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【馬鹿とカラスは使いよう】
『2』
しおりを挟む「……つまり、こういうことだな? もう一人の仲間である《ナナシ》ってヤツと、JADの女幹部である《アフェリエラ》ってヤツは、俺と一緒に行動中、何者かに襲われ、拉致されたと……俺に怪我させた奴らも、多分、そいつらだろうと……で、そいつらは昨今、この【マシェリタ】で、連続殺人事件を起こしている犯人だろうと……で、そこにいる黒猫《リタ》が、重要な鍵をにぎってるんじゃなかろうかと……なんかなぁ……どうもなぁ……信じらんねぇなぁ……嘘くせぇっつぅか、胡散くせぇっつぅか、馬鹿くせぇっつぅか」
みんなの話を聞き、大体の事情を理解した俺は、このように内容を総括した。
言い方に、ちょっとケンがあるかもしんねぇけど、だって本当に、その通りじゃねぇか。
怪しいぜ。怪しさフンプンだぜ。
すると――、
「うむ……そんなに臭いかね、ザック」
「バティック……さては、やらかしたの?」
「いや、すまないね。その……上手く、ごまかしたはずなんだが……音だけは」
「まさしく〝屁のないところに臭いは立たず〟じゃのう、捜査官どの」
おい、おい、おい、おい、おい! こら!
「道理で、本当に臭って来やがった……怪我人に、毒ガス攻撃仕掛けんなよな!」
俺は思わず、バティックを睨み、怒鳴り散らした。こんな時に、屁とか……緊張感のカケラもねぇな! するとラルゥが、俺の背を思いっきり叩き、快活に笑い出した。
「ハハ、その毒舌だけは、相変わらずのザックだね」
痛ってぇ! 傷に響くだろ! 見た目とちがい、相変わらずな馬鹿力だな、ラルゥ!
「理解の早さも、さすがじゃのう、ザック。どこぞの馬鹿ボンとは、大ちがいじゃ」
痛ってぇ! 絶対、ワザとだろ! よくも、俺の頭をド突きやがったな、オッサン!
俺は、外見上こそ、元気そうだが……一応は怪我人なんだぞ! 少しは手加減しろ!
「つまり旦那さまは、ナナシたんと、アフェリエラさんのことと、その前後の記憶だけを、スッポリ忘れてしまたワケでちね? よかったでち……チェルのことは、覚えててくれて」
とってもうれしそうに、微笑み、涙ぐみ、ぴょんぴょん跳ね回るチェルだ。
こらこら、実際はいい歳のババァなんだし、いくら見た目に違和感がないからって、レナウス酒場の二階にあるこの小汚い部屋では、好い加減、ホコリが立つからやめなさい。
「ちなみに僕のことは、いつもご主人さまと呼んでいたぞ。その点、忘れるなよ、ザック」
ダルティフ……俺が完全に記憶を失くしたものと勘ちがいし、勝手なこと言ってんな?
これだから、馬鹿は……お前は単なる馬鹿ボンだろ! 己の分をわきまえて話をしろ!
「嘘はいけませんよ、侯爵。ザック……彼のことは、〝役立たずの馬鹿野郎〟と、こう呼んでやってくださいね。彼も大変喜びますし、それが今までの横柄なあなたなのですから」
まったくだ……って、タッシェル。お前も他人のこと言えんぞ。そこまで相手を貶めるなよ。一応、仮にも、難はあっても、聖エンブリヨ教会の神父なんだろ? 嘘っぽいけど。
「なにを言うか、タッシェル! 普段のザックは、若のことを〝ヘクソムシ〟と呼んでおったではないか! デタラメはいかん! ザック、二度と忘れぬように、覚えておけよ!」
いやいや、オッサン。いくらなんでも主人に対し、〝ヘクソムシ〟は酷すぎだろ。最早、怨敵にでもつけるべき仇名になってるじゃねぇか……そんなに、ダルティフが嫌いなのか。
「貴様らぁ! ザックの記憶がないのをいいことに、僕を散々コケにするなぁ!」
怒ったな。ま、当然だよな。ここまで虚仮にされちゃあ、怒るよな、誰だって。
「まったくだね。コケってのは普通、金属に生えるアレだろ? 一緒にしちゃ悪いよ」
「剣士さま、それはサビではないでちか? コケっていうのは、こけるの略でちよ」
「なんだ、そうだったのか……使い方をまちがえたな……今のは聞き流してくれ」
「いいえ、みなさん、不正解です。コケとは、石っころなんかに生える、植物の一種です」
「馬鹿者。わしが言うのは、若のアソコにビッシリと生える、小汚いカビのことじゃ」
「「「「えぇえっ!? そんなに汚いのぉ!?」」」」
「侯爵さま! いつ、お風呂に入ったでちか!」
「まいりましたね……もう二度と、宿での同室は嫌ですよ」
「だから、女にモテないんだよ! ホント馬鹿だね、ダルティフ!」
「ま、待て! 僕のアソコって、どこのことだ、ゴーネルス!」
「決まっているでしょう。若の脳ミソのことですよ。常日頃から、ちゃんと磨いておかないから、こういう非難を浴びる破目になるのですぞ。今後は充分、気をつけてくださいね」
やっかましい……くっだらねぇ……場所もわきまえず、周囲の(少しは常識ありそうな)連中から白い目で見られても、てんでおかまいなしで、大笑いし、大騒ぎする常識のなさ。
なるほど。こいつら、みんなアホだな。うん。それ点だけは、あらためて再確認できた。
しかし、こいつらと同じギルドってことは、やっぱ俺も、同じと思われてるんだろうか。
うげぇ! それは、俺って人間の沽券に関わる大問題じゃねぇか! マジでヤバいぞ!
俺の頭痛は、いよいよ酷くなる一方だった。
「大丈夫ですか、旦那……けど、そんなに心配しなくとも、ナナシ君はきっと……いいえ、絶対に無事ですよ! 自警団も一丸となって、協力しますから、必ず取り返しましょう!」
「無論、保安院もナナシ君と犯人の捜索に、労を惜しまないよ。元はと言えば私の依頼のせいで、こんなことになってしまったのだからね……あまり、気に病まないでくれたまえ」
「ザック……ナナシには、不思議な力がそなわっとる。だから、簡単には死なん。それに犯人側も、リタがこちらの手にある以上、ナナシを無碍にあつかえんだろう。大丈夫だよ」
「「ご主人の言う通りです。ザックさん、今は体をいたわってください」」
悪寒に身震いし、前かがみになった俺を、誤解の果てに心配しては、慰めてくれるギンフ、バティック、レナウス、それに、パドゥパドゥ……いや、そうじゃねぇんだけど……俺はただ、アホの同類だと思われることに、吐き気をもよおしただけで……え? なに?
「ナナシ、ナナシって……そいつ、そんな重要人物なのか?」
その名前……さっきから、頻繁に出て来るが、一体、誰のことなんだ? しかも、どういうワケか、その名前を聞くたびに、俺の心臓はドキンと跳ね上がるんだが……一体、どんな奴だったんだ? 俺とは、どんな関係だったんだ? 何故こうも、心が乱れるんだ?
えぇと…………ダメだ。やっぱ、思い出せねぇ。すべては闇の中。ああ、歯がゆいぜ!
「彼のことも勿論ですが、問題は、私の愛しいフィアンセ・アフェリエラさんです! あなたを追いかけて行ったきり、姿を消してしまったのですから……やはり彼女も、その美しさゆえ、犯人に連れ去られたのでしょうか……心配で、居ても立ってもいられません!」
タッシェル、お前なぁ……神父が結婚なんか、許されるワケねぇだろ!
なに考えてんだよ! ホント、救いようのない色魔だな!
「その、アフェリエラについてだが……君たち、ザック君からなにも聞いてないのかね?」
バティック捜査官の問いかけに、顔を見合わせるギルドの五人。ラルゥが逆に質問した。
「なんか言ったっけ、ザック?」
って、俺かい! だから……思い出せねぇって言ってんだろ! マジで頭悪いな!
「今更、聞いても無駄だの。多分、犯人と一緒に、逃亡したんだろうが……ザックが記憶を失ってしまった以上、あの女とJADの悪行を裏づける証拠とて、なにも残っとらんし」
レナウスの、ぶあつい眼鏡の奥の目が、俺を捉えてギラリと光る。
「JAD……名前は知ってるけど、それが今回の事件と、どんな関係があるんだ?」
またまた、厄介な名前が出て来たぞ。JADって、ジャーク・アジー・ドミニオンのことだろ? うひゃあ……そことは、なるべく関わり合いになりたくねぇな。すると――、
「あんたまで、それを言うかね、レナウス。いささか無慈悲じゃぞ」
「アフェリエラは、天使みたいな娘だよ。それに、JADの信者たちだってね」
「ええ、アンジャビル卿も、出来た人物です。あなたも会って見れば、わかりますよ」
「まったく同感だな。軍資金も出してくれたし、保釈金も払ってくれたし」
「侯爵さまの考える恩義は、お金ばっかりでちね。なんか哀しいでち」
こいつらの口ぶりだと、俺たちはどうやら、JADと知り合いみたいで、そう悪いヤツらとも思えんが……ハテ、信用できるのか? なにせ、相手が相手だからな。慎重にいかねぇと。
「いんや、ザックの旦那の言うことなら、まちがいないっすよ! JADの女幹部を見て、テルセロは、物凄くおびえてたし……ああ、でも、テルセロの仇討ちを、俺が頼んだばっかりに……旦那ぁ! すんません! 俺のせいっす! いっそ、ぶっ飛ばしてください!」
ギンフか……いいヤツなんだが、毎度うぜぇな……本当に、ぶっ飛ばしてもいいのか?
「いや、責任は私にある。ザック君に、あんなことを言わなければ……おおかた、保釈後に君たちは、ザック君にアフェリエラのことをとやかく言われ、腹を立てたのだろう。それで一度は、喧嘩別れした……しかし、ザック君の言うことは、決してまちがいではなかったのだ。アフェリエラが、危険人物だということを、彼に教えたのも私だし、JADと距離をおくよう、警告したのも、この私なのだ。それを、素直に聞いた結果が……これだ」
バティック捜査官の目には、うっすらと涙が浮かんでいた。見た目の厳格さに似ず、案外、涙もろいんだな……けど、俺のことを、かばってくれてるみたいだから、うれしいぜ。
「記憶喪失というモンは、実に、本当に、まったくもって、厄介なモンじゃのう。ナナシの苦労が今になって、身に染みたことじゃろう、ザックよ」と、オッサンが俺の目を見据え、しみじみとつぶやいた。えぇと……つまり、ナナシってヤツも、記憶喪失だったのか。
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