アンダードッグ・ギルド

緑青あい

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【犬の手も借りたい】

『3』

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「いいじゃねぇか、レナウス。そう、あせらなくたって……なぁ」
「だけどねぇ……どうもその子、重大な秘密をかかえているようで、気がかりなんだの」
 まぁ、確かに……早いトコ、思い出してくれた方が、本人のためにも、俺たちのためにも最善なんだろうけどさ……あ、そうそう。お前は別に、文句も言わねぇから、ウヤムヤにしちまってたけど、そもそも、お前の名が《ナナシ》になった由来、知りたくねぇか?
「そりは、ナナシたんの体に秘密があるでちよ」
「そう、全身の七カ所に、致命的な傷跡があったからだとさ」
「つまり、名前がないという意味の《ナナシ》ではなくて……」
「七回殺しても、あるいは自害しても、死なない《ナナシ》なのです」
「ま、わしらがこの目で、確認したワケではないから、なんとも言えんがな」
 オッサンの疑念に満ちた眼差しを受け、レナウスが憮然と言い返した。
「なんだの、おどれら。このレナウスの言葉を、信用していないってのかい?」
「そうじゃねぇよ。たださ……ナナシって、どっちかっつぅと、小柄だし、若いし、可愛い顔してるし、そういう血生臭い事件に、巻きこまれるようなタイプにゃあ、見えねぇからさ。背はチェルと同じくらいだろ? 年は十五、六ってトコか? で、性別は……女」
 俺は、お前の顔をしげしげと見つめながら、感じたままを口にした。
 途端に、お前は困惑した表情となり、レナウスは苦笑まじりに首を振った。
「馬鹿だね、ザック。男だよ。立派な息子がついていたわい。ヤレヤレ……そんなこともわからないで、身元不明の少年を、連れ回しているのかね。危険な任地を……無責任だの」
 男!? 男だったのか!? ま、まぁ……そう言われれば、そう見えなくもないか。
 しかし、レナウス! もう少し、言葉の選び方を考えろ!
 ナナシが、うつむいちまっただろ! しかも、俺を馬鹿呼ばわりしやがって!
「うるせぇ! それを言うなら、ナナシを俺たちに押しつけた、あんたの方が、よっぽど無責任……いや、すまん。また余計なこと言っちまった……気を悪くすんなよ、ナナシ」
 いけね、まただ……俺も軽率だよな。言葉の選び方を、まちがったぜ。ホント、すまん。
 あぁ、なのに、お前っていいヤツだよな。こんな俺に、微笑みかけてくれるか。
「ナナシは、人好しすぎますね。あまりザックを、甘やかさないよう、お願いします」
 冷血漢のお前は、ナナシの優しさを、爪の垢ほどでも学ぶべきだと思うぜ、タッシェル。
「こいつは、すぐ調子に乗るからな。馬鹿とスベタは楽できん」
 だからぁ、意味わからんって。馬鹿とスベタに、どんな関連性があるんだよ、オッサン。
「「ともかく、注文は承りました。どうぞ、ご武運を」」
 こら、パドゥパドゥ! 勝手に決めるな!
 俺はまだ、メニューを全部、見てねぇんだぞ!
 ところがだ。双子が俺の手から、涼しい顔で無理やりメニューを取り上げ、厨房へ引っこむのと入れ替わりに、酒場の扉が勢いよく開き、またしても厄介ごとが飛びこんで来た。
「てぇへんだ! てぇへんだ! 今度こそ、本当にてぇへんだ!」
 ガヌーク地区第三自警団の副団長を務める《ギンフ》である。
 こいつは【ゾラ】からの渡来人で、奇妙な言葉使いをする。
 ま、それがゾラ人すべてに当てはまる普遍なのか、こいつだけの特殊なのかは、比較物件がねぇから、なんとも言えねぇが(なにせ、他国との行き来が、きわめてむずかしい世界だ。不定期の飛行船か、法外な手間賃のかかる竜使いが頼みだ。だから、一生の内に渡来人と出会えること自体、珍しいのさ)。
「また来たぞ、時代錯誤な野郎が」
 ラルゥは、こいつが好かんらしい。あからさまに、不機嫌な表情になった。
「おもちろいでち。チェルは好きでちよ、旦那さまの次の次の次の……二百個先くらいに」
 チェル、どんだけ好きな奴がいんだ? あるいは、遠回しに嫌いって言いたいのか?
「なんだよ、ギンフ。隣家のチビ助に、アメ玉でも盗まれたのか?」
 俺は俺で、アクビを噛み殺し、からかい気味に言った。
 だって、こいつの「大変だ!」は、日常茶飯事なんだぜ。
「そんなんじゃありゃあせんよ、みなさんがた! また、出たんです!」
「出た……三日分の宿便ですか? それは大変よかったですね」
 汚ぇな、タッシェル。下ネタばっか言ってると、品位を疑われるぞ。
「だから、ちがいますって! で……あの、侯爵さまは、なにをしてらっしゃるんで?」
 ギンフは、自分の両手をつかみ、しげしげとながめるダルティフの、不審な行動に当惑。
 本人でなく、俺たち仲間の方を見やり、恐る恐る訊ねた。俺たちも当惑しきりで、不可解そうに首を振る。
 すると唐突に、ダルティフが顔を上げ、憮然とした態度で言い放った。
「お前が、『手ぇ変だ』とうるさいから、どう変なのか、検分してやってるんじゃないか」
 うぅむ……馬鹿も、いよいよここまで来ると、笑うに笑えんな。
 ギンフも口元が引きつってるぞ。
「若、さすがに目のつけどころがちがいますな。こやつの手には結婚線が見当たりません。そこは若と同じですが、若はさらに頭脳線もなく、生命線もきわめて短い。さすがです」
「そうか、そうか! やはり大物は、そこらの馬の骨とはちがうんだな! ハハハハハ!」
 あのな、オッサン。呑気に手相占いしてる場合か。しかも、適当なこと言いやがって。
 その上、思いっきりけなされてんのに、案の定、気づかず喜んでるぞ、この馬鹿侯爵は。
「で、ギンフ。なにが大変なのか、早く言えよ」
 このままでは、話がここで膠着しそうなので、やむを得ず、俺が取りなしてやった。
 本当は、大して聞きたくもねぇんだけどな。
「そ、そうでした! 実は、例の連続殺人事件の被害者が、また出たんです!」
 赤茶けた髪を逆立て、大きな黒目をさらに見開き、ギンフがようやく告げた「てぇへんだ!」の内容は、今回に限り、本当にてぇへんだった。
 俺たちは仰天し、このかしましい自警団の情報屋へ、一斉に詰め寄った。ナナシだけは、不安そうに棒立ちのままだったが。
「「「その話、くわしく聞かせてもらおうか!!」」」
「へ、へぇ! もちろんです! ……けど、みなさん、ちょっと、近すぎません?」
 ギンフは、俺たち六人に取り囲まれ、かつてない迫力に圧され、及び腰になった。
「実にいいタイミングだの、ギンフ君。お陰で、メニューがひとつ消化できそうだわい」
 レナウスの、ぶあつい眼鏡越しの炯眼が、キラリと光ったようだ。
 こうして俺たちは、奇怪で厄介で難解な事件に、巻きこまれる破目となったのだ。
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