アンダードッグ・ギルド

緑青あい

文字の大きさ
15 / 50
【虎穴に入れば餌を得る】

『2』

しおりを挟む

「なにしてるんですか、ザック?」
 目を開けると、タッシェルが棘ウィップで、妖魔の巨体をグルグル巻きにしていた。
「大丈夫でち! もう怖くないでちよ、旦那さま!」
 しかも、妖魔の両目には、チェルの放ったクロスボウの矢が、深々ふかぶかと刺さっていた。
「危なかった……いや、僕の計算通りだ! 命拾いしたな、ザック!」
 さらに、妖魔の巨大な口には、ダルティフの繰り出したメイスが突っこまれていた。
「ヤレヤレ。使えない奴だね、ザック。口ばっかり達者でさ」
 その上、ラルゥのクレイモアが、妖魔の太い四足を、一本残らず斬り飛ばしていた。
「間一髪だったのう、ザック。精々わしらに、感謝するように」
 果ては、オッサンのランスが、妖魔の真っ黒な躰幹を、尻から完全に貫通していた。
「は?」
 瀕死の状態でピクピクする妖魔と、ホンの数センチの距離で目が合って、俺は一瞬、ギョッとしたが、すぐさま我に返った。しかし……うひゃあ! なんて見苦しいツラだろ!
 直後――ドドォォォオンッ!
 仲間五人が、銘々の武器を退くと同時に、妖魔は凄まじい地響きを立てて岩場へ倒れた。
「や……やったのか?」
 俺はまだ、状況が呑みこめず、周囲に並び立つ五人の顔を見回しては、つぶやいた。
「見ればわかるでしょう?」と、冷淡に吐き捨てるのは、タッシェルだ。
 他四人も、うなずいている。ナナシは、少し離れたところで、硬直している。
「お、お前らな……それだけの実力があるなら、日頃からコマメに発揮しろや!」
 俺は助けてもらった礼も忘れ、ついつい腹立ちまぎれに、五人を怒鳴りつけていた。
 けれど、馬の耳に念仏……五人は、俺のことなど完全に無視し、倒した獲物をジックリと検分している。妖魔は、まだピクピクしている。俺も妖魔に近寄り、死相を見下ろした。
「うえぇ、気色悪い……毛並みから、ヘンな寄生虫が、ウジャウジャ出て来たぞ」
「まるで、若の局部に数年前、大発生した、ケジラミのようですな……吐き気がする」
 うげぇ、その話、マジかよ! 最低だな、ダルティフ……って、全然、聞こえてねぇ。
「気をつけろよ。妖魔の寄生虫は、ときに妖魔以上の脅威を持っているからね」
「無闇に踏み潰すのも、考えものですよ。固い靴底をも食い破って、足の裏から侵入される危険さえ、あるらしいですからね。それにしても、なかなか往生際が悪い妖魔ですね」
「こら! まだ死なないでちか! ルール違反でちよ!」
「だから、なんのルールだよ、チェル……けどま、確かに見苦しいぜ。とどめを刺しとくか」
 俺たちは、銘々の武器をかまえ、妖魔に差し向けた。
 と――まさに、その時だ!
「素晴らしい! 妖魔を……あの恐ろしい妖魔を、倒してくださったぞ!」
 なんだ? 今の声……地面の底から、聞こえて来たような気がしたが……いや、まさか。
「なんの、なんの、これくらい! わしの手にかかれば、お茶の子さいさいお猿の子!」
 おい、オッサン。誰と話してんだ? そんなところに、しゃがみこんで……ん?
「下に、誰か隠れているな……妖魔の仲間か? 妖しい奴らめ!」
「な、なに!? まだ、いるのか!? お前ら、ちゃんと戦えるんだろうな!?」
「ふむ、なるほど。確かに常人ではなさそうですね、この格好を見る限り」
「うぇ――ん! なんでちか、この人たち! 怖いでちよぉ!」
「だから、誰と話してるんだって。俺にも見せ……うっ!」
 みんなが見下ろす地面には、鉄格子の嵌められた穴が開いていて、そこに不気味な面々が押しこめられていた。太ったピエロ、ガリガリのバレリーナ、ギョロ目のタキシードオヤジ、鳥の扮装をした小男、真っ赤なレオタードを着たマッチョマン、ドミノ仮面をかぶった女、全身毛むくじゃらの怪人、三つ目の少女と一つ目の少女(どうやら双子らしい)、腕が四本あるマントの青年、他にも異様な奇形児たち……みんな、薄汚れている。異臭も放っている。
 こりゃあ……見なかったことにして、立ち去った方がいいかな。見た目で差別すんのも悪いけど、なんか関わり合いになりたくねぇぜ。だって、こいつら、どう見ても狂人……。
「あなたたち、もしかしてサーカス団員ですか?」
 タッシェルの質問に対し「はい、よくおわかりで」と、ギョロ目のタキシードオヤジが言った。えぇ!? サーカス団員!? ……って、そう言われれば、そうか。そうだよな。
「よほどの馬鹿でない限り、わからない方がおかしいだろ。その格好を見ればさ」
 うぬっ……ラルゥのヤツ! 今のセリフは皮肉ってワケでもないだろうけど、わからなかった上に、狂人だと勘ちがいした俺は、確かに最低だな。言葉にしなくてよかったぜ。
 けど、なんだってこんな森の奥の地下牢に、どんな理由で幽閉されてるんだ? そう訊ねようとした矢先、俺以上の馬鹿どもによって、例の如く愚問のオンパレードが始まった。
「なんだって、お前さんがた、こんなところに住み着いとるんじゃあ?」
「それと、面倒臭がらないで、もう少し頻繁に、お風呂へ入るべきでち」
「興行に疲れて、サボってたんだろ。団長に見つかったら、コトだよ?」
「取りあえず、出て来てちゃんと挨拶しろ。礼儀をわきまえん奴らだな」
「妖魔退治の謝礼なら、受け取る準備もできておりますのでご心配なく」
 あらら……馬鹿丸出し。これこそ、愚の骨頂……こっちが赤面するぜ。
「あのな、お前ら! どう見てもこいつらは、閉じこめられてんだろ!」
 地下牢のサーカス団員は、俺たちの顔を見上げたまま、落胆のため息をついた。
「あの、団長は私です……それより、早くここから出してください! あの連中……ジャーク・アジールに見つかる前に! さもないと、あなたたちの身にも、危険が及びます!」
「見張りの妖魔を倒した以上、一刻も早く逃げないと、狂信者たちに捕まって、皆殺しにされますよ! 奴らは、完全に正気を失っている! 今やアンジャビル卿の操り人形だ!」
 口々に言いつのる団員。なるほど……こいつら、JADの狂信者に、捕まってたのか。
 ちょっと驚き。けど、なんでだ? JADの目的が、さっぱりわからん。
「まずは名乗れ! 正体を明かせ! それからだ!」
 俺が熟考している間、ラルゥが険悪な声で、団員を怒鳴りつけた。
 お前も、なにを怒ってるんだ? もしかして、あの日か?
「んな、悠長な……」と、涙目で手を合わせるタキシードオヤジ。エラそうな口髭も、片眼鏡も、シルクハットも、ここではまるで役に立たないな。威厳の足しになってねぇぞ。
「黙らっしゃい! 〝急がば回って目も回って、フーラフラ〟じゃぞ!」
 うぅむ、オッサン。『急がば回れ』バージョンの新作か。結局、意味不明だな。しかし、ここで押し問答していても、やむなしと判断したタキシードオヤジは、半怒りで答えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【完結】ドアマットに気付かない系夫の謝罪は死んだ妻には届かない 

堀 和三盆
恋愛
 一年にわたる長期出張から戻ると、愛する妻のシェルタが帰らぬ人になっていた。流行病に罹ったらしく、感染を避けるためにと火葬をされて骨になった妻は墓の下。  信じられなかった。  母を責め使用人を責めて暴れ回って、僕は自らの身に降りかかった突然の不幸を嘆いた。まだ、結婚して3年もたっていないというのに……。  そんな中。僕は遺品の整理中に隠すようにして仕舞われていた妻の日記帳を見つけてしまう。愛する妻が最後に何を考えていたのかを知る手段になるかもしれない。そんな軽い気持ちで日記を開いて戦慄した。  日記には妻がこの家に嫁いでから病に倒れるまでの――母や使用人からの壮絶な嫌がらせの数々が綴られていたのだ。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

処理中です...