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【犬の手も借りたい】
『8』
しおりを挟む「すまんな、バティック。この馬鹿の発言は、軽く聞き流してくれ」
俺はダルティフを睨みつけ、バティックを気づかった。
「気にせんでくれ。まるで聞いていないよ。また、なにかくだらんことを言ったのかね?」
いや、それはそれで、問題だろう……が、まぁ、いいか。
「で、その模様って?」
ラルゥに問われ、少女は汚い壁に、落ちていた棒切れで、問題の模様を描き始めた。
「うぅんと……赤くて、こんなの」
俺たちは、少女が描き出す模様を、ひとつひとつ読み上げていった。
「J」(あるいは、のた打ち回る線虫か)
「A」(あるいは、三角形の書き損じか)
「D」(あるいは、太鼓腹のオッサンか)
「まぁ、なんとなく、どうにかこうにか、かろうじて、そう読めるな」
オッサン、言い方が……けど、その通りではある。文字っぽいが、絵のようでもある。
「お嬢ちゃん、字が読めるとは、すごいですね。侯爵さま以上の知能指数ですよ」
そう言いながら、後方で考えこむダルティフを、そっと指差すタッシェルだった。
「釣り針に、三角木馬に、ドラム缶……一体、どんな謎が隠されているのだ?」
馬鹿、丸出し……真剣な表情で、的外れなことばっか、口にすんじゃねぇ!
「月明かりに照らされてたから、よく見えたの。字はわかんないけど、まちがいないよ」
おっと! 少女もガン無視か? ダルティフの奴、なんか可哀そうになって来たな。
「JAD……ジャド? 人名か?」
ラルゥは、文字をつなげ、いよいよ不可解そうに首をかしげる。
「犯人たちも、よほどの馬鹿だな。ワザワザ衣服に、名前を書いておくなんてのう」
オッサン、横目で主人を見やりながら、〝も〟ってのは、如何なものかと思うぞ。
「きっと、親切なんでちねぇ、ニャンニャ❤」って、チェル。それはねぇだろ、絶対。
「または、強烈な自己顕示欲の表れかも……」って、ラルゥ。それはアリだな。うん。
すると、バティックが首を振り、俺たちを試すかのように、こんなヒントを出して来た。
「いや、多分これは、なにかの頭文字だろう」
「頭文字……と、言うと」
俺はJ・A・Dで始まる言葉を、色々と思い浮かべた。
そして、間もなく答えが出た。
ジャーク・アジール・ドミ……いや!
ジャーク・アジール・ドミ……いやいや!
ジャーク・アジール・ドミ……いやいやいや!
俺が頭の中で、葛藤している内に、他の奴らは、すぐさま誤答を出して来た。
「じゃかましくて、あくどい、ダルティフ……おや! 若のことでしたか!」
「冗談の通じない、アホな、ダルティフ……うん! やっぱり、お前のことだな!」
「邪魔臭くて、厚かましい、ダルティフ……わぁ、侯爵さま! 自首してくださいでち!」
オッサン、ラルゥ、チェルの三人は、いつもの悪調子で、ダルティフをからかい始める。
なかなか上手いが、絶対ちがうだろ。ダルティフも、さすがに堪忍袋の緒が切れるだろ。
しかしダルティフは、若干、眉根を寄せたものの、口を真一文字に結んだまま、黙然と三人を見つめている。それから、横歩きで俺の隣にやって来て、こんなことを問いかけた。
「……おい、一応、確認するが、今の、絶対にほめ言葉じゃないよな、ザック」
ヒソヒソと、小声で、俺に聞くまでもねぇだろ! けなしまくってんだよ、馬鹿!
「お前ら、ダルティフを引き合いに出すのは、もうよせ。時間の無駄だ」
俺は、ダルティフの馬鹿をいじるのに、もうあきたので、話を先に進めようとした。
「「「はい、はい」」」
三人は、なんとも適当に生返事する。その間、顎に手をそえ、考えこんでいたタッシェル神父が、ハタと何事か思いついた様子で、ポンと手を打ち、恐るべき言葉を口にした。
それは、俺が頭から、かき消そうと躍起になっていた、例の言葉だった。
「では他に、たとえば……【ジャーク・アジール・ドミニオン】など、でしょうか?」
――ザワッ!
確かに、そんな音がした。
その場の全員が驚倒し、息を呑んだからだ(無論、俺も)。
タッシェルの発した言葉は、それほど圧倒的な威力を持っていたのだ。
「やっと、その答えに、行き着いたかね、諸君」
唯一人、冷静なバティックが、強く、大きく、感慨深く、うなずく。
もっと、もっと、早いところ、その答えを導き出して欲しかったようだ。
苦労したな、バティック。だが、こいつらには、直球勝負じゃないと、効かねぇんだぞ。
俺だって、まぁ……今度ばかりは、正答を導き出すのに、ためらいを覚えたが……。
それにしても――、
「おい……大丈夫か、ナナシ? やっぱ、顔色が悪いぞ?」
ふと振り返ると、お前は青ざめた顔をして、くすんだ黄色レンガの壁に、またもたれかかっていた。ここら辺は、ハッキリ言って不衛生だから、寄りかからん方がいいぞ。折角、レナウスが、あつらえてくれた服が、汚れちまう(汚すとうるさいからな、あのオヤジ)。
「だが、【ジャーク・アジール・ドミニオン】が関わってるとなると、こいつは厄介だな」
俺は、内心の畏怖を悟られぬよう、言葉の選考に細心の注意を払いつつ、つぶやいた。
「だからこそ、保安院の上役も及び腰で……仕方なく、ギルドに協力をもとめたのだ」
「なるほどね……」
ああ……正直、断りたいけど、今更、どうにもならねぇよな……よし!
こうなったら、もう腹をくくるしかねぇ!
ナナシのためにも、気合い入れて、行くっきゃねぇ!
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