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【犬の手も借りたい】
『4』
しおりを挟むその日の夕方、俺たちギルドの面々は、ギンフから聞いたカルディン大通り西の貧民街にあるという、事件現場へ向かっていた。途中、屯所の前を通った際、国家保安院の顔なじみ《アーマンド・バティック》捜査官と会ったので、現場まで同道することとなった。
ギンフの話も、レナウスの話も、アヤフヤではっきりしないからな。ここは事件の担当者であるバティックに、色々聞きこんでおいた方がよさそうだ……と、俺が提案したのだ。
夕闇迫るレンガ造りの街並みは、観光をおもな資源とする首都マシェリタの、景観美を引き立てている。地区によってレンガの色は多彩に異なり、カルディン地区一体は、黄色レンガで統一されている。他にも、赤レンガ街、白レンガ街、黒レンガ街、灰色レンガ街など……ちなみに、俺たちのサンダーロックギルドがある地区は、青レンガ街だ。しかし、これはあくまで、観光旅行者相手の、表の顔であり、表があれば当然、裏の顔も存在する。
貧民街や罪人街、病人街や私娼窟など、あまり表沙汰にできないダークサイドが、各所に点在しているのも事実だ。そして今度の被害者は、そんな貧民街のひとつで発見された。
「ここだけの話だぞ」
バティックは、厳格な口髭や鋭い眼差し、エラの張ったいかつい顔に似合わず、かつて一度たりとも「ここだけ」で、すんだことのない話を、ペラペラと雄弁に語ってくれた。
「ああ、わかってるって」
「勿体つけるな。早く話せ」
気短なラルゥに急かされ、バティックは神妙な面持ちで話し始めた。
「今度の事件で、被害者は五人目だ。悔しいが、犯人の目星も、動機も、まったくわかっていない……被害者も、娼婦、チンピラ、行商人、香具師、そしてホームレスと、年齢性別職種に人種階級、すべてがバラバラ。なんの接点も見つからず、我々捜査官も困窮していたところなのだ。君たちが手伝ってくれるというなら、喜んで情報提供しよう。現状では、猫の手も借りたい……おっと、失礼。今の言葉は忘れてくれ。無論、謝礼ははずむよ」
猫の手も借りたいは失礼だが、それでも他の捜査官に比べれば、バティックは俺たちのような、賞金稼ぎまがいの冒険者崩れに対しても、威圧的な態度を取らないだけいい方だ。
「それは当然だ。僕たちが貴重な時間を割いて、間抜けな捜査官に知恵を貸し……ふぐ!」
逆に尊大きわまりない態度で、エラそうな口を利いたのはダルティフである。すぐさま、タッシェルとオッサンが両隣から、空気の読めない馬鹿侯爵の腹に肘鉄を喰らわせ、無理やり黙らせる(どうでもいいけど、オッサンは少し、手加減してやるべきじゃねぇか?)。
「こちらこそ、失礼を」
「単細胞は放っておいて、話の先をお願いする。『時は成金』というからのう」
その諺、ちょっと……いや、かなりちがうぞ、オッサン。その上、いくら馬鹿でも、いけ好かなくても、主君を〝単細胞〟呼ばわりは、さすがに如何なものかと思うが……まぁ、いいか。
こいつらのくだらねぇたわむれに、つき合ってやるのもアホらしい。時間の無駄だしな。バティックも侯爵のことなど、ハナから相手にしていないようで、淡々と先を続ける。
「ただね、被害者全員に、共通している点が、二つだけあったのだ。ひとつは、五人いずれも体の一部分が切断され、持ち去られているということ。そして、もうひとつは……」
そこで一呼吸おき、バティックが明かした事件の内容は、俺たちをいよいよ驚倒させた。
「五人全員の体に、致命的な傷が、七ヶ所もあったということだ」
「なに!? 全身に、七ヶ所の傷だって!?」
俺は仰天し、思わずナナシの顔を凝視してしまった。ナナシも驚き、目を丸くしている。
「ナナシたんと、同じでちね。しゅごい奇遇でち」
「チェル。これは多分、偶然じゃないよ。そうだろ、ナナシ」
「うむ。そもそも、この事件の解決依頼を選んだのは、ナナシだしのう」
「予見というヤツでしょうか……どうやら、ナナシの正体が、見えて来ましたね」
「なんと! つまり……こいつが犯人か!」
「「「なんで、そうなる!!」」」
あまりにも、見当外れなダルティフのセリフに、今度は全員でツッコんだ。
バティックも呆れ、広い額を片手で押さえながら、ため息まじりに言った。
「犯人は多分、複数犯。しかも、いずれ劣らぬ武術の使い手。このように、ひ弱でか細い少年が、犯人であろうはずがない。相変わらず、そそっかしい御仁だな、この侯爵どのは」
そそっかしい、か……物は言いようだな。筋金入りの犯罪者をもビビらす強面のワリに、意外と優しい心づかいのできる奴なんだな、バティック。見なおしたぜ。けど、今は……、
「おい、ナナシ! 大丈夫か? 顔色が悪いぞ?」
俺は、黄色レンガの壁にもたれ、うつむいたままのナナシが気がかりで、肩を叩いた。
「なにか、思い出したのではないですか?」
タッシェルもナナシの異変に気づき、シロシロと顔をのぞきこむ。けど、面白がってるとしか思えない……そういうやり方は失礼だぞ、タッシェル!
一応、仮にも、難はあっても、【聖エンブリヨ教会】に在籍している神父なら、もう少し弱者の心に寄り添えよ!
すると、俺の鉄拳がうなる直前、見かねたバティックが、さりげなくタッシェルを後退させた。そうして、ナナシの背をさすりながら、的確で明晰な推理を俺たちに語り始めた。
「こういうことじゃないかね? この記憶喪失の少年は、事件の被害者の一人だった。しかし奇跡的に命を取り留め、現場から逃げ去り、レナウス君に救われた。だが、悲惨な体験と犯人への恐怖から、記憶を失い、さらに声まで出なくなってしまった。レナウス君の報告によれば、医者を呼んだ際、彼の声帯も調べたが、とくに異常はなかったと言うからね」
えぇえ!? 声が出ないのは、生まれつきじゃなかったの!?
なんだよ、レナウス! ナナシの声のことまでは、話してくれなかったじゃねぇか!
でも……本当に、そうだとしたら、なんて憐れな奴なんだ……ナナシ。
そうこうする内に、俺たち八人は、最後の犯罪現場である、カルディン大通り西の貧民街一角、『ドブ板横丁』とやらに到着した。しかし、なんともはや……薄汚い場所なんだ。
住んでる奴らには悪いが、不衛生なことこの上ない。しかも、猛烈に臭い。
二メートル弱のせまい通路をはさみ、両側に並ぶ家屋……いや、掘っ立て小屋は、どれもボロけて、ゆがんで、今にも倒壊しそうだし、生活用水だけでなく、汚水まで垂れ流しだし、蠅はブンブン飛び回ってるし、戸口からこちらをのぞいてる面々も、垢染みて髪はボサボサ、衣服はズタズタだし……ここまで来ると、最早、人間の生活圏とは思えない。
失礼を承知で、はっきり言うけど、豚小屋の方が、まだマシだ。
だが、ラルゥとオッサンは、横丁奥の立ち入り禁止区域を前に、小躍りして喜んだ。
「完璧だね。現場到着と同時に、事件はほぼ解決じゃないか」
「うむ。ナナシは生き証人。犯人の顔さえ思い出せば、此度の依頼は成功じゃな」
おいおい、気が早すぎんだろ!
さっきのは、あくまでバティックの憶測で、本当かどうか、まだ確定したワケじゃないんだぞ! ナナシに、妙なプレッシャーをかけんなよ!
「金も、女も、名声も……九分九厘、いただきですね」
金と名声はわかるが、女って……そもそも、お前! 聖職者だろって!
「クブクリン? それは、どんな食べ物だ? 美味いんだろうな?」
「それはもう、大変な美味です、若。一度食べたら、舌がトロけて、なくなります」
そんな危険な食い物あるか! クソくだらねぇ戯言は、好い加減よせや、オッサン!
「で、ナナシたん。犯人は、どんな人でちた?」
ぐお! いきなり直球だな! しかも剛速球かい!
「さっさと思い出しな。まだ、近くにいるかもしれないよ」
うげ! それは禁句だろ! ナナシを怖がらすな!
「周囲をよく見回してみろ。犯人は現場に舞い戻ると言うからのう」
どわ! 口の利き方に注意しろ! ぶっ飛ばすぞ!
「あるいは、向こうでもあなたに気づいて、命を狙っているかもしれませんよ」
ひえ! どこまで鬼畜なんだ! 神罰よ、当たれ!
「それは怖い……いや、僕じゃなく、お前が怖いだろ! もう一度、殺される前に吐け!」
馬鹿! 怖いのはお前だ! その震え方、病気か!
つぅか……お、お、お、お、お前らぁ! どこまで、無神経なんだぁ――っ!
「あのな、お前ら! 少しは、ナナシの身になって……」
と――その時であった。
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