アンダードッグ・ギルド

緑青あい

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【やっぱ昨日の友は今日の敵】

『4』

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「アフェリエラ。まずは礼を言うよ。けど、どうして嘘をついたんだ。いくら気配を消したって、隙をうかがったって、同室のラルゥの目をごまかすことなんて、並みの女にできるはずねぇ。つまり【六道魔術ろくどうまじゅつ】を使ったんだろ? 確か、六道のひとつに『ニローダ』って術があったよな。完全に気配を消し、身を隠す、いわば隠遁いんとんの術だ。そいつを使って、外に出たんだろ? 眠れないからって、散歩したいからって、女一人で、危険な夜の街へ」
 俺の鋭い指摘と、疑念に満ちた視線を受け、アフェリエラは一瞬、形のよい眉宇をひそめたが、すぐに心底すまないといった感じで、ふかぶかと頭を下げ、真摯に謝罪した。
「申しわけありません……でも、同室のラルゥさまや、チェルさまに、ご迷惑をかけたく」
「だから、嘘はいいんだよ、アフェリエラ」と、俺の追及は続く。
 俺だって、こんな尋問じみたことは、したくないんだけど、気になって仕方ないんだ。
 バティックに言われたことも、かなり引っかかっていたし。
 するとアフェリエラは、顔を紅潮させ、興奮した様子で、弁明しながらしゃくり上げた。
「そんな、ザックさま……私、嘘なんて一言も……眠れなかったのも本当ですし、散歩に出たのも……確かに、女一人で夜の街へ……軽率な行動とは思いますが、でも、でも……」
 大きな碧眼から、これまた大きな涙の粒が、ポロポロとこぼれては落ちる。
 ちょっと、言いすぎたかな……いや、しかし、ナナシを守るためだ! 心を鬼にしろ!
 ところが、泣きじゃくる彼女に代わって、発奮したのはギルドのメンバーだった。
「おい、ザック! そんな言い方しなくたって、いいじゃないか!」
 まぁ、確かに、言い方はキツかったかもしれんが……お前に言われたくねぇぞ、ラルゥ。
「女性を泣かせるとは、最低です! 男の風上にも置けませんね!」
 それそこ、男の風上にも置けないお前にだけは絶対、言われたくねぇな、タッシェル!
「旦那さま……チェルも、酷いと思いまち! 見そこなったでち!」
 おいおい、なんでお前まで泣くんだよ……相変わらず、涙もろいババァだな、チェルは。
「ザックよ。婦女子をいじめるとは……馬鹿とお馬鹿は紙一重だぞ」
 誰がいじめてる? なにが紙一重だ? 大体、間に『お』しか入ってねぇぞ、オッサン。
「そも、彼女が来て、身元引受人になり、保釈金を払ってくれなかったら、僕たちはまだ、あの冷たい獄中だったはずだぞ! なのに、恩を仇で返すとは、仲間として嘆かわしい!」
 ほほぅ……珍しく、シャキッと正論を吐いたが、今度もやっぱ的外れだぜ、ダルティフ。
「べつに、アフェリエラを責めてるワケじゃねぇんだ。ただ、真実が知りたいだけなのさ。俺たちが、殺人事件に巻きこまれている間、あんたが、どこで、なにをしていたのか……」
 俺は、頭のにぶい仲間たちにも話が見えやすいように、あらためてアフェリエラを詰問した。だが、彼女は同じ返答を繰り返すばかりで、しまいには話まですり替えようとする。
「ですから、散歩をしている内、道に迷ってしまい……ああ、それよりも、例のサーカス団員に化けた盗人……彼が、今度の事件の被害者らしいですね? どうしたものでしょう。これでは、宗主さまの大切な秘宝を、取り戻すことが、できなくなってしまいましたわ」
「話をそらすな。まだ、真相を聞けちゃいねぇ」
 俺は、だんだんとイラ立って来た。仲間も、殺伐とした目で見ている……俺を。
 そして、ついに!
「この冷血漢!」
「この恩知らず!」
「この薄情者!」
「このわからず屋!」
「このドスケベ!」
 五人の拳が、一斉に、俺の腹、頭、背中、胸、股間に大打撃を与え……ぐふっ!
 俺はうずくまった。
 どうでも、いいが、最後に、ドスケベって、言った奴……全員の声が、ハモッたせいで、誰が、なにを、言ったのか、聞き取れんかったが、取りあえず、苦悶が引いたら、殺す!
 そんな、苦痛に顔をゆがめる俺を、ナナシが気づかい、そっと背中をさすってくれた。
 やっぱ、こいつ……可愛いぜ。絶対に、守ってやるからな、ナナシ……だが、今はちょっと、待ってくれ……クッソ――ッ! 股間に拳をヒットさせたのは、タッシェルだな!
「あ、あの、大丈夫ですか?」と、心配そうに、俺の顔をのぞきこむアフェリエラだ。
 うぅ、優しい……やっぱ、アフェリエラが事件に関わってると、疑った俺が悪いのか?
 天罰が当たったのか? いや、これは……なにも知らん馬鹿どもの体罰だ!
「お前らぁ……よくも、仲間に対して!」
 すると、俺の恨み言をさえぎるように、ラルゥが冷ややかな口調で吐き捨てた。
「お前なんか、もう仲間じゃないよ」
 なにぃ!?
「そうですね。日頃から、あなたの態度はいけ好かなかったのですが、今度の件が決定打となりました。あなたには、《サンダーロックギルド》を、抜けてもらいましょうか」
 はぁ!?
「うむ、それがよかろ。食い扶持ぶちが減れば、その分、わしらも楽できるしのう」
 お、おい!
「残念だが、そういう結果に至ったぞ、ザック。これも身から出た錆と思い、猛省しろ」
 ちょっと待て!
「チェルは……チェルは……」
 そうだ……お前は、そんな冷たいこと、言わないよな、チェル!
 大好きな『旦那さま』のため、頑張ってみんなを、説得して欲しいでち!
「こいつとは一生、絶交するのが、いいと思うでち!」
 よりによって、『こいつ』と来たぁ――っ! しかも、一番キツイ舌鋒ぜっぽうを……くわぁ!
「み、皆さま! どうか、私ごときのために、喧嘩別れだけは、しないでください!」
 おおっ! アフェリエラ! お前……いや、君が代わりに頑張ってくれるか!
「いいんだよ、アフェリエラ。あんた、本当に優しい人だね……それを、こいつは!」
「まったく、こいつと来た日には、こんなに心根の美しい女性を、泣かせるなんて!」
「気にせんでよいぞ! こいつのような根性悪とは、もう今日限りでおさらばじゃ!」
「こいつには今まで散々、愚弄されたからな! いい気味だ! バカ、馬鹿、ばか!」
 こいつらまで、俺を『こいつ』って言い出したぞ! 畜生っ……もう、許せん!
「わかったよ……もう、てめぇらとは、一緒にやっていけねぇな! クソッたれのお守りには、好い加減、辟易へきえきしてたんだよ! 望む通り、ここからは別の道を行くとしようぜ!」
 俺は、まさしく『売り言葉に買い言葉』で、ギルドのメンバーへ絶縁状を叩きつけた。
 アフェリエラは、オロオロするばかりだ。
「そういうことだってさ。ナナシ。ほら、おいで」
「待て! ナナシは、俺と一緒に行くんだ!」
 ラルゥ、てめぇ……俺から、ナナシまで取り上げるつもりか!
 そうはさせねぇぞ! 俺はナナシの手を取り、慌てて背にかばう。
「ギルドを抜けるってことは、もう事件とは無関係ってことですよね。だったら、ナナシの身柄は、我々が預かるというのが、当然ではないですか? さぁ、ナナシ、こちらへ」
 タッシェル、ふざけんな! お前になんか、絶対にナナシを渡すモンか!
 俺は、ナナシの手をにぎる手に、グッと力をこめた。すると、ナナシも俺の手を、にぎり返して来たんだ!
 ナナシ……俺を、選んでくれるのか? こんな俺を……う、涙が!
「ナナシたん! 早く、こっちに来るでち! じゃないと、んん――っ!」
 ヤ、ヤバい! 言霊を使う気だな、チェル! そうなったら、もう俺に、あらがう術はない! その上、前にも説明したが、舌足らずで、むずかしい呪禁を唱えるため、必ず噛んで、とんでもない結果をもたらすんだ! クソッ……どうすりゃいいんだ、ナナシ!
「「「「ナナシ!?」」」」
「んん――っ、ナナシたん!?」
 ギルドのメンバーは、驚倒している。
 なんと、武器を手に手に、一触即発だった俺たちの間へ、ナナシが割り入って、俺をかばうように、両手を広げたんだ! ああ、ナナシ!
「ナナシ……あんた、ザックのそばにいたいのかい? そんな、冷血漢のそばに……」
「ナナシ……お前さん、わしらを裏切るつもりか? そんな、薄情者の肩を持って……」
「ナナシ……あなた、私たちの信頼を踏みにじってでも、そんな、恩知らずを……」
「ナナシたん……仲間は多い方がいいのに、そんな、わからず屋だけ選ぶでちか……」
「ナナシ……そいつと一緒にいると、今後は、どんな危険な目に遭うか、わからないぞ」
 ああ、よぉくわかったぜ、ダルティフ。無論、ドスケベの件な。
――ドカッ! ゴスッ! ゲシッ! バキッ! ガツ――ンッ!
「うごげぎがっ!」
 俺は、五人分の怒りで満ちた鉄拳制裁を、ダルティフ一人に加えてから、ナナシの手を取り、仲間に背を向けた。 
 いや、もう仲間じゃなかったな……今後は、敵だ! 弱敵だ!
 ギルドのメンバーも、気絶した馬鹿侯爵を引きずり、さっさとその場をあとにする。
「ザックさん、ナナシさん……」
 アフェリエラだけが、さも不安げな眼差しで、夜明けの街へ消えていく、俺とナナシの後ろ姿を見送ってから、ラルゥに呼ばれ、慌てて奴らのあとに従ったそうだ(後日談)。
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