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【虎穴に入れば餌を得る】
『7』
しおりを挟む――バンッ!
「ザック、入るよ!」
「本当に、もう寝ちゃったでちか?」
「まるで緊張感のない、困った御人ですねぇ」
「まったく。どこぞの馬鹿ボンと、どっこいだのう」
「なんなんだ、ゴーネルス。僕まで叩き起こして、無理やり引っ張って来て」
うわっ! なんだ、どうした! いきなり……ナナシまで連れて、全員でなんの用だ!
しかも、またツッコミドコ満載!
第一に、入ってから「入るよ!」は、ねぇだろ、ラルゥ!
まずは、ノックして、相手の是非を確かめろ!
第二に、他人の部屋へ押しかけて来て、はしゃぎ回るな、チェル!
取りあえず、ベッドから降りなさい!
第三に、その枕だ! 皆で持ち寄って、なに考え……ああ、もういいや……頭痛ぇ。
「どういうワケか、話せ! まさか、皆で枕投げしよう、なんて言わねぇだろうな!」
「きゃん! さすが! よくわかったでちね、旦那さま!」
「そうじゃないだろ、チェル。さっきの食堂の件、相談に来たんだろ?」
「食堂の件? ああ、アレか……」
アンジャビル卿の依頼の件だと思い、俺はベッドに座ったまま、アクビを噛み殺した。
「「「「そう、アレ」」」」
みんなも、神妙な面持ちで、俺の周りに集まり、小声でささやき始めた。
「キャビネットの中に、二人いたね」と、ラルゥ。
「カーテンの裏にも、一人いましたね」と、タッシェル。
「カウチの下にも、二人はいたみたいでちよ」と、チェル。
「飾り棚の上と暖炉の影にも、一人ずついたのう」と、オッサン。
なんの話だ?
「なんの話だ?」
俺とまったく同じ意見を、言葉にしたダルティフ。途端に、みんなの冷たい視線にさらされる。
「気づかなかったのかい。ヤレヤレ……どこまで呑気なんだか」
「刺客ですよ。我々の態度如何では、奇襲をかけるつもりだったのでしょうね」
「そんなことすら見抜けぬとは、〝馬鹿も休めば大馬鹿になる〟ですな、若」
「なんでちか……意味だけでなく、使い方まで、おかしくなったでちよ、従者さま」
「つけ加えれば、食堂の出入口には、大勢の人の気配がありました。信者たちでしょうね。彼らもまた、有事の際は、いつでも総攻撃を仕掛けられるように、待機していたのですよ」
「ぬわにぃ!? そんな、まさか……冗談であろう!?」
しぇぇえっ! そうだったのか!
危ねぇ、危ねぇ! 口に出さなくて、よかったぜ……って、よくない!
全然、気づけなかった俺は、この馬鹿ボンと同レベルってことじゃねぇか!
もう、最低だ、最悪だ!
「静かにしろ。外の見張りに、聞かれたら大変だ」
そう言って、ラルゥが唇の前に、人差し指を当てる。
「それじゃあ、お前ら……どうやって、この部屋に来るの、誤魔化したんだよ」
「「「「枕投げ、楽しみだねって」」」」
大の大人が、声をそろえて、真顔で言うな! それでみんな、枕を持ってんのか! いずれにせよ、見張りが本当にいたとして、お前らの人間性が、疑われたことだけは確かだぞ!
「おふざけはやめにして、それで、どうする?」
「取りあえず、ピエロのチコとかいう奴を、見つけ出して、話を聞くよりほか、ねぇだろ」
ラルゥの問いに、俺は至当な答えを返した。
「ま、無難な提案ですね。それで、どうします?」
「一旦、マシェリタのギルドに戻って、レナウスんトコの双子から、情報を仕入れようぜ」
タッシェルの問いに、俺は妥当な答えを返した。
「なるほど、良策だな。それで、どうする?」
「情報次第では、保安院へ協力を仰ぐ。自警団に出張ってもらうのもいい。人海作戦だな」
オッサンの問いに、俺は適当な答えを返した。
「さすが、旦那さま。それで、どうするでちか?」
「それで、それで、それでって……それでお前ら、俺の部屋に来たのか! なんでもかんでも俺頼みにしねぇで、少しは自分で考えろ! それとも、頭の使い方さえ知らんのか!」
俺は頭にきて、日頃からの不満もまぜこみ、思いっきりぶちまけた。
まったく……みんな、聞こえないフリしやがって! お調子者どもめ!
「それで、どうする?」
「まだ聞くか、ダルティフ!」
「いや……今夜はこのまま、ここに泊まるのか? 寝こみを襲われたりは、しないのか?」
「ご心配なく、若。いざとなったら、このシャオンステン、蛇蝎の如く、逃げ去って見せますゆえ。若はゆっくりと、JADのメンバーに囲まれながら、見送ってやってください」
「うむ、そういうことなら、心配ないな……ん?」
おい、おい……脱兎の如くだろ、オッサン。まぁ、確かに蛇蝎の如く、嫌われてるかもしれねぇけど、取りあえず、ダルティフが気づいて怒り出す前に、早いトコ謝っとけよ。
「なんにせよ、俺はこんなくだらねぇ作戦会議、離脱させてもらうぜ……ってか、帰れ!」
「そうはいかないよ、ザック。今夜は、ダルティフが案じた通り、万一の奇襲を避けるため、全員でこの部屋に居続けるからね。あ、気にするなよ。今夜はオールで枕投げだって、大袈裟にはしゃぎながら、ここまで来たから。廊下の見張りは、まんまと信じたはずさ」
ついでに、お前らの頭ン中が、どれだけおめでたい構造かも、バレちまっただろうな。
「……つぅか、なんで俺の部屋なんだよ! ダルティフがビビッてんなら、こいつの部屋に集まって寝てやりゃあ、いいじゃねぇか! そんで一晩中、子守唄でも歌ってやれよ!」
「誰がビビッてなんか……大体、ここへ来ようと言いたげだったのは、ナナシだぞ!」
え? そうなのか、ナナシ?
「そうだよ。この子が、身ぶり手ぶりで、ザックの部屋へ行きたいって、伝えたのさ」
「私としては、ラルゥの部屋か、チェルの部屋が希望だったのですがね。ま、一番はやっぱり、アフェリエラの部屋でしょうか。あの侍女は、美しいだけでなく、身体つきも最高」
「うるせぇ、エロ神父! わかったよ、ナナシの希望なら仕方ねぇ。全員、泊めてやる」
俺は、どことなく戸惑った様子のナナシを見て、ニッコリと笑った。そうか、ナナシ。
やっぱりこの俺を、誰よりも信頼してくれてんだな。うれしいぜ。本当に、うれしいぜ。
「な、言った通りだろ? ナナシの名前さえ出せば、こいつなんか軽く転がせるんだよ」
「可愛い弟分に、いいトコ見せたいんだろうが、あっさり信じるとは……単細胞よのう」
「相手が女性なら、簡単に騙されて、利用されて、捨てられる……そんなキャラですね」
「いつも僕を〝馬鹿〟呼ばわりする無礼者のクセに、あの間抜け面……どっちが馬鹿だ」
「旦那さま……まんまと騙されちゃって、可哀そうでち。でも、なんだか腹が立つでち」
ん? なにをヒソヒソやってんだ?
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ま、いいか。
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