アンダードッグ・ギルド

緑青あい

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【虎穴に入れば餌を得る】

『6』

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「いやはや、大したものですね、宗主さまは。医学の知識までお持ちとは」
 タッシェルが、相変わらず、ガツガツと残り物を頬張りながら、珍しく賞賛する。
 しっかし、よく食えるよな……今の騒ぎのあとで、まだ。どこまで貪欲なんだか。
 その時だった。まだ少し顔色は悪かったが、切り傷の応急処置をしてくれるアンジャビル卿に対し、ナナシがニッコリと微笑み、頭を下げたのは……こいつ、やっぱ可愛いな。
 クソ! なんか、面白くねぇ……なんなんだ、この感情は!
「礼には及ばんよ。それより、綺麗な体に、傷をつけて悪かったね」
「ああ、まったくだ」
 俺は、自分でもよくわからんイラ立ちをまぎらわせるため、嫌味っぽくつぶやいた。
「君は、この子のお兄さんかな?」
「ちげ――よ! 兄弟じゃねぇ! まぁ、兄貴みてぇなモンだが、血はつながってねぇし、かと言って友人とか、仕事仲間ってワケじゃねぇし、なんつぅか、その……えぇと、ホレ」
 ナナシが、不思議そうに俺を見つめている。どう説明したらいいんだ? 可愛い弟分って感じなんだけど、それを他人に言われると、なんかちがうって感じもするし……ああ!
 どうしちまったんだ、俺! もしかして、俺にも寄生虫が憑いてんのか? 
 と、とにかく! その問題については、今んところはこっちに置いといて……俺は当初の目的を果たすため、事件の核心に触れるため、アンジャビル卿へ、ズバリ問いただした。
「アンジャビル卿。あんたも、さっき言ってたから、知ってるだろ? 近頃、首都マシェリタで起きてる、猟奇的な連続殺人事件について……俺たちは、先刻承知の通り、その事件調査のため、ここへ来たんだ。何故なら目撃談によると、犯人たちの衣服の背には、JADの赤い文字が刺繍してあったらしいからな」
 俺の言葉を聞くや、あれほどにこやかだったアンジャビル卿の表情が、一瞬で鬼のように険悪になった。それは嘘や演技でなく、本当に驚き怒っている人間の、素の表情だった。
「……JADの赤い刺繍が、背に……なんという……我々の名を悪用し、地に貶めんとするヤカラが、よりによって殺人事件を起こすなんて……とんでもないことだ! 許せん!」
 アンジャビル卿は、興奮のあまり、ワイングラスをテーブルに叩きつけ、粉々に砕いてしまった。にぎっていた手が、傷つき血に染まる。後方にひかえるアフェリエラも、衝撃で青ざめ、ワナワナと震えている。
 これは……やっぱ、俺たちの見こみちがいだったか?
「お待ちください、みなさま! しかし、それは奇妙な話でございますぞ! だって、考えても見てください! 我々が真犯人なら何故、ワザワザ自分たちの犯行だとわかるような、JADの刺繍をした装束など着て、事件を起こしたのですか? そこまで、重大な嫌疑をかけられていたなんて、本当に非道い話です! みなさま、これは……あんまりではありませんか!」
 メルゾンの言うことは、至極もっともだった。
 そりゃあ、そうだよな……どんな馬鹿だって、自分の名前さらして、事件を起こしたりはしない。普通は逆に、正体を隠そうとするモンだ。それに彼らの様子を見ていても、やっぱ嘘をついているようには見えない。
 アンジャビル卿の憤激ぶりは、そしてアフェリエラの当惑ぶりは、メルゾンの落胆ぶりは、どこからどう見ても本物だ。演技なんかじゃない。
「ザック! いきなり、失礼でしょう!」
「そうだよ! こんだけ歓迎されてるのに、そんな嫌味言うなんて!」
「まったく……礼儀をわきまえん男だな、ザックよ!」
「非道いでち! 見そこなったでち、旦那さま!」
「ガフガフ、ゴクゴク……ん?」
「「「「お前も、なんか言え!! ダルティフ!!」」」」
 俺(と、呑気に飲食を続けてたダルティフ)は、仲間からの集中口撃を受け、黙りこんだ。うっ……言い返せねぇ。ナナシまで、俺を冷たい目で睨んでいるし……孤立無援だ。
「すんません……その、疑ってるワケじゃねぇんだけど……一応、聞いとこうと思って」
 ガックリと項垂れる俺。
 そこに、救いの手を差し伸べてくれたのは、アンジャビル卿だった。
「いや、こちらこそ、つい興奮してしまって……申しわけなかったね、ザック君」
 ううっ……いい奴! いい人! いい御方! 涙が出そうだぜ……それに比べて、つき合いは長いクセに薄情な奴らだぜ! タッシェルも、ラルゥも、オッサンも、チェルも!
 その上、ナナシまで、アンジャビル卿の肩を持つなんて……ショックだ!
 そんなこんなで、一人懊悩する俺をヨソに、アンジャビル卿は再度、メンバーに訊ねた。
「ところで、先刻の話、依頼の件だが……引き受けてくれるかね?」
「そんなの、自分たちでなんとか……」
 俺はすかさず、断ろうとした。
 だって、そうだろ? いくら、いい奴でも、相手は事件の調査対象だし、そもそもJADの宗主だぞ! 安全な距離感だけは、保つべきだろう!
 べつに、ナナシのことを盗られたみたいで、腹が立ったとか、そういう矮小な考えで、出した結論じゃない……のだが、他のメンツが考えた答えは、まったく正反対のものだった。
「ああ、いいよ」
「まかしておけ」
「引き受けよう」
「一食分の礼だ」
「承知しました」
 はぁ!? 食い物で簡単に、買収されるか!?
「ありがとう。では、今夜はゆっくり休んでくれたまえ。湯殿も自由に使っていい。アフェリエラに、すべて用意させてあるからね。無論、謝礼もはずむよ。八千億ルーベ出そう」
「「「「は、八千億ルーベ!?」」」」
「よぉし! やってやろうじゃねぇか!」
 俺は、なかばヤケになって叫んだ。それに、八千億ルーベったら、二生分は豪勢に遊んで暮らせる大金……ん?
 八千億ルーベ? 八千億ルーベ!?
 マジかよ、宗主さま!?
「ザック、大丈夫かい? 少し、酔ったんじゃないの?」
「顔が赤いでち、旦那さま。もう、おねむの時間でちよ」
「そうだな。僕も疲れたし、部屋へ案内してもらおうか」
「若、ヨソのお宅で、寝小便だけはひかえてくださいよ」
「私は、アフェリエラさんと一緒に寝た……うごごっ!」
「タッシェル! そういう寝言はな、一人で寝て言え!」
 ナナシは、俺たちの相も変わらぬ馬鹿げたやり取りに、笑いを噛み殺している。
 おや? アフェリエラも笑っている。 
 う――ん、笑顔も可愛いな。
 けど、なんか影があるような……いや、気のせいか。
「どうぞ、ご案内いたします。こちらへどうぞ」
 すっかり満腹になった俺たちは、すっかりJADに気を許し、うっかり事件の調査のことまで忘れかけていた。
 とりあえず、今度は眠気に襲われ、アフェリエラに促されるまま、回廊へ出る。それから、吹き抜けのホールまで戻って、二階へ上がり、客間へ案内された。
 それぞれ一人部屋か。いちいち豪勢だな。なにせなぁ……いっつも、この暑苦しい馬鹿連中と、せま苦しいテントや、洞穴の中で、押し合いへし合い、雑魚寝して来た俺だ。
 感動して、また涙が出そうだぜ。
「それでは、どうぞごゆっくり」
 アフェリエラは、俺たち七人が、七つ並んだ客間に(そもそも、客間が七つも並んでるって、ホテルみてぇだな)入るのを見届けると、軽く会釈してから、その場を立ち去った。
 ナナシは、隣の部屋か。風呂は、廊下の突き当たりを右って言ってたからな。あとでナナシを誘って、行ってみるか。やっぱ、ここまで来たら、もう腹ぁすえて楽しまないとな。
 敵の本拠地だろうと、かまうこたぁねぇや。たっぷりと満喫さしてもらうぜ。いや、待てよ? 本当に、奴ら……アンジャビル卿や、アフェリエラを始め、JADの信者たちは、俺たちの探す事件の〝真犯人〟なのか?
 さっきの様子じゃあ、その可能性は低いよな。
 うぅむ……それじゃあ一体、誰が……なんか、頭がこんがらがって来るぜ。
 それはまぁ、おいといて……おい、おい、広い部屋だな!
 どの部屋も、みんなこうなのか? それとも、俺だけ特別あつかい? とにかく、豪華絢爛だぜ!
 食堂もそうだったが、高そうな調度品で飾られ、ベッドは天蓋つきだぞ!
 おまけに、フッカフカ! 寝心地最高!
 こうなりゃ、風呂はあとにして、ちょっと仮眠…………ぐぅ。
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