アンダードッグ・ギルド

緑青あい

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【犬の手も借りたい】

『1』

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 時は【バシュラール大帝】統治世の『アルゴニウス暦二十三年』初夏。
 俺たち六人……いや、お前を加えた七人は、バスティリアの首都『マシェリタ』の中心地にほど近い、ガヌーク大通り三番地《サンダーロックギルド》の一階酒場に戻っていた。
 昼すぎの店内は、閑散として、隅っこの古びたテーブル席に、常連の呑んだくれが一人、突っ伏しているだけだ。
 多分、朝っぱらから呑みすぎたせいで、眠りこけてんだろ。そんな客を一瞥したのち、度の強い眼鏡をかけた初老の『ギルド長』兼『酒場主人』のレナウスが、パイプの紫煙をくゆらせながら、カウンターに頬杖ついて、退屈そうにうそぶいた。
「相変わらず、ヒマな奴らだの……おどれら。しかも、山賊に拉致された領主の娘救出任務は、まんまとしくじり、わしにはなんの手土産もなしかい。その上、わしが用意してやった貴重な物資を、ことごとく無駄にした挙句、馬鹿ボンの怪我の手当てまでさせ、大きな顔してタダ飯を喰らうとは、実に立派な心がけだの。なんとも見上げた根性だわい」
 レナウスの冷徹な物腰と、皮肉に満ちた言葉使いは、いつものことだ。俺たちは丸テーブルを囲み、互いの顔を見合わせ長嘆息である。レナウスの明確な非難を、まるで意に介さず……と言うか、まるっきり勘ちがいしているのは、名指しされた《馬鹿ボン》だけだ。
「いやいや、そうほめるな、レナウス。照れるではないか。ハハハ」
「若、誰もあなたをほめてはおりませんぞ。馬鹿につける薬があったら大発明、ですな」
 お前も人のこと、言えんだろ。そんな薬があるなら、まずは自分につけろよ、オッサン。
「まぁ、いいじゃないか。拉致られた領主の娘は、《クラッカージャック》の連中が無事、助け出したんだし、山賊どもも、一人残らず捕縛されたんだし、これにて一件落着だよ」
 ちなみに、ラルゥは戦闘以外の世事には、まったくの無関心で、金への執着もない。
 逆に、金にも、欲にも、女にも、貪婪どんらんで世知辛いのは、タッシェル神父の方だ。
「聖人気取りの目障りなクラッカージャックめ……奴らが邪魔してくれたお陰で、五十万ルーベが、パァですね。しかも、救出された娘御は、かなりの美形だったのに……上手く山賊になりすまし、甘言を弄してだまくらかし、懇意になっておけば、色々とお愉しみが」
 こ、この、冒涜者め! いきなり、なんちゅうこと、言い出すんだ!
「それ以上は言うな、タッシェル! 信じがたいが、一応、仮にも、難はあっても、【聖エンブリヨ教会】に在籍してる神父だろ! 聖職者にあるまじき暴言だぜ! 撤回しろ!」
 聖エンブリヨ教会って言ったら、《カリダ神》を信仰するバスティリア人にとって、最も信頼厚く、由緒正しく、厳格な教皇庁の直隷だぞ!
 だが、いくら俺が怒鳴りつけても、タッシェルの恥知らずな妄言は止まらない……ってか、ますますあけすけになっていった。
「万一避妊に失敗し、子ができても、娘御を犯したのはあくまで山賊。私たちは正義を遂行し、山賊を口封じのため、皆殺しにしてしまえばよかったのです。そうすれば、領主からの五十万ルーベに加え、法外な口止め料も要求できたでしょうし、さらに役立たずなクラッカージャックの面々を散々罵倒し、都中に悪評を流布し、面目を潰してやれたでしょうし、逆に私たちのギルドは英雄視され、八方丸く収まるはずだったのに、残念……むぐ」
「だぁ――っ! わぁ――っ! 黙れっての! ナナシに、ヘンなコト聞かせるな!」
 俺はテーブルを叩き、厚顔無恥な神父の襟首をつかんで、無理やり黙らせた。
 衝撃で、テーブル上のカップと料理皿が落ちた。俺の分だ。他の奴らは、まるでこうなることを予測していたかのような、絶妙のタイミングで、素早く銘々のカップと料理皿をテーブルから避難させていた。タッシェルですら、首を絞められながら、震える両手でカップと皿を持ち上げている。
 本当に、食い気だけは一人前……いや、三人前な奴らだぜ!
 でも、一番の問題は……ハァ、時すでに遅し。ナナシは俺たちの顔を見回し、ドン引きしてる(但し食い意地の張り方は、他のメンバーと、どっこいだった。うぅむ……意外)。
 あちゃあ……やっぱ、呆れるよなぁ。
 けど、非常識なのは、こいつらだけで、俺は至ってマトモだからな。安心しろ。
 そんな顔すんなって……多分、冗談なんだから……多分。俺はタッシェルから手を放し、ナナシに微笑みかけた。
 そんな俺たちパーティのなれ合いを、ぶあつい眼鏡越しに、冷めた目で見つめていたレナウスが、不意に視線をナナシへとうつし、俺に問いかけて来た。
「ところで、ザック。お前さん、随分とその子にご執心のようだが、連れ回してどうするつもりだの? 仕事も借金も山積みだってのに、足手まといなだけなんじゃないのかね?」
「ご執心って……ヘンな言い方すんなよ、レナウス! 俺はただ、なんつぅか……こいつのことが、憐れで、放っておけなくて……それに別段、足手まといにゃあ、なってねぇよ。むしろ、他のメンバーの方が、色々と厄介なこと、多いし……そこは、言わずもがなだろ」
 レナウスは、俺たちパーティの面々を見やり、肩をすくめた。
「まぁ、それも、わからんでもないが……ふぅん。パドゥパドゥ!」
 するとレナウス、今度は奥の厨房へ声をかけ、ここの料理長を呼んだ。
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