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【馬鹿とカラスは使いよう】
『3』
しおりを挟む「なぁ、俺の怪我……どれくらいで治るんだ?」
これに、何故か首をかしげつつも、バティックが答えてくれた。
「もう帰したがね、医者が言っていたよ。命に別状はないし、とくに問題もないだろうと。しかし、だね……とても不可思議なことだが、君の全身七カ所には、奇妙なアザがあったそうだ。それに君は先刻、おかしなことを言っていたね。俺は全身七カ所に、致命傷を受けたはずだ、とか……その点も、まるでナナシ君のようだ。あるいは、ともに行動し、そばにいる内に、彼女……いや、彼の受けた【シェナトスの涙】の加護が、君にもうつったのだろうか……ああ、コホン、その、なにか、彼と……親密な接近を、しなかったかね?」
親密な接近って言ったって、思い出せねぇモンは、どうにもならんだろ。
「その、ナナシってヤツ……そんなに俺と仲が良かったのか?」
「えぇ、まぁ……親友って言うより、まるで恋人みたいでしたぜ、旦那」
ギンフのセリフを聞いて、何故かバティックとレナウスが、ギクッと体をすくめた。
「恋人? 冗談だろ? 男同士で……まさか!」
俺は憤慨し、ハッキリと否定した。記憶がないのをいいことに、この上、男色疑惑なんてかけられちゃあ、エライこった! 迷惑この上ないぜ! ナナシなんか、知るモンか!
「なるほど……その点も、忘却の彼方かね」
「困ったもんだの。あれほど色々と、面倒見よく尽くしてやってたのに」
へぇ、俺って結構、尽くすタイプなんだ……いや、いや、ちがう!
男同士で、気色悪いこと言うな! ナナシだか、ナナフシだか知らねぇが、親密な接近なんか、あり得ねぇ! 俺はノーマルだぞ、現時点では……としか、言いようがないが!
それに大体さ、今はそんなことより、もっと気がかりなことが多々あるんだ!
たとえば、これ!
「あのさ……誰か、この黒猫を、なんとかしてくれねぇか?」
さっきからずっと、俺のベッドの上に小汚い黒猫が乗っかってて、俺にすり寄って来てて、どうにもうっとうしいんだよ。両目色ちがいの、珍しいバイアイだが、不細工だなぁ。
「リタ……すっかり、ザックに懐いちゃったね」
「まるで、在りし日のナナシみたいじゃのう」
「縁起でもないこと、言うんじゃないよ、シャオンステン」
「まったくだ、ナナシは死なない。お前同様、不死身だからな」
「ええ、不細工なバイアイは、ザックそっくりですしね」
ヤレヤレ、好き勝手言ってんなぁ……とにかく、猫は不衛生だから、遠ざけてくれって。
「しかし、この猫の体内に、まさか【シェナトスの涙】が、ねぇ……」
ラルゥの、何気ない一言に、また違和感を覚え、俺は質問した。
「シェナトスの涙……?」
あ……愚問? 愚問だった?
「「「「「…………」」」」」
やっぱ、愚問なんだ。黙りこんじまったよ、みんな。
つぅか、なんか……俺の相手すんの、面倒臭くなって来たみてぇだな。まぁ、その気持ち、わからなくもねぇが……そんな苦い顔すんなよ。余計、傷つくだろ。ただでさえ、あちこち痛んでんのに……俺だって、不安で一杯だし、知りたいことは、山ほどあるんだ!
「じゃあ、行こうか、ザック」
「は? どこへ?」
「決まっとるだろ。ナナシと犯人捜しじゃ」
「ついでに、アフェリエラを捕まえて、真相を聞き出さないとな」
「まさか、私のフィアンセに限って……とは、思いますが……一応です、一応」
「チェルたち、もう一度、JADの教団本部に向かうでち。勿論、旦那さまも一緒でち」
と、突然、ラルゥが仁王立ちし、俺を指差し、こうのたまった。
「とにかく、記憶以外はしっかりしてるんだから、いつまでも病人風吹かすんじゃないよ」
病人風ってなんだよ! 俺は本当に、致命傷を……アレ? けど、体はどこも痛くない。
さっきまでは、あちこちガタついてたのに……嘘みてぇに楽だ。頭痛もやっと、晴れて来たし……うん、確かに、これは……呑気に寝てる場合じゃねぇな。それに、こいつらだけにまかせておいたら、どんなムチャクチャな窮状を招くか、わかったモンじゃねぇしな。
「仕方ねぇな……まぁ、俺も色々と気がかりなことばっかだし、行くっきゃねぇか!」
俺は気持ちも新たに、ベッドから勢いよく起き上がった。
すると、ここでまたダルティフの馬鹿が、余計な口をはさみ、しゃしゃり出て来た。
「心配するな。僕の有能な従僕どもが、上手く事件を解決してくれる」
「従僕とは、どなたのことですか。あなたに従うほど間抜けな者が、この中に一人でもいますか? いるなら、指差してごらんなさい。場合によっては、へし折ってあげますから」
「わしでないことは、確かじゃ。そうですな、若」
「ゴ、ゴーネルス……ランスの穂先を向けて、威嚇するな!」
ハァ……ほらな、また始まった。俺がいねぇと、このまま脱線し続けて、とんでもないところへ誤着しちまいそうだからな……やっぱ、俺がしっかりしねぇと、話は始まらねぇ。
そんなこんなで、心配そうなバティック、レナウス、ギンフ、そしてパドゥパドゥに見送られ、俺と《サンダーロック・ギルド》の面々は、次なる目的地をめざし旅立ったのだ。
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