アンダードッグ・ギルド

緑青あい

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【馬鹿とカラスは使いよう】

『6』

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「な、なんだい!? あれは!?」
 騒乱大好きなラルゥでさえ、思わずうろたえる。
「雨雲……いや、この羽音は……」
 タッシェルは片眼鏡を光らせ、空を炯々けいけいと睨む。
「ぶえっ! 顔になにか、降って来たぞ!」
 ベチョッ……ダルティフに、くせぇモンが直撃だ。
「それこそ神罰……空からボタ餅ですじゃ、若! おお、常の傲慢さが仇になりまたな!」
 オッサンは相変わらず、主人けなしに余念なし。
「馬鹿! くだらんことわざで、ふざけてる場合か! あれは……カ、カラスの大群だ!」
 俺は俺で、その黒いなにかの正体に逸早く気づき、声を荒げた。そう……黒いなにかの正体とは、雨雲でも、神罰でも、当然、ボタ餅でもなく、空をおおうほど大量のカラスだったのだ! 密集して飛ぶから、まるで大群自体が、一羽の巨大なカラスにも見えるぞ!
 だが、しかぁし! ここからが、本当の驚きの始まりだ!
 馬鹿全開の、誤解、誤答、誤信の数々で、俺は仲間の人格まで疑いたくなったぜ!
「お、お前ら! よりによって、カラスなんかに雇われてんのか!」
 これ、ダルティフ発言。信じられないって顔で、山賊どもを見ている。
「もっと、人間としての自尊心を持ちなよ! こんなの、哀しいじゃないか!」
 これ、ラルゥ発言。苦り切ったしぶい顔で、山賊どもを叱咤している。
「せめて、ごっちゅくて、おっきくて、強そうなクマちゃんなら、納得できるでち!」
 これ、チェル発言。何故か憤慨した様子で、山賊どもを怒鳴っている。
「おお、カリダ神よ! この迷える子羊……というより、狼の群れたちに、正常な判断ができる脳ミソを、与えてやってください! あまりにも不憫で、正視にたえられません!」
 これ、タッシェル発言。大袈裟に天を仰ぎ、山賊どもを憐れんでいる。
「カラスを馬鹿にしてはいかん。ヤツらは、ここにおわす若より、よほど知能が高いのだ」
 これ、オッサン発言。隣にいる主人を指差し、山賊どもを睨んでいる。
「ゴーネルス! 好い加減、僕をこき下ろすのはやめろ! 本気で父上に言いつけるぞ!」
 で、一巡して、また、ダルティフ発言。ま……そりゃあ、怒るわなぁ。
「……って、おい! 馬鹿話してる場合じゃねぇって! 危ねぇ、伏せろ!」
 俺は、ハタと我に返り、仲間へ危急を報せた。直後!
――ギャア、ギャア、ギャア、バササササッ!
 けたたましい啼き声とともに、カラスの大群は一斉に俺たちへ向け、襲いかかって来た。
 辺りは、カラスの啼き声と羽音、黒い翼影で埋め尽くされ、完全にブラックアウト!
 つうか、目を開けてられねぇ! 下手すると、カラスに目玉を突っつかれる!
 だってすでに、俺たちはみんな、カラスにあちこち突かれ、爪で引っかかれ、傷だらけなんだぜ! その上、奴らの捨身的な体当たり攻撃で、アザだらけ……まさしく、カラスの大嵐だ! いくら振り払っても、効果なし! 俺たちは、黒い渦に撹拌され、モミクチャにされ……悲鳴を上げて、無様に逃げ惑うことしか、できない有様だったんだ! 畜生!
「「「うわぁあぁぁあぁぁぁあっ!!」」」
「嫌ぁ――ん、でち! 旦那さま、助けてでち――っ!」
「痛ててっ……畜生! 何千羽って、いやがるぞ! うげげ、また来た――っ!」
 さらに遅れて、援軍のカラスも飛来し、俺たちを襲う総数は、優に一万を超えた!
 しかも、わずかに開いた視界の隅で、そんな逼迫した俺たちの様子を、山賊どもが嘲笑っているのが見えた。こちらは、さすがに子分だけあって、まったく被害をこうむらない。
 クッソ――ッ! カラスのクセに、ホント利口だな! いや……先刻、オッサンの言った通り、そもそもカラスってのは、利口な生き物だ。切羽詰まった挙句、イガイガ付きのメイスを、仲間相手に振り回す馬鹿侯爵とは、比べ物にならんくらい、頭がいい鳥なのだ。
「きぇえ――っ! 僕の自慢の巻き毛を、メチャクチャにするなぁ――っ!」
 だから、ダルティフ! 俺に殴りかかるな! 狙い目のカラスには、悠々と逃げられてるじゃねぇか! ったく……しょうがねぇから、俺も本気で馬鹿侯爵の腹に蹴りを入れた。
「危ない、ザック!」
 へ? なんだ、ラルゥ?
 これだけの危険の渦中にあって、この上まだ危険があるって、なに!?
 なぁんてことを、思っていたら……次の瞬間!
「ぐっ……」
 懸念していたことが、真実になった。
 カラスが突貫して来て、その鋭い口ばしが、俺の左目を直撃したのだ!
 俺は、おびただしく血を流し、その場にうずくまった。
 いてぇ……猛烈に、痛ぇえ――っ! それに、血でかすんで、なにも見えねぇ!
「「「ザック!!」」」
「旦那さま!」
「なんと……大丈夫か!」
 大丈夫……な、ワケねぇだろ! こちとら、失明の危機だぞ!
 畜生……痛いし、熱いし、つらいし、もう……お先真っ暗だぜ!
 俺の、冒険者人生も、これでお終いか……と、その時!
――ザザザザザッ……ギャア、ギャア、ギャア!
 相変わらず、うるせぇな! この、クソガラスどもめ! ん……? いや、だけど……無事だった右目を開けて見ると、カラスが攻撃をやめ、一斉に天空へ引き上げて行くぞ?
「カラスが……去った?」
「いきなり、どうしたのじゃ?」
「不可解ですね。あるいは、次の攻撃に向け、態勢を整えているのでしょうか?」
「なんにせよ……ああ、助かった……」
「いいえ、旦那さまは……ああ! 酷い大怪我でち!」
 チェルの悲鳴で、仲間たちも俺の惨状に気づき、慌てて駆け寄って来た。
 俺はというと、激痛のあまり、左目を押さえたまま、うずくまったままだった。
 そんな最中さなかに、またまた驚くべき人物が登場し、俺に辛辣しんらつなセリフを投げかけた。
「JADの信者には、当然の報いさ」
「「「お、御頭!!」」」
 その人物の出現で、獰猛どうもうな山賊どもに、ピリッとした緊張感が走った。
 一斉に頭を下げ、あるいはひざまずき、その人物に恭順きょうじゅんの意を示す山賊ども……しかし、その人物を、右目で確認した途端、俺は思わず痛みも忘れ、頓狂とんきょうな言葉を発していた。
「御頭!? こいつが、御頭!?」
 そこに立ち現れた人物とは、まだ幼さの残る少女だったのだ。多分、十二歳前後のガキ。
 な? 驚くだろ? 無論、ギルドの仲間たちも、俺以上に、驚きを隠せなかった。
 少しばかり、的外れな奴(ダルティフな)も、いたにはいたが……。
「お前たちの御頭って、カラスじゃなかったのか!?」
 だが、少女の肩には、大きな嘴太はしぶとガラスが、まるで置物みたいに、大人しく乗っかっている。少女は、短い黒髪に革の額当をし、色白で唇はあざやかに紅く、大きな黒い瞳が印象的で、とにかく端整な顔立ちをしていた。これは、かなり将来有望だぞ。それが、なんでまた、こんな野卑で薄汚い山賊の御頭なんか、してるんだ? うぅむ……謎が深まる。
「どう見ても、未成熟な子供ではないか!」
 そうなんだよな、確かに……ガキなんだよな。
「これはこれで、驚きですね! しかし、将来有望な顔立ちです!」
 うえ! またしても色魔神父と、意見が合致しちまった! ヤベエ……俺の品格が……。
「えぇ――ん! よくも、チェルの大事な旦那さまに、怪我させたわねぇ――っ!」
 ま、待て! チェル! 俺を思ってくれるのは、それなりにうれしいんだが、言霊だけは唱えてくれるな! この上、どんな災難が降りかかるか、考えただけで悪寒が走るぜ!
 するとタッシェルが、俺の血まみれの顔を冷静にのぞきこみ、冷淡な言葉で言い捨てた。
「困りましたね……ザックがこれでは、JADの本部に乗りこむことも、難しくなりました……このままでは、ナナシはとにかく、アフェリエラさんの貞操……いや、命が危ない」
 ところが、だ!
 タッシェルの言葉を聞くや否や、顔色を変えたのは、〝御頭〟の方だった。
「乗りこむ……だって? お前ら、JADの信者じゃないのか?」
 怪訝な表情で、俺たちを睨む少女だ。
 すかさず、ダルティフが否定文を、つらつらと並べる。
「そんなワケ、ないだろう。僕は、誇り高きバニスター侯爵家の……」
「わしらは、JADにさらわれたかもしれん仲間を、救出に行く途中だったのじゃ」
 と、思ったら、あっと言う間に横からオッサンが口をはさみ、ダルティフのセリフをさえぎった。だが、これこそ決定打だったらしく、可愛い〝御頭〟は、愕然と目を見開いた。
「な、なんだって!?」
 いや、御頭だけじゃない。他の山賊どもも、ザワザワと色めき立っている。
「そんな……だって、さっきは確かに、JADの信者だと……」
 副首領とおぼしき、スキンヘッドタトゥーマンが、悄然とし、目を丸くしている。俺は痛みをこらえて立ち上がり、山賊【ヴァルガー団】の面々に、事情を説明してやった。
「俺たちは、首都マシェリタから来た、《サンダーロックギルド》の冒険者だ! JADにさらわれた可能性が高い、仲間を助け出すため、サンデッドの森に向かっていたんだが、道に迷い……そこへ、お前らが現れ、JADの名に過剰反応を示したから、信者と思わせりゃあ、ビビッて道を開けてくれるんじゃねぇかと、あえて嘘をついた……それだけだ!」
 そこまで言って、俺はまた、激痛に顔をゆがめ、流血おびただしい左目を押さえた。
 うぅ……こりゃあ、やっぱ、失明は確実だな……クソッ! なんてこったよ!
 すると、俺の話を黙って聞いていた御頭が、そっと俺に近づいて来た。
 仲間はみな、俺をかばうように身がまえ、山賊はみな、御頭を気遣うように身がまえた。
 とくにチェルは、俺に妙な真似をさせまいと、御頭の進路を阻もうとしたが、少女の肩口から勢いよく飛び立ったカラスに(多分、こいつが大群の親分なのだろう)飛びかかられ、悲鳴を上げて逃げ回った。その隙に、御頭は俺の肩に手をかけ、顔を上向けさせた。
「あんた……しっかりしな。その傷、よく見せて……」
 俺は一瞬、その手を振り払おうとしたが、何故かそれはできなかった。
 どうしてなのか、自分でもわからない……ただ、少女の姿に、誰かの面影が、ホンの一瞬だが、よぎったような気がしたんだ。健気で、穏やかで、静謐せいひつで、優しい眼差しに。
 少女は、さらにこう言った。
「安心しな。この俺が、ちゃんと治してやる」
 そして、唐突に俺の傷ついた左目へ、唇を押しつけたんだ!
 呆気に取られる俺、ラルゥ、オッサン、ダルティフ、タッシェル、そしてチェル。
 それというのも、少女が口づけた途端、俺の左目は青白い光を放ち、痛みは薄れ、見る見る内に、視力が戻っていったからだ。つまり、傷口が完全に、ふさがったってコト!
 周囲で見守る山賊どもからは、羨望の眼差しが集中し、深いため息がもれる。
 やがて、少女が唇を離した時、俺の左目は再生され、最早、なんの傷みも感じなかった。
 少女は、ホッと安堵し、俺の頬を伝う血を、自分の袖口でぬぐうと、ニッコリ微笑んだ。
「へぇ……綺麗なバイ・アイじゃないか。元に戻って、よかったな」
 俺は呆然自失……代わってラルゥが、目をしばたかせながら、声を荒げた。
「その力……まさか、【六道魔術ろくどうまじゅつ】!?」
 けれど、その疑問は、即座にスキンヘッドの副首領に、否定された。
「いいや、御頭は【神通力】の持ち主なのさ」
「「「「神通力だって!?」」」」
 これには、心臓に毛の生えたラルゥだけでなく、無神経なギルドメンバー全員が、驚愕した! かく言う俺も……ってか、当事者であるこの俺が、誰よりも一番、驚いていた!
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