アンダードッグ・ギルド

緑青あい

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【昨日の友は今日も友】

『1』

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 湖城の夜は、深奥で寂寞と更けつつあった。
 そんな中、例の食堂には、まだ煌々と火が灯っていた。
 上座の大椅子に座った宗主ジャーク・アンジャビルが、テーブルに肘をつき、手を組みながら、ななめ後方にひかえるアフェリエラへ、振り向きもせず、つっけんどんに訊ねた。
「奴らは全員、眠ったか?」
「はい、ご主人さま。最後の一人も、たった今」
 すると、アンジャビル卿は突然、眼差しを冷酷に研ぎ澄まし、アフェリエラを睨んだ。
「時に、アフェリエラ。ザッカー・ゾルフとかいう剣士が言ったこと、本当なのか?」
 アフェリエラは、なにも言えず、ただうつむいている。
「何故、JADの聖衣を、ワザワザ殺害現場に来て行った。私をまた、裏切るつもりか?」
 アフェリエラは、青ざめた顔を上げ、必死に弁明した。
「とんでもない! 私は決して、そんなつもりでは……ただ」
「ただ、なんだ?」
「……JADの仕業だと思えば、誰も下手な手出しはできません。しかも、JADの名を敢えて出すことで、逆に疑いの目を逸らせるかもしれないと、浅はかにも考え到りました」
 アフェリエラは、まだなにか、重大な、なにかを隠している……鋭敏なアンジャビル卿は、確かにそう感じたのだが、それを無視した。
 たとえ、彼女と実行犯どもが、なにを企んでいようと、彼にとっては取るに足りない些事だ。恐れるようなことは、なにもない。
 そこでアンジャビル卿は、少し咳きこみ、話題を変えた。
「奴らを見て、どう思った?」
「おおよそ、役に立ちそうな人材には、思えませんでした。ただ一人を除いては」
 そう言いつつアフェリエラは、後ろのメイドワゴンで、銀のカップに入った緑色の薬湯を手際よく用意し、アンジャビル卿の前に差し出した。アンジャビル卿は、薄荷ハッカに似た匂いのする、その薬湯を一気に飲み干すと、また少し咳きこみ、ため息まじりにつぶやいた。
「やはり、お前もそう感じたか。アフェリエラ」
「はい……それに、あの子……」 
 うつむき、言いよどむアフェリエラ。
 アンジャビル卿は、そんなアフェリエラを叱咤した。
「気にするな。今は、逃げた罪人を、捕らえることだけに集中しろ」
「そうですね。申しわけありません、ご主人さま。一命を賭してでも、必ずや……」
 アフェリエラが決意も新たにしたところで、野太くも荒々しい獣声じゅうせいが一斉にかさなった。
『無論、我々も同行する。色々と、手助けも必要だろう』
『奴らに、決して気づかれんようにな。二度と憂患はかけん』
『アフェリエラばかりに、負担はさせないから、気楽に養生しろ』
『心配無用だ、ジャーク。今度こそ、上手くことをしとげてみせるぜ』
『アフェリエラに万一のことがあっても、我々がいれば回収できるからな』
『ガキも都合よく、記憶を失くしてたし、あの時のような失態は、二度と犯さん』
『大体、あんな馬鹿連中が相手なら、恐れるに足りん。なにもかも、上手く行くはずだ』
 口々に言いつのる獣人【ガングル族】の奇妙な面々……腹心メルゾンも、言いそえた。
「えぇ、えぇ、ガングルたちの言う通りです、宗主。彼らの言葉を信じ、まかせましょう」
 声をひそめ、含み笑うジャーク・アンジャビル卿、メルゾン・ツァイト、そしてガングル族七人……そして、どこか哀しげに項垂れ、力なく微笑むアフェリエラ……これこそ、都を震撼させている猟奇殺人事件の、真犯人たちによる、深夜の秘密会合の様子であった。


――さて、そんなこととは露知らず、ザックたちは、というと……――

 翌朝、厄介な問題が、ひとつ増えちまった。
「それでは、このアフェリエラさんが、私たちに同行すると?」
「はい。ふつつか者ではありますが、どうかよろしくお願い致します、みなさま」
 マジか? アンジャビル卿、なに考えてんだ?
 こんなか弱そうな侍女を、猛獣の群れ(俺以外の面々な)と、危険な旅路に出させるなんて……しかも、俺たちの目的は、盗人捕縛のほか、殺人犯の捜索ってのもあるんだぞ?
「大丈夫か? この人じゃなく、せめてメルゾンにしてやったら、どうだ?」
「ご指名、ありがとうございます。しかし私にはここで、やらねばならぬ仕事が色々とありますので……それにみなさま、アフェリエラさまのことを、勘ちがいなされているようですが、単なる侍女でなく、宗主の秘書でもあるのです。無論、〝有能な〟と枕詞のつく」
「「「「えぇ!? そうだったの!?」」」」
 メルゾンのセリフに、メンバーが驚き、ざわついた。
 昨日着ていたJAD会員を表す黒衣を脱ぎ、代わりに女物の旅姿で身を整えたアフェリエラは、やっぱり儚げで、頼りなさそうで、男なら守ってやりたくなるタイプだ。とても、俺たちみてぇな俗物の荒くれと、上手くやっていけるとは、思えない。
 それに、タッシェルが、やたらと乗り気なのも、憂患の種だ。こいつ絶対、彼女を狙ってるぞ。心配だぜ。
 いくら有能でも、腕が立たなきゃ、話にならんからな。この家業は。
 俺は嫌味ではなく、優しさゆえに、そのことをアフェリエラへ正直に伝えた。
「平気です、ザックさま。お気づかい、ありがとうございます。私、これでも武術をかじったことがありまして、腕には自身があります。それに【六道魔術ろくどうまじゅつ】も、ホンの少しですが」
【六道魔術】!? おい、おい……マジか!? それが本当なら、心強いじゃねぇか!
 あ、ちなみに【六道魔術】ってのは、この六神界の浮遊大陸なら、どこでも通用する唯一の魔術で、威力は絶大。
【言霊使い】と比肩するほど、物凄いパワーを秘めてるんだ。
 まぁ、なんていうか……今のトコ、言霊使いのチェルが、まったく役に立ってねぇから、その凄さを紹介できねぇんだけど……それにしても、チェルの奴、まだ怒ってやがんのか。
 ラルゥはラルゥで、何事もなかったかのように澄ましてやがるし、畜生……結局、昨夜は散々だったぜ! けど、ひとつだけ、うれしい収穫もあったな。無論、ナナシのことだ。
 俺は、あらためてナナシを見た。ふふふ。知ってるのは、俺だけか。
 安心しろ、ナナシ。絶対、誰にも口外しねぇから(とくに、タッシェルにはな)。
「これは、当座の軍資金だ。自由に使ってくれ。それと、アフェリエラのことも、使用人だと思って、なんでも自由に申しつけてくれ。なに、気がねは要らん。彼女も心得ている」
 古城のエントランスまで、ワザワザ見送りに出てくれたアンジャビル卿が、にっこりと微笑する。それでなくとも、さざ波立つ大湖の畔には、数百人を超す信者が勢ぞろいだ。
 さらに、アンジャビル卿の合図を受け、メルゾンが手渡した、ずっしりと思い軍資金入り革袋に、俺はギョッとなった。こりゃあ、一万、二万……いや、三万ルーベは固いぞ!
「えぇえ!? いいのか、こんなにもらっちまって!」
「是非、盗賊の残党捕縛に、お役立てください。それと、あなたがたが追っているという、例の猟奇殺人事件の、犯人を捜索するのにも、遠慮なく使ってください。人民の平和と協調……弱者が虐げられず、哀しまない世界。それが、宗主さまの願い……そして、教義の一環でもありますので」と、メルゾンも穏やかに微笑んでいる。
 いい……ホント、いい奴らだ。
 俺たちは大金を押し頂き、ついでに物資や食料も押し頂き、宗主さまにお辞儀した。
 おい、こら! 一体、どこの誰だっけ?
 JADを狂信者だの、秘密結社だの、危険分子だのと、罵倒した阿呆は!
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