アンダードッグ・ギルド

緑青あい

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【虎穴に入れば餌を得る】

『4』

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 はてさて、暗い夜道を歩き続けること、約一時間。
 ジャーク・アジール・ドミニオン……略してJADの教団本部は、意外なところにあった。ダイバスティン山脈の麓、サンデッドの森の中にちがいはないが、それはそれは美しい場所だった。
 しかも、かなり拓けている。
 どんな感じか説明すると、まぁ、こんな感じ。
 まず、市場がある。信者たちが暮らす、石造りの町がある。地図にも載っていない、大きな湖がある。その出島に、高い尖塔を持す荘厳な古城がある。ここが教団本部だそうだ。
「……凄ぇな」
 俺は思わず、率直な感想をつぶやいた。すると――、
「そうでしょう。すべて宗主さまが先頭に立って、創造した小国家です。我々のような行き場のない者たちにとって、最後の楽園なのです。住み心地は最高ですよ、みなさまも、如何いかがです?」と、笑顔で定住を勧めてくれたのは、道々気心の知れたJADの最高幹部の一人、メルゾン・ツァイトだった。
 神経質そうな青白い顔に、長くしだれた黒髪、紫の瞳は、正直ちょっと不気味だが、人は見かけによらねぇんだな。なかなか気さくで、いい奴だぞ。
「なるほど、それは素晴らしい提案ですな、若。その馬鹿さ加減ゆえ、いずれ父王から勘当され、路頭に迷い、身を持ち崩し、物乞いとなるであろう若にとっては、なんとも実にありがたき提案。今の内に、ここへの定住権を、取りつけておいた方が安心ですぞ、若」
 まぁた、始まったぜ。主従間の、クッソくだらねぇなれ合いが。ナナシ、耳ふさいどけ。
「こら! 僕の人生設計を、お前が勝手にするな! 誰が、そんな悲惨な末路を歩むものか! 僕の前途は、いつだって華々しく輝いているぞ! みんなが、うらやむばかりにな!」
「お言葉ですが、誰もあなたをうらやみはしませんよ、侯爵。ついでに言いそえるならば、あなたの前途は、華々しくも、輝いてもおりません。みなさんだって、そう思うでしょう?」
 タッシェルの刺々しい舌鋒に、全員が無言でうなずいた。ナナシまで、うなずいている。
 お前……わかって来たじゃないか、俺たちのこと。
「それにしても、夜も遅いってのに、随分なにぎわいだね、この市場」
「えぇ、夜市ですから。サンデッドの森を抜けねば、物資の調達に行けません。しかしみなさんもお察しの通り、昼間のサンデッドの森は、夜間より危険が多いのです。そこで我々」
「あっそう。うわぁ! あの肉、美味そう!」
 だから、ラルゥ……こっちから聞いといて、相手の言葉尻を切るなよな。人の好いメルゾンだって、気を悪くする……でもないか。ニコニコしてら。かなり人間ができてんな。
「きゃ――ん! あの服、とっても可愛いでち! 旦那さま、買って欲しいでち❤」
 ❤つけても、買わねぇよ! それに、無駄に歳食ってるワリに、発育不全のお前の体じゃあ、あんなセクシー路線、受けつけねぇぞ。着てる見本人形の肩は丸出しだし、腹も丸出しだし、太腿も丸出しだし……ラルゥが着れば、似合わなくも……う、ヤッベ。鼻血が。
「きゃ――ん! 旦那さまってば! チェルのイメチェン姿に、興奮したでちか! エッチ! でもぉ、旦那さまだから、許しちゃうでち❤ だから、買って、買って、買って❤」
「ザックが、ロリコン趣味……いや、年増好みとは、知りませんでしたよ」
「お前さんも、男よのう……ん? どうした、ナナシ? 不機嫌そうな顔して?」
「ははぁ――ん、わかったぞ。さては、ナナシ! チェルのことが、好きなんだな?」
 え? そうなのか、ナナシ? いや、まさかな……ハハハ。確かに、見た目は可愛いけど、中身は前にも言った通り、二百歳すぎのババァなんだからな。外見に惑わされんなよ。
「あのぉ……そろそろ、先に進みたいのですが」
「宗主さまを、あまりお待たせしたくありませんし……」
「どうぞ見学はあとにして、今は宗主さまの居城へ、急ぎましょう」
 いけね。脱線に次ぐ脱線だな。
「ああ、悪かったな。そうしようぜ、みんな」
 出島から小舟で古城へ向かい、エントランスへ続く長い階段を昇り、跳ね橋を渡った先、巨大な鉄扉の前に、目指す人物はいた。
 JADの宗主《ジャーク・アンジャビル》である。
「ようこそ、我らの小天地へ」
 まさか……あの、悪名高い(一部では絶賛されているが)ジャーク・アジール・ドミニオンの宗主みずからが、玄関先で、両腕を広げ、にこやかに出迎えてくれるとは、思ってもみなかったぜ! だからこそ、俺たちは一瞬、驚き面食らった。そりゃあ、当然だろ。
 しかも、両側にズラッと並んだ信者の数々……それでも威圧的な感じはなく、きわめて友好的なムードが漂っている。問題の宗主さまは、四十前後。前髪の一部だけ白い黒髪を、後ろでたばね、背中まで垂らしている。青い瞳は静謐せいひつで、鼻筋が通った端整な白皙はくせきは、かなりの美形と言える。今でさえコレなんだから、昔は物凄い美男子だったんだろうな、俺みたいに……いや、俺以上に。なんだ? なにか言いたげだが、文句あるか、ナナシ?
「いささか、待ちくたびれたよ。さぁ、アフェリエラの用意してくれた晩餐が、冷めてしまう。早速、ご一同を食堂へ案内しよう。今宵は、ここでゆっくりとすごしてくれたまえ」
 スラリとした長身をつつむ黒衣には、やはりJADの紋章が赤く綴られている。
 それ以外は、他の信者たちと、あまり変わり映えしない格好だ。
 にもかかわらず、宗主アンジャビル卿の発するオーラは、他の奴らと全然ちがう。
 威厳に満ちあふれている。
 けれど高慢ではない。
 自信に満ちあふれている。
 けれど不遜ではない。
 そして、そう感じたのは、俺だけではなかったようだ。
「いやはや、かなりの大人物と見たぞ。どこぞの馬鹿さまとは、大ちがいじゃな」
「うん。僕もそう思う。単なる馬鹿では、ここまでの信頼は勝ち得ないだろうしな」
 あのね、馬鹿さまって、お前のことだから、ダルティフちゃん。
「なんか、拍子抜け……悪の秘密結社のアジトだと思ったから、気合い入れて来たのに」
 クレイモアの柄にかけていた手を下ろし、ラルゥが期待外れのため息をつく。
 あのさ、よかったじゃねぇか。逆に、この数で一斉に襲われたら、いくらお前が豪腕怪力雌ゴリラでも、勝ち目は皆無なんだからな。ここはひとつ、歓迎ムードに感謝しようぜ。
「でも、やっぱり簡単に、気は抜けないでち。だって……宗主さまの唇、ヤケに薄いでち。ああいう顔相は、絶対に極悪人なんでち。チェルの今までの経験上、まちがいないんでち」
 横目で、やはり唇の薄いエセ神父を見やりながら、チェルが二百年の経験論を言う。
 なるほど、意外と説得力あるな。
「ええ。相手方の挙動には常に目を見張り、こちらも言動には充分、気をつけましょう」
 おお! タッシェル! 頭でもヤラレたのか? 今日は正論ばっか言ってるぞ!
「ですが、あのアフェリエラという侍女……ですか? 色白で美人だし、なによりいい体してますねぇ。惚れ惚れしますよ。あ! 先ほど市場で見た高露出度の服、着せたら似合うと思いませんか? どうせなら、甘えついでに、彼女に夜伽でもさせて……ぐほっ!」
 前言撤回。こいつの目は、やっぱ色欲でくもってたぜ。だから、肘鉄の刑、執行。
 けど、確かに美人だな、あの侍女。いやいやいや……ただの美人じゃねぇ、すっげぇ美女だ! あらためて見ると、白い肌にはシミひとつ、ホクロひとつねぇし、小ぶりだが形のいい朱唇は艶やかで、大きな瑠璃色の瞳は宝石みたいに綺麗だし、ゆるくまとめた金髪は、月に皓々と照らされ輝いてるし、まさしく完璧な〝美〟だ! まるで人形みたいだ!
「みなさま、どうぞ中へ」
 うん! 声も完璧! 鈴のように玲瓏れいろうで、心地よい!
 ……って、どうした、ナナシ?
 具合でも悪いのか? それとも、やっぱ怖いのか? 心配すんなって、俺がついてるぞ。
 そんなワケで俺たちは、何故だか尻込みしているナナシを引き連れ、古城の外郭から内郭へ、そして長い回廊を進んで、ついにお待ちかねの食事……じゃなく、面談をするための広い食堂へとたどり着いた。
 いやぁ……途轍もねぇ! 半端ねぇ! これは凄すぎる!
 豪奢な内装も勿論のことだが、真っ白なクロスを布いた長テーブルの上!
 俺たちが今まで、見たこともないような、贅沢きわまりない料理の数々が、ところせましと並んでいるのだ!
 しかも、すっげぇ、いい匂い! ああ……腹へった。もう、自分を偽るのはやめよう。やっぱ飯だよ、飯……あれ? そもそも、ここに来た理由って、なんだっけ?
 JADが関わってる(かもしれない)猟奇殺人事件の調査?
うむむ……どうでもいいわ、そんなモン!
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