アンダードッグ・ギルド

緑青あい

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【虎穴に入れば餌を得る】

『2』

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「なにしてるんですか、ザック?」
 目を開けると、タッシェルが棘ウィップで、妖魔の巨体をグルグル巻きにしていた。
「大丈夫でち! もう怖くないでちよ、旦那さま!」
 しかも、妖魔の両目には、チェルの放ったクロスボウの矢が、深々ふかぶかと刺さっていた。
「危なかった……いや、僕の計算通りだ! 命拾いしたな、ザック!」
 さらに、妖魔の巨大な口には、ダルティフの繰り出したメイスが突っこまれていた。
「ヤレヤレ。使えない奴だね、ザック。口ばっかり達者でさ」
 その上、ラルゥのクレイモアが、妖魔の太い四足を、一本残らず斬り飛ばしていた。
「間一髪だったのう、ザック。精々わしらに、感謝するように」
 果ては、オッサンのランスが、妖魔の真っ黒な躰幹を、尻から完全に貫通していた。
「は?」
 瀕死の状態でピクピクする妖魔と、ホンの数センチの距離で目が合って、俺は一瞬、ギョッとしたが、すぐさま我に返った。しかし……うひゃあ! なんて見苦しいツラだろ!
 直後――ドドォォォオンッ!
 仲間五人が、銘々の武器を退くと同時に、妖魔は凄まじい地響きを立てて岩場へ倒れた。
「や……やったのか?」
 俺はまだ、状況が呑みこめず、周囲に並び立つ五人の顔を見回しては、つぶやいた。
「見ればわかるでしょう?」と、冷淡に吐き捨てるのは、タッシェルだ。
 他四人も、うなずいている。ナナシは、少し離れたところで、硬直している。
「お、お前らな……それだけの実力があるなら、日頃からコマメに発揮しろや!」
 俺は助けてもらった礼も忘れ、ついつい腹立ちまぎれに、五人を怒鳴りつけていた。
 けれど、馬の耳に念仏……五人は、俺のことなど完全に無視し、倒した獲物をジックリと検分している。妖魔は、まだピクピクしている。俺も妖魔に近寄り、死相を見下ろした。
「うえぇ、気色悪い……毛並みから、ヘンな寄生虫が、ウジャウジャ出て来たぞ」
「まるで、若の局部に数年前、大発生した、ケジラミのようですな……吐き気がする」
 うげぇ、その話、マジかよ! 最低だな、ダルティフ……って、全然、聞こえてねぇ。
「気をつけろよ。妖魔の寄生虫は、ときに妖魔以上の脅威を持っているからね」
「無闇に踏み潰すのも、考えものですよ。固い靴底をも食い破って、足の裏から侵入される危険さえ、あるらしいですからね。それにしても、なかなか往生際が悪い妖魔ですね」
「こら! まだ死なないでちか! ルール違反でちよ!」
「だから、なんのルールだよ、チェル……けどま、確かに見苦しいぜ。とどめを刺しとくか」
 俺たちは、銘々の武器をかまえ、妖魔に差し向けた。
 と――まさに、その時だ!
「素晴らしい! 妖魔を……あの恐ろしい妖魔を、倒してくださったぞ!」
 なんだ? 今の声……地面の底から、聞こえて来たような気がしたが……いや、まさか。
「なんの、なんの、これくらい! わしの手にかかれば、お茶の子さいさいお猿の子!」
 おい、オッサン。誰と話してんだ? そんなところに、しゃがみこんで……ん?
「下に、誰か隠れているな……妖魔の仲間か? 妖しい奴らめ!」
「な、なに!? まだ、いるのか!? お前ら、ちゃんと戦えるんだろうな!?」
「ふむ、なるほど。確かに常人ではなさそうですね、この格好を見る限り」
「うぇ――ん! なんでちか、この人たち! 怖いでちよぉ!」
「だから、誰と話してるんだって。俺にも見せ……うっ!」
 みんなが見下ろす地面には、鉄格子の嵌められた穴が開いていて、そこに不気味な面々が押しこめられていた。太ったピエロ、ガリガリのバレリーナ、ギョロ目のタキシードオヤジ、鳥の扮装をした小男、真っ赤なレオタードを着たマッチョマン、ドミノ仮面をかぶった女、全身毛むくじゃらの怪人、三つ目の少女と一つ目の少女(どうやら双子らしい)、腕が四本あるマントの青年、他にも異様な奇形児たち……みんな、薄汚れている。異臭も放っている。
 こりゃあ……見なかったことにして、立ち去った方がいいかな。見た目で差別すんのも悪いけど、なんか関わり合いになりたくねぇぜ。だって、こいつら、どう見ても狂人……。
「あなたたち、もしかしてサーカス団員ですか?」
 タッシェルの質問に対し「はい、よくおわかりで」と、ギョロ目のタキシードオヤジが言った。えぇ!? サーカス団員!? ……って、そう言われれば、そうか。そうだよな。
「よほどの馬鹿でない限り、わからない方がおかしいだろ。その格好を見ればさ」
 うぬっ……ラルゥのヤツ! 今のセリフは皮肉ってワケでもないだろうけど、わからなかった上に、狂人だと勘ちがいした俺は、確かに最低だな。言葉にしなくてよかったぜ。
 けど、なんだってこんな森の奥の地下牢に、どんな理由で幽閉されてるんだ? そう訊ねようとした矢先、俺以上の馬鹿どもによって、例の如く愚問のオンパレードが始まった。
「なんだって、お前さんがた、こんなところに住み着いとるんじゃあ?」
「それと、面倒臭がらないで、もう少し頻繁に、お風呂へ入るべきでち」
「興行に疲れて、サボってたんだろ。団長に見つかったら、コトだよ?」
「取りあえず、出て来てちゃんと挨拶しろ。礼儀をわきまえん奴らだな」
「妖魔退治の謝礼なら、受け取る準備もできておりますのでご心配なく」
 あらら……馬鹿丸出し。これこそ、愚の骨頂……こっちが赤面するぜ。
「あのな、お前ら! どう見てもこいつらは、閉じこめられてんだろ!」
 地下牢のサーカス団員は、俺たちの顔を見上げたまま、落胆のため息をついた。
「あの、団長は私です……それより、早くここから出してください! あの連中……ジャーク・アジールに見つかる前に! さもないと、あなたたちの身にも、危険が及びます!」
「見張りの妖魔を倒した以上、一刻も早く逃げないと、狂信者たちに捕まって、皆殺しにされますよ! 奴らは、完全に正気を失っている! 今やアンジャビル卿の操り人形だ!」
 口々に言いつのる団員。なるほど……こいつら、JADの狂信者に、捕まってたのか。
 ちょっと驚き。けど、なんでだ? JADの目的が、さっぱりわからん。
「まずは名乗れ! 正体を明かせ! それからだ!」
 俺が熟考している間、ラルゥが険悪な声で、団員を怒鳴りつけた。
 お前も、なにを怒ってるんだ? もしかして、あの日か?
「んな、悠長な……」と、涙目で手を合わせるタキシードオヤジ。エラそうな口髭も、片眼鏡も、シルクハットも、ここではまるで役に立たないな。威厳の足しになってねぇぞ。
「黙らっしゃい! 〝急がば回って目も回って、フーラフラ〟じゃぞ!」
 うぅむ、オッサン。『急がば回れ』バージョンの新作か。結局、意味不明だな。しかし、ここで押し問答していても、やむなしと判断したタキシードオヤジは、半怒りで答えた。
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