アンダードッグ・ギルド

緑青あい

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【虎穴に入れば餌を得る】

『8』

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「そんじゃあ、ナナシ。話が一段落したところで、ひとっ風呂、浴びに行くか」
 俺は、ナナシの肩に手を回そうとしたが、何故か振りほどかれた。
 ど、どうした? その、嫌そうな顔……嫌なのか? なんで?
「ナナシたんは、体の傷を見られたくないでちよ! そんなこともわかんないでちか、旦那さま! いつもナナシたんには甘々なクセに、気配りが足りないでちね! プンプン!」
 は? なに怒ってんだ、チェル……〝あの日〟は、とうに終わったろうに(多分)。
 けど、そうか……チェルの言う通りだな。すまん、ナナシ。気づいてやれなくって。
「わかった。俺一人で風呂に行くよ。お前らは、元気よくピロウファイトに励んでくれ」
「「「ピロウファイトって、なに?」」」
 俺は舌打ちし、間抜けな質問を無視し、サイドテーブルに用意してあった夜着を手にし、足早に部屋を出た。
 見張りがいるってハナシだが、どうだっていい。アンジャビル卿から、風呂の使用許可は下りてるんだ。俺は廊下の突き当たりを右に曲がり、問題の湯殿の前へ。
 そして、扉を開けて、またまた驚愕した。
「凄ぇ……本当に、ここ、使っていいのか?」
 大理石でできた内部は天井が高く、広々として、ふんだんに湯を張った浴槽は、この国では貴族クラスしか入れない埋めこみ式の浴槽だ。それらを壁際のランプが煌々と照らし、作りつけの棚には、大量のタオルとガウンが、キッチリ整然とたたまれ、並べられている。
 しかも、湯船には色とりどりの花弁が散らされ、ほのかに赤い色味は、どうやら香油が入っているかららしく、かんばしい香りが湯気と一緒に立ち昇って来る。木製の洗い桶にも彫刻がほどこされるなど、とにかく、いちいち手がこんでいて、ほめるべき個所なんて、数え上げたらキリがない。だから俺は、もう説明(誰に?)もやめて、ポイポイと衣服を脱ぎ捨て、素っ裸で湯船に飛びこんだ。どうせ、俺の貸し切り状態だ。かまうこたぁねぇや。
「あ~~~~極楽、極楽……って、なんでこういう時、言うんだろな」
 俺はなにげなく、独り言をつぶやき、鼻唄まじりに、湯船の中を泳いだりしていた。さらに俺は童心に帰り、一人で息止め遊びを始めた。浴槽に頭まで浸かり、カウントする。
 1,2,3,4,5……48、49、50、うん。そろそろ、限界だな……と、俺は頭を出そうとした。
 ところが、そんな一人遊びで、すっかり油断していた俺に、悲劇が襲いかかったのだ!
 うっ! だ、誰かが……俺の頭を、押さえてやがる! 嘘だろ! まさか、このまま俺を、溺死させるつもりか!?
 俺は手足をバタつかせ、必死に暴れ、抵抗した。それでも相手の腕力は凄まじく、ビクともしない。そうこうする内にも、鼻や口から容赦なく、花弁まじりの湯が入って来る。
 苦しい! 死ぬ! 死ぬ! もうダメだ!
 畜生っ! こんなことなら、アンジャビル卿を安易に信用せず、あの馬鹿どもの提案通り、身を寄せ合って敵襲を避けるべきだった!
 後悔先に立たず、か……ああ、もう……。
 俺は、遠くなる意識の境目で、無意識に手を伸ばし、見えない敵方の体の一部を、思いきりつかんでいた。
 あれ? なんか、ヤケにやわらかい……と、その時、相手の力が一瞬だが弱まった。俺は最後の力を振りしぼり、敵方の体をさらに強くつかみながら、思いきって頭を上げた。
 前髪が張りつき、湯気と息苦しさのせいで、前が見えない。俺は激しく咳きこみながらも、なんとか呼吸を整え、ついに目前の敵方へ、反撃を加えようとした。
「こ、この野郎! よくも……不意打ちなんか、食わせやがって 卑怯者がぁ!」
 で、どうなったかって? 俺は、俺は……凍りついた。
「なに、怒ってんのさ、ザック。ちょっとした悪戯だろ? 大目に見なよ」
「……は?」
 目の前で笑っているのは、小麦色の肌をした赤毛の美女……って、ラルゥ!?
 俺は一瞬、言葉を失い、パチパチと目をしばたかせた。けど、まちがいなく、ラルゥだ。
 しかも、裸! 一糸まとわぬ、裸じゃねぇか! 冗談だろ!
「それより、痛いから放せよ」
 俺は、ラルゥの豊満な胸を、鷲づかみにしていることに、ここでようやく気づいた。
「わっ! うわわっ!」
 慌てて手を放し、あとずさったが、後ろはすぐに湯船の端だ。
 すると、ラルゥはなんの衒いも恥じらいもなく、俺のそばに寄って来て隣に座った。
 おい! 一体全体、どうすりゃいいんだよ、この状況!
 誰か、助けてくれぇ!
「お、お前な……俺がいるのは、知ってたろ! なんで、入って来たんだよ!」
「お前がいるから、入って来たんじゃないか。変なこと聞くね」
「だって、お前……一応、女だろ! もう少し、恥じらいを持て!」
 そう言いながらも、俺は、横目でラルゥの体を観察した。香油か、入浴剤のたぐいが入っているとはいえ、湯船はほとんど透明だ。ラルゥの、小麦色の肌と、普段は衣服に隠れているせいで、日焼けをまぬがれ、意外と白い肌の対比が、鮮烈でエロイ。
 また、適度に筋肉質だが、女性らしさも孕んだ、やわらかな曲線が見えて、俺は、俺は……ヤッベ、は、鼻血が、噴き出そう!
 とくに今、体の一部分が、激しく反応している! 危険信号だぞ!
「と、とにかく! 俺は後ろ向いててやるから、その内に早く出てけ!」
「なんでさ? 久しぶりの風呂で、ゆっくりしようと思ってたのに」
「お前がいると、俺がゆっくりできねぇんだよ!」
「だから、なんでだよ? さっきから、なにを怒ってんのさ、ザック」
 形のいい爆乳が、俺の腕に触れて、くびれた腰から下も……だ、だから!
  こっち向くな、馬鹿! 相手が俺じゃなく、タッシェルだったら、お前……とっくに襲われてるぞ!
 どうしてそう、女としての自覚がないんだ! そのクセ、不思議そうに小首をかしげる、そのキョトンとした表情……まるで、初心うぶな少女みたいで、可愛い……反則だぞ、それ!
 と、その時だ。次なる災難の種が、風呂場に飛びこんで来たのは。
「旦那さまぁ❤ チェルが、お背中流ちますぅ❤」
 チェルが、浴室の扉を開け、おずおずと入って来た。その上、肌も露な下着姿だ。
「チェル! お前まで! もう、来るなっての!」
 だがチェルは、ラルゥの存在に気づくや、天使の笑顔を鬼の形相に変えて、怒り出した。
「ああっ! 旦那さま! まさか……剣士さまと浮気でちか! チェルという妻がありながら、ぴどい! ぴどすぎでち! 早く出ないと離婚でち! 本当に、離婚するでちよ!」
 そう叫びながら、洗い桶を俺に投げつけて来る。俺は素早く洗い桶をキャッチし、これ幸いとばかり、今にも元気になりそうな我が息子の上にかぶせ、女どもの視界から隠した。
 俺は、妙な勘ちがいをしているチェルと、悠然と鼻唄を歌っているラルゥに、イラ立ちすら覚え、怒鳴り返した。
 まずいぞ……これは、非常にまずい! 
 興奮して上せそうだ!
「ちょっと待て! いつ、お前と俺が結婚したってんだ! 泣くなよ、チェル! 頼むから二人とも、早く出てってくれ! 俺は一人で、のんびりバスタイムを満喫したいんだ!」
「嫌だね。勝手なこと言うんじゃないよ」
「嫌でち! チェルも脱いじゃうでち!」
 チェルは、申しわけ程度に身をつつんでいた下着を、ポイポイと躊躇なく脱ぎ捨てた。
「こら! やめろ、チェル! わぁあ――っ!」
――ドボン!
 チェルまでが素っ裸になり、勢いよく湯船にダイブした。派手な水飛沫が、俺とラルゥにぶっかかる。チェルは、俺の足元まで泳いで来て、俺の目前でザバッと立ち上がった。
 もう、勘弁してくれぇ――っ!
「旦那さま! チェルのすべてを、見てくださいでち! それで剣士さまと、どっちがいいか、決めてくださいでち! チェルだって、チェルだって……絶対に負けてないでち!」
 二百歳といえど、超長寿の妖精族の血を引くチェルは、まだまだ幼い方なのだ。瑞々しい白肌や(白さで言うなら、ラルゥより断然、チェルの方が白い)、未発達で小ぶりな胸、細く頼りない四肢が、それを物語っている。
 そこに、ほどけて絡みつく銀色の長い髪……そして涙で濡れた幼顔は、確かに魅惑的だ。ん? 涙? 水滴じゃない……よな、アレは。
「わかった、わかった! 負けてない、認めるよ! だから、仁王立ちすんな! それと、なんで泣いてんだ、チェル? この場合、泣きたいのは、むしろ俺の方なんだけど……」
 チェルは、大きな瞳から、ポロポロと水銀に似た雫をこぼしていた。
 これも、妖精族の特徴だ。涙が宝石に変わるのだ。ポチャン、ポチャンと、音を立てて、涙の石が落下する。
「チェルは……男の人に裸を見せるのは、初めてでち……恥ずかしいでち。死にそうでち」
 チェルは、消え入りそうなほど、小さな声で、こうつぶやいた。
 か、可愛い! 俺はこの時、初めて(でもないが、ほぼそれに近いくらい)チェルを可愛いと思った。顔を真っ赤にして、華奢な体を小刻みに震わせて、羞恥心と戦っている。
 これはもう、チェルに軍配が上がりそうだな……と、思いきや!
「チェルは相変わらず、一途で健気だねぇ。なぁ、ザック。こういう時は、『チェル、可愛いよ。お前は最高の妻だ』ってささやいて、こう……力強く、抱き寄せてやるモンだよ」
 そう言いながら、その気恥ずかしい動作を、笑顔で俺に実演して見せるラルゥだ。
 俺の首に腕を回し、力強く抱き寄せて、耳元にささやく。俺の体に、豊満な胸が押しつけられ、その上、俺の膝に、触れてはいけない〝なにか〟が触れて、俺は慌てふためいた。
「だぁ、かぁ、らぁ! やめろってんだよぉ――っ!」
 それを見た途端、チェルは嫉妬に狂った挙句、俺に思いっきり抱きついて来た。
「嫌ぁ――んっ! 旦那さまは、チェルのモノでち――っ!」
 チェルだって、幼児体型とはいえ、胸も尻も、やっぱそれなりに女だ。
「ひぇ――っ! 二人とも、離れっ……ゴボゴボ、ゴボッ!」
 二人分の、やわらかな感触につつまれて、俺は湯船の中に引っくり返った。
 浴槽の底に、頭を打ちつけて、俺は意識朦朧、溺死寸前……そうして、気づいた時には、自室のベッドの上に寝かされていた。
 目が覚めても、まだ頭がクラクラする。すると――、
「ナナシ?」
 ズイッと、ぶっきらぼうに、水の入ったコップを差し出したのは、ナナシだった。
「ああ、ありがとう」
 俺はコップを受け取り、冷たい水を一気に飲み干した。空になったコップを、ナナシはまた、乱暴につかみ取り、サイドテーブルへ置く。もしかして、介抱してくれてたのか?
 うれしいぜ、ナナシ。けど……なんで、お前まで、怒ってるの?
「あ、あのさ……他の奴らは? 自分の部屋に、戻ったのか?」
 ナナシは、うなずいた。
「あ、あのさ……ラルゥと、チェルは、どうしてた?」
 すると、ナナシは、そっぽを向いた。
 怒りの原因は、そこか……でも、なんで?
 俺が理由を聞きよどんでいる内、ナナシは立ち上がった。部屋へ帰るつもりらしい。
 俺はナナシの手をつかみ、言った。
「今夜は、ここにいてくれよ。他の奴らじゃ、ハッキリ言って迷惑だけど、お前にはそばにいて欲しい。その……お前がいると、安心できるっていうか……つまり、近くにいた方が、いざって時、守りやすいだろ? あ、でも……無理にとは言わねぇよ。嫌なら帰っても」
 俺の言葉を最後まで聞く前に、ナナシの機嫌はなおったらしく、元通りベッドの端に座った。俺の手を、そっとにぎり、微笑みかけて来る。
 ああ……俺は、あらためて思った。
 なんでだろう。こいつの笑顔が、ムチャクチャ好きだ。勿論、弟みたいで可愛いってのもあるが、それだけじゃなく、なんか無条件に、癒されるんだよな……本当、不思議だ。
 俺は、ふと悪戯心を起こし、ナナシの腕を引っ張って、ベッドの上に転がした。
 慌てるお前の上に、馬乗りになって、体中くすぐってやる。
「ハハハ、どうだ、ナナシ! まいったか? まいっ……」
 アレ……ナナシ、意外と鳩胸……ってか、やわらかい。腰も細いし、息子がいないな。
 どこに隠れて……ない!
 俺は、ナナシに突き飛ばされて、ベッドから転げ落ちた!
「ナ、ナナシ……お、お、お前……お、お、お、おん」
 真実を口にしようとした俺に、ナナシは青ざめ、ブンブンと首を振った。
 今にも泣きそうな目で、俺をジッと見つめ、声の出ない唇を、こう動かした。
《だ、れ、に、も、い、わ、な、い、で》
「わ、わかった……誰にも言わない! 俺とお前だけの、秘密だ!」
 事情はわからないが、その凄絶なまでの必死さが、痛いほど伝わって来て、俺は首を縦に振ることしかできなかった。
 それにしても、レナウスのオヤジ、なにが〝立派な息子がついてる〟だよ!
 俺が最初に、思った通りじゃねぇか!
 まぁ、多分、荒くれ冒険者に預ける上で、こいつの身の安全を図るため、嘘をついたんだろうけど……いや、せめて俺にだけは、本当のことを話してくれても、よかったじゃないか!
 全然、信用がねぇな!
 もっとも、色魔のタッシェルにバレたら、それこそ一大事だろうが……(ラルゥとチェルは、なんだかんだ言っても、自分の身は自分で守れるだけの、強さを秘めてるからな)。
 それにしても、今夜は、驚き続きだ。
 さすがに、疲れたぜ。
「ナナシ、お前がベッドで寝ろ。俺はソファーで寝る」
 ナナシは、俺に気を使い、自分がソファーへ向かおうとしたが、
「なんだ、一緒に寝たいのか?」
 俺が冗談めかして言うと、恥ずかしそうに顔を赤くして、ベッドへ向かった。
 こうして見ると、確かにこいつは女だ。いや、穢れを知らぬ少女だ。
 細い肩、白い首筋、華奢な手足……そして、愛くるしい顔立ち。男だと、思いこんでた方が、よっぽど馬鹿だよな。けど、こんな可愛い娘の体に、七カ所も傷をつけた、だと?
 真犯人の野郎ども、絶対に許せん!
 女も一人いたって言うが、寄ってたかって痛めつけるなんて、言語道断だ!
 俺は、今回の事件に対する向き合い方を、180度変換した。
 つまり、本腰入れたってことだ。
 真剣になったってことだ。
 絶対に解決するぜ、ナナシ。そして今まで以上の力で、必ずお前を守り抜くと誓うぜ。
 だから、ナナシ……俺のそばを、離れ……グゥ、スピィ……グゥ。
 
 〔暗転〕
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