に!」
「アフェリエラ……?」
アフェリエラ……? これは、人名だな。けど、やっぱ思い出せねぇ。刹那……俺のまぶたの裏を、怒涛のような映像とともに、それを打ち消す真っ白な閃光がほとばしった。
俺……マジで、なにも、思い出せねぇ……記憶が、記憶が……うっ!
「ザック!」
頭をかかえ、うずくまった俺を心配し、仲間たちが、また続々と、ベッドサイドに群がって来た。なんか、ちょっと、うっとうしいな……頭痛も酷くなる一方だし……クソッ!
「嘘だろ……まさか、ザックまで、記憶喪失に……」
誰かが、意味深なセリフを吐いた。なんだって? 記憶喪失? 俺が? 嘘だろ?
まさか……でも、本当に、ここ数日間のことが、なにも思い出せねぇってことは、そうなのか? 俺は激しい頭痛をこらえ、顔を上げると、みんなの不安そうな表情を見回した。
忘れて……いや、こいつらの馬鹿っツラには、見覚えがある。ちゃんと名前も覚えてる。
今まで、こいつらが巻き起こした馬鹿騒ぎの尻ぬぐいを、何度させられたことか!
それじゃあ、記憶がないのは、いつからだ?
その、ナナシ、とか、アフェリエラ、ってヤツが、現れた辺りからなのか?
うぅむ…………ダメだ。いくら頭をひねっても、思い出せんモンは、思い出せん。
曖昧模糊、五里霧中、暗雲低迷。
とくに、ナナシってヤツに関することを、思い出そうとすると……くっ、頭が痛い!
俺は、ガックリと肩を落とし、ため息まじりに、力なくつぶやいた。
「悪いが……どうやら、そうみてぇだ」
それを聞くと、今度はみんなが、ガックリと肩を落とし、大きなため息をついた。
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