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【やっぱ昨日の友は今日の敵】
『5』
しおりを挟むさてと……どうしたモンかな。あのクソ馬鹿どもと、きっぱり縁切りしたまではいいが、俺一人だけで、ナナシを守りながら、犯人捜しを続行できるモンだろうか……いや、弱気になっちゃいけねぇ。ナナシのために、頑張ると決めたんだ。たとえ、一命を賭してでも。
その時、俺の内心の不安を察知したのか、お前が俺の皮上衣の裾を、クイと引っ張った。
「ナナシ……わりぃ。俺のせいで、なんかお前にまで、余計な心配かけちまって」
お前は首を横に振り、俺の目をジッと見た。そして、ニッコリと微笑んでくれた。
「可愛いな……お前。ナナシなんて、適当な名前じゃなく、早く本当の名前で呼びたいぜ」
人通りのない夜明けの街。セント・ヴィンスの時計塔が、おごそかに鐘を鳴らし、午前五時を告げる。俺は、路地裏でナナシと二人きり……お前の短い黒髪を、そっとなでた。
「キス……しても、いいか?」
俺は、お前を愛しいと思う、この気持ちを抑えられなくなり、思いきって聞いてみた。
お前は、吃驚して目を丸くし、それから耳まで真っ赤にして、うつむいてしまった。
ば、馬鹿! なに言ってんだ、ザック! ナナシには最早、俺しか頼る奴がいないんだぞ! そんな彼女に迫ったりしたら、断りきれず困惑するだけだろ! 迷惑なだけだろ!
俺はそう考えなおし、慌てて自分の言葉を取り消した。
「なぁんてな……冗談だよ、ナナシ。ごめんな。取りあえず、行こうぜ。そうだな、まずはギンフの様子を見に行って、昨夜の状況の詳細と……ついでだから、少し慰めてやって」
言いかけて、俺は突然、口をふさがれた。お前の、唇に……えっ、えぇえっ!?
ナナシの可愛い顔が、俺の真ん前にある。ナナシの朱唇が、俺の唇に触れている。
甘い、やわらかい、いい匂い……俺の躯幹を、しびれるような電流がほとばしった。
「……ナナシ」
ようやく唇を離し、俺をうるんだ目で見つめ続けるナナシに、俺はますます夢中になり、気づけば力一杯、抱きしめていた。たとえ今のキスが、単なる同情であってもかまわない。
俺は、俺は……ナナシが好きだ! 誰より好きだ! 大好きだ!
ああ、このままずっと、こうしていたい……すると、丁度そこへ、早出の職人風が三人通りがかり、俺たちの様子を見ては、含み笑い、からかい気味に、こんなことを言った。
「よぉ、朝っぱらから、お熱いねぇ、お二人さん」
「可愛い娘ちゃんと、路上でチッス……うらやましいわいな」
「だが、いくら早朝で人目が少なくとも、やりすぎはいかんぜ、お若いの」
「あ、ああ……ハハハ」
俺は照れ笑いし、ナナシは恥ずかしさのあまり、俺の胸に顔をうずめている。職人風の男たちは、足早に立ち去ったが、通りにはだんだん、人が増えて来た。確かに、こんなところで、イチャついてる場合じゃねぇよな。恥ずかしい思いさせて……すまん、ナナシ。
「ナナシ、そろそろ行こうか。ギンフのところへ……ついでだから、そこで休ませてもらおうぜ。昨夜は全然、眠ってねぇし、お前も疲れただろ? 自警団本部なら、安全だしな」
俺はナナシをともなって、自警団本部のあるカルディン地区目指し、ゆっくりと歩き出した。
朝八時頃、ようやくカルディン地区、第三自警団本部の前までやって来た俺とナナシは、気落ちしているだろうギンフを訪問し、事件の詳細をさりげなく聞きがてら、奴を慰めてやろうと考えていた。ところが、俺とナナシは、思わぬ〝歓迎〟を受けることとなった。
「なんの御用です?」
最初の応対に出て来たのは、まだ歳若い下っ端の団員だった。
「ギンフに用があるんだが、いるかい?」と、にこやかに訊ねる俺。
すると――、
「副団長に? ああ……それじゃあ、あんたらが《アンダードッグギルド》のメンバーか」
「え?」
突如、若い団員の顔色が変わった。口調も刺々しくなった。そこへ、さらに他の団員も顔を出し、俺とナナシを敵意に満ちた目で睨む。おいおい、いきなり、なんだってんだ?
「お前らのせいで、ギンフは気が狂れちまったんだよ!」
「はぁ!?」
最後に、本部裏口の奥から、団員を押しのけるようにして出て来た、威圧的な髭面の団長が、俺たちを指差し轟々と怒鳴った。
なんだって!? ギンフの気が狂れただって!?
自警団本部の面々は、怒りに身を震わせ、俺たちを取り囲むと、今にも襲いかかりそうな勢いで、鼻息を荒げている。すでに、自警団員愛用の『モーニングスター(鉄柄の先端、棍棒部分から棘が突き出した武器)』を手にしている者までいる。ちょっと、待てよ!
「どういうことなんだ! くわしく、説明してくれ!」
「ギンフ副団長は……親友のテルセロさんが殺された昨夜から、なにを言っても話してくれなくなり、ようやく保安院から戻っても、ただ……猫、猫、猫って……今朝も早くから、目の色変えて、近所の野良猫を捕まえては、ワケのわからないことを、ブツブツと……あの状態は、もう……ショックで、おかしくなったとしか思えない! 可哀そうに……うぅ」
怒気を吐き出し、泣き崩れる団員。
「それというのも、あんたたちが悪いんだ! テルセロさんを殺した犯人のクセに、保安院の上役と懇意だからって、あっさり釈放されるなんて……俺たちは絶対、許さないぞ!」
他の団員も、憤懣やるかたない様子で、俺とナナシを罵倒する。
俺は驚愕し、ジリジリと詰め寄る団員たちの、鬼の形相を見やり、慌てて弁解した。
「ちょっと待て! 俺たちが犯人だって!? どうして、そんな誤解が生じるんだ!」
「問答無用だ!」
「ギンフの仇!」
「やっちまえ!」
怒り心頭の団員たちは、ついに武器をかまえ、俺とナナシへ襲いかかろうとした。
「クソッ! 話も通じねぇのかよ! ナナシ、下がってろ!」
俺はナナシをかばい、バスタードソードの柄に手をかけ、一歩前に出る。
その時!
「リタ、リタ……可愛い猫ちゃん、出ておいで……」
路地の向こうから、問題のギンフが、フラフラと姿を現したのだ。空ろな瞳を、キョロキョロとあちこちに向け、なにかを探し歩いている。俺はその異様な姿に、慄然となった。
「ギンフ!?」
「「「副団長!!」」」
団員たちも、ようやく帰還したギンフに驚き、俺を乱暴に押しのけると、急いで周囲へ駆け寄った。心配そうに、背中をさすったり、ヨロヨロの体を支えたり、何故か傷だらけの顔や手足から、血をぬぐってやったりする。それでもギンフは、まったく反応しない。
「どうしちまったんだ、ギンフ! おい、話を聞けよ!」
俺もギンフに近づき、奴の肩をつかんで揺さぶった。
途端に他の団員が、怒りを露にし、俺を突き飛ばす。
「貴様! ギンフさんに、触れるな!」
「そうだ! こうなったのは、お前らのせいだろ!」
「見ろよ! あの憐れな姿……アレを見ても、心が痛まないのか!」
痛ててっ……クソッ! 乱暴だな! けど……確かに、あの姿は……なんつぅか……。
「リタ、リタ……可愛い猫ちゃん、早く、早く、出ておいで……」
ギンフは腰をかがめ、それこそ猫背になって、周辺の暗がりをのぞきこみ、猫を探し続けている。うぅん、不気味だ……でも、待てよ? 『リタ』っていえば、確か……。
「リタ……そう言えば、昨夜、テルセロが殺された直後も、あいつ、そんなこと……」
その刹那だった。
ついに猫を見つけたギンフが、目にも止まらぬ速さで飛びかかり、捕まえたのは!
「見ぃつけた! へへへ、さぁ……今度こそ」
するとギンフは、腰に差した肉切り包丁で、いきなり猫の腹を斬り裂こうとした。
お――っと! そいつは、いろんな意味でヤバイだろ!
「待て、待て、待て! それは、動物虐待だぞ! ギンフ!」
危険を察知した野良猫は、鋭い爪を立てて、メチャクチャに暴れ出した。
「フギャアァァァアッ!」
「いでぃ――っ!」
ああ、案の定、引っかかれたか……まぁ、当然だわな。
けど、奴が傷だらけになった理由、これでわかったぜ。
野良猫も、ギンフの腕から、かろうじて逃げ去る。よかった、よかった。
けど、問題は――、
「えぇと……大丈夫か、ギンフ?」
俺は、衝撃でひっくり返ったままのギンフに、再度近づき、奴の肩を叩いた。
団員たちも、急いでギンフの周囲へ駆けつける。俺は、またしても押しのけられる。
「副団長! しっかりしてください!」
「ギンフ! どうしてそう、猫にこだわるんだ!」
「きっと、テルセロさんの霊に、取り憑かれたんだ……あの人も、猫、猫、猫って」
「そう、殺される直前にも、猫がどうとか言って、路地裏に……そしたら」
団員たちの会話を聞き、俺は眉根を寄せた。
「猫?」
ナナシが、なにか気づいたようで、俺の衣服の裾をツンツンと引っ張る。
俺も、ナナシのアイコンタクトで、ハッと顔色を変えた。
「あ、リタって猫の名前だったか! それにあんたら、現場に居合わせたんだよな!」
団員の内、腕や足、頭などに包帯を巻いた連中の顔には、見覚えがあった。
事件発生時、テルセロを守ろうとしたものの、奮闘むなしく、犯人に倒された(不甲斐ない)奴らだ。
医療院に入院もせず、すでに自警団本部へ戻ってるってことは、見た目ほど大した怪我じゃなかったんだな。これもまぁ、結果的には、よかった、よかった……と、思いきや!
「なにを白々しい! 黒衣で顔を隠してたけど、アレはお前らなんだろ!?」
包帯巻きの団員の一人が、怒り狂って俺を怒鳴りつけた。俺はまた、頭痛がして来た。
「だからぁ! なんで、そうなっちまうんだよ!」
ここでまた、ナナシがなにか言いたげに、俺の衣服の裾をツンツンした。
どうでもいいけど、この仕草……メッチャ可愛いな。不安げな表情も、青白い頬も、儚げで……もっとやって欲しいけど、今はそれどころじゃねぇか。相手は激怒してるしな。
で、なんだ? ナナシ……ん?
《う・わ・さ》?
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