38 / 50
【猫を探して約三里】
『1』
しおりを挟むさてさて『吉報を待っててくれ』と、勢いよく自警団本部から、マシェリタの街へ出て来た俺とナナシだが、まいったな。正直、どこから手をつけたらいいのか、わからねぇぜ。
それに、腹も減った。疲れて、猛烈に眠い。頭の働きが、悪くなってるな。
「ナナシ。とりあえず、どっかで休むか。持ち金は……あんまりねぇから、大したトコには泊まれねぇけど、また安宿でも取ってさ……あ、部屋は、その、一緒になるけど、絶対に大丈夫だぞ。変な真似はしねぇから……お前も、疲れただろ? 自警団本部じゃあ、休ませてもらうどころか、散々な目に遭っちまったし……まぁ、収穫も大きかったけどな」
俺は、ギンフの言葉を思い返し、ついついニンマリしていた。
だけどナナシも、そんな俺を見て、ニッコリと微笑んでいる。
但し、思いっきり首を横に振られたが……そうだよな。休んでる場合じゃねぇよな。
「まずは、ファンファベリの街へ行ってみるか。なにか、情報がつかめるかもしれねぇ。あそこは、謎の飛翔体が落下したっちゅう、サンデッドの森からも、ワリと近いからな」
俺は腕組みし、色々と考えをまとめ、最適な答えを模索した。
「おっと、その前に……猫も探さなきゃなんねぇな。どっちから、攻めるべきか……」
猫と聞いた途端、ナナシの目が大きく見開かれた。
「猫? 猫か? ナナシ」
俺はナナシの肩をつかみ、問いただした。お前は、無言でうなずく。
「けどなぁ……ただ、猫っていっても、特徴だって全然、わからねぇし……どうやって探したらいいものか。そもそも、猫を見つけ出したところで、テルセロの死と、どういう関係が……ん? いや、待てよ? もしかして……お前も、そう考えてたのか、ナナシ!」
俺は、あることに気づき、ナナシの肩をつかむ手に、思わず力をこめた。
お前は俺の目を見つめ、さっきよりも、大きくうなずいている。
俺は興奮気味に叫んだ。
「シェナトスの涙!」
俺としたことが……今頃、気づくなんて、まったく、抜けてやがるぜ!
「そうか……人間ばかり、頭にすりこんでたが、こいつは盲点だったぜ! テルセロは多分、ファンファベリの街で興行中、逃げた団長の猫『リタ』を追って、サンデッドの森に迷いこんだ……そこへ、【シェナトスの涙】が落下して……偶然、居合わせた連中が、破片を体に浴び、内五人が殺された。破片がいくつに分解されたかは、わからねぇが、リタも破片を浴びたにちがいねぇ……ってことは、ナナシ。やっぱり、お前の体内にも……破片が残ってるんじゃ……」
そう言いながら、俺はあらためて、ナナシの全身を、上から下まで見た。
「そうだ! バティックの推理通り、だから、生き延びられたんだ! 【シェナトスの涙】の加護で、犯人に殺されかけても、九死に一生を……いや、でも、お前の体には、致命的な傷が七カ所あったって……え? あれ?」
七カ所? そんじゃあ、シェナトスの涙の加護は、切れてるはず……なのに、なんで? そういやぁ、保安院での談議の際、その点について、バティックも、首をかしげてたモンな。
うぅむ……なんか頭が、こんがらがって来たぞ!
するとナナシも、不安そうな表情で、俺を見ている。
いけね……不安にさせちゃあ、まずいよな。ナナシのナナシたる謎は、この際、横にどけといて、とにかく今は、猫のリタを探し出すことが先決だ!
そうと決まったら……。
「リタ、リタ……可愛い猫ちゃん、出ておいで……」
俺は、腰をかがめ、猫背になって、路地や物陰をのぞきこんでは、不気味につぶやいた。
アレ? ナナシが首を振っている。
ハハ、確かにこれじゃあ、先刻までのギンフと同じ、異常者だよな(本人には、悪いから言えんけど)。それじゃあ……ん? なにか言いたげ。
どうした、ナナシ? なにが言いたいんだ?
「え、おい! ナナシ!」
するとナナシは、唐突に俺の手を引っ張り、歩き出した。
おい、どこへ連れてく気だ? 俺はナナシに牽引されるまま、マシェリタの色々なレンガ地区を通過した。腹を空かしたまま、眠気にさいなまれたまま、約十二キロも歩かされた挙句、やがて……妙に見覚えのある黄色レンガ地区の、貧民窟へと連れて来られた。
俺は驚き、目を見開いた。
「ここって、五番目の事件現場?」
ナナシは、うなずいた。
そして、身ぶり手ぶりで、必死になにかを伝えようとしている。
「ん? 目が乾く? ウサギの耳? ヨチヨチ歩き? 長い口ばし?」
じゃなくて?
「目がパチパチ? クルクルパー? 内股でドタドタ? 拡声器?」
でもない?
「あ、キラキラの目! クリクリの髪! 幼児歩き! 風船をふくらます!」
やっぱ、微妙にちがう……ナナシは、額に手をそえ、考えこんでいる。
そして、足元に落ちていた棒切れを拾うと、レンガの壁に、こう書き出した。
〈チェルさんの猫〉
「あぁ――っ! 今の、チェルの真似だったのか! ハハハ、言われてみりゃあ、確かに特徴をつかんでるなぁ! 大きな変光眼に、クリンとしたツインテール、内股でヨタヨタ歩く幼児性! それに、言霊使いってことか! なるほど! でも……猫って、なに?」
ナナシはまた、額に手をそえ、考えこんでしまった。
俺って、自分で思ってたより、ずぅ――っと、勘がにぶいんだな……なんか、ショック。
「猫……チェルの猫」
俺は、よくよく思い返してみた。最初にここを訪れた際の、チェルの行動を……貯水塔をなぎ倒し、ボロ屋を一件ぶっ潰し、止めに入った住民をふっ飛ばし、ようやく捕まえた猫……そうだ! 猫だ! チェルが捕まえた猫!
あの、バイ・アイで、不細工な黒猫!
「ナナシ! あの猫が、問題のリタだって、言いたいんだな? まさか、記憶が……」
ナナシは、首を横に振った。フッと表情をかげらせる。
そうか……記憶は、まだ戻って来ないんだな。ま、あせることはないさ、ナナシ。
「それにしても、あの猫がリタだったとして、まだこの辺にいるとは、限らねぇだろ?」
なにか、確証でもあるのか、ナナシ?
するとお前は、コックリとうなずき、棒切れでレンガ壁に、こう書き記した。
〈猫の行動範囲は、そんなに広くないの〉
「つまり、縄張りと決めた場所から、そう遠くには行かねぇってコトか!」
ナナシは、また大きくうなずいた。
へぇ……くわしいな。お前も猫、好きなのか?
ナナシは、さっきよりも、まだ大きくうなずいた。ニッコリと笑っている。
か、可愛い! メッチャ可愛い! また、キスしたくなっちまったじゃねぇか!
でも……いや、いかん。今は、それどころじゃねぇぞ、ザック。
「とにかく、この貧民窟の周辺で、聞きこみしてみるか」
俺はつい、ナナシの唇をチラチラと横目に見ながら、貧民窟の奥へ進んで行った。
その時である。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
【完結】ドアマットに気付かない系夫の謝罪は死んだ妻には届かない
堀 和三盆
恋愛
一年にわたる長期出張から戻ると、愛する妻のシェルタが帰らぬ人になっていた。流行病に罹ったらしく、感染を避けるためにと火葬をされて骨になった妻は墓の下。
信じられなかった。
母を責め使用人を責めて暴れ回って、僕は自らの身に降りかかった突然の不幸を嘆いた。まだ、結婚して3年もたっていないというのに……。
そんな中。僕は遺品の整理中に隠すようにして仕舞われていた妻の日記帳を見つけてしまう。愛する妻が最後に何を考えていたのかを知る手段になるかもしれない。そんな軽い気持ちで日記を開いて戦慄した。
日記には妻がこの家に嫁いでから病に倒れるまでの――母や使用人からの壮絶な嫌がらせの数々が綴られていたのだ。
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる