アンダードッグ・ギルド

緑青あい

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【犬の手も借りたい】

『2』

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「「はい、なんでしょう、ご主人」」
 返事を合わせ、厨房から姿を現したのは、奇妙な二人だった。と、言っても、俺たちには、すでに見あきた顔でもあるんだが、ナナシは初めてだったか? こいつらは通いだし、滅多に厨房から出てこないからな。同じいかめしい顔、同じ筋骨隆々の体型、同じバリトンの声……いわゆる双子だ。
 どちらも当然、燃えるような赤毛だが、片方だけ前髪の一部に、白髪が一房まじっている。だから、俺たちはこの二人を、《赤パドゥ・白パドゥ》と呼び分けている。つまりだ……こいつらの名前は、どっちもパドゥなんだよ。おかしいだろ?
 レナウスの命名だが、捨て子だったパドゥパドゥは文句も言わず、面倒臭がりで適当なレナウスを、命の恩人と崇め、献身的に尽くしている。まったく……大したモンだよな。
「パドゥパドゥ。新しいメニューを、テーブル席の七名さまにお見せして」
 レナウスの指示通り、パドゥパドゥは、ぶあついメニュー帳を二人で丁寧に持ち、俺たちのテーブルまで運んで来た。威圧的にさえ感じられるバリトンの声を、見事にそろえる。
「「これが、今回の新作メニューです。どうぞ、お選びください」」
 相変わらず、愛想のない奴らだな。それに、この目力……初見の相手じゃ、ビビるぞ。
「人探しに、家の修繕……どれもこれも、つまらない仕事ばかりだねぇ」
「うむ。いまいち、やる気がせんのう。どうします、若。腕試しに単独で、ラナ族の討伐など。若が力をつけている間、我々はゼタの歓楽街で油をつけておりますゆえ、是非にも」
「ゴーネルス……お前、それほど僕に死んで欲しいのか」
 額に青筋立てて、従者を睨むダルティフへ、タッシェルが感心したように言った。
「おや、ラナ族をご存知とは、侯爵も意外と頭がいいのですね」
 ちなみに【ラナ族】ってのは、三メートル超の浅黒い巨躯と、蜥蜴とかげみたいな尻尾を持す南方の蛮族で、戦闘能力が非常に高く好戦的。
 で、ものすごく強い。単独で奴らに立ち向かうなんて、自殺行為だ。
 だから、政府軍も征討しかねている。
 その政府軍が、奴らを攻撃する一番の目的は、眉間に生える宝石の角『虹輝石こうきせき』欲しさだってんだから、酷い話だよな。
「当然だ。僕はバニスター侯爵家の嫡男だぞ。お前たち下賤の出より、ずっと博識なのだ」
 アホか。ラナ族を知らないバスティリア人がいたら、よほどの間抜けだぞ。
 ダルティフは、タッシェルの皮肉を、いつもこうやってスルーすっからな……ある意味、すげぇよ。
「若はあくまで、妾腹ですがね」
「お前って奴は……二言目には、それを言う!」
「では、これにちましょ! ルアンドール伯爵夫人の愛猫探し!」
 チェルが興奮気味に指差したのは、最もくだらない上、最も稼げない上、最も手応えのない仕事だった。何故、チェルが興奮気味なのかというと、こいつは無類の猫好きだからだ。
 しかしまぁ、こんな子供だましの依頼、仕事とも呼べねぇぞ。
 ストリートキッズだって、もう少しマシな稼ぎ方をするだろう。
「却下だ、チェル。こんな恥さらしな仕事、他のギルドの、とくにクラッカージャックの奴らにでも見つかったら……ってか、レナウス! こんな馬鹿げた仕事、受けてくんな!」
「とにかく、メニューを見たからには、必ず依頼を受ける。それがウチの決まりだの」
 レナウスは、俺の怒声など、どこ吹く風で、早くメニューを決めるよう催促する。
 すると、今までまったく自己主張などして来なかったお前が、メニューのひとつを指差し、顔を上げた。熱い視線を、俺に向けて来る。それこそ、期待に満ちあふれた熱視線だ。
「都を震撼させた連続怪死事件の謎を解け……これが、気になるのか、ナナシ?」
 ナナシは、こっくりとうなずいた。珍しいな……お前が、そんな顔するなんて……。
「なんだか、猟奇的でちね……チェルは、やりたくないでち。ニャンニャ探しがいいでち」
 あのな、チェル……ニャンニャはあきらめなさい。俺は猫に限らず、動物は嫌いだ。
「僕も同感……いや、臆したワケではないぞ! ただ、他の奴らも嫌だろうし、上手く依頼をしとげる自信が……いや、本当に怖がってなんかないぞ! つまり、面倒なだけだ!」
 そのワリに、足がガクブルですな、ダルティフ侯爵どの。強がりも大概にしろや。
「却下ですね、ナナシ。それなら、家出娘の捜索依頼の方が、俄然やる気が出ます。近頃は色々と、溜まっていますからね。下の方も、借金の方も……これなら両方解決できます」
 ははぁ、見つけた家出娘をだまくらかし、手込めにしてから娼館送りってか? ゲス!
「どうせ、パライソ・ジャンキーの仕業だろ。大したこっちゃないね。やめとけ、ナナシ」
 パライソ(天国)って名前を冠した樹木から取れる果実には、強烈な麻薬作用があるんだ。こいつで儲ける密売人が、ここ数年で急増し、お陰で中毒患者があとを絶たないんだ。
「あるいは、キュルス・ドランカーの仕業かもしれんな。目クソ鼻クソ丸めてゴックンじゃぞ、ナナシ。それでもやりたければ、一人でやるがいい。わしは遠慮させてもらうゆえ」
 キュルスってのは、お前も知っての通り、バスティリアで最も強い酒だ。中毒患者の数は、こっちが上かもしれねぇな。いずれにせよ、バスティリア政府から禁止令が出てるってぇのに、被害は拡大する一方、迷惑で厄介きわまりない代物だ。お前も気をつけろよ。
「……ナナシ君。なにか、思い出したのかね?」
 レナウスの問いに、ナナシは少し困惑した表情を見せた。小首をかしげ、また俺を見る。
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