アンダードッグ・ギルド

緑青あい

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【虎穴に入れば餌を得る】

『5』

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「さて、みなさま。席に……もうお着きのようですね。では、宗主。晩餐を始めましょう」
 侍女のアフェリエラが促すより早く、俺たちは無作法にもテーブル席へ座っていた。
 ギラギラした目で、ヒカヒカした鼻で、すでに視覚から、嗅覚から、食事にありついている。それでもアンジャビル卿は、機嫌を損ねることなく、俺たちを蔑むこともなく、優雅な所作で、一番奥にある主人用の椅子へ座った。指を組み、にこやかに微笑んでいる。
「さぁ、どうぞ。遠慮なく」
「うむ。頂くぞ……ガフガフガフ!」
 まるで狼だな。なんにせよ、いつもの通り、一等最初に食事へ手を出したのは、ダルティフだった。そして、俺たち他のメンバーは、馬鹿侯爵の食いっぷりに、ジッと目を凝らしている。いくらご馳走を目前にしたからとて、そこは冒険者の面々。しかもここは、敵のアジトと呼ぶ方が、正しいのかもしれない危険な場所。つまり、毒見役ってワケだな。
 もっとも、ダルティフ本人は、全然、気づいてねぇし、こいつの頑健な体と、俺たち常人の体とでは、時にとんでもない効果の差が出て、結局、痛い目を見る破目になることも、多々あるんだけどな。なにせ、ダルティフの場合、猛毒のマルオ茸を食っても、ケロッしてやがったし。ちなみに、最後の最後、出来上がり寸前の料理鍋へ、マルオ茸をぶっこんだのは、例によって悪逆非道な従者だ。つぅか、こういう場合、従者が毒見役を買って出るべきだろ、オッサン。生唾呑みこみながら、ただただジ――ッと、侯爵を見つめてんな。
 と、その時だった!
 ダルティフに、異変が起きたのは!
「うっ……」
 美味いか? それとも、『苦しい!』って続くのか?
「うっ……」
 不味いか? 吐きそうで我慢してるのか? なんなんだ?
「うっ……」
 どっちだ? やっぱ、毒入りだったのか? 死にそうなのか?
「うっ……」
「だから、どっちなんだよ! はっきりしろ!」
 俺は思わず、ダルティフの背中を、ありったけの力で、ド突いていた。
 直後、ダルティフは激しく咳きこみ、大きな肉塊を吐き出した。うおっ……汚ぇな!
「はぁ……危うく、窒息死するところだった……ふぅ、礼を言うぞ、ザック」
 お前なぁ……命を削るような食い方すんな! まぎらわしいんだよ! それが、侯爵家のボンボンの食事マナーか! オッサンじゃねぇが、本当に高貴な育ちなのかと疑うぜ!
――と、俺が呆れている隙に、他のメンバーも危険はなしと判断したようで、一斉に料理へ手を伸ばしていた。
 狼以上の食いっぷりで、ご馳走にかぶりついている。しまった!
「お前ら! 抜け駆けすんな!」
 出遅れた俺も、みんなに負けじと、豪勢な食事へむさぼりつく。ナナシの冷たい視線が、横目に映ったが、それすら無視して、とにかく俺たちは、食うことに一心不乱だった。なにせ、収入不安定で将来性もないこの家業では、食える時には食っておく。なにを差しおいても食っておく。これこそが、座右の銘なのだから。人目など気にしていられないのだ。
「実に、気持ちいい食べっぷりですな。アフェリエラ、料理の追加を頼む」
「承知しました」
 アンジャビル卿は、慈愛に満ちた、あたたかな眼差しで、俺たちを見つめている。本当にまったく、いい奴じゃねぇか、宗主さま……しかもこの料理、どれも美味い! 最高だぜ、畜生! これなら『最期の晩餐になっても、かまわねぇ』とさえ思える……って、レベル!
「ところで、サンダーロック・ギルドの諸君。実は君たちを、ここへ招待したのには理由があるのだ。食べながらでいいので、聞いて欲しい。先ほどの洞窟、収監窟の中で、見知ったとは思うが、地下牢に幽閉した罪人たち……あの盗賊団が、私の……というより、この教団にとっての至宝、大切な教義を記した石板を、盗み出したまま、未だに逃走中なのだ。石板は、希少な『虹輝石』だったので、盗人の目に留まったのだろうが……あれは命にも代えがたいほど、大切な……言わばジャーク・アジールのご本尊。奴らから、聞いたかどうか知らないが、ピエロに扮した……チコとかいう男が、それを持ち去ってしまったのだ。そのこともあって、いささか憐れとは思ったが、仲間である盗賊団の面々を、あそこに監禁しているというわけだ。長々しくなったが、ここまでは理解してもらえたかな?」
 俺たちは、食い物を口の中へ絶えず放りこみながら、適当にうなずいた。
 あれ? だけど、なんで俺たちのこと、知ってるんだ?
「むぐ、むぐむぐむぐ……んご」
「ふむ……何故、我々が君たちの正体を知っているか不可解だと、そう言いたいのだね?」
 凄ぇ……食うのに必死なラルゥの、意味不明な質問の意味を、完璧に読み解いたぞ!
「んぐぐっ……ちがうよ。この肉、いい味つけだねって、ほめたんだ」
 俺は呆れて、思いっきりテーブルに突っ伏した。
 アンジャビル卿も、苦笑いしている。
「ああ、ありがとう。しかし、それについては、アフェリエラに言ってやってくれたまえ。ついでだから、種明かしするとね。首都マシェリタにある支部のメンバーから、連絡があったのだよ。我々を、首都で起きている連続殺人事件の犯人だと勘ちがいしたギルドの冒険者が、乗りこんで来るから気をつけるように、と……しかし、我々にはまったく身に覚えのないこと。ならば、君たちの動向を探り、人となりを知った上で、丁重にもてなして身の潔白を証明しようと、そう考えたのだ。ところが、その途中で君たちは、例の盗賊団のことを知ってしまった。ならばこちらも隠さずに、すべて明かした上で、逆に依頼を受けてもらおうと、さらに考えなおしたと、まぁ、こういう次第なのだよ。聞こえたかな?」
 俺たちは、食い物を胃の中へ無理やり押しこみながら、また適当にうなずいた。
 すると、アンジャビル卿の眼差しが、急に険しくなった。
「ところで……そちらの少年」
 俺の隣に座るナナシを見やり、アンジャビル卿が訊ねた。
「あまり食が進まないようだが、気分でも悪いのかね?」
「ん? どうしたんだ、ナナシ?」
 俺もここに来て、ようやくナナシの異変に気づき、不安を覚えた。
 そもそもナナシは、今回の事件の被害者の一人であり、記憶を失っているとはいえ、犯人の顔を見ているはずなのだ。もしかして……ここに、真犯人が? とは言っても、アンジャビル卿とアフェリエラ以外、食堂にJADのメンバーはいないが……ま、まさか!?
「あの、もしかして……収監窟の見張り妖魔に憑いた、寄生虫にやられたのでは?」
 おずおずと答えたのは、アフェリエラだった。
「なんだって!? そ、そうなのか、ナナシ!?」
 そう言われれば、ナナシの様子がおかしくなったのは、あの辺りからだった。
「少年、右腕を見せてごらん」
 アンジャビル卿は、ナナシに手を差し出し、優しく微笑みかけた。ナナシは、ためらう様子を見せたが、辛抱強く待つアンジャビル卿の笑顔に根負けし、ゆっくりと腕を出した。
 俺たちも気を張って見守る中、アンジャビル卿がナナシの右袖口をまくると、驚くことに、そこが赤黒く腫れ上がっていた。その上、モゾモゾと、皮膚が蠕動している。
 これは、ヤバいぞ! なんてこった!
 まさか、奇生虫の毒に、ヤラレてたなんて……すまん、ナナシ! 気づいてやれなくて! 痛かっただろう、つらかっただろう……なのに、声が出せないし、お前は遠慮深いから、今まで我慢しちまったんだな? うう、なんて不憫な!
 しかしアンジャビル卿は、笑顔のままうなずき、ナナシに向けて言った。
「ああ……やはり。だが、心配ないよ、少年。これで、すぐ治る」
 アンジャビル卿は、早速、治療に取りかかった。ナナシの上腕を紐でくくり、手首に近い方を、ワインで浸したナイフで、スッと軽く切った。ナナシは一瞬、痛みに顔をしかめたが、アンジャビル卿が上腕から手首の方へ、力を込めてしぼるように、ナナシの腕をもむと、傷口から不気味な物体が飛び出して来た。それは、まがうかたなき寄生虫だった!
 赤黒く、ウネウネとうごめき、幾千もの小さな触手から、毒素を出しては、テーブルの上で、のたうっている。それを見た途端、今まで食っていた物が、逆流しそうになった。
「おげっ! 寄生虫だ! 本当に、いたのか!」
「しかも、相当デカいね。これじゃあ、気分も悪くなるはずだ」
「いやん! ホント気持ち悪いでち! 早くねじって、ペンペンしてくだちゃい!」
「馬鹿者。そんなことをしたら、分散して増えるだけだぞ。若に食べさせちゃいなさい」
「馬鹿はお前だ、ゴーネルス! あんなモノ、死んだって食えるか!」
 アンジャビル卿は、フォークで寄生虫を突き刺し、チラッと周囲を見回した。
「なに、別の宿主を与え、焼いてしまえば問題ない」
 すかさず、オッサンがダルティフの肩を叩き、生真面目な顔でほざいた。
「やはり……若、出番です」
「だから、お前は僕を、どうしたいんだ! 殺したいなら、はっきりそう言え!」
 そうこうする内、アンジャビル卿は、俺たちが食い残した肉のカケラを見つけ、そこに寄生虫ごとフォークを刺すと、そのまま暖炉の中へ投げこんだ。
 ジュッと音がして、赤々と燃えさかる火で、寄生虫入りの肉は、あっと言う間に黒焦げになった。
 これで終わりだ。
 俺たちは、アンジャビル卿の手際のよさに、思わず「「「おおっ!!」」」と、声を上げた。
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