アンダードッグ・ギルド

緑青あい

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【やっぱ昨日の友は今日の敵】

『7』

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「ところで、ギンフ……猫って、なんのことだ?」と、俺はさりげなく話題をそらした。
「猫? ああ……テルセロが可愛がってた、リタのことでやすね?」
「テルセロの猫か……それが、逃げて行方不明になってるんだな?」
 俺の推察へ、ギンフがさらに情報を補足した。
「いやぁ、厳密に言うと、テルセロの可愛い団長……じゃなかった。テルセロの団長が可愛がってた、猫のことなんですがね。丁度、夏至の晩、ファンファベリの街で興行中、脱走しちまって……それっきり、見つからねぇんだそうで。テルセロは、団長に命じられて、その猫を方々探し回ってたそうなんですが、結局、見つからなくて……そしたら昨夜、レナウスさんの酒場からの帰り道、あの路地の近くで、よく似た猫を見かけたって……でも」
 そこまで言って、ギンフの表情は、急に暗くなった。
「追いかけて行ったきり、あの事件に巻きこまれ……帰らぬ人になっちまったワケだな」
 俺も神妙な顔つきで、ナナシを抱きかかえながら、ため息をついた。
 その時、俺の脳裏にあることが閃いた。
「待てよ? 夏至の晩だって?」
「ええ、テルセロは確かに、そう言ってましたぜ?」と、うなずくギンフだ。
「場所は?」
「ファンファベリの街」
「興行中ってことは、サーカス団? つまり、盗賊家業は、裏の顔ってことか?」
 俺はまだJADの宗主に言われた言葉が、頭の片隅に引っかかっていたので、ついついこんなことをつぶやいていた。それを聞き咎めたギンフが、不可解そうに問い返して来る。
「盗賊家業……裏の顔って、なんのことです? テルセロは、ポルカドットサーカス団で、ピエロの『チコ』と呼ばれてたんでやすよ? それは旦那も、ご存知のはずでしょ?」
 俺は、真実はどうあれ、ギンフをあまり刺激しまいと、適当に言葉をにごした。
 そして、最も気がかりだった一点について、思いきって訊ねてみた。
「あ、ああ……けど、最初の晩、どうして俺たちを避けたんだ?」
 ギンフは「ああ」と、苦笑し、即座に答えてくれた。俺が危惧し、恐れていた事実を。
「そりゃあ、テルセロの仲間を捕らえ、幽閉してる【ジャーク・アジール・ドミニオン】の女幹部を、連れて来るんですモン! 怖がって当然でしょ! そうそう、その件については、俺も聞きたかったんです! 旦那たちは、どういう経緯で、あの女幹部をここへワザワザ連れて来たんです? ……まさか……いや、まさかね……そんな、はず……旦那!」
 ギンフの言葉を聞いて、俺の疑念は確信に変わった。それは同時に、俺の中へ深い懊悩を植えつける結果となった。ナナシをかかえたまま、ガックリとうなだれ、俺は答えた。
「その、まさかだ……畜生! まんまと騙されたぜ! 途中から、なんか怪しいとは思ってたが……すまねぇ、ギンフ! テルセロが殺されたのは、やっぱ俺たちのせいなんだ!」
 そう……俺たちはやっぱり【ジャーク・アジール・ドミニオン】に、騙されてたんだ!
 あの洞窟に幽閉されてたのは、罪もないサーカス団で、チコも盗人じゃなかったんだ!
「なんてこった……それじゃあ、テルセロだけじゃなく、サーカス団員は、みんな」
 ギンフは、すっかり青ざめ……俺の顔を呆然と凝視している。俺は、ギンフと目を合わせるのがつらく、だがそれでも、わずかな希望はあるのだと、ギンフに伝えようとした。
「いや、まだ生きているはずだ。少なくとも、猫が見つかるまではな。テルセロが死んだ今、リタの面通しができるのは、あいつらだけだろ? それまでは、生かしとくはずだ」
 しばしの沈黙……周囲の団員たちは、どうしたものかと、オロオロしている。
 ギンフの目には、涙が浮かんでいる。
 震える拳、真一文字に結ばれた唇。
 やがて、その唇が動いた。
「旦那……」
「うん」
「前言撤回します……テルセロの仇だ! 一発殴らせろ!」
 俺は、思った通りの反応に、かえって安堵していた。
 にぶい音がして、俺の頬へギンフの拳がめりこんだ。
 その瞬間、ナナシが目を覚まし、ハッと息を呑んだ。
 彼女の頬に、俺の鼻血が、ポタリと落ちた。(すまん、ナナシ)
「……こんな、一発だけでいいのか? 好きなだけ、殴って……いや、殺したっていいんだぞ、ギンフ。あいつらの言う通り、俺はテルセロの……お前の親友の、仇なんだからな」
 俺は、もっと苛烈な制裁を受けるものと、覚悟していただけに、少し拍子抜けした。
 するとギンフは、いつものように、晴れやかな笑顔に戻り、こう言った。
「いいえ、これで気はすみました……それに、これ以上、旦那を殴ったら、ナナシ君が落っこちちゃうじゃないっすか。その代わり、必ず……必ず犯人を、捕まえてくださいよ!」
 ナナシは、俺の腕の中、涙にうるんだ瞳で、ギンフへ深々ふかぶかと頭を下げた。
 ギンフはうなずき、今度は真剣な眼差しで、俺のバイ・アイを見つめ、さらに言いそえた。
「それと、もう一言……」
「うん」
「旦那だって俺の親友です。旦那は嫌がるかもしんねぇけど、俺は勝手に、そう思ってますから……だから、これでチャラにしましょう。テルセロのため、一緒に頑張りましょう」
 ギンフの、思いがけない優しさに触れ、俺は涙をこらえるのに必死だった。
 俺は、至心をこめて、自警団副団長に、そして親友に宣誓する。
「ありがとう、ギンフ。必ず、犯人は捕まえる。大事な親友のために、約束するよ」
「旦那……」
 ギンフは、感きわまって泣き出した。
 と、同時に、周囲で様子を見ていた他の団員たちまで、泣き出した。
「うっ、うっ……」
「すまん、ザック!」
「ああ……感動して、涙が……」
「もう二度と、負け犬なんて呼ばないよ」
「ギンフさんのためにも、頑張ってください!」
「無論、俺たちも協力します!」
「今まで、すみませんでした……ザックさん」
「ナナシ君も、ごめんよ……乱暴しちまって……悪かった、本当に悪かった!」
「次に会う時は、ギルドの他のみなさんにも、謝ります!」
 次々と、俺やナナシに頭を下げる自警団の面々。俺の胸も熱くなった。
「ああ……あいつらも、きっと、喜ぶだろうぜ」
 たとえ、もう会えなくとも、俺の口から伝えられなくとも、いつかあいつらも自警団とギンフの心情に触れ、涙するだろう……まぁ、泣きはしなくとも、うれしく思うだろう。
 薄情なあいつらにだって、それくらいの感覚作用は、働くだろう……多分。
「そんじゃあ……ナナシ、行くか。あとは俺たちにまかせて、みんなには、ここぞって時、手を借りるとするよ。だから、もう少しだけ、俺たちのこと……静かに見守っててくれや」
 俺は、ギンフと自警団の面々に、そう告げると、ナナシを抱いたまま、一礼した。
 みんなも、丁寧に礼を返してくれる。
 すると、大した怪我ではないからと遠慮したのか、ナナシは俺の介助を断り地面に降り立った。彼女も自警団の面々に、あらためて低頭する。
 お前も、まだ若いのに、人間ができてるな……尊敬するぜ。
 とにかく、そんなこんなで、自警団本部の裏口の前へ並んで立ち、見送るギンフと団員へ、しばし別れの挨拶をした俺とナナシは今、いよいよ出発の時を迎えようとしていた。
 そこへ――、
「頑張ってくださいね、旦那! ナナシ君も!」
「だが、無理はするな! 手が必要なら、いつでも来い!」
「「「どうか、お気をつけて、いってらっしゃい!!」」」
「「「今度こそ、信じて待ってますよ、ザックさん!!」」」
 ギンフと自警団の団長、そして団員の面々が、口々に声援を送ってくれた。
「ああ! 吉報を、待っててくれよ、みんな!」
 うん、いい感じだ! やっぱ旅立ちは、こうでなくっちゃなぁ!
 こうして、ギルドのメンバーと決別し、意気消沈していた時から一変、自警団のみんなの期待にあと押しされ、俺とナナシは再び、事件解決に向け、意気揚々と歩き始めたのだ。
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