アンダードッグ・ギルド

緑青あい

文字の大きさ
43 / 50
【馬鹿とカラスは使いよう】

『1』

しおりを挟む

《ザック、助けて……》
 うぅん……誰だ、俺の名を呼ぶのは……ザック……ザック?
《ザック、お願い……》
 ザックって、本当に俺の名前だったろうか……なんか、頭がボンヤリして、わからねぇ。
《ザック、ここよ……》
 ここって、どこだよ。お前、誰なんだよ。女の……いや、少女の声が、闇の中から聞こえて来るけど、全然知らねぇ声だ。なのに、どうして……こんなに、胸が苦しくなるんだ?
《ザック、ザック……》
 声が、だんだん遠ざかる……ああ、待ってくれ! お前は……お前は一体、誰なんだ!

…………………………………………………………………………………………………………

「「「「「ザック!!」」」」」
 は? なに?
「ザック! 心配かけやがって、この大馬鹿野郎! 怪我が治ったら、一発殴ってやる!」
「ザック! よくぞ、その重症で生き返ったのう! よもや、不死身じゃあるまいのう!」
「ザック! さすがは僕の従者! 頑健にできてるな! とにかく、無事でなによりだ!」
「ザック! 危ないところでしたね! この世に留まれたこと、カリダ神に感謝なさい!」
「旦那さま! チェルは、チェルは……うれちくて、死にそうでちよぉ! うぇ――ん!」
 赤毛の美人、髭面の壮年、パーマの青年、片眼鏡の神父、童顔の妖精族が、互いに押し合いへし合い、俺の視界に乱入して来た。なんなんだ、こいつら……えぇと、確か、ああ、そう……そうだ。《サンダーロック・ギルド》の面々……一応は、俺の仲間だ。
 ラルゥ、オッサン、ダルティフ、タッシェル、そしてチェル。さらに、その肩越しにも、別の連中が見える。厳格そうな紳士、ぶあつい眼鏡のオヤジ、活発そうな若者、そして筋骨隆々の双子……バティック捜査官に、ギルドの主人レナウス、自警団のギンフ、そしてコワモテのパドゥパドゥ……みんなが俺を見下ろし、口々に不可思議なことを言っている。
「まさに、奇跡だね」
「うむ、奇跡としか言いようがないだの」
「ザックの旦那! よかった……本当によかった!」
「「おめでとうございます、ザックさん」」
 泣いてる奴もいる。笑ってる奴もいる。怒ってる奴もいる。仏頂面の奴もいる。
 みんな、どうしちまったんだよ?
 つぅか……なんで、こんなに体中が痛いんだ?
 それに、熱い……いや、寒い! クソッ! 一体全体、どうなってんだよ、コレは!
「どうした、ザック?」と、ラルゥが言う。
「まだ、しゃべれんか?」と、オッサンが聞く。
「いや、しゃべれる、けど……うっつ!」
 俺は、ようやく第一声を発し、同時に激痛に見舞われ、顔をしかめた。
「無理をさせてはいかん。かすり傷程度とはいえ、こうも長時間、意識を失っていた以上、頭にかなりの打撃を受けたであろうことは、医師の指摘を待つまでもなく、想像にかたくないからね。それで、ザック君、なにがあったんだね? ナナシ君は、どうしたんだね?」
 バティックに問われ、俺はますます困惑した。
「かすり傷程度……そんなはず……確か俺は、全身七カ所に、致命的な傷を……」
 記憶の糸をたどろうとしても、肝心な部分でプッツリ切れてしまってて、なにも思い出せない……どうしてだ?
  俺はまた、酷い頭痛に襲われ、頭をかかえて前のめりになった。
「それは、ナナシのことだろう。お前さんの怪我は、どれも命に関わるものではない」
「ナナシ……?」
 レナウスの言葉に、俺は違和感を覚え、顔を上げた。
 ナナシ……ナナシ……誰なんだ? そもそも、それって名前なのか?
 全然、聞き覚えがないんだけど……誰のことなんだ?
 畜生! 脳に蜘蛛の巣が張ったみてぇで、視界がかすみがかったみてぇで、なにも、思い出せねぇ!
 俺は苦悶し、頭をかきむしった。
「どうちたでちか? 旦那さま、なんだか様子が変でちよ?」
 チェルが、心配そうに俺の顔をのぞきこむ。
 俺は、だんだん不安になって来た。
 だって、こうなった原因が、なにひとつ思い出せねぇんだぞ!
 そこで俺は、周囲の仲間に聞いてみた。
「あのさ……俺、どうして、こんなことに、なってんの?」
 途端に、怒鳴りつけられた。
「それは、こっちが聞きたいよ! 誰にやられたんだい、ザック!」
「やはり、今度の事件の犯人か! ナナシは犯人に、さらわれたんじゃな!」
「アフェリエラさんもですね! それで彼女、また行方不明に!」
「アフェリエラ……?」
 アフェリエラ……? これは、人名だな。けど、やっぱ思い出せねぇ。刹那……俺のまぶたの裏を、怒涛のような映像とともに、それを打ち消す真っ白な閃光がほとばしった。
 俺……マジで、なにも、思い出せねぇ……記憶が、記憶が……うっ!
「ザック!」
 頭をかかえ、うずくまった俺を心配し、仲間たちが、また続々と、ベッドサイドに群がって来た。なんか、ちょっと、うっとうしいな……頭痛も酷くなる一方だし……クソッ!
「嘘だろ……まさか、ザックまで、記憶喪失に……」
 誰かが、意味深なセリフを吐いた。なんだって? 記憶喪失? 俺が? 嘘だろ?
 まさか……でも、本当に、ここ数日間のことが、なにも思い出せねぇってことは、そうなのか? 俺は激しい頭痛をこらえ、顔を上げると、みんなの不安そうな表情を見回した。
 忘れて……いや、こいつらの馬鹿っツラには、見覚えがある。ちゃんと名前も覚えてる。
 今まで、こいつらが巻き起こした馬鹿騒ぎの尻ぬぐいを、何度させられたことか!
 それじゃあ、記憶がないのは、いつからだ?
 その、ナナシ、とか、アフェリエラ、ってヤツが、現れた辺りからなのか?
 うぅむ…………ダメだ。いくら頭をひねっても、思い出せんモンは、思い出せん。
 曖昧模糊、五里霧中、暗雲低迷。
 とくに、ナナシってヤツに関することを、思い出そうとすると……くっ、頭が痛い!
 俺は、ガックリと肩を落とし、ため息まじりに、力なくつぶやいた。
「悪いが……どうやら、そうみてぇだ」
 それを聞くと、今度はみんなが、ガックリと肩を落とし、大きなため息をついた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【完結】ドアマットに気付かない系夫の謝罪は死んだ妻には届かない 

堀 和三盆
恋愛
 一年にわたる長期出張から戻ると、愛する妻のシェルタが帰らぬ人になっていた。流行病に罹ったらしく、感染を避けるためにと火葬をされて骨になった妻は墓の下。  信じられなかった。  母を責め使用人を責めて暴れ回って、僕は自らの身に降りかかった突然の不幸を嘆いた。まだ、結婚して3年もたっていないというのに……。  そんな中。僕は遺品の整理中に隠すようにして仕舞われていた妻の日記帳を見つけてしまう。愛する妻が最後に何を考えていたのかを知る手段になるかもしれない。そんな軽い気持ちで日記を開いて戦慄した。  日記には妻がこの家に嫁いでから病に倒れるまでの――母や使用人からの壮絶な嫌がらせの数々が綴られていたのだ。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

処理中です...