アンダードッグ・ギルド

緑青あい

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【馬鹿とカラスは使いよう】

『7』

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「御頭が、その可愛らしい唇で触れ、息吹を送りこむと、それだけでな……どんな怪我も病気も、立ちどころに治っちまうのさ! どうだ、すげぇだろ! 精々、感謝しろよ!」
 おい、こら! その上からな物言い……なんかすげぇ、腹立つぜ!
「しかしのう、お前さんが、カラスを使役しえきしとったんじゃろ?」
 まったくだ! 驚きだが、人迷惑な特技だぜ! おっと、またふんが……危ねぇな!
「そうでち! あんたのせいで、旦那さまは、大事なオメメを失うトコだったでち!」
 その通り! よくぞ言ってくれたな、チェル! さすがは、俺を慕う妖精ババァだ!
「だって、仕方ないじゃないか! お前ら、JADの名を出し、嘘をついたんだから!」
 こら! 開きなおるなよ、小娘! お前のせいで、ホントに危なかったんだからな!
 すると、タッシェルが穏やかな口調で、山賊首領の小娘に、こんなことを問いかけた。
「お嬢さん、どうしてそんなに、JADを敵視するのですか?」
 お嬢さんねぇ……こんなヤツ、小娘で充分だ! ……とは、思いつつも、結局こいつのお陰で、目は治ったワケだし……畜生、怒るべきなのか、感謝すべきなのか、わかんねぇ。
「それは……お前らには関係ない!」
 あ、やっぱ怒る! クソ生意気なガキだな! 誰かさんとは、大ちがい……ん? 誰かさんて、誰のことだっけ? なんか、懐かしいような、切ないような……妙な気分だぜ。
「取りあえず、名乗りなよ。それくらい、礼儀ってモンだろ」
 いや、ラルゥ……こっちだって、名乗ってねぇし、それは礼儀とかいう問題じゃねぇぞ。
 ところが小娘は、俺の方を見、多少悪いと思ったのか、小声でボソッとつぶやいた。
「……ニーナ」
 ニーナ……ふぅん、なかなか可愛い名前じゃねぇか。いや、名前だけだぞ、名前だけ!
「へぇ、いかにも田舎臭い上、野暮ったい名前だな」
 だから……頼むぜ、ダルティフ! これ以上、山賊どもを刺激してくれるな!
「なんだと、この野郎!」
「俺たちの御頭を、馬鹿にしやがんのか!」
「許さねぇぞ! 今すぐ、謝れ!」
「さもねぇと……てめぇら、今度こそ、ぶっ殺すぞ!」
 ほらな! こうなる! 馬鹿一人のせいで、調和が乱れる! 少しは、いい方に向かってたってのに……どこまで、空気が読めないダメダメ野郎なんだ! チキンのクセに!
「ええ、まったく、その通りですね、若。こんな無礼者、いたぶってくれて結構じゃぞ」
 オッサン、よく言った。今回ばかりは、お前の冷酷非道さに、拍手喝采を送るぜ。
「ゴ、ゴゴ、ゴーネルス! ちがう、今のは……その、可愛い名前だと思ったが、照れて言いづらかっただけだ! いやぁ、お嬢さん……実に、魅力的な名前だ。ニーナか、うん」
 ダルティフも、迫る危険をやっとこ察知したらしく、慌てて発言の撤回にいそしむ。
 しかし、ニーナの眼差しは、氷のように冷たく、ナイフのように鋭かった。
「お前さ。今度、呼びつけにしたら、殺すよ」
 うわ、ヤバイくらいマジな目だ。ダルティフ、ここでも嫌われたな。
「いや、照れなくてもいいぞ。僕は君たちとちがって、寛大だからな。ハハハ」
 ああ……まただ。
 今度はダルティフ、馬鹿侯爵でも、嫌われ者でもなく、〝勘気に触れる達人〟と呼ばせてくれ。けど、こんなことでは話が膠着こうちゃくしちまって、まるで先に進まない……仕方ねぇな。
 俺が口ぞえしてやるか。頭痛がして来たし、早いトコ、このくだりを終わらせたいぜ。
「もういい。馬鹿は放っといて、どういうことか、ワケを聞かせてくれよ、ニーナ」
 ニーナって、ヤベ! うっかり、呼び捨てちまった! だが、ニーナは、さして気にする風もなく(やっぱ、嫌なのはダルティフだけか)、うつむき加減で、唸るように言った。
「JADは、俺の親父を殺した、憎い仇だ!」
 ははぁ、なるほど、そんなトコだろうと思ったぜ……ま、口に出すほどアホではないが。
「あぁ」
「へぇ」
「ほぉ」
「よくある話でち」
 だから、下手につつくなっての! ニーナが、凄い目で睨んでるぞ! それでなくても、山賊の手下以外に、カラスの大群まで敵に回しそうで、怖い……いや、まずいんだから!
 どうしてこうも、アホぞろいなんだ、このギルドは!
「つまり、山賊の頭だった父上は、悪事を咎められ、処刑され、それを逆恨みして、今度は自分が頭の座に着き、先代からの手下である山賊とともに、JADと一線交えるための、軍資金集めに奔走していたと……なるほど、よくわかりました。しかし、そのために罪なき旅人を襲い、金品を略奪し、挙句、女性まで襲おうとは、あまりに無慈悲なやり口です」
 おぉい、タッシェル神父どの? 卑劣なあなたが、どの口でそんな正論を吐けますか?
 それは、普段のお前が一番、考えつきそうな、下衆なたくらみじゃねぇか!
 けれどニーナは、タッシェルのセリフの後半に、敏感に反応し、手下どもを見回した。
 全員、青ざめた顔をうつむける。目を合わせまいと、視線を泳がせる。
「なんだって? 女を襲う? 誰がそんなこと、言い出した!」
 御頭ニーナの勘気に触れて、山賊どもは一斉に、髭面の肥満漢を指差した。
 こうも簡単に、仲間から裏切られるとは……なんか、憐れなヤツ……けれど、ニーナは容赦しなかった。上空を旋回していた、カラスの大群を再び差配し、肥満漢を襲撃させる。
「モク! 制裁だ! あいつを餌にしてしまえ!」
――ギャアッ!
 ニーナの肩に、いつの間にか戻って来た大ガラス《モク》は、ひときわ高く啼き、上空で群れるカラスの子分たちに合図した。刹那、カラスの大群は、一糸乱れぬ行動で、肥満漢めがけて下降して来た。その素早さたるや、統率力たるや、うぅむ……恐ろしい!
「ひぃいっ……御頭! どうか、お助けをぉお――っ!」
 ああ、なんと憐れ……肥満漢の山賊は、カラスの大群に襲撃され、あっと言う間に血まみれ肉塊と化した。突かれ、引っかかれ、体当たりされ……目玉はくり抜かれ、髪は引き抜かれ、皮膚は食い千切られ……見るも無残な制裁だった。なるほど、屈強な山賊どもが、こんな小娘に隷属してる理由が、よぉくわかったぜ……実際、俺も痛い思いしてるしな。
「モク、もういいよ」
――ゲコッ!
 嫌な声で啼き、カラスの御頭モクは、子分たちを差配し、散会させた。おびただしい数の黒い羽だけ残し、カラスの脅威は、ようやく去ったようだ。しかし、山賊どもはすっかりおびえ、冷や汗をかき、ガタガタと震えている。無論、俺たちギルドのメンバーも……。
「おお、なんと凄まじい……おや、若? 大丈夫ですか? 青ざめ、目を見開き、ブルブル震え、脂汗をかいて……だいぶ、お加減がわるそうですぞ? 風邪でもひきましたか?」
「シャオンステン、あなたともあろうかたが、〝馬鹿は風邪ひかない〟のことわざをお忘れですか? 侯爵どのは、あまりの恐ろしさに、到頭、失禁し、脱糞し、それをどう隠そうかと、懊悩おうのうしておいでなのです。しかし、心配要りませんよ、ダルティフ。すでにみんなが、気づいていますから。今更、あなたの小心軟弱ぶりを、嘲笑うほど野暮ではありませんよ」
「マジか、ダルティフ! 脱糞までしたの! ケッサクだね! アハハハハ!」
「剣士さま、思いっきり馬鹿にして笑ってるでち……でも、ウンチまでもらすなんて、最悪でちよ、侯爵さま! もう二度と、そばに寄りたくないでち! 嫌いレベルが、一気に百は上がったでち! そういえば、なんだか臭って来たでちよ……嫌ぁ――んでち!」
 始まったよ……相も変わらず、呑気でクソくだらねぇセリフの応酬が。その上――、
「な、なぁ……ザック。〝だっぷん〟って、なんだったかな? も、勿論、本当は知ってるんだが、このところ、ド忘れが酷くて……僕、そんなにまずいことした覚えは、ないんだけどな……みんなの視線が、ヤケに冷たく感じられるのは、その……気のせいだよな?」
 ダルティフが、不安そうな目で、コッソリ俺に問いかけて来る。
 なんだかなぁ……俺は無性に、面倒臭くなっちまった。で、適当になした。
「大丈夫だ、ダルティフ。お前は、最悪指数を表す、脱糞レベルに、まだ到達していねぇ。けどま、いずれはそこを目指してるんだろうから、精々頑張ってくれや。応援はしねぇが」
「そ、そうか! つまり、高レベルを表す言葉なんだな! さすがは、僕だ!」
 はいはい、さすがは天下一品の馬鹿ボンですな。勘ちがいも、ここまで来ると逆に清々しいぜ。これだけの敵意や悪意に囲まれ、よくもまぁ、そこまで自分をアゲられるモンだ。
 俺としては、どうでもいいことだけどな。俺の意識は、すでにちがうところにあったし。
「それより、あいつ……丁重に葬ってやれよ。一応は、あんたの手下なんだろ?」
 俺は、カラスの制裁を受け、無惨に死んだ肥満漢の血まみれ遺体を指差し、ニーナに言った。余計事とは思いつつも、俺だって相当、痛い思いしたからな……同情しちまうぜ。
 するとニーナは、さも意外そうに目を見開き、俺を見た。
「え?」
 俺はついでに、先刻の『神通力』とやらのことにも触れた。
「それと、目の件も一応、礼を言っておくぜ。なんか、気乗りはしねぇが、ありがとよ」
 あれ? ニーナ、どうしたんだ? なんで、黙りこむんだ?
 俺も、ダルティフみたいに、まずいこと言ったか?
 そんな赤い顔して、なにを怒ってるんだ?
「「「御頭……赤くなってる」」」
 手下どもも、頭の異変に気づき、なにやらささやき合っている。
 チェルはチェルで、面白くなさそうに唇をとがらせている。
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