17 / 50
【虎穴に入れば餌を得る】
『4』
しおりを挟むはてさて、暗い夜道を歩き続けること、約一時間。
ジャーク・アジール・ドミニオン……略してJADの教団本部は、意外なところにあった。ダイバスティン山脈の麓、サンデッドの森の中にちがいはないが、それはそれは美しい場所だった。
しかも、かなり拓けている。
どんな感じか説明すると、まぁ、こんな感じ。
まず、市場がある。信者たちが暮らす、石造りの町がある。地図にも載っていない、大きな湖がある。その出島に、高い尖塔を持す荘厳な古城がある。ここが教団本部だそうだ。
「……凄ぇな」
俺は思わず、率直な感想をつぶやいた。すると――、
「そうでしょう。すべて宗主さまが先頭に立って、創造した小国家です。我々のような行き場のない者たちにとって、最後の楽園なのです。住み心地は最高ですよ、みなさまも、如何です?」と、笑顔で定住を勧めてくれたのは、道々気心の知れたJADの最高幹部の一人、メルゾン・ツァイトだった。
神経質そうな青白い顔に、長くしだれた黒髪、紫の瞳は、正直ちょっと不気味だが、人は見かけによらねぇんだな。なかなか気さくで、いい奴だぞ。
「なるほど、それは素晴らしい提案ですな、若。その馬鹿さ加減ゆえ、いずれ父王から勘当され、路頭に迷い、身を持ち崩し、物乞いとなるであろう若にとっては、なんとも実にありがたき提案。今の内に、ここへの定住権を、取りつけておいた方が安心ですぞ、若」
まぁた、始まったぜ。主従間の、クッソくだらねぇなれ合いが。ナナシ、耳ふさいどけ。
「こら! 僕の人生設計を、お前が勝手にするな! 誰が、そんな悲惨な末路を歩むものか! 僕の前途は、いつだって華々しく輝いているぞ! みんなが、うらやむばかりにな!」
「お言葉ですが、誰もあなたをうらやみはしませんよ、侯爵。ついでに言いそえるならば、あなたの前途は、華々しくも、輝いてもおりません。みなさんだって、そう思うでしょう?」
タッシェルの刺々しい舌鋒に、全員が無言でうなずいた。ナナシまで、うなずいている。
お前……わかって来たじゃないか、俺たちのこと。
「それにしても、夜も遅いってのに、随分なにぎわいだね、この市場」
「えぇ、夜市ですから。サンデッドの森を抜けねば、物資の調達に行けません。しかしみなさんもお察しの通り、昼間のサンデッドの森は、夜間より危険が多いのです。そこで我々」
「あっそう。うわぁ! あの肉、美味そう!」
だから、ラルゥ……こっちから聞いといて、相手の言葉尻を切るなよな。人の好いメルゾンだって、気を悪くする……でもないか。ニコニコしてら。かなり人間ができてんな。
「きゃ――ん! あの服、とっても可愛いでち! 旦那さま、買って欲しいでち❤」
❤つけても、買わねぇよ! それに、無駄に歳食ってるワリに、発育不全のお前の体じゃあ、あんなセクシー路線、受けつけねぇぞ。着てる見本人形の肩は丸出しだし、腹も丸出しだし、太腿も丸出しだし……ラルゥが着れば、似合わなくも……う、ヤッベ。鼻血が。
「きゃ――ん! 旦那さまってば! チェルのイメチェン姿に、興奮したでちか! エッチ! でもぉ、旦那さまだから、許しちゃうでち❤ だから、買って、買って、買って❤」
「ザックが、ロリコン趣味……いや、年増好みとは、知りませんでしたよ」
「お前さんも、男よのう……ん? どうした、ナナシ? 不機嫌そうな顔して?」
「ははぁ――ん、わかったぞ。さては、ナナシ! チェルのことが、好きなんだな?」
え? そうなのか、ナナシ? いや、まさかな……ハハハ。確かに、見た目は可愛いけど、中身は前にも言った通り、二百歳すぎのババァなんだからな。外見に惑わされんなよ。
「あのぉ……そろそろ、先に進みたいのですが」
「宗主さまを、あまりお待たせしたくありませんし……」
「どうぞ見学はあとにして、今は宗主さまの居城へ、急ぎましょう」
いけね。脱線に次ぐ脱線だな。
「ああ、悪かったな。そうしようぜ、みんな」
出島から小舟で古城へ向かい、エントランスへ続く長い階段を昇り、跳ね橋を渡った先、巨大な鉄扉の前に、目指す人物はいた。
JADの宗主《ジャーク・アンジャビル》である。
「ようこそ、我らの小天地へ」
まさか……あの、悪名高い(一部では絶賛されているが)ジャーク・アジール・ドミニオンの宗主みずからが、玄関先で、両腕を広げ、にこやかに出迎えてくれるとは、思ってもみなかったぜ! だからこそ、俺たちは一瞬、驚き面食らった。そりゃあ、当然だろ。
しかも、両側にズラッと並んだ信者の数々……それでも威圧的な感じはなく、きわめて友好的なムードが漂っている。問題の宗主さまは、四十前後。前髪の一部だけ白い黒髪を、後ろでたばね、背中まで垂らしている。青い瞳は静謐で、鼻筋が通った端整な白皙は、かなりの美形と言える。今でさえコレなんだから、昔は物凄い美男子だったんだろうな、俺みたいに……いや、俺以上に。なんだ? なにか言いたげだが、文句あるか、ナナシ?
「いささか、待ちくたびれたよ。さぁ、アフェリエラの用意してくれた晩餐が、冷めてしまう。早速、ご一同を食堂へ案内しよう。今宵は、ここでゆっくりとすごしてくれたまえ」
スラリとした長身をつつむ黒衣には、やはりJADの紋章が赤く綴られている。
それ以外は、他の信者たちと、あまり変わり映えしない格好だ。
にもかかわらず、宗主アンジャビル卿の発するオーラは、他の奴らと全然ちがう。
威厳に満ちあふれている。
けれど高慢ではない。
自信に満ちあふれている。
けれど不遜ではない。
そして、そう感じたのは、俺だけではなかったようだ。
「いやはや、かなりの大人物と見たぞ。どこぞの馬鹿さまとは、大ちがいじゃな」
「うん。僕もそう思う。単なる馬鹿では、ここまでの信頼は勝ち得ないだろうしな」
あのね、馬鹿さまって、お前のことだから、ダルティフちゃん。
「なんか、拍子抜け……悪の秘密結社のアジトだと思ったから、気合い入れて来たのに」
クレイモアの柄にかけていた手を下ろし、ラルゥが期待外れのため息をつく。
あのさ、よかったじゃねぇか。逆に、この数で一斉に襲われたら、いくらお前が豪腕怪力雌ゴリラでも、勝ち目は皆無なんだからな。ここはひとつ、歓迎ムードに感謝しようぜ。
「でも、やっぱり簡単に、気は抜けないでち。だって……宗主さまの唇、ヤケに薄いでち。ああいう顔相は、絶対に極悪人なんでち。チェルの今までの経験上、まちがいないんでち」
横目で、やはり唇の薄いエセ神父を見やりながら、チェルが二百年の経験論を言う。
なるほど、意外と説得力あるな。
「ええ。相手方の挙動には常に目を見張り、こちらも言動には充分、気をつけましょう」
おお! タッシェル! 頭でもヤラレたのか? 今日は正論ばっか言ってるぞ!
「ですが、あのアフェリエラという侍女……ですか? 色白で美人だし、なによりいい体してますねぇ。惚れ惚れしますよ。あ! 先ほど市場で見た高露出度の服、着せたら似合うと思いませんか? どうせなら、甘えついでに、彼女に夜伽でもさせて……ぐほっ!」
前言撤回。こいつの目は、やっぱ色欲でくもってたぜ。だから、肘鉄の刑、執行。
けど、確かに美人だな、あの侍女。いやいやいや……ただの美人じゃねぇ、すっげぇ美女だ! あらためて見ると、白い肌にはシミひとつ、ホクロひとつねぇし、小ぶりだが形のいい朱唇は艶やかで、大きな瑠璃色の瞳は宝石みたいに綺麗だし、ゆるくまとめた金髪は、月に皓々と照らされ輝いてるし、まさしく完璧な〝美〟だ! まるで人形みたいだ!
「みなさま、どうぞ中へ」
うん! 声も完璧! 鈴のように玲瓏で、心地よい!
……って、どうした、ナナシ?
具合でも悪いのか? それとも、やっぱ怖いのか? 心配すんなって、俺がついてるぞ。
そんなワケで俺たちは、何故だか尻込みしているナナシを引き連れ、古城の外郭から内郭へ、そして長い回廊を進んで、ついにお待ちかねの食事……じゃなく、面談をするための広い食堂へとたどり着いた。
いやぁ……途轍もねぇ! 半端ねぇ! これは凄すぎる!
豪奢な内装も勿論のことだが、真っ白なクロスを布いた長テーブルの上!
俺たちが今まで、見たこともないような、贅沢きわまりない料理の数々が、ところせましと並んでいるのだ!
しかも、すっげぇ、いい匂い! ああ……腹へった。もう、自分を偽るのはやめよう。やっぱ飯だよ、飯……あれ? そもそも、ここに来た理由って、なんだっけ?
JADが関わってる(かもしれない)猟奇殺人事件の調査?
うむむ……どうでもいいわ、そんなモン!
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
【完結】ドアマットに気付かない系夫の謝罪は死んだ妻には届かない
堀 和三盆
恋愛
一年にわたる長期出張から戻ると、愛する妻のシェルタが帰らぬ人になっていた。流行病に罹ったらしく、感染を避けるためにと火葬をされて骨になった妻は墓の下。
信じられなかった。
母を責め使用人を責めて暴れ回って、僕は自らの身に降りかかった突然の不幸を嘆いた。まだ、結婚して3年もたっていないというのに……。
そんな中。僕は遺品の整理中に隠すようにして仕舞われていた妻の日記帳を見つけてしまう。愛する妻が最後に何を考えていたのかを知る手段になるかもしれない。そんな軽い気持ちで日記を開いて戦慄した。
日記には妻がこの家に嫁いでから病に倒れるまでの――母や使用人からの壮絶な嫌がらせの数々が綴られていたのだ。
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる