アンダードッグ・ギルド

緑青あい

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【やっぱ昨日の友は今日の敵】

『6』

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「……って、もしかして、例の噂のせいか!?」
 俺もようやく、自警団の色メガネに気づき、目を丸くした。団長は、冷淡な口調で言う。
「噂か……しかし、火のないところに、煙は立たずと言うからな」
 俺は憤慨し、取り囲む団員たちの顔を、順繰りに睨んだ。
「チッ……誰が広めたんだ、そんな悪意に満ちた噂!」
 すると、団員の一人が、到頭、決定的な一言を放った。
「お前らみたいな、負け犬ギルドなら、金のため、なんだってするんじゃねぇのか?」
 負け犬ギルド……それだけならまだしも、金のためなら、なんでもする、だって!?
 なんてこった……噂以前の問題じゃねぇか! 俺たちは、そこまで……見下されてたのかよ! ギンフの奴も、いつも友好的に情報提供しておきながら、本心では、俺たちを!
「それが、お前らの本心か……いつも、そういう目で、俺たちを侮蔑してたワケか……」
 団員たちの冷たい目を見て、俺は心底、哀しくなった。同時に心底、悔しくもあった。
 ナナシが俺の後ろで、すすり泣いているのがわかる……俺は、いや、俺だけじゃねぇ。
 喧嘩別れしたとはいえ、他のメンバーたちのことも、憐れになった。また、そんな〝負け犬ギルド〟に、無理やり押しつけられてしまった、ナナシの身の不遇にまで思いを馳せ、気づけば涙目で、震える声で、自警団の面々に向かい、思いきりタンカを切っていた。
「確かに、俺たちは《アンダードッグギルド》なんて、陰口を叩かれ、世間の爪はじきモンかもしれねぇが、多少は普通を逸脱してるかもしれねぇが、俺も、ナナシも、ラルゥも、オッサンも、ダルティフも、タッシェルも、チェルだって……みんな、法を犯すような真似だけは絶対にしてねぇ……はずだぞ! なのに、色メガネで見やがって、クソッたれ! どうしても、信じられねぇなら、この場で俺を好きにすればいいさ! 但し、ナナシは無関係だ! こいつに手出しするようなら、俺は……お前らを相手に、初めて法を犯す!」
 俺は、バスタードソードを地面に放り投げ、ドッカとあぐらをかいた。
 もう、ヤケクソだった。下手な同情心を買うのも、嫌だった。
 ならば潔く、サンドバッグになってやろうじゃねぇか!
 団員たちは一瞬だけ、ひるむ様子を見せたが、すぐに武器を手に手に、俺を取り囲んだ。
「上等だ! 好きにさせてもらうぞ!」
「だが、安心しろ! ガキに手を出すほど、俺たちは鬼じゃねぇ!」
「叩きのめしてやるぜ! 覚悟しやがれ、この野郎!」
 そうして、一斉に俺へ殴りかかろうとした。ところが!
「ナナシ!? 馬鹿! 危ないから、下がってろ!」
 ナナシが泣きながら、俺に抱きついて来たのだ! 俺をかばうように、自分の身を楯にして、必死で自警団から守ろうとしている! 義憤に燃えた目で、自警団を睨みながら!
 俺は、ナナシの捨身行為に感動すると同時、恐ろしくもなった。
 このままでは、怒り狂った自警団から、ナナシまで暴虐を受けてしまう。
 俺は懸命に、ナナシを俺から引き離そうとした。
「ナナシ! 俺は平気だから! 下がるんだ、早く!」
 自警団の面々も、ナナシを俺から引き離そうと躍起だ。
「そうだ! このガキ! さっさと離れろ!」
「泣いても無駄だ! クソッ……いいから、早く引きはがせ!」
いてっ! 畜生っ……なにしやがる、このガキ!」
 ナナシは、団長の腕に思いきり噛みついた。刹那、自警団は怒りで我を忘れた。
 殺意すら感じさせる凶眼で、ナナシを睨み、直後――、
「よせ! ナナシ! やめろぉぉおっ!」
――ドカッ!
 自警団の一人が、ナナシを思いきり蹴り飛ばしたのだ。ナナシの細身は呆気なく吹き飛ばされ、丁度、後ろでフラフラしていたギンフにぶつかり、一緒に酒樽の山へ突っこんだ。
 俺は震撼し、襲いかかるべつの団員を殴り倒すと、急いでナナシの元へ駆け寄った。
「大丈夫か、ナナシ……ナナシ!」
 抱き起こしても、ナナシは口角から血をにじませ、ぐったりとしている。反応はない。
 どうやら、失神してしまったらしい。
 俺の中で、フツフツと激しい憤激が沸き上がった。
 よくも、よくも、ナナシに……こいつら許さねぇ! 皆殺しにしても飽き足らねぇ!
「貴様ぁ! よくも、ナナシに……手を上げやがったなぁぁあっ!」
 俺はバスタードソードを拾い上げ、ナナシに暴力をふるった馬鹿畜生の首を、ためらうことなく刎ねてやる……つもりだった。奴が……ギンフが、正気に帰るその瞬間までは!
いててて……あれぇ? ザックの旦那。みんなも、なにしてるんでやす?」
 ギンフは、俺と、憎き隊員との丁度、中間地点で、頭を押さえながら、モッサリと起き上がり、進路をふさいだ。 
 前頭部を強打したらしく、額には大きなタンコブができている。
 そんなワケで、俺の剣先は、ギンフの目前で、急停止せざるを得なくなった。
「ギ、ギンフさん!?」
「正気に、戻ったんですね!?」
「よかった……一時は、どうなることかと……」
 団員たちは、俺とナナシのことなど、まるで意に介さず、ギンフの回復を喜んでいる。
「正気って、なんのこったい?」
 ギンフはギンフで、なんのことか、まるでわからぬ模様……首をかしげている。
「えぇと……あの、覚えてないんで?」
 団員たちは唖然として、腫れ物に触るように、ギンフへ問いかける。その時、団員の肩越しに俺の姿を見つけたギンフは、パッと顔色を輝かせ、覚束ない足取りで近づいて来た。
「ああ、それより、ザックの旦那! 来てらしたんですか! それで……どうです! テルセロを殺した犯人は、見つかりそうですか! あいつの、弔い合戦だ……俺でよければ、どんなことでも、お手伝いしますよ! 遠慮せずに、なんでもいいつけてくださいね!」
 俺は、ギンフの言葉に驚愕した。
 だが団員たちは、俺以上に驚倒した。
「お、おい! ギンフ! お前……なんで、こんな奴に……だって、テルセロは……」
 団長は、わけがわからぬと言った感じで、恐る恐るギンフへ問いただす。
 すると――、
「こんな奴って、なんですか、団長! いつも言ってるでげしょ? 《サンダーロック》の人たちは……とくにこの、ザックの旦那は、他のギルドの拝金主義者どもとちがい、人情味があって、義理堅くて、優しくて、面白くて……とにかく、いい人なんです! そりゃあ、ちょこっとばかし、頼りなくて、世渡り下手で、誤解されることも多々あるでしょうけど……昨夜だって、旦那たちが逸早く駆けつけてくれたお陰で、お前たちも殺されずにすんだんだぞ! ちゃんと、お礼を言うように! それから、妙な噂は信じるなよな!」
 前句は団長に向け、後句は負傷した団員に向け、宣言するギンフだった。
「ギンフ……お前」
「すんませんね、旦那。気を悪くしないでくださいよ? みんな、本気で言ってんじゃねぇんでげすから……それと、アリリ? 旦那……ナナシ君は、どうしたんでげすか!?」
 俺は、ギンフの言葉を聞きながら、必死に涙をこらえていた。
 同時に、自分の今までの行いを、恥ずかしく思っていた。ギンフは、こんなにも俺やギルドのメンバーを、信頼してくれてるのに、俺たちと来たら、いつも小馬鹿にしてばっかりで……すまねぇ、ギンフ! ありがとう、ギンフ! 今後は、態度をあらためるぜ!
「なんでも、ねぇよ……ちょっと、昼寝してるだけだ」
 俺は横目で、ナナシを蹴った団員を睨みながら、ギンフにこれ以上、要らぬ気づかいをさせまいと、あえて嘘をついた。当の団員は、己の行為を恥じるように、うつむいている。
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